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[25561] Re:[25556] 条件ずけ 投稿者:ゴト 投稿日:2018/06/26(Tue) 19:07  

> これから25541の条件ずけの検討に入ります。遅まきながら。

よろしく。3章に入るのは7月になってからと思って待っています。


[25560] Re:[25555] 自分自分を知る 投稿者:ゴト 投稿日:2018/06/26(Tue) 19:03  

以下の投稿は見ることの要点そのものです。しっかりわかってもらえるまで、はっきりした言葉で返答しようと思います。

> この例は、一般のサラリーマンにとってわかりやすい例なので、取り上げました。私にも経験があります。
>
> >いきなり上司に呼び出され、明日から地方へ転勤を命じられる。
> > その瞬間、恐怖が生じる。その方がわかりやすい、その時、自身に起きる反応を見る。
> > 会社への反感、子供の転勤をどうするかなど、様々な思いが生じる。そのときの反応がリアルタイムの反応。
>
> >>確かにリアルタイムの反応です。それが自分自身を知るのとどういう関係にあるのでしょうか? 反応を見るというのはどういう事が起きているのでしょうか?
>
> 意外な答えです。
> その時に自分自身に起きたリアルタイムの反応を見ることが「自分自身を知る」ということではないですか?
> あなたは常に「見ること」をおっしゃいます。それが「自分自身を知ること」だと、いつも言われてはいなかったでしょうか?
>
> ここにきて「自分自分を知る」とはそのようなことではないとおっしゃるのでしょうか。
>
> 反応を見るとは、どういうことかとおっしゃいますが、先程の例で、いきなり上司に転勤を命じられた時、様々な思いが錯綜するのではないですか?そのとき起きた思考の反応を見る。


そこで質問ですが、見るときと見ていないときはどう違うのでしょうか? その場ではっきりわかりますか、後になってわかるものですか? どちらもありますか?

即座の理解があるとその場でわかるか、後になってわかってくるものか、たぶんいろいろあると思いますが。

> せっかく今の仕事に慣れて来たのに、又仕事が変わるのか。又小さい子供が又小学校を転勤しなければならない。又妻に苦労をかける。いっそのこと会社をやめるか。いやダメだと自問自答する。
> そういったその時おきた葛藤の思考過程を見続けることが、自分自身を知るということです。そのときのリアルタイムの自分自身の反応。その自分の慌てふためく様を、じっと見ている、ということが
> 自分自身を知る。自分自身を観察することによって自分自分を知るようになる。
> その時おきた反応が、その時おきた条件付け。反応というには条件付け。
>
> 逆にあなたのようなできたお方は、上司の言うことに対し、素直に、「はいわかりました」
> そういう人は、条件づけがお起ようがありませんね。反応なし。
>
> 対照的に私は上司食ってかかるタイプ。世渡りが上手くいきません。
> 上司に上手く取り繕う人が出世することはいうまでもありません。


転勤でも何でもいいのですが、言い渡されたとき反応が起こるとします。反応はこの場合さまざまな感情の動揺です。それで、いろいろ思っているな、動揺しているなと、心が動揺せずに見ていますか? 思考、感情は動揺しています。心は平静に見ているか、シンとして見ているか、まな板の上のコイのように見ているか、そんなところでしょうが、騒いでいない。それがないなら見てはいない。


[25559] ホントかどうか調べる 投稿者:虚無 投稿日:2018/06/26(Tue) 18:49  

条件づけの議論をしているのに、全然関係ない話を持ち出すから先に進まない。
論点を絞らないから、散発的になる。
この条件づけについては、たくさんのわからない、疑問点があるはずだ。けっして素通りできない代物。
クリシュナムルティが条件ずけの意義の話をしているときに、何で「変容」の話がくるのか?

「思い」と事実がちがうということが今もってわからないようだ。

クリシュナムルティに対して美辞麗句を述べるだけで、その記述の中身を検討しようとはしない。
ただクリシュナムルティの記述を鵜呑みにすることなく、それが正しいかどうか間違ってるかどうか自分を確かめることが必要だろう。
ホントかどうか。


[25558] 無題 投稿者:虚無 投稿日:2018/06/26(Tue) 18:34  

いきなり変容の話になっている。オタクの関心はそれだけか。なぜKの記述をじっくり検討をしようとしないのだろうか。仮説の上乗せではなく、何で起きた生の事実を述べようとしないか?


