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[26252] 無題 投稿者:明日を暗示する黄昏 投稿日:2018/11/12(Mon) 16:10  

赦しとは全体の中に個が消えることである。


[26251] 無題 投稿者:明日を暗示する黄昏 投稿日:2018/11/12(Mon) 16:06  

愛、慈悲、同情から優しさ、こういった苦しみから解放された至福ですらより深い苦しみとなることを理解しなさい。菩薩には至福の苦しみがある。あらゆる義務感と責任感を捨て、空になりなさい。如来の涅槃をめざしなさい。


[26250] Re:[26244] 喧嘩 投稿者:明日を暗示する黄昏 投稿日:2018/11/12(Mon) 15:39  

> 喧嘩したあとの心の動きを観察していると、見返りを求める心が怒りを増幅させることがわかった。
> 何かを「してやった」。それなのにー!って感じです。
> 不思議なのは刺激を求め、愛を求め金を求めしている人がつまり怒らせた側は案外平然としているということ。世俗的なものに対しあまりにも嫌悪感を抱いているとかえって怒りが増す。
>
> そこはそこで世俗的なものに対しても受容的であるというか、そこの線引きが難しいですね。
>
> 私はこうあるべきだと足し算していまうからそうなるんでしょうね。引いては自分と人のためになるという言葉は案外合ってるような気がする今日この頃です。
> いや、恩を借りたほうが、深く、恩を貸した側より傷つく。責任感を感じるからだ。


[26249] 無題 投稿者:明日を暗示する黄昏 投稿日:2018/11/12(Mon) 15:36  

池とは幸福のことだ。幸福には成長はない。幸福は苦しみもない代わりに止まっている。川とは至福のことだ。至福は愛であり、成長と苦しみのあるところにある。至福には、完全な我の消滅と無思考はない。自分自身のことはわかっても他者との区別が消えない。海とは安らぎのことだ。ここに来て、個別性は消え普遍性だけが残る。至福や愛の苦しみすら超越する。


[26248] 新聞広告に出た2冊の本 投稿者:ゴト 投稿日:2018/11/11(Sun) 10:52  

今朝、新聞の広告で、気になる本を見つけた。
 植西 聰 著『怒らないコツ』―「許せない」が消える95の言葉 あなたが怒れば怒るほど、幸せはあなたから遠ざかっていく。41万部突破 発売、即重版!


「許せない」はテレビや新聞で不条理な目に遭った被害者が紋切り型に言う言葉だが、こんなことが日本人の精神文化になったら大変だと思っていたところ、上記の本が出てほっとしている。中身はまだ読んでいないが。


もう一つ、伊集院 静 著『誰かを幸せにするために』が数日前に同じ新聞の広告に出ていた。自分が幸せになるために生きるのではなく、誰かを幸せにするために生きるという大意らしいが、どちらも気になっている。Amazonですぐ買えるのだが。


[26247] Re:[26242] 既知からの自由を読み終わって。 投稿者:無明 投稿日:2018/11/11(Sun) 09:55  

> 本当に最終章に近づくにしたがってすごいエネルギーがありましたが、終わってからそれは次第に静まり、今は虚脱状態が訪れています。
>
> しかし、老衰し始めている人間は医者や、自分の肉体の手入れで結構忙しいのです。今は30分歩くのが精一杯ですが、よく既知からの自由を読めたと感謝しています。これは全く皆さんのエネルギーのおかげです。おそくなりましたがお礼申し上げます。
>
> これからは気ままなおしゃべりで仲間にいれていただこうとおもっています。皆さん、よろしくね。

体力と共に、思考力がだいぶ減退しているみたいですね。これではクリシュナムルティに関する活発な議論は無理だと思います。
今回の「 既知からの自由」でも、力量不足を露呈してしまいました。
言葉足らず、表現力不足が目立ちました。独学も限界です。他の人の本をもっと読むべきです。
本を読むというのは、知識を得るためではなく、言葉の使い方を学ぶためにあります。どのように真理を伝えるのかです。
仏教などの精神世界では相当な工夫が見られます。どのように伝えるか。
クリシュナムルティはあまりにも抽象的。肝心なところはボカす。
あのもの。このもの。
ですから人は抽象的なイメージを抱いてしまうのです。
あるがまま。ありのまま。

人に伝わなければ意味がありません。

例えば、見る、聞くだけでは人にはわからないでしょう。
なぜなら誰でもやってるから。
どのように、見えるのか、どのように気づくのかを具体的に伝えなければ。
(具体的なことがないのは、体験が乏しいからでしょう。そう察しました。人生経験があまりない。例えば修羅場体験とか)

いずれにしろ、これまで自由なこと書かせていただきありがとうございました。
新しい芽氏が、私たちがつきつけられた宿題
「どのように気づいているか」
という意味がやっとわかったような気がします。
(遅まきながら)
ヒントは「異質」のエネルギー。
(体験しないと語れない)
といって神秘体験ではない。誰にでも実現するもの。

ここの掲示板も、役に立ったことは確かです。


[26246] Re:[26241] KB会 10月30日動画 アップ 投稿者:無明 投稿日:2018/11/11(Sun) 09:19  

>  渡辺さんが復活して2本目の動画がアップされています。
>
>  https://www.youtube.com/user/KrishBohm/videos
>
>
>  上方の[動画]タブをクリック

