雑感
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[25044] 無題 投稿者:青空の慈悲 投稿日:2018/01/31(Wed) 18:31  

復活とは、利己的な自分から脱して、より普遍性と善性の世界に生き始めることである。


[25043] 無題 投稿者:青空の慈悲 投稿日:2018/01/31(Wed) 18:19  

動物が相手を選ぶのは嗅覚、ふるさとにもどるときに使うのも嗅覚。

嗅覚は霊的な本源へ回帰しようとする意志のあらわれである。


[25042] 5つのイニシエーションと欲求 投稿者:青空の慈悲 投稿日:2018/01/31(Wed) 18:02  

1物質体験を知り尽くしたいという欲求
2自ゆうになりたいという欲求
3幸せになりたいという欲求
4義務を果たしたいという欲求
5悲しみ



[25041] Re:[25038] [25028] [25027] [24987] [24984] [24978] [24977] [24975] [24974] [24973] [24969] [24966] 無題 投稿者:ゴト 投稿日:2018/01/31(Wed) 17:58  

> > >  見落とされたかもしれないので、再掲しておきます。
> >
> > 見落としたというわけではないが、筆が重くて……、すみません。
>
>
>  どういたしまして。。

有難うございます。

>
>  新しい芽氏も言っていましたが、もしも、クリシュナムルティが生きていて、掲示板に投稿してきたならば、それと分かるのか?との私の問いに対して、「分からない(旨)」の返答を新しい芽氏からもらいました。
>
>  覚者が真理を語ったとして、それが掲示板のような文面だけの情報であれば・・、それが本物か否か不確定としかならない・・ということです。
>
>  それゆえに、ゴトさんが真理を語ったとしても、それが本物か否かは・・文面だけでは「不確か」として受理されるということは、掲示板やネット上でのやりとりの中では、いたしかたないことなのかもしれません。。
>
>  ただ、こちらとしても、不確かなまま、「はい、それは真理です・・」と言うわけにはいかず、ぎりぎりまで確かめたいというところで、ゴトさんにはお手数をおかけしております。
>
>
>
> > > > > > > > >  親子の愛着は愛ではない。
> > > > > > > > >
> > > > > > > >
> > > > > > > > 家族の関係は人間関係の基礎です。あなたの妻や子にたいする執着も唯一なる愛の表れなのです。
> > > > > > >
> > > > > > >
> > > > > > > このレス、ほんとにありがとう。私も少し書いてみます。
> > > > > > >
> > > > > > > 昔海軍の将校が妻に言った。母親の(良妻賢母型でなく)盲愛が一番。盲愛を受けて育った水兵は人間関係でトラブルになることはまずないと。私は盲愛するというのは子供に気遣い、ケアーを注ぐことで、これが愛でしょう。
> > > > > > >
> > > > > > > 子供向けのテレビアニメを今日見ていた。サザエさんみたいな家族ドラマで、内容はなくなったおばあちゃんと家族全員がそろっている写真を、おじいちゃんの希望で探すという事だが、それがなかなか見当たらない。結局、親と孫が全員揃っておじいちゃんが写したのだが、その時、おばあちゃんが何かの所作をして全員がずっこけている写真を貰っておじいちゃんは帰ることになった。
> > > > > > > 家族という単位は普通人間形成に直結しており、そこには言葉化が困難な何にかがあるとはいえ、アニメでは何か伝わる。家族は重要な単位である。
> > > > > > >
> > > > > > > だが主体性をもって自由な意思で生きていく一人の人間―ヒューマニズム、ルネッサンスからの時代は終わりを告げているという。これは別項で。
> > > > > >
> > > > > >
> > > > > >  クリシュナムルティが述べる「愛」と、一般に言われる「愛」を混同するところには、混乱があり、破滅へと向かう錯誤があり、これが世界ではないでしょうか・・。
> > > > > >
> > > > > >  愛を語る者たちが、滅ぼしあっているのではないでしょうか・・。
> >
> > 愛を語る者たちが滅ぼしあっている……、実はどういうことかぴんと来ないのです。
>
>
>  教育現場では愛が語られていないでしょうか・・。「教職は神職である」という言葉が一昔までありました。親が子を躾けるときにも、我が子を思う愛が語られないでしょうか・・。政治家や社会活動家は「愛」を動機として自己欺瞞に陥っていないでしょうか・・。宗教の世界では・・。