[25557] Re:[25554] [25553] [25552] [25550] [25549] [25548] [25547] [25541] 既知からの自由2-2(2) 投稿者:宮啓 投稿日:2018/06/26(Tue) 13:58  

> > > > > > > > [条件付け]
>
> >  要点は、脳の結線が変わることによって、その陳述内容が理解されることではないでしょうか。
> >
> >  そのとき、脳の結線が変わっているか。。
>
>
> 脳の結線が変わるというのは仮説で今は確かめることができないものです。 それで、実際に感じる記述(Kの言ったことでもいいし、人間のなす伝達でもいい)の知的でない理解が肝要です。
>
>  そこで、どうしてKの言ったことが実際に起こらないか、そこが問題です。そこに目を向けなければならないと思います。見ることに思考が介入することがあります。他に何かあるか? もちろんKの言っていることが間違っている可能性もあります。だが実際になぜ起こらないかを考え抜かなければなりません。そして本当に変化が何も起きていないのか、自分について考えなければなりません。


 脳の結線の変化が「変容」であるならば、変容を感じることはできるのではないでしょうか。

 変容が起こらないにも関わらず、変容がなぜ起こらないか?

 これを問うことは思考の網に捕らわれるように思われます。

 変容が起これば、それは即理解であり、理解の前には変容はありえないことが分かるのです。。


[25556] 条件ずけ 投稿者:虚無 投稿日:2018/06/26(Tue) 11:10  

これから25541の条件ずけの検討に入ります。遅まきながら。


[25555] 自分自分を知る 投稿者:虚無 投稿日:2018/06/26(Tue) 11:05  

この例は、一般のサラリーマンにとってわかりやすい例なので、取り上げました。私にも経験があります。

>いきなり上司に呼び出され、明日から地方へ転勤を命じられる。
> その瞬間、恐怖が生じる。その方がわかりやすい、その時、自身に起きる反応を見る。
> 会社への反感、子供の転勤をどうするかなど、様々な思いが生じる。そのときの反応がリアルタイムの反応。

>>確かにリアルタイムの反応です。それが自分自身を知るのとどういう関係にあるのでしょうか? 反応を見るというのはどういう事が起きているのでしょうか?

意外な答えです。
その時に自分自身に起きたリアルタイムの反応を見ることが「自分自身を知る」ということではないですか?
あなたは常に「見ること」をおっしゃいます。それが「自分自身を知ること」だと、いつも言われてはいなかったでしょうか?

ここにきて「自分自分を知る」とはそのようなことではないとおっしゃるのでしょうか。

反応を見るとは、どういうことかとおっしゃいますが、先程の例で、いきなり上司に転勤を命じられた時、様々な思いが錯綜するのではないですか?そのとき起きた思考の反応を見る。

せっかく今の仕事に慣れて来たのに、又仕事が変わるのか。又小さい子供が又小学校を転勤しなければならない。又妻に苦労をかける。いっそのこと会社をやめるか。いやダメだと自問自答する。
そういったその時おきた葛藤の思考過程を見続けることが、自分自身を知るということです。そのときのリアルタイムの自分自身の反応。その自分の慌てふためく様を、じっと見ている、ということが
自分自身を知る。自分自身を観察することによって自分自分を知るようになる。
その時おきた反応が、その時おきた条件付け。反応というには条件付け。

逆にあなたのようなできたお方は、上司の言うことに対し、素直に、「はいわかりました」
そういう人は、条件づけがお起ようがありませんね。反応なし。

対照的に私は上司食ってかかるタイプ。世渡りが上手くいきません。
上司に上手く取り繕う人が出世することはいうまでもありません。



[25554] Re:[25553] [25552] [25550] [25549] [25548] [25547] [25541] 既知からの自由2-2(2) 投稿者:ゴト 投稿日:2018/06/26(Tue) 10:52  

> > > > > > > [条件付け]

>  要点は、脳の結線が変わることによって、その陳述内容が理解されることではないでしょうか。
>
>  そのとき、脳の結線が変わっているか。。


脳の結線が変わるというのは仮説で今は確かめることができないものです。 それで、実際に感じる記述(Kの言ったことでもいいし、人間のなす伝達でもいい)の知的でない理解が肝要です。

