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[26776] Re:[26774] [26771] [26770] 初めて考えだした 投稿者:ゴト 投稿日:2019/03/19(Tue) 13:30  

> > > 「どのように生きるか?」という問いを、人生で初めて考え出した。
> >
> >
> > 本当にそうですね。
> >
> > 私は代表的な日本人として考えると共に中国人だったらどう生きるか考えてしまう。中華思想とやらがどんなふうに作用して、どんな風に生きるのだろうか? アメリカ人は?アラブの人は?アフリカの人は?ヨーロッパの人は?ロシアの人は?と思うと皆目わからない。
> >
> > Kは人間はみな考えることは似ているといった。庶民はそうかもしれない。しかし統治の在り方はみな違うのではないか? 歴史的にどんな辛酸をなめてきたかで違うのではないか?
> >
> > 南方さんの言った内容は私が今書いたこととは違う意味だと思う。私はそれに共感して自分のことを考えたのでが、老人のする事は書くほどのことがない。それで上述のような文になってしまった。
>
>
> 個人の心の在り方としても考えられますが、一つ見えない次元についての考察もしていきたいと思います。
>
> ゴトさんは嫌うかもしれませんがハイアーセルフという言葉を使わしてください。そのハイアーセルフは別次元で全てと繋がっていると仮定してください。
> つぎにロウアーセルフ、つまり集合無意識の自己ですが、これもまた別次元にいて、全てと繋がっている。
>
> 精神科の経験を持ちだして分かりにくくなるかもしれませんが、明らかに上述のことを立証する現象が患者同士で起きるのです。


拝聴いたしました。

>
> ですから、どのように生きるかということは、在り方はまた別として、繋がっていると仮定して清いエネルギーを発信することで世界を変えられる、と私は思っています。


全くそうです。その通りです。小集団の中でそういうう事を私も体験してきました。

>
> またそれらを個々人で開発していけば、健全な世の中になっていくのではないかと考えています。


はい。その通りだと思います。清いエネルギーの開発と発信!

>
> ある人の本に、心に他人を16%位入れておくのが健全な心なのだと書いてありました。その他人の心と自分の心との対話、それが相手には無意識的であったとしても、自分の殻に閉じこもらない、オープンな態度でいられるのではないでしょうか?
>
> だからアラブの人はヨーロッパの人の心を16%位入れる、とかですね。そんな風にしていけばよいかと、心の在り方の実験と実感からものを言っています。


これも大変貴重なお話です。だが私はほかの国、地方の人々の考えることがよくわかりません。実感どころか知識もろくにありません。そこが残念です。今頃になって本を読んでいますが…。


[26775] Re:[26772] 注意とはっきり見ること。 投稿者:ゴト 投稿日:2019/03/19(Tue) 13:05  

> 不注意の状態というのは思考がかまけている状態です。思考が現出している状態。非難正当化が噴出している状態。
> > その状態は「気づいている」とは言いません。
> > 「気づいている」とは、あるものに、言葉なしに、直にふれている状態。

そうですね。


> 以下のあなたの説明は何度も聞きました。
> 結局、あなた流のとらえ方と言っていいでしょうか。
> 新しい芽氏の過去のコメントを調べてみましたが、あなたの捉え方とは、違うみたいです。
> それ以外に、クリシュナムルティがわかっていると思われる人に聞きましたが、驚くことにそれぞれ捉え方が違う。
> 例えば仏教から見た人は、仏教的な見地しか、クリシュナムルティを見ない。
>
> >その通りです。つまり不注意の状態にあることに気づけば、即時に注意の状態に移ります。
>
> 不注意の状態に気づく、というのは矛盾した表現です。新しい芽氏は、このようには使っていません。気づいているか、気づいていないか、それだけです。

そうなんですが、一日中気づいているならともかく、凡人は気づいている時は少なくて、気づいていない時の方が多い。その間に気づいていないから、気づいているに切り替わる瞬間があるでしょう?そのときのことを言っています。

