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[25084] 無題 投稿者:青空の慈悲 投稿日:2018/02/07(Wed) 15:32  

・ハートレベルでの目覚め

ハートレベルでの目覚めとは、私たちの感じることが、自分が何で誰であるのかを私たちに教えないのだと理解し始めること。それは、私が感じていることを教えてくれるだけ。

しかし、感情を避けることでそこに到着することはできない。感情的混乱は、私たちが真実ではない無意識の信念を持っていることを教えてくれるので、それを通してどんな信念、どんな思考を信じているかに気づく必要がある。分離を引き起こすどんな思考も真実ではない。

私たちはある種の否定的な感情が正当化されると考えられている世界で育ってきた。「〜が起こったので私は怒りを感じた。〜は起こるべきではなかった。」しかし現実はそうなった。現実と言い争っていると分離を体験する。

覚醒のより深い領域に入っていくと、現実と言い争うどんな正当化された理由も存在しないと理解する。

自分に分離を経験させるパワーを持っているものが何かに気づくために、自分の感情をありのままに見る必要がある。


[25083] 無題 投稿者:青空の慈悲 投稿日:2018/02/07(Wed) 15:25  

自我の馬が、よくてなづけられている人は、言葉遣いにもそれが現れ、丁寧で親切である。


[25082] 無題 投稿者:青空の慈悲 投稿日:2018/02/07(Wed) 15:21  

言葉遣いで、人格のレヴェルがわかる。


[25081] Re:[25079] [25076] [25074] 生きる根源の力 投稿者:青空の慈悲 投稿日:2018/02/07(Wed) 15:16  

> > > それで、本論に入るけれど、私は人間の生きる力、エネルギーは現代において特に旺盛を極めてきて、瞠目すべきものがあるのではないかと思う。
> > >
> > > その個人個人の創り出す方向に理性や論理で方向付けをすることを、たぶん誰もが怪しげなものとして疑うに違いないと思います。過去の歴史を見ると誰でもそうなります。
> > >
> > > たぶん、生起する事柄に対しての心の印象というか、情動の在り方の強度がどうであるかが、世の中の推移を決めていくのではないかと思います。それはいったいどういう事に向かうのか?
> > >
> >
> > 義で動く人みれば、利で動く人もいる。
> >
> > 義で動くのが人格者ですね。
>
>
> まあいろいろな理由で動くのでしょうが、その根本的欲求とはどういう力なのでしょうね。あまり理性的なものでなく、むしろデモーニッシュなものが力を発揮するのではないか。
>
> 果たして内なる光を光として進ませて大丈夫なのかよという疑念はないのかよ?流れに身を任せる。しぬとき、こうかいしないだろうか?大丈夫かな?

デモニーシュな欲動と超自我と自我がいったいになった境地があります。
それは、実は別のものではないからです。

自我 顕在意識 頭
超自我 個人的無意識 ハート
欲動 集合的無意識 腹


[25080] 無題 投稿者:青空の慈悲 投稿日:2018/02/07(Wed) 15:12  

・マインドレベルでの目覚め

マインドレベルでの目覚めが起こると、思考構造の中には究極的には真実は何もないことを見る。

マインド=思考は単なる道具にしかすぎないのに、自己感覚の源泉として見てします。自分とは何かについての自分の考え、自分の自己イメージを本当の自分だと思ってしまう。

マインドレベルでの目覚めとはあなたの全世界の破壊。
「私は一人の人間である」「世界といったものがある」「世界はある特定の状態である必要がある」といったすべての信念構造が壊れていく。

悟りとは、よりよくなることや、より幸福になること、より不幸になることとは何の関係もない。ただ、真実でないことが崩れさるだけ。

真実の思考、悟った思考、などというものはない。

思考や話すことやコミュニケーションは沈黙からわき起こることができる。



[25079] Re:[25076] [25074] 生きる根源の力 投稿者:ゴト 投稿日:2018/02/07(Wed) 11:57  

> > それで、本論に入るけれど、私は人間の生きる力、エネルギーは現代において特に旺盛を極めてきて、瞠目すべきものがあるのではないかと思う。
> >
> > その個人個人の創り出す方向に理性や論理で方向付けをすることを、たぶん誰もが怪しげなものとして疑うに違いないと思います。過去の歴史を見ると誰でもそうなります。
> >
> > たぶん、生起する事柄に対しての心の印象というか、情動の在り方の強度がどうであるかが、世の中の推移を決めていくのではないかと思います。それはいったいどういう事に向かうのか?
> >
>
> 義で動く人みれば、利で動く人もいる。
>
> 義で動くのが人格者ですね。


まあいろいろな理由で動くのでしょうが、その根本的欲求とはどういう力なのでしょうね。あまり理性的なものでなく、むしろデモーニッシュなものが力を発揮するのではないか。

果たして内なる光を光として進ませて大丈夫なのかよという疑念はないのかよ?流れに身を任せる。しぬとき、こうかいしないだろうか?大丈夫かな?


[25078] 無題 投稿者:青空の慈悲 投稿日:2018/02/07(Wed) 10:29  

おもいどおりにしようとするな。流れに身を任せよ。計らいを超えよ。


[25077] 無題 投稿者:青空の慈悲 投稿日:2018/02/06(Tue) 23:46  

愛の意味
それは、私はすべてだということである。
私はすべてであるから、部分が部分を傷つけるようなことは喜ばない。これが、慈悲。大洋的な感覚。


[25076] Re:[25074] 生きる根源の力 投稿者:青空の慈悲 投稿日:2018/02/06(Tue) 23:40  

> このところ、だいぶ長い間青空の慈悲さんの生きていく力を見せて頂きました。とりあえず、まずはお礼を申し上げておこう。
>
> それで、本論に入るけれど、私は人間の生きる力、エネルギーは現代において特に旺盛を極めてきて、瞠目すべきものがあるのではないかと思う。
>
> その昔は、人間と言えるほどの人は、貴族とか有閑階級の人に限られていたが、今は大衆が教養も知識も情報も得ることのできる立場になり、思ったように人生を生き始めていると私は思うのです。
>
> 昔は宗教の師も、学問の師も、実業の師も確かに尊師とか教師と言っておかしくない人であったが、今は職業人の一つの地位に過ぎないことが何となく分かってきている。
>
> ただ大きな良識的な範囲といういうものはあって、そんなひどいことにはなるまいと思いながら、植物の種子がコンクリにひびを入れてでも新しい芽を出すように、四方八方に影響しあいながら生きていく、その力がすごいと改めて感じるのです。
>
> その個人個人の創り出す方向に理性や論理で方向付けをすることを、たぶん誰もが怪しげなものとして疑うに違いないと思います。過去の歴史を見ると誰でもそうなります。
>
> たぶん、生起する事柄に対しての心の印象というか、情動の在り方の強度がどうであるかが、世の中の推移を決めていくのではないかと思います。それはいったいどういう事に向かうのか?
>
> こういうことを書くのはなかなか大変だ。今日はここまで。

義で動く人みれば、利で動く人もいる。

義で動くのが人格者ですね。


[25075] 無題 投稿者:青空の慈悲 投稿日:2018/02/06(Tue) 23:36  

純潔 =処女を守り、少なくとも25までに結婚し、夫以外のことは思わない貞淑な女性に対する呼称
愛=あらゆるものが自分自身であることを知り感じることから来る大洋的な感覚(人間はおろか過ぎて愛の意味はわからない。)。


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