雑感
[トップに戻る] [留意事項] [ワード検索] [管理用]
おなまえ
Eメール メールアドレスは入力禁止
タイトル
コメント 【コメント中のURLは先頭のhを抜いて書き込んで下さい。】
コメント中には参照先URLと同じURLを書き込まないで下さい
参照先
暗証キー (記事メンテ用)

[26232] Re:[26230] [26229] [26228] 煙草に感謝 投稿者:ゴト 投稿日:2018/11/05(Mon) 23:07  

> > > 嫌煙社会の流れの真っ只中にいて思うのは、より良く?生きるには何を大切にすればいいかと気づかせて貰ったこと。
> > > 効率合理化を目的に禁煙する人。それらの人であるがままを、或いは愛をもって生きていられる人がどれくらいいるだろうか?
> > > 健康に対する脅迫的な信仰。
> > > 身体が大切なのは分かるが心を大切にしている人が今の世の中どれくらいいるだろうか?
> > > 心の中身をちょっと覗けば競争心野心恐怖心依存心等で溢れ帰っている。そんな心でどれだけ長生きしたところで何になるのか?
> > > 禁煙社会を観察していると、吸う側としては色々なことを考えさせられ気づかせてもらうありがたい日々である。
> >
> >
> > 私は30年ほど前、かなりにヘビースモーカーだったのですが、禁煙が起こりました。あるきっかけで、自分が自由にタバコを吸っていたのではなくタバコに囚われていたのだという事がわかりました。これはそれまで意志でやめようとしてどうしてもできなかったのがやまったので、初めての変化が起こった体験でした。
>
>
> 私もやめたいのですがどうしてもやめられないので諦めの境地です。
>
> ところで話は変わりますが、あるがまま 空の心 ゼロポイント等どんな感じですか?
> というのも自分もその地点に達したのですが、人を見ての好き嫌いはあります。でもそれはそのまま見て、流れる思考を観察する。それに巻き込まれない。すぐあるがままにリセットされる。なにも引きずらない。
>
> これが空の心でしょうか?ちょっと自信がないのでお尋ねします。


「空の心」という概念めいたものを持つと自由ではなくなるでしょう。人間に完全なものなどないでしょう。観念やイメージがなくなったようで、反応を感じることはあるでしょう。それらを流すというか、自由であることができるならば、それでいい方向に向かっていると思います。

真理や愛の領域にイメージや観念から自由に見ることができるなら、生きることができるならそれでいいと思います。

社会問題にも真理、愛のところから動くときが必要なことは明らかです。世界の半分以上の大人が、政策・外交・経済等の問題について、それは真理じゃない、愛ではないと否定することができれば人間は混乱を脱しえます。

私は「空」という表象は注意して取り扱う必要がありると思います。思考の介入に気づき、それに左右されずに見ることが基礎だと思います。価値観とか人生観とかは空になると身が軽いですね。しかし意識の内容が空になるという言い方は難しい。社会の中では法律他無数ともいえる多くの表象を必要としますから。


[26231] Re:[26227] [26226] [26225] [26207] 過去からの自由16−4 投稿者:宮啓 投稿日:2018/11/05(Mon) 19:44  

> > > 何故愛の気質が人間から失われたか、それは思考の規律と観察・見ることの規律を人間が見失ってしまったからだ。
> >
> >
> >  子どもは、その規律が失われている場合に、容易に指摘する。「王様は裸だ!!」と・・。
> >
> >  しかし、世渡りが上手くなるにつれ、利益が無ければ指摘はしない。指摘した相手が不機嫌となり、こちらを憎むかもしれない。触らぬ神に祟りなし・・、と。
> >
> >  これが、幻想、欺瞞、虚飾、すなわちイメージ、観念、思考の産物が蔓延する要因ではないか。。
> >
> >  相手の幻想、欺瞞、虚飾、すなわちイメージ、観念、思考の産物に気づいても、それをなかなか指摘できない関係。社会。
>
>
> しかしながら人間の意識、言葉を使っての伝搬、思考による対象の姿のリプリゼントは、本質的に観念、イメージによってなされる。生きて現前している真理、実在、愛等々と呼ばれるこのものについては沈黙が規律である。
>
>  心・意識・思考・言葉イメージ・観念は社会の運用のための道具であって、愛とか美とか真理と呼ばれる領域の道具ではない。規律があるとき、見ての理解の領域が開け秩序・摩擦なきエネルギーの流れがある。これがクリシュナムルティの話してくれたことの根本の理解だと思うに至りました。
> >
> >  幻想やイメージは、容易に現実を生み出す。
> >
> >  天皇が神であるというイメージは、容易に本国において現実化したように。。現在は朝鮮半島北部でそれが起こっている。
> >
> >  なぜ、人は指摘しないのか。
>
> 片っ端から非国民のレッテルをはられることが目に見えていたから。不良の仲間たちのような裏社会には天皇や皇后や軍隊をあざ笑うざれ歌は流れていたが。
> >
> >
> > > > 終り (ゴト訳)