 そこで、どうしてKの言ったことが実際に起こらないか、そこが問題です。そこに目を向けなければならないと思います。見ることに思考が介入することがあります。他に何かあるか? もちろんKの言っていることが間違っている可能性もあります。だが実際になぜ起こらないかを考え抜かなければなりません。そして本当に変化が何も起きていないのか、自分について考えなければなりません。


[25553] Re:[25552] [25550] [25549] [25548] [25547] [25541] 既知からの自由2-2(2) 投稿者:宮啓 投稿日:2018/06/25(Mon) 20:37  

> > > > > > [条件付け]
> > > > > 感情は条件付けによりそっぽに向かって動いているようだ。全注意を注ぐといってもぴんと来ない。感情がそこに向いていないと全注意は注げない。とにかく条件付けに気づいて脱落させるしかないのか。。
> > > > >
> > > > > > (終わり)
> > > >
> > > >
> > > >  権威を感じるものは条件付けによるのか。依存を感じるものは条件付けによるものか。執着しているのは条件付けによるものか。恐怖は・・。安全願望は・・。
> > >
> > >
> > > 権威、依存、執着、恐怖、安全願望などは、あれば気づくことが出来そうだ。びくびくするとか、ぞっとするとか。しかし、条件付けられているという形で知覚できるのかな? そのためには権威・権力に従うという感じがないと言わないと思う。知的にはわかるが。権威に束縛されたという感じを意識したことはほとんどない。
> > >
> > >
> > > >  そして、「私」、自我が実在しているように感じるのは条件付けによるものか。。
> > >
> > >
> > > ここはそのうち、「既知からの自由」にも出てくると思うが、言い方を変えて自己意識というと、人間の場合これなくしては人間として生育していないという事になる。人間がいて言語の中で育てられて身につくものだが、自我と名付けらるものはプライドが出てくるときわかるものですが、人間を人間たらしめている自己意識(これを条件付けと呼んでっもいいですか?)とどう違うのだろう。ここは私にとっては哲学大辞典でも読みたいところです。どなたか教えてください。
> >
> >
> >  現にあるもの「A」があるとします。
> >
> >  「A」を見て「A’」に見えるとします。
> >
> >  「A’」は投影(幻想)であり、現実のあるがままは「A」です。
> >
> >  ここで、「A」⇒「A’」、この投影過程が条件付けの働きではないでしょうか。
>
>
> あるがままに見る、それを既知のものの介入なしに見る事と考えると、確かにそれは歪みを生じます。しかし少々誤差があるのは当たり前で、それでも普通のことはちゃんと用が足りて重宝なものです。確かに樫の木と呼ぶとき言葉が入ってきますが、それが憎しみや憎悪、残虐や戦争の悲惨に結びつくほどの悪い因子とは思えないのです。言葉が見ることに加入し、あるがままを見る、それを心にフィードバックするのをゆがめる事が悪い因子なのではないかと思うのですが、いかがでしょう。三重苦のヘレン・ケラー女史は若い時、家庭教師のサリバン女史によって、水を掌に流されながら、waterと手のひらに指で書かれ、万物にはすべてに名前があるというインスピレーションを受け、それから走り回ってそこらにあるものの名前を触って指文字で覚え、嬉しがったそうです。
>
>
> >  >あなたが木を見て「あれは樫の木だ」、「バンヤンの木だ」と言うときでさえ、木に名づけることは、それは植物学の知識ですが、あなたの心を非常に条件付けているので、あなたと実際に木を見ていることの間に言葉が入ってくるということをわかっていますか? 木と出会うためには手を木に当てなければならないのであって、言葉は木に触れるのを助けはしないでしょう。−−、
> >
> >  木を「A」、手で触れられることなく知識に収められた木を「A’」と置き換えることができるのではないでしょうか。
> >
> >  「A」⇒「A’」、ここに条件付けが挟まれている。
> >
> >
> >  私がクリシュナムルティの陳述を聴いて感じることは、現にあるものから外れる投影、イメージ、結論等々は、何らかの条件づけが含意されているように思います。
>
>
> 有るがままに見、聴くと同時にそれが心の重要な部分にフィードバックされなければならない。それで脳の結線が変わるという仮説を持っています。仮説はどうでもいいが、ともかく即時の理解があるように見、聴き、知覚するという事が要点かと思います。