教育現場で愛が語られる?愛は愛という言葉で教えたり、示すことのできるものでしょうか?そうでなく、愛と関係が直接ない日常の教導の中にひらめくことでしょうか?それは何かの交感の瞬間です。それが愛の共有です。生徒の側からいえば教師に対する信頼の確信です。愛の言葉なんて関係ありません。
私も母から愛しているという言葉は聞いたことがありません。交感(コミュニオン)の共有があることが、あえて言葉にすれば愛の伝搬だと思います。この交感という言葉はキリスト教との結びつきが強くて不適切でしょうか?

>
> > > > > >  クリシュナムルティが述べる「愛」と、一般に言われる「愛」を混同するところには、混乱があり、破滅へと向かう錯誤があり、これが世界ではないでしょうか・・。
> > > > > >
> > > > > >  愛を語る者たちが、滅ぼしあっているのではないでしょうか・・。
> > > > >
> > > > > Kの言う愛の本質、それから普通に言う愛の本質を人の心がしっかり感じ取ることが、まず、重要です。
> > > > >
> > > > > Kの述べる愛となると特殊用語になりかねないので、愛の普遍的な意味・本質について話し合いましょう。
> > > > >
> > > > > 愛の本当の意味は人間同士の間の気遣い・ケアのことだと思います。それは心身の全体に向けられます。同一目線で、相手の主体性を尊重品ができる範囲の内で。それは周囲のすべて、道具、社会、動物、生物、自然すべてに広がっていきます。

私は交感を[24997]で、
<憎しみを超える時、何が起きているのでしょうか?

局所的ながら、全体的な大いなる力・布置、大いなるものの臨在があるように感じます。その時とるに足らぬことが瞬間に理解され消し飛んでいるのです。必要な言葉は交わさるが、沈黙があります。>

と表現しました。もう少しわかりやすい別の表現で書いたことがあったと捜しましたが、見つけられませんでした。確信の基準はそうした気づきというか、妙観察知というか、交感、あるいは洞察にあると確信します。

> > > >
> > > >
> > > >  そこで、飢餓人(世界で7億人が飢餓で苦しんでいる現在)が、これを聴いて何と思うか・・。
> >
> > 私にはこの言葉は観念的で言葉上での感じがするのですが……
>
>
>  すなわち、>愛の本当の意味は人間同士の間の気遣い・ケアのことだと思います。それは心身の全体に向けられます。同一目線で、相手の主体性を尊重品ができる範囲の内で。それは周囲のすべて、道具、社会、動物、生物、自然すべてに広がっていきます。−−、これは飢餓人へもたむけられているということですね。
>
>
> > > > > 普通に言われる愛には同じようで、どうも恩恵の意味があって、お返しを暗に期待するところがあるようです。優者が劣者に与えるような感じもよくあります。宗教におけるように、認可・制裁を伴う場合もあります。だから愛憎の愛なのです。
> > > > >
> > > > > そこは人間は、普通の愛が愛憎の愛であること等は、かなりよく知ってきていると思います。アニメの影響は馬鹿にならないのではないかと思います。
> > > > >
> > > > > とりとめもないがともかく書いてみました。
> > > >
> > > >
> > > >  母子間の愛着は生理的強迫性が伴うのではないでしょうか・・。生理的強迫性とは空腹や年頃の性的欲求のような強い強迫的な欲求。
> >
> > はい。
>
>
>  強迫性のある欲求がクリシュナムルティが述べるところの「愛」とは思えないのです。

生理的な脅迫で無心に何かをする時は少なくとも邪心はないし、故に秩序の内にあるのではないかと思います。自然の仕組みを俗なものと思うか恩寵と思うかですか?