 クリシュナムルティは「指摘」のオンパレード。

 いかなる欺瞞もはぎ取る指摘。

 いかなる理想も打ち砕く指摘。

 愛と信じていたものさえ指摘して否定。

 あの世も生まれ変わりも指摘して否定。

 そのようなクリシュナムルティの指摘によって理解が進んでゆく、クリシュナムルティ理解への取り組み。

 しかし、クリシュナムルティの場から離れると、そのような指摘はなされない。戦前の本国のように、朝鮮半島北部のように。

 それゆえに、思考の産物が割拠し増長してゆく。

 そのような思考の産物と無縁の、他の世界。

 >心・意識・思考・言葉イメージ・観念は社会の運用のための道具であって、愛とか美とか真理と呼ばれる領域の道具ではない。規律があるとき、見ての理解の領域が開け秩序・摩擦なきエネルギーの流れがある。これがクリシュナムルティの話してくれたことの根本の理解だと思うに至りました。−−


 ゴトさんはクリシュナムルティを理解したのですね。。



[26230] Re:[26229] [26228] 煙草に感謝 投稿者:南方 投稿日:2018/11/05(Mon) 18:29  

> > 嫌煙社会の流れの真っ只中にいて思うのは、より良く?生きるには何を大切にすればいいかと気づかせて貰ったこと。
> > 効率合理化を目的に禁煙する人。それらの人であるがままを、或いは愛をもって生きていられる人がどれくらいいるだろうか?
> > 健康に対する脅迫的な信仰。
> > 身体が大切なのは分かるが心を大切にしている人が今の世の中どれくらいいるだろうか?
> > 心の中身をちょっと覗けば競争心野心恐怖心依存心等で溢れ帰っている。そんな心でどれだけ長生きしたところで何になるのか?
> > 禁煙社会を観察していると、吸う側としては色々なことを考えさせられ気づかせてもらうありがたい日々である。
>
>
> 私は30年ほど前、かなりにヘビースモーカーだったのですが、禁煙が起こりました。あるきっかけで、自分が自由にタバコを吸っていたのではなくタバコに囚われていたのだという事がわかりました。これはそれまで意志でやめようとしてどうしてもできなかったのがやまったので、初めての変化が起こった体験でした。


私もやめたいのですがどうしてもやめられないので諦めの境地です。

ところで話は変わりますが、あるがまま 空の心 ゼロポイント等どんな感じですか?
というのも自分もその地点に達したのですが、人を見ての好き嫌いはあります。でもそれはそのまま見て、流れる思考を観察する。それに巻き込まれない。すぐあるがままにリセットされる。なにも引きずらない。

これが空の心でしょうか?ちょっと自信がないのでお尋ねします。


[26229] Re:[26228] 煙草に感謝 投稿者:ゴト 投稿日:2018/11/05(Mon) 17:56  

> 嫌煙社会の流れの真っ只中にいて思うのは、より良く?生きるには何を大切にすればいいかと気づかせて貰ったこと。
> 効率合理化を目的に禁煙する人。それらの人であるがままを、或いは愛をもって生きていられる人がどれくらいいるだろうか?
> 健康に対する脅迫的な信仰。
> 身体が大切なのは分かるが心を大切にしている人が今の世の中どれくらいいるだろうか?
> 心の中身をちょっと覗けば競争心野心恐怖心依存心等で溢れ帰っている。そんな心でどれだけ長生きしたところで何になるのか?
> 禁煙社会を観察していると、吸う側としては色々なことを考えさせられ気づかせてもらうありがたい日々である。