> 〇〇に気づくという表現は、日常でよく使う言葉です。例えば財布を忘れたことに気づくとか。
> ここでいうクリシュナムルティの気づくというのは、〇〇に気づくという「何か」に気づくということではありません。
> そこを混同して、不注意に気づく、という表現になったかもしれません。
> そういう私も相当苦慮しました、日本語の気づくと長く混同してました。ですから新しい芽氏のコメントもなかなか理解できなかった。
> 新しい芽氏の文献で確かめたところ、気づいている、という意味は、現にあるものに思考なしに、直(じか)に知覚されていることを意味します。何かに気づくことではない。
> ですから、不注意に気づく、というのはおかしな表現ということになります。不注意というのは思考にとられていることですか、思考に執われている、ことに気づくというのは奇妙です。

しかし財布を忘れていることに気づくとは言いますね。それと同じように気づいていないとわかり、じかに見ている状態に移ることができなければ大変です。心が通じるという事がなくなります。非難正当化のしあいになって。

> いい悪いなしに気づいているか、そうでないか。
>
> >移って注意の状態でいるなら、自分が注意の状態にあるという意識はありません、注意があるという認識はありません。ただ不注意から注意に移る瞬間目が覚めたような、心がしゃんとした感覚が一瞬ありますが。英知も同じでしょう、違いますか?
>
> 不注意から注意に移る?
> この表現は体験されたあなただけしかわからないみたいです。
> よくわかりません。

財布を忘れっぱなしにならないで気づく。不注意になってよく見、聴きしていないでいるのに気づくことは普通のことで、気づかないと困るでしょう。

> 注意というのは、心の空白を作ることにある。それは即座です。
> 成ればいい。

どうやってなりますか? そのきっかけは?日常生活の中でどんなふうに起こりますか?

> その状態は「無意識」ではなく、最も意識的な状態。
> はっきり見てる。はっきりと明確に知覚されている状態です。

気づいている状態あるいは注意の状態はそうです。

> エネルギーが注がれている状態。全注意。

はい。

> まさに「意識的な知覚」。

> ここもあなたと異なるようです。

そう、ここは「意識」「認識」をどう扱うかによります。言葉の使い方になるので脇に置いときましょう。

> (身近な例をいうと、車を運転しているときは、無意識ではないでしょう。はっきり見ています。)

(しかし、いちいち言葉化して認識はしていないという事を言っているだけです。)

> 英知は別な意味、別な事柄、思考の隙間から、ふっとやってくるのが英知、あるいは知恵と言われる所以。
> (何が「英知」なのかは別の議論)
>
> 結局、クリシュナムルティは、これを言いたい。そのための前段階としての気づき。アウェアネス。思考の空白を作れということです。
> これはあくまで私の見解ですが、様々に異論があるでしょう。
> 特にあなたにも。あなたには、ここまであなたが、築きあげたものがあるので、否定なさるのは目に見えています。

そうですね。私は見る、気づいていることに重点があります。あとはついて生じることです。最初の一歩が全てで、ほかの一歩はありません。


[26774] Re:[26771] [26770] 初めて考えだした 投稿者:南方 投稿日:2019/03/19(Tue) 11:47  

> > 「どのように生きるか?」という問いを、人生で初めて考え出した。
>
>
> 本当にそうですね。
>
> 私は代表的な日本人として考えると共に中国人だったらどう生きるか考えてしまう。中華思想とやらがどんなふうに作用して、どんな風に生きるのだろうか? アメリカ人は?アラブの人は?アフリカの人は?ヨーロッパの人は?ロシアの人は?と思うと皆目わからない。
>
> Kは人間はみな考えることは似ているといった。庶民はそうかもしれない。しかし統治の在り方はみな違うのではないか? 歴史的にどんな辛酸をなめてきたかで違うのではないか?
>
> 南方さんの言った内容は私が今書いたこととは違う意味だと思う。私はそれに共感して自分のことを考えたのでが、老人のする事は書くほどのことがない。それで上述のような文になってしまった。