>
> > > >  鳥が巣を作り子育てに勤しむように、「私の子」と「他者の子」の区別、更には、「私」と「子」という区別が無いときには、白い炎としての「愛」があり得ることは、クリシュナムルティが陳述しています。
> > > >
> > > >  しかし、ヒトの場合、「私の子」と「他者の子」の区別、更には、「私」と「子」は確かにあるのではないでしょうか・・。
> > > >
> > > >  よって、ヒトの場合においては、この「区別」がある限り、変容に寄与することはなく、依然として時間の世界に留まっているように見受けられます。
> >
> > 自分の子と他人の子が見分けることができるのは実際に必要です。そのうえで他人の子と、自分の子と分離なしに接することはできないでしょうか?それと変容に寄与する?
> >
> > > >
> > > >  ただし、時折、予期せずして「区別」なく佇んでいる、あるいは勤しんでいることはありうることです、ただし、これは母子間に限らず・・。
> >
> > もちろん分離なく実際に接していることはあります。しかし近所のだれだれちゃんという認識が同時にあっても一向に差し支えないように思いますが。
> > 何か、区別とか分離という言葉がさしている内容が全く違い、話が通じない感じがします。
>
>
>  クリシュナムルティが述べるところの「区別」は「個体識別」とは別のニュアンスがあるように感じています。
>
>  そして、「区別」あるいは「中心(自我)」があるところには変容はない旨がクリシュナムルティによって述べられています。

つまり、識別ではなく差別があるという事ですね。あの子は貧乏で下品な言葉遣いをするから付き合わないようにって感じかな。この精神、心根は問題の塊そのものですね。非本質的なことです。もっとも非本質的なことが識別できることも重要ですが、それが分離的に扱われている。

>
> > > >  私たちは「愛着」を神聖化するように条件付けられているように見受けられます。
> > > >  特に過去(例えば死せる者との絆等々)の神聖化は著しいように感じます。
> > > >
> > > >  そして、私たちは、よくその神聖化された対象物を拠り所として安心・安定を得ているように見受けられます。
> > > >
> > > >  その場合において、この対象物を脇に置ききれない。捨てきれない。すなわち重大な執着物となっていることが多いように見受けられます。
> >
> > 愛着を神聖化⁉、私はむしろドロドロした人間臭いこととしか思えませんが。執着があるなら。もちろん世の中には現実にいろいろなことがあるでしょう。神聖なものとは自分が今感じるものなのではないですか?
>
>
>  その「神聖なもの」が過去(記憶)とは無関係であり、今、現にあるものとして感じているということですね・・。。

交感状態にあるときがそれです。たとえ一瞬でも。しかし意識するほどでもない時もある。普段は私は凡人状態です。でも心理的思考があるというわけではない。


[25040] 無題 投稿者:青空の慈悲 投稿日:2018/01/31(Wed) 17:45  

恋愛はボクシングやマラソンよりきつい


[25039] 無題 投稿者:青空の慈悲 投稿日:2018/01/31(Wed) 16:39  

渡辺さんに恋愛相談したら、まいた種だから刈るしかないといわれました。


[25038] Re:[25028] [25027] [24987] [24984] [24978] [24977] [24975] [24974] [24973] [24969] [24966] 無題 投稿者:宮啓 投稿日:2018/01/31(Wed) 15:09  

> >  見落とされたかもしれないので、再掲しておきます。
>
> 見落としたというわけではないが、筆が重くて……、すみません。


 どういたしまして。。

 新しい芽氏も言っていましたが、もしも、クリシュナムルティが生きていて、掲示板に投稿してきたならば、それと分かるのか?との私の問いに対して、「分からない(旨)」の返答を新しい芽氏からもらいました。

 覚者が真理を語ったとして、それが掲示板のような文面だけの情報であれば・・、それが本物か否か不確定としかならない・・ということです。

 それゆえに、ゴトさんが真理を語ったとしても、それが本物か否かは・・文面だけでは「不確か」として受理されるということは、掲示板やネット上でのやりとりの中では、いたしかたないことなのかもしれません。。

 ただ、こちらとしても、不確かなまま、「はい、それは真理です・・」と言うわけにはいかず、ぎりぎりまで確かめたいというところで、ゴトさんにはお手数をおかけしております。



