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[25501] Re:[25498] 無題 投稿者:ゴト 投稿日:2018/06/16(Sat) 18:04  

> 我の消滅、こそが安らぎだ。


我、セルフ、自己意識についてはいずれゆっくりやろうぜ。本質は何で、何が消滅するのか。


[25500] Re:[25496] 無題 投稿者:ゴト 投稿日:2018/06/16(Sat) 17:55  

> 非難正当化せずにありのままに見ると楽になりますよ。という簡単な話。事実の受容

非難正当化なしに見ている人はすでにすべての権威を拒否した人なのだろうか?


[25499] 無題 投稿者:青空の慈悲 投稿日:2018/06/16(Sat) 17:52  

肉粗雑な肉体意識  微細な感情意識  原因である思考意識  観照者なる直観意識 非二元なる統一意識  この5つが意識の深さのレベル。


[25498] 無題 投稿者:青空の慈悲 投稿日:2018/06/16(Sat) 17:42  

我の消滅、こそが安らぎだ。


[25497] Re:[25494] 体験談 投稿者:ゴト 投稿日:2018/06/16(Sat) 17:36  

> >  しかしそれを捨て去り、全く恐怖のない ― 過ちを犯すという恐怖のない、正しいあるいは間違ったことをするという恐怖のない ― このエネルギーを持つとき、その時そのエネルギー自体が変容ではないでしょうか? 私たちは途方もない量のエネルギーを必要とし、それを恐怖を通じて浪費していますが、あらゆる形の恐怖を捨て去ることから生じるこのエネルギーがあるとき、そのエネルギー自体が根本的な内面の革命を生み出します。それについてしなければならないことは何もありません。
> >
> >  それゆえあなたは自分自身と共に残されます。それがこのこと全てについて真剣である人にとって、あるべき実際の状態です。そしてもはや助けを求めて誰かや何かに頼っていないので、あなたはすでに自由に発見できます。自由があるとき、エネルギーがあります。自由があるときは決して間違ったことをすることができません。自由は反抗とは全く違います。自由があるときには、正しかったり、間違ったりするというような事はないのです。あなたは自由であり、その中心から行動します。それゆえ恐怖はなく、そして恐怖のない心は大いなる愛が可能です。そして愛があるときは望むことをすることができます。
>
> いつも思うのだが、クリシュナムルティの言ってることを実際に実現している人がいるのでしょうか。
> 少なくとも日本ではそういった体験談の本は日本では見たことがない。外国でそのような本を出版しているのだろうか。あったとしても、訳されていないのか。それはわかりません。

権威を否定した人は体験本を欲しがったり、書いたりはしないのじゃないだろうか。
 変容が実現しているかどうかは普通は会っても分からないんじゃないだろうか。刺青やバッジをしているわけではないからな。

> クリシュナムルティの研究者、探求者、訳者、信奉者、愛読者という人はおられます。変容した人は?
> 没後32年世界は何ら変わっていない。ますます混乱の道へ。

>変容した人は?−− それがなぜ気になるの? さっそくその人に会って、気に入ればだが、権威としてその人の言葉を集めたいから? それとも結果を見て支持、不支持を決めたいから? 一人立つ者はそんなことしないよね。


[25496] 無題 投稿者:青空の慈悲 投稿日:2018/06/16(Sat) 17:31  

非難正当化せずにありのままに見ると楽になりますよ。という簡単な話。事実の受容


[25495] Re:[25493] [25491] [25489] エネルギー 投稿者:ゴト 投稿日:2018/06/16(Sat) 16:58  

> > エネルギーなんて簡単だ。ヘラブナ釣りにいそいそ出かける時はエネルギーは十分ある。何となく行く気がしないときはエネルギーがない。
> >
> > 努力して過労死したらエネルギーの使い過ぎ。葛藤があるなら、あるいは嫌々ながらするときは摩擦があり、その時はエネルギーの浪費。
>
> はい。ここまではわかります。問題は次。
> >
> > ただ見ている時はエネルギーの浪費されていない高い状態。
>
> 何で急に「見る」話になるのですか?

ナンだってさ、あなたが、>このサイトは、よく「思考なしに見る」「ただ見る、ただ聞く」と言う言葉がよく出てくるが、このことはエネルギーというものがいるものだろうか。−−
 とつぶやきか質問かをしたから見る話をしたんです。

> > 活動はエネルギーがたっぷりないとできないぜ。
>
> そうです。エネルギーの話はそうです。
>
> 私にとって見ること、聞くことは自然です。努力もエネルギーも、いりません。なぜなら自然と聞こえるのですから。
> 鳥の声を聞くのに、何で努力がいるのですか?

努力は確かに要らない。努力の浪費・消失はないです。だから高いエネルギー状態があるでしょう。

> 何か私は勘違いしているのでしょうか?
> それとも「見ることはエネルギー」とおっしゃりたい?
> クリシュナムルティがそういってるからですか。
> 見ることはエネルギーがいるということは、力任せに金剛力で「見る」ということですか。