個人の心の在り方としても考えられますが、一つ見えない次元についての考察もしていきたいと思います。

ゴトさんは嫌うかもしれませんがハイアーセルフという言葉を使わしてください。そのハイアーセルフは別次元で全てと繋がっていると仮定してください。
つぎにロウアーセルフ、つまり集合無意識の自己ですが、これもまた別次元にいて、全てと繋がっている。

精神科の経験を持ちだして分かりにくくなるかもしれませんが、明らかに上述のことを立証する現象が患者同士で起きるのです。

ですから、どのように生きるかということは、在り方はまた別として、繋がっていると仮定して清いエネルギーを発信することで世界を変えられる、と私は思っています。

またそれらを個々人で開発していけば、健全な世の中になっていくのではないかと考えています。

ある人の本に、心に他人を16%位入れておくのが健全な心なのだと書いてありました。その他人の心と自分の心との対話、それが相手には無意識的であったとしても、自分の殻に閉じこもらない、オープンな態度でいられるのではないでしょうか?

だからアラブの人はヨーロッパの人の心を16%位入れる、とかですね。そんな風にしていけばよいかと、心の在り方の実験と実感からものを言っています。


[26773] Re:[26770] 初めて考えだした 投稿者:無名 投稿日:2019/03/19(Tue) 11:25  

> 「どのように生きるか?」という問いを、人生で初めて考え出した。

どのように気づいているか、というのは新しい芽氏の決まり文句だが
「どのように生きるか?」
というのは、我々人間の至上命題でもある。
できれば、2、30代の時に、この言葉に向き合えたかったが。
おそらく「解答」はない。

先輩面した大人たちが、若輩の人に
夢を持て、目標を持て、と、ありきたりの言葉を言うのが関の山だろう。



[26772] 注意とはっきり見ること。 投稿者:無名 投稿日:2019/03/19(Tue) 11:15  

不注意の状態というのは思考がかまけている状態です。思考が現出している状態。非難正当化が噴出している状態。
> その状態は「気づいている」とは言いません。
> 「気づいている」とは、あるものに、言葉なしに、直にふれている状態。


以下のあなたの説明は何度も聞きました。
結局、あなた流のとらえ方と言っていいでしょうか。
新しい芽氏の過去のコメントを調べてみましたが、あなたの捉え方とは、違うみたいです。
それ以外に、クリシュナムルティがわかっていると思われる人に聞きましたが、驚くことにそれぞれ捉え方が違う。
例えば仏教から見た人は、仏教的な見地しか、クリシュナムルティを見ない。

>その通りです。つまり不注意の状態にあることに気づけば、即時に注意の状態に移ります。

不注意の状態に気づく、というのは矛盾した表現です。新しい芽氏は、このようには使っていません。気づいているか、気づいていないか、それだけです。
〇〇に気づくという表現は、日常でよく使う言葉です。例えば財布を忘れたことに気づくとか。
ここでいうクリシュナムルティの気づくというのは、〇〇に気づくという「何か」に気づくということではありません。
そこを混同して、不注意に気づく、という表現になったかもしれません。
そういう私も相当苦慮しました、日本語の気づくと長く混同してました。ですから新しい芽氏のコメントもなかなか理解できなかった。
新しい芽氏の文献で確かめたところ、気づいている、という意味は、現にあるものに思考なしに、直(じか)に知覚されていることを意味します。何かに気づくことではない。
ですから、不注意に気づく、というのはおかしな表現ということになります。不注意というのは思考にとられていることですか、思考に執われている、ことに気づくというのは奇妙です。
いい悪いなしに気づいているか、そうでないか。

>移って注意の状態でいるなら、自分が注意の状態にあるという意識はありません、注意があるという認識はありません。ただ不注意から注意に移る瞬間目が覚めたような、心がしゃんとした感覚が一瞬ありますが。英知も同じでしょう、違いますか?