私は30年ほど前、かなりにヘビースモーカーだったのですが、禁煙が起こりました。あるきっかけで、自分が自由にタバコを吸っていたのではなくタバコに囚われていたのだという事がわかりました。これはそれまで意志でやめようとしてどうしてもできなかったのがやまったので、初めての変化が起こった体験でした。


[26228] 煙草に感謝 投稿者:南方 投稿日:2018/11/05(Mon) 16:54  

嫌煙社会の流れの真っ只中にいて思うのは、より良く?生きるには何を大切にすればいいかと気づかせて貰ったこと。
効率合理化を目的に禁煙する人。それらの人であるがままを、或いは愛をもって生きていられる人がどれくらいいるだろうか?
健康に対する脅迫的な信仰。
身体が大切なのは分かるが心を大切にしている人が今の世の中どれくらいいるだろうか?
心の中身をちょっと覗けば競争心野心恐怖心依存心等で溢れ帰っている。そんな心でどれだけ長生きしたところで何になるのか?
禁煙社会を観察していると、吸う側としては色々なことを考えさせられ気づかせてもらうありがたい日々である。


[26227] Re:[26226] [26225] [26207] 過去からの自由16−4 投稿者:ゴト 投稿日:2018/11/05(Mon) 15:28  

> > 何故愛の気質が人間から失われたか、それは思考の規律と観察・見ることの規律を人間が見失ってしまったからだ。
>
>
>  子どもは、その規律が失われている場合に、容易に指摘する。「王様は裸だ!!」と・・。
>
>  しかし、世渡りが上手くなるにつれ、利益が無ければ指摘はしない。指摘した相手が不機嫌となり、こちらを憎むかもしれない。触らぬ神に祟りなし・・、と。
>
>  これが、幻想、欺瞞、虚飾、すなわちイメージ、観念、思考の産物が蔓延する要因ではないか。。
>
>  相手の幻想、欺瞞、虚飾、すなわちイメージ、観念、思考の産物に気づいても、それをなかなか指摘できない関係。社会。


しかしながら人間の意識、言葉を使っての伝搬、思考による対象の姿のリプリゼントは、本質的に観念、イメージによってなされる。生きて現前している真理、実在、愛等々と呼ばれるこのものについては沈黙が規律である。

 心・意識・思考・言葉イメージ・観念は社会の運用のための道具であって、愛とか美とか真理と呼ばれる領域の道具ではない。規律があるとき、見ての理解の領域が開け秩序・摩擦なきエネルギーの流れがある。これがクリシュナムルティの話してくれたことの根本の理解だと思うに至りました。
>
>  幻想やイメージは、容易に現実を生み出す。
>
>  天皇が神であるというイメージは、容易に本国において現実化したように。。現在は朝鮮半島北部でそれが起こっている。
>
>  なぜ、人は指摘しないのか。

片っ端から非国民のレッテルをはられることが目に見えていたから。不良の仲間たちのような裏社会には天皇や皇后や軍隊をあざ笑うざれ歌は流れていたが。
>
>
> > > 終り (ゴト訳)