違います。そのような状態が続くわけはない。

> そうしないと見ることはできないと。

そうやって金剛力で思考を止めていると、思考なしに話している状態が起こってそれが見えてしまう。探究時代の一つの出来事。

> そうすると一体何を見るんですか、ということになります。
> 初心者の質問として。


思考のスクリーンを通さないで見ると、あるがままのものが見える。


[25494] 体験談 投稿者:虚無 投稿日:2018/06/16(Sat) 11:40  

>
>  しかしそれを捨て去り、全く恐怖のない ― 過ちを犯すという恐怖のない、正しいあるいは間違ったことをするという恐怖のない ― このエネルギーを持つとき、その時そのエネルギー自体が変容ではないでしょうか? 私たちは途方もない量のエネルギーを必要とし、それを恐怖を通じて浪費していますが、あらゆる形の恐怖を捨て去ることから生じるこのエネルギーがあるとき、そのエネルギー自体が根本的な内面の革命を生み出します。それについてしなければならないことは何もありません。
>
>  それゆえあなたは自分自身と共に残されます。それがこのこと全てについて真剣である人にとって、あるべき実際の状態です。そしてもはや助けを求めて誰かや何かに頼っていないので、あなたはすでに自由に発見できます。自由があるとき、エネルギーがあります。自由があるときは決して間違ったことをすることができません。自由は反抗とは全く違います。自由があるときには、正しかったり、間違ったりするというような事はないのです。あなたは自由であり、その中心から行動します。それゆえ恐怖はなく、そして恐怖のない心は大いなる愛が可能です。そして愛があるときは望むことをすることができます。

いつも思うのだが、クリシュナムルティの言ってることを実際に実現している人がいるのでしょうか。
少なくとも日本ではそういった体験談の本は日本では見たことがない。外国でそのような本を出版しているのだろうか。あったとしても、訳されていないのか。それはわかりません。

クリシュナムルティの研究者、探求者、訳者、信奉者、愛読者という人はおられます。変容した人は?
没後32年世界は何ら変わっていない。ますます混乱の道へ。


[25493] Re:[25491] [25489] エネルギー 投稿者:虚無 投稿日:2018/06/16(Sat) 11:00  

> エネルギーなんて簡単だ。ヘラブナ釣りにいそいそ出かける時はエネルギーは十分ある。何となく行く気がしないときはエネルギーがない。
>
> 努力して過労死したらエネルギーの使い過ぎ。葛藤があるなら、あるいは嫌々ながらするときは摩擦があり、その時はエネルギーの浪費。

はい。ここまではわかります。問題は次。
>
> ただ見ている時はエネルギーの浪費されていない高い状態。

何で急に「見る」話になるのですか?

> 活動はエネルギーがたっぷりないとできないぜ。

そうです。エネルギーの話はそうです。

私にとって見ること、聞くことは自然です。努力もエネルギーも、いりません。なぜなら自然と聞こえるのですから。
鳥の声を聞くのに、何で努力がいるのですか?

何か私は勘違いしているのでしょうか?
それとも「見ることはエネルギー」とおっしゃりたい?
クリシュナムルティがそういってるからですか。
見ることはエネルギーがいるということは、力任せに金剛力で「見る」ということですか。
そうしないと見ることはできないと。
そうすると一体何を見るんですか、ということになります。
初心者の質問として。


[25492] 既知からの自由1−6 投稿者:ゴト 投稿日:2018/06/16(Sat) 10:06  

[権威からの自由]

 今私たちがしようとしていることは、それゆえ、自分自身について学ぶことです。私や分析者や哲学者に従うのではなく ― なぜなら他の誰かに従って自分自身について学ぶなら、私たちは自分自身についてではなく、彼らについて学んでいるからです ― 私たちは自分が実際にどうであるのか学ぼうとしているのです。

 自分自身の精神の構造の内部に完全な革命をもたらす中で、どんな外部の権威にも依存できないことを理解しても、自分自身の内部の権威、自分自身の特定の小さな経験と蓄積された意見、知識、観念と理想という権威を拒否するという、より遥かに大きな困難があります。あなたは昨日何かをあなたに教えるある経験をしました。そしてそれがあなたに教えたことは新しい権威になります ― そしてその昨日の権威は千年の権威と同じように破壊的です。自分自身を理解するためには昨日の権威も千年の権威も必要ではありません。なぜなら私たちは生きたものであり、常に動き、流れ、決して休んではいないからです。昨日の権威をもって自分自身を見る時は、生きている動きとその動きの美と質を理解しそこなうでしょう。

 全ての権威から、自分自身のそして他人の経験から自由であることは、昨日のあらゆる事に対して死ぬことであり、その結果あなたの心は常に新鮮で、常に若く、天真爛漫で、活気と情熱に満ちています。人が学び観察するのはそのような状態の中のみです。そしてこのためには大変な気付きが必要とされます。自分自身の内部で起こっている事についての、修正したり、どうあるべきかどうあるべきでないか告げたりしない、実際の気づきが必要です。なぜならそれを修正する瞬間、あなたは別の権威、検閲者を確立してしまうからです。

 そこで今私たちは自分自身を一緒に調べようとしています ― 一人の人が説明し、一方であなたは読み、頁の上の言葉を追いながら著者に同意したり反対したりするのではなく、一緒に旅を、私たちの心の最も秘密の片隅に発見の旅をしようとしています。そのような旅をするには身軽に旅行しなければなりません。意見や偏見、結論 ― 過去二千年以上もの間収集したあの古い家具をすべて背負っていく事はできません。自分自身について知っている全てを忘れましょう。かつて自分自身について考えた事は全て忘れましょう。私たちはあたかも何も知らなかったように、出発しようとしています。

 昨夜はひどく降りました。そして今空は晴れ始めています。新しい新鮮な日です。その新鮮な日にあたかもそれが唯一の日であるかのように出会いましょう。昨日の記憶はすべて置き去りにして一緒に旅立ちましょう ― そして初めて自分自身を理解し始めましょう。

(1.終わり)


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