不注意から注意に移る?
この表現は体験されたあなただけしかわからないみたいです。
よくわかりません。

注意というのは、心の空白を作ることにある。それは即座です。
成ればいい。
その状態は「無意識」ではなく、最も意識的な状態。
はっきり見てる。はっきりと明確に知覚されている状態です。
エネルギーが注がれている状態。全注意。
まさに「意識的な知覚」。
ここもあなたと異なるようです。
(身近な例をいうと、車を運転しているときは、無意識ではないでしょう。はっきり見ています。)

英知は別な意味、別な事柄、思考の隙間から、ふっとやってくるのが英知、あるいは知恵と言われる所以。
(何が「英知」なのかは別の議論)

結局、クリシュナムルティは、これを言いたい。そのための前段階としての気づき。アウェアネス。思考の空白を作れということです。
これはあくまで私の見解ですが、様々に異論があるでしょう。
特にあなたにも。あなたには、ここまであなたが、築きあげたものがあるので、否定なさるのは目に見えています。



[26771] Re:[26770] 初めて考えだした 投稿者:ゴト 投稿日:2019/03/18(Mon) 10:13  

> 「どのように生きるか?」という問いを、人生で初めて考え出した。


本当にそうですね。

私は代表的な日本人として考えると共に中国人だったらどう生きるか考えてしまう。中華思想とやらがどんなふうに作用して、どんな風に生きるのだろうか? アメリカ人は?アラブの人は?アフリカの人は?ヨーロッパの人は?ロシアの人は?と思うと皆目わからない。

Kは人間はみな考えることは似ているといった。庶民はそうかもしれない。しかし統治の在り方はみな違うのではないか? 歴史的にどんな辛酸をなめてきたかで違うのではないか?

南方さんの言った内容は私が今書いたこととは違う意味だと思う。私はそれに共感して自分のことを考えたのでが、老人のする事は書くほどのことがない。それで上述のような文になってしまった。


[26770] 初めて考えだした 投稿者:南方 投稿日:2019/03/17(Sun) 17:47  

「どのように生きるか?」という問いを、人生で初めて考え出した。


[26769] Re:[26767] [26755] [26752] 無題 投稿者:ゴト 投稿日:2019/03/17(Sun) 12:33  

> > > そんなことより大事なのは、身の回りの生活。生活防衛だろう。

そう言う観点から見る時全体性が欠けて、限定された視点から見ている。

> >
> > ここだ。身の回りの生活防衛。あなたはそこに目が向くのだろうが、それは全体性が見えず、限定された個別的問題にしか目が向いていない。
>
> 生活がままなければ、こうして掲示板で、言いたいことは言えないだろう。生活が成り立っての話。
> 世界で、パソコン、スマホが持てるのは、ほんの一部。
> それとあなたの全体を見るという意味が間違っている。
>
> >このような個別的見方では景気を良くしてくれというばかりで、全体を見ていない。この日本の国民性が今の状況を生んでいる。そこが見えていることが大切。慧眼見真とはそいう事だ。
>
> 全体を見るというのは、思考なしにみるということだ。現にあるものに、直に見るということ。

つまり生活防衛という観点が脇にやれていること。

> あなたの頭は外部の情報に占領されている。生活とは切り離されたどうでもいいことを。
> >
> > > テレビのニュースで、戦争貧困などの映像を見て、いちいち悲嘆にくれてもしょうがない。
> >
> > その通り。よく見てその全体の意味することを観よ。
>
> 何が全体を意味することだ。事実それが起きている。それだけだ。

それ(悲惨な出来事またはバカ騒ぎ、何でも)が何を意味しているか。それは人間というものが実に多種多様の環境から生まれ、格差は大きく、文化も異なり、共生しようとしてもどうにもならず、矛盾混乱が雪だるま式に増大し、今や、国家の財政や世界の金融体制の破たん、世界の2極化、戦争まで危惧されている。