> > > > > > > >  親子の愛着は愛ではない。
> > > > > > > >
> > > > > > >
> > > > > > > 家族の関係は人間関係の基礎です。あなたの妻や子にたいする執着も唯一なる愛の表れなのです。
> > > > > >
> > > > > >
> > > > > > このレス、ほんとにありがとう。私も少し書いてみます。
> > > > > >
> > > > > > 昔海軍の将校が妻に言った。母親の(良妻賢母型でなく)盲愛が一番。盲愛を受けて育った水兵は人間関係でトラブルになることはまずないと。私は盲愛するというのは子供に気遣い、ケアーを注ぐことで、これが愛でしょう。
> > > > > >
> > > > > > 子供向けのテレビアニメを今日見ていた。サザエさんみたいな家族ドラマで、内容はなくなったおばあちゃんと家族全員がそろっている写真を、おじいちゃんの希望で探すという事だが、それがなかなか見当たらない。結局、親と孫が全員揃っておじいちゃんが写したのだが、その時、おばあちゃんが何かの所作をして全員がずっこけている写真を貰っておじいちゃんは帰ることになった。
> > > > > > 家族という単位は普通人間形成に直結しており、そこには言葉化が困難な何にかがあるとはいえ、アニメでは何か伝わる。家族は重要な単位である。
> > > > > >
> > > > > > だが主体性をもって自由な意思で生きていく一人の人間―ヒューマニズム、ルネッサンスからの時代は終わりを告げているという。これは別項で。
> > > > >
> > > > >
> > > > >  クリシュナムルティが述べる「愛」と、一般に言われる「愛」を混同するところには、混乱があり、破滅へと向かう錯誤があり、これが世界ではないでしょうか・・。
> > > > >
> > > > >  愛を語る者たちが、滅ぼしあっているのではないでしょうか・・。
>
> 愛を語る者たちが滅ぼしあっている……、実はどういうことかぴんと来ないのです。


 教育現場では愛が語られていないでしょうか・・。「教職は神職である」という言葉が一昔までありました。親が子を躾けるときにも、我が子を思う愛が語られないでしょうか・・。政治家や社会活動家は「愛」を動機として自己欺瞞に陥っていないでしょうか・・。宗教の世界では・・。


> > > > >  クリシュナムルティが述べる「愛」と、一般に言われる「愛」を混同するところには、混乱があり、破滅へと向かう錯誤があり、これが世界ではないでしょうか・・。
> > > > >
> > > > >  愛を語る者たちが、滅ぼしあっているのではないでしょうか・・。
> > > >
> > > > Kの言う愛の本質、それから普通に言う愛の本質を人の心がしっかり感じ取ることが、まず、重要です。
> > > >
> > > > Kの述べる愛となると特殊用語になりかねないので、愛の普遍的な意味・本質について話し合いましょう。
> > > >
> > > > 愛の本当の意味は人間同士の間の気遣い・ケアのことだと思います。それは心身の全体に向けられます。同一目線で、相手の主体性を尊重品ができる範囲の内で。それは周囲のすべて、道具、社会、動物、生物、自然すべてに広がっていきます。
> > >
> > >
> > >  そこで、飢餓人(世界で7億人が飢餓で苦しんでいる現在)が、これを聴いて何と思うか・・。
>
> 私にはこの言葉は観念的で言葉上での感じがするのですが……


 すなわち、>愛の本当の意味は人間同士の間の気遣い・ケアのことだと思います。それは心身の全体に向けられます。同一目線で、相手の主体性を尊重品ができる範囲の内で。それは周囲のすべて、道具、社会、動物、生物、自然すべてに広がっていきます。−−、これは飢餓人へもたむけられているということですね。