やめてください。誰に対してやっているのか。
誰に渡辺氏の話を聞かせたいのか。
ここでは渡辺氏の話を聞く人はいません。
ゴトさんも聞きません。おそらく関心ないでしょう。
聞きたければ自分で聞けばいい。
老婆心ながら申し上げますが、あなたの意識レベルでは渡辺氏の話はわからないと思います。

元々ここは、他の会を紹介するところではありません。対話をするところです。
動画をアップというよけいなことをするから、KB 会の掲示板が封鎖されてしまうのです。
ある男が、それをきっかけにKB会の掲示板に入り込み、掲示板荒らしをした。管理しきれない管理人さんは、掲示板を閉鎖したというわけ。


[26245] Re:[26242] 既知からの自由を読み終わって。 投稿者:宮啓 投稿日:2018/11/10(Sat) 15:05  

> 本当に最終章に近づくにしたがってすごいエネルギーがありましたが、終わってからそれは次第に静まり、今は虚脱状態が訪れています。
>
> しかし、老衰し始めている人間は医者や、自分の肉体の手入れで結構忙しいのです。今は30分歩くのが精一杯ですが、よく既知からの自由を読めたと感謝しています。これは全く皆さんのエネルギーのおかげです。おそくなりましたがお礼申し上げます。
>
> これからは気ままなおしゃべりで仲間にいれていただこうとおもっています。皆さん、よろしくね。


 お疲れ様でした。。

 『既知からの自由』を一緒に読むことができ、感謝です。

 お体をお大事に。。


[26244] 喧嘩 投稿者:南方 投稿日:2018/11/10(Sat) 15:00  

喧嘩したあとの心の動きを観察していると、見返りを求める心が怒りを増幅させることがわかった。
何かを「してやった」。それなのにー!って感じです。
不思議なのは刺激を求め、愛を求め金を求めしている人がつまり怒らせた側は案外平然としているということ。世俗的なものに対しあまりにも嫌悪感を抱いているとかえって怒りが増す。

そこはそこで世俗的なものに対しても受容的であるというか、そこの線引きが難しいですね。

私はこうあるべきだと足し算していまうからそうなるんでしょうね。引いては自分と人のためになるという言葉は案外合ってるような気がする今日この頃です。



[26243] Re:[26240] [26239] [26221] [26219] [26218] [26217] [26215] [26213] [26210] 無題 投稿者:南方 投稿日:2018/11/10(Sat) 14:40  

> > > > > > > > > ある日、清らかな修道院で解脱に達した、僧がいた。彼は全てを捨て、愛と慈悲に満ちた完成された人格者だった。 ある日酔っ払いを助けてくれとその聖者に頼む人がいた。彼は酔っ払いに清らかな生活の素晴らしさを語った。その言葉は彼の体験から出ていた真実であったが、酔っ払いは、怒って聖者を叩き出した。次に呼ばれた人は、清濁併せ持つ賢者で彼には、醜く汚い世界に入って行き楽しめる力があった。彼は酔っ払いの恨みや怒りの世界に入って行き、一緒に酒を飲み愚痴を言い意気投合してしまった。そうして彼は酔っ払いを救った。        第4段階の愛と慈悲だけでは、ひとは導けない、第5段階の自由とか力、不気味なもの闇のなかに入って行く力が必要なのだ。
> > > > > > > >
> > > > > > > >
> > > > > > > > 救いというのは相手の依存をもたらします。私は救うよりその人から学ぶことが多かった。自分は救うに値するほど高尚な人間ではなかったと。己の傲慢を知った。依存さしてさらにことを悪化させる結果となってしまった。その人から自分への尊重を奪い取ってしまった。私への尊重だけが残り私は途方にくれた。 救う自分とか、善行をなす自分という意識があれば、それはすでに違うのです。偉大さは偉大さが消えたところにある。
> > > > > >
> > > > > >
> > > > > > 今瞑想で自意識を捨てました。誰が認めることも出来ませんし、それが本当かどうかも定かではないですが、心は自意識を捨てたと語ります。あとは、日々の生活のなかでそれを確かめるしかないですね。捨てる自分もない。リラックスが深まると全体や自然との境界線が消えていく。調和と美は我の不在である。
> > > >
> > > >
> > > >
> > > > 捨てて捨てても、最後に私は在るという感覚だけはのこりました。なるということから解放された状態。重荷を降ろした状態。どこにも拡がりもせず、守りもしない状態。意見も解釈も持たない状態。今の所これでいいような気がします。 さらに私はあるから、私が消えてあるだけが残ると5段階。
> >
> >
> > 全ての条件付けを外したあるがままの自分は否定しなくていい。否定されるのは条件付けされた私である。そこを混同してる。  条件付けられた私は池である。条件付けられてない恒久不変の私は、川である。全てである私は、海である。池よりは川がいい、しかし海を目指しなさい。



まあでも人間なんで海になっても色々あって、はぁしょうがないかってことがたくさんありますよね。皆が海になれればそれがいいのかもしれないし、面白味に欠けるかもしれないし。
全ては神々のイタズラですかねー


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