> それに対し、人は様々に評価する。
> >
> >
> > そのような俗論は自己中心的思考過程から生まれている。それを見える人が声を上げずして何とする!
>
> あなたが無知無毛、知らないだけだ。その時になってあわてふためくな。

その時生きている人に向かって言っているのだろうな。

> 戦争を経験してるなら、政府が最後に何をやってくるのかわかるだろう。

そのときは日本一国ではなく、世界の金融体制が破たんしているだろう。そういう時は畑と雑木林を持っていい井戸のある田舎にいると強いぞ。まあなるようになるさ。しかし少しは人間が変わってほしいね。共生できるように。


[26768] Re:[26766] 気づきと英知 投稿者:ゴト 投稿日:2019/03/17(Sun) 11:35  

> > > ハイアーセルフとはKの言葉で言うと英知です。しかし不思議ですね?見ることを主張してきたゴトさんが英知を知覚したことがないとは。もしかしてまだ修行中の身ですか?悟ってない。という私は修行中であり、悟ってませんが。
>
>
> 南方さんは、ゴトさんの言葉の矛盾を鋭くつきました。
> ゴトさん曰く
> 「英知というものは、知覚したことがない」
>
> いつも見ている、気づいている、ミニ悟りを実現していると、公言しておきながら、英知というものを知覚したことがない?
> > >
> > >
> > > 修行という事は私には縁がありません。見る時は見ることだけがあり、それを注意と呼ぶなら、注意の状態にあるとは意識しません。不注意の状態にあるとき、気づくだけです。悟ったとか悟っていないとは、どういう意味でその言葉を使っていらっしゃるのかと思います。
>
> 話がそれて修業の話に入ってしまっている。英知がとんだ。
>
> それと
> 不注意の状態というのは思考がかまけている状態です。思考が現出している状態。非難正当化が噴出している状態。
> その状態は「気づいている」とは言いません。
> 「気づいている」とは、あるものに、言葉なしに、直にふれている状態。

その通りです。つまり不注意の状態にあることに気づけば、即時に注意の状態に移ります。移って注意の状態でいるなら、自分が注意の状態にあるという意識はありません、注意があるという認識はありません。ただ不注意から注意に移る瞬間目が覚めたような、心がしゃんとした感覚が一瞬ありますが。英知も同じでしょう、違いますか?


[26767] Re:[26755] [26752] 無題 投稿者:無明 投稿日:2019/03/17(Sun) 10:40  


> > そんなことより大事なのは、身の回りの生活。生活防衛だろう。
>
>
> ここだ。身の回りの生活防衛。あなたはそこに目が向くのだろうが、それは全体性が見えず、限定された個別的問題にしか目が向いていない。

生活がままなければ、こうして掲示板で、言いたいことは言えないだろう。生活が成り立っての話。
世界で、パソコン、スマホが持てるのは、ほんの一部。
それとあなたの全体を見るという意味が間違っている。

>このような個別的見方では景気を良くしてくれというばかりで、全体を見ていない。この日本の国民性が今の状況を生んでいる。そこが見えていることが大切。慧眼見真とはそいう事だ。

全体を見るというのは、思考なしにみるということだ。現にあるものに、直に見るということ。
あなたの頭は外部の情報に占領されている。生活とは切り離されたどうでもいいことを。
>
> > テレビのニュースで、戦争貧困などの映像を見て、いちいち悲嘆にくれてもしょうがない。
>
> その通り。よく見てその全体の意味することを観よ。

何が全体を意味することだ。事実それが起きている。それだけだ。
それに対し、人は様々に評価する。
>
>
> そのような俗論は自己中心的思考過程から生まれている。それを見える人が声を上げずして何とする!

あなたが無知無毛、知らないだけだ。その時になってあわてふためくな。
戦争を経験してるなら、政府が最後に何をやってくるのかわかるだろう。


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