> > > > 普通に言われる愛には同じようで、どうも恩恵の意味があって、お返しを暗に期待するところがあるようです。優者が劣者に与えるような感じもよくあります。宗教におけるように、認可・制裁を伴う場合もあります。だから愛憎の愛なのです。
> > > >
> > > > そこは人間は、普通の愛が愛憎の愛であること等は、かなりよく知ってきていると思います。アニメの影響は馬鹿にならないのではないかと思います。
> > > >
> > > > とりとめもないがともかく書いてみました。
> > >
> > >
> > >  母子間の愛着は生理的強迫性が伴うのではないでしょうか・・。生理的強迫性とは空腹や年頃の性的欲求のような強い強迫的な欲求。
>
> はい。


 強迫性のある欲求がクリシュナムルティが述べるところの「愛」とは思えないのです。


> > >  鳥が巣を作り子育てに勤しむように、「私の子」と「他者の子」の区別、更には、「私」と「子」という区別が無いときには、白い炎としての「愛」があり得ることは、クリシュナムルティが陳述しています。
> > >
> > >  しかし、ヒトの場合、「私の子」と「他者の子」の区別、更には、「私」と「子」は確かにあるのではないでしょうか・・。
> > >
> > >  よって、ヒトの場合においては、この「区別」がある限り、変容に寄与することはなく、依然として時間の世界に留まっているように見受けられます。
>
> 自分の子と他人の子が見分けることができるのは実際に必要です。そのうえで他人の子と、自分の子と分離なしに接することはできないでしょうか?それと変容に寄与する?
>
> > >
> > >  ただし、時折、予期せずして「区別」なく佇んでいる、あるいは勤しんでいることはありうることです、ただし、これは母子間に限らず・・。
>
> もちろん分離なく実際に接していることはあります。しかし近所のだれだれちゃんという認識が同時にあっても一向に差し支えないように思いますが。
> 何か、区別とか分離という言葉がさしている内容が全く違い、話が通じない感じがします。


 クリシュナムルティが述べるところの「区別」は「個体識別」とは別のニュアンスがあるように感じています。

 そして、「区別」あるいは「中心(自我)」があるところには変容はない旨がクリシュナムルティによって述べられています。


> > >  私たちは「愛着」を神聖化するように条件付けられているように見受けられます。
> > >  特に過去(例えば死せる者との絆等々)の神聖化は著しいように感じます。
> > >
> > >  そして、私たちは、よくその神聖化された対象物を拠り所として安心・安定を得ているように見受けられます。
> > >
> > >  その場合において、この対象物を脇に置ききれない。捨てきれない。すなわち重大な執着物となっていることが多いように見受けられます。
>
> 愛着を神聖化⁉、私はむしろドロドロした人間臭いこととしか思えませんが。執着があるなら。もちろん世の中には現実にいろいろなことがあるでしょう。神聖なものとは自分が今感じるものなのではないですか?


 その「神聖なもの」が過去(記憶)とは無関係であり、今、現にあるものとして感じているということですね・・。。



[25037] 無題 投稿者:青空の慈悲 投稿日:2018/01/31(Wed) 14:42  

二人の女性から愛されています。地獄です。

どっちとも好きです。


[25036] 無題 投稿者:青空の慈悲 投稿日:2018/01/31(Wed) 00:25  

人々は、奉仕に関して延々と講義する
ところが、実際には困窮者たちに背を向ける
人生は挑戦、受けて立ちなさい
人生はゲーム、プレーしなさい
人生は夢、そのことを悟りなさい
人生は愛、楽しみなさい


[25035] 無題 投稿者:青空の慈悲 投稿日:2018/01/30(Tue) 23:48  

カルナのこの上ない犠牲の精神を覚えておくとよいでしょう。カルナは邪悪な心を持つ者の仲間になったために汚名を負いましたが、カルナほどの犠牲の精神を持っている人は誰もいません。

マハーバーラタの大戦争は、カルナが倒れた17日目に終焉を迎えました。パーンダヴァ軍はカルナを倒した大勝利を祝っていました。カウラヴァ軍は、自分たちの最高の戦士だったカルナを失ったことで、すっかり絶望的になっていました。パーンダヴァ軍は最も手強い対戦相手を倒したことに喜んでいました。けれども、クリシュナは離れた所に座っり、悲しみに沈んでいるように見えました。アルジュナがクリシュナのもとへ行き、勝利を喜ぶべき日にどうして悲しんでいるのか理由を尋ねました。クリシュナはアルジュナに、バーラタは今日、最も英雄と呼ぶにふさわしい戦士を失ってしまった、と言いました。バーラタに栄光と名声をもたらした英雄が倒れてしまった、と。