[26226] Re:[26225] [26207] 過去からの自由16−4 投稿者:宮啓 投稿日:2018/11/04(Sun) 19:04  

> > 16章−4 [情熱]
> >
> >  人間はなぜこのものを欠いているのか自問したことが今までにないでしょうか? 人間は子供を儲け、セックスを好み、優しさ、仲間同士、友人同士では何かを一緒に分け合う性質を持っています。しかしこのもの ― 人間がそれを持っていないには何故でしょう? 汚れた街を一人で歩いているときやバスの中で座っているとき、あるいは休日に海辺にいたり、森の中を沢山の鳥や木や流れや動物と共に歩いているとき、時たまぼんやりと不思議に思ったことはないでしょうか ― 何百万年も生きてきて、人間がこのものを、この途方もない、しおれることを知らない花を手にしていないのは何故かと問う気になったことがなかったでしょうか? 何故あなたは人間として、そんなにも有能で、賢く、狡猾で、競争的なのに、このように素晴らしい技術を持ち、空や地下や海底に行き、途方もない電子頭脳を発明するのに ― 何故この大事な一つのものを持っていないのでしょうか? あなたのハートがなぜ空虚なのかというこの問題にあなたが真剣に直面したことがあるのかどうか私は知りません。
>
>
> 人間は利口で狡猾でさえあるに、『あなたのハートがなぜ空虚なのかというこの問題にあなたが真剣に直面したことがあるのかどうか私は知りません』― これが今の人間個人に対しても全人類に対しても共通の、究極の、唯一の愛から出る言葉なのだ。涙がにじむ。
>
>
> >  もし自分自身にその質問をしたのなら、あなたの答えはどうなのでしょう ― どんな曖昧さあるいは狡猾さもないあなたの直接の答えは? あなたの答えはその質問をする中の強烈さとその緊急性に一致しているでしょう。しかしあなたは激しくも切迫もしておらず、それはエネルギーを、情熱であるエネルギーを持っていないからです。そして情熱なしには ― 背後に激烈さを伴う情熱、その中にどんな隠された欲望もない情熱なしには、どのような真理も発見できません。情熱はむしろ恐るべきものであり、なぜならもし情熱を持つなら情熱は自分をどこに運び去るかも知れないからです。
>
>
> 人間は切迫性、緊急性を漠然と感じるが、先き送りしてしまう。
>
>
> >  それゆえ、なぜこの愛の気質が自分の中に失われているか、なぜハートの中にこの炎がないのか、自分自身で見出そうとするその情熱のためのエネルギーを持たない理由は、もしかすると恐怖でしょうか? 自分自身の心とハートを非常に綿密に調べてみるなら、なぜ情熱を持たないか知るでしょう。なぜそれを持っていないか見出そうとすることの中で情熱的であるなら、情熱がそこにあるのを知るでしょう。完全な否定によってのみ、それは情熱の最高の形態です、あの愛であるものが生まれます。謙虚と同じように愛は育成できません。謙虚はうぬぼれが完全に終わるときに生じます ― そのとき謙虚であることはどんなことか決して知らないでしょう。謙虚であるとはどんなことか知っている人間は虚栄心の強い人です。同じように、生の道を見出すため、実際のあるがままを見てそれを超えるため、自分の心とハート、神経、目、全存在を注ぎ、そして完全に、全体的に、いま生きている生を否定するとき ― 醜いもの、残虐なもののその否定そのものの中にこそ、そうでない他のもの(the other)が生じます。自分が沈黙していることを知り、自分が愛していることを知っている人は、愛が何であるか、沈黙が何であるか知っていないのです。
>
>
> 何故愛の気質が人間から失われたか、それは思考の規律と観察・見ることの規律を人間が見失ってしまったからだ。


 子どもは、その規律が失われている場合に、容易に指摘する。「王様は裸だ!!」と・・。

 しかし、世渡りが上手くなるにつれ、利益が無ければ指摘はしない。指摘した相手が不機嫌となり、こちらを憎むかもしれない。触らぬ神に祟りなし・・、と。

 これが、幻想、欺瞞、虚飾、すなわちイメージ、観念、思考の産物が蔓延する要因ではないか。。

 相手の幻想、欺瞞、虚飾、すなわちイメージ、観念、思考の産物に気づいても、それをなかなか指摘できない関係。社会。

 幻想やイメージは、容易に現実を生み出す。

 天皇が神であるというイメージは、容易に本国において現実化したように。。現在は朝鮮半島北部でそれが起こっている。

 なぜ、人は指摘しないのか。


> > 終り (ゴト訳)


[26225] Re:[26207] 過去からの自由16−4 投稿者:ゴト 投稿日:2018/11/04(Sun) 16:25  

> 16章−4 [情熱]
>
>  人間はなぜこのものを欠いているのか自問したことが今までにないでしょうか? 人間は子供を儲け、セックスを好み、優しさ、仲間同士、友人同士では何かを一緒に分け合う性質を持っています。しかしこのもの ― 人間がそれを持っていないには何故でしょう? 汚れた街を一人で歩いているときやバスの中で座っているとき、あるいは休日に海辺にいたり、森の中を沢山の鳥や木や流れや動物と共に歩いているとき、時たまぼんやりと不思議に思ったことはないでしょうか ― 何百万年も生きてきて、人間がこのものを、この途方もない、しおれることを知らない花を手にしていないのは何故かと問う気になったことがなかったでしょうか? 何故あなたは人間として、そんなにも有能で、賢く、狡猾で、競争的なのに、このように素晴らしい技術を持ち、空や地下や海底に行き、途方もない電子頭脳を発明するのに ― 何故この大事な一つのものを持っていないのでしょうか? あなたのハートがなぜ空虚なのかというこの問題にあなたが真剣に直面したことがあるのかどうか私は知りません。