 要点は、脳の結線が変わることによって、その陳述内容が理解されることではないでしょうか。

 そのとき、脳の結線が変わっているか。。


[25552] Re:[25550] [25549] [25548] [25547] [25541] 既知からの自由2-2(2) 投稿者:ゴト 投稿日:2018/06/25(Mon) 19:46  

> > > > > [条件付け]
> > > > 感情は条件付けによりそっぽに向かって動いているようだ。全注意を注ぐといってもぴんと来ない。感情がそこに向いていないと全注意は注げない。とにかく条件付けに気づいて脱落させるしかないのか。。
> > > >
> > > > > (終わり)
> > >
> > >
> > >  権威を感じるものは条件付けによるのか。依存を感じるものは条件付けによるものか。執着しているのは条件付けによるものか。恐怖は・・。安全願望は・・。
> >
> >
> > 権威、依存、執着、恐怖、安全願望などは、あれば気づくことが出来そうだ。びくびくするとか、ぞっとするとか。しかし、条件付けられているという形で知覚できるのかな? そのためには権威・権力に従うという感じがないと言わないと思う。知的にはわかるが。権威に束縛されたという感じを意識したことはほとんどない。
> >
> >
> > >  そして、「私」、自我が実在しているように感じるのは条件付けによるものか。。
> >
> >
> > ここはそのうち、「既知からの自由」にも出てくると思うが、言い方を変えて自己意識というと、人間の場合これなくしては人間として生育していないという事になる。人間がいて言語の中で育てられて身につくものだが、自我と名付けらるものはプライドが出てくるときわかるものですが、人間を人間たらしめている自己意識(これを条件付けと呼んでっもいいですか?)とどう違うのだろう。ここは私にとっては哲学大辞典でも読みたいところです。どなたか教えてください。
>
>
>  現にあるもの「A」があるとします。
>
>  「A」を見て「A’」に見えるとします。
>
>  「A’」は投影(幻想)であり、現実のあるがままは「A」です。
>
>  ここで、「A」⇒「A’」、この投影過程が条件付けの働きではないでしょうか。


あるがままに見る、それを既知のものの介入なしに見る事と考えると、確かにそれは歪みを生じます。しかし少々誤差があるのは当たり前で、それでも普通のことはちゃんと用が足りて重宝なものです。確かに樫の木と呼ぶとき言葉が入ってきますが、それが憎しみや憎悪、残虐や戦争の悲惨に結びつくほどの悪い因子とは思えないのです。言葉が見ることに加入し、あるがままを見る、それを心にフィードバックするのをゆがめる事が悪い因子なのではないかと思うのですが、いかがでしょう。三重苦のヘレン・ケラー女史は若い時、家庭教師のサリバン女史によって、水を掌に流されながら、waterと手のひらに指で書かれ、万物にはすべてに名前があるというインスピレーションを受け、それから走り回ってそこらにあるものの名前を触って指文字で覚え、嬉しがったそうです。


>  >あなたが木を見て「あれは樫の木だ」、「バンヤンの木だ」と言うときでさえ、木に名づけることは、それは植物学の知識ですが、あなたの心を非常に条件付けているので、あなたと実際に木を見ていることの間に言葉が入ってくるということをわかっていますか? 木と出会うためには手を木に当てなければならないのであって、言葉は木に触れるのを助けはしないでしょう。−−、
>
>  木を「A」、手で触れられることなく知識に収められた木を「A’」と置き換えることができるのではないでしょうか。
>
>  「A」⇒「A’」、ここに条件付けが挟まれている。
>
>
>  私がクリシュナムルティの陳述を聴いて感じることは、現にあるものから外れる投影、イメージ、結論等々は、何らかの条件づけが含意されているように思います。


有るがままに見、聴くと同時にそれが心の重要な部分にフィードバックされなければならない。それで脳の結線が変わるという仮説を持っています。仮説はどうでもいいが、ともかく即時の理解があるように見、聴き、知覚するという事が要点かと思います。


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