人間は利口で狡猾でさえあるに、『あなたのハートがなぜ空虚なのかというこの問題にあなたが真剣に直面したことがあるのかどうか私は知りません』― これが今の人間個人に対しても全人類に対しても共通の、究極の、唯一の愛から出る言葉なのだ。涙がにじむ。


>  もし自分自身にその質問をしたのなら、あなたの答えはどうなのでしょう ― どんな曖昧さあるいは狡猾さもないあなたの直接の答えは? あなたの答えはその質問をする中の強烈さとその緊急性に一致しているでしょう。しかしあなたは激しくも切迫もしておらず、それはエネルギーを、情熱であるエネルギーを持っていないからです。そして情熱なしには ― 背後に激烈さを伴う情熱、その中にどんな隠された欲望もない情熱なしには、どのような真理も発見できません。情熱はむしろ恐るべきものであり、なぜならもし情熱を持つなら情熱は自分をどこに運び去るかも知れないからです。


人間は切迫性、緊急性を漠然と感じるが、先き送りしてしまう。


>  それゆえ、なぜこの愛の気質が自分の中に失われているか、なぜハートの中にこの炎がないのか、自分自身で見出そうとするその情熱のためのエネルギーを持たない理由は、もしかすると恐怖でしょうか? 自分自身の心とハートを非常に綿密に調べてみるなら、なぜ情熱を持たないか知るでしょう。なぜそれを持っていないか見出そうとすることの中で情熱的であるなら、情熱がそこにあるのを知るでしょう。完全な否定によってのみ、それは情熱の最高の形態です、あの愛であるものが生まれます。謙虚と同じように愛は育成できません。謙虚はうぬぼれが完全に終わるときに生じます ― そのとき謙虚であることはどんなことか決して知らないでしょう。謙虚であるとはどんなことか知っている人間は虚栄心の強い人です。同じように、生の道を見出すため、実際のあるがままを見てそれを超えるため、自分の心とハート、神経、目、全存在を注ぎ、そして完全に、全体的に、いま生きている生を否定するとき ― 醜いもの、残虐なもののその否定そのものの中にこそ、そうでない他のもの(the other)が生じます。自分が沈黙していることを知り、自分が愛していることを知っている人は、愛が何であるか、沈黙が何であるか知っていないのです。


何故愛の気質が人間から失われたか、それは思考の規律と観察・見ることの規律を人間が見失ってしまったからだ。

> 終り (ゴト訳)


[26224] 無題 投稿者:明日を暗示する黄昏 投稿日:2018/11/04(Sun) 14:17  

彼の言ってることは狭い。狭い川のような教えだ。覚者の教えは、全てを乗せれる。オカルトもエロスも政治も乗せれる大海のような教えだ。


[26223] 無題 投稿者:明日を暗示する黄昏 投稿日:2018/11/04(Sun) 14:14  

クリシュナムルティの足りないところは、人それぞれ段階やタイプが違い、段階によって教えも違うということの認識であった。初めから、クリシュナムルティは、自分自身の解放しか興味がなかった。彼は本気で全体を向上させようとかいう慈悲を持ってなかった。


[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11] [12] [13] [14] [15] [16] [17] [18] [19] [20] [21] [22] [23] [24] [25] [26] [27] [28] [29] [30] [31] [32] [33] [34] [35] [36] [37] [38] [39] [40] [41] [42] [43] [44] [45] [46] [47] [48] [49] [50] [51] [52] [53] [54] [55] [56] [57] [58] [59] [60] [61] [62] [63] [64] [65] [66] [67] [68] [69] [70] [71] [72] [73] [74] [75] [76] [77] [78] [79] [80] [81] [82] [83] [84] [85] [86] [87] [88] [89] [90] [91] [92] [93] [94] [95] [96] [97] [98] [99] [100]

処理 記事No 暗証キー
- LightBoard - Modified by isso