「私は非常に悲しい。この国は、あれほどの英雄を失うのだから。」

その言葉を聞いて、アルジュナは驚いてクリシュナを見ました。アルジュナは言いました。

「クリシュナ! パーンダヴァ軍の勝利を確実にするために、あなたは御者の役に就くことをお選びになりました。そのおかげで、パーンダヴァ軍は勝利を得ました。その勝利を喜ぶ代わりに、なぜあなたは我らの敵が倒れたことを悲しんでいるのですか?」

クリシュナは答えました。

「カルナは、まさに犠牲の権化だ。犠牲とカルナは同意語だ。カルナほどの犠牲の精神を持っている者は世界中を探しても見つけることはできない。幸せな時も悲しい時も、勝った時も負けた時も、カルナは犠牲というものを忘れることはできなかった。おまえには犠牲の精神があるか? いいや、ない。」

それからクリシュナはアルジュナに、付いて来るようにと言いました。

暗闇が戦場を包んでいました。クリシュナはアルジュナと共に歩いていきました。クリシュナは甘美な声で「カルナ! カルナ!」と叫びました。カルナは末期(まつご)にあえいでいました。カルナは声を上げました。

「私を呼ぶのは誰だ? 私はここにいる。」

その声を頼りに、クリシュナはカルナに近づいていきました。カルナのもとにたどり着く前に、クリシュナは貧しいブラフミン〔婆羅門〕の姿に変じました。カルナは彼に尋ねました。

「あなたは、どなた様ですか?」

カルナは息も絶え絶えでした。そんな時でさえ、声には何の躊躇もひるみもなく、カルナは見知らぬ男にそう問いかけたのでした。ブラフミンに変じたクリシュナはこう答えました。

「長いこと、私はあなたが慈悲深いお方だという評判を耳にしていました。あなたはダーナ カルナ(大いなる喜捨の人カルナ)という名声を得ておられます。今日、あなたの窮状を知らずに、私はあなたに進物を求めにやって来ました。私はあなたに喜捨をしていただかねばなりません。」

「もちろんです、何でも望みの物を差し上げましょう」とカルナは答えました。

「息子の結婚式を挙げなければならないのです。それゆえ、わずかな金(きん)をいただきたい」とクリシュナは言いました。

「ああ、何ということだ! どうか、わが妻のもとに行ってください。妻があなたに必要なだけの金を差し上げます」とカルナは言いました。

すると、ブラフミンは笑い出しました。ブラフミンは言いました。

「わずかばかりの金のために、私は、はるばるハスティナープラの都まで行かねばならないのですか? そういうことであれば、あなたは私が求めたものを喜捨する立場にはおられない。私はおいとまします。」

するとカルナは口を開け、自分の歯の金の詰め物を示して言いました。

「これらを差し上げます。これらをお持ちになってかまいません。」

嫌悪の口調を装って、クリシュナは言いました。

「何を言っているのですか? あなたは私に、あなたの歯を砕いて金を取り出せというのですか? そんな酷いことがどうしてできますか? 私はブラフミンです。」

カルナはクリシュナに自分のハートを捧げた
それを聞くや、カルナはそばにあった石を拾って自分の歯を強打し、それらの歯をブラフミンに差し出しました。ブラフミンを装ったクリシュナは、さらにカルナを試そうと思いました。

「何ですか? あなたは私にぽたぽたと血の滴が落ちる歯を進物として喜捨するおつもりですか? そのようなものは受け取れません。私はおいとまします」

とクリシュナは言いました。カルナは懇願しました。

「スワミ、どうかしばらくお待ちください。」

動くことすらできないにもかかわらず、カルナは自らの矢を引き抜いて大空に向けて放ちました。すると、たちどころに雲から雨が降ってきました。カルナは降雨で歯を洗い清め、それらを両手で差し出しました。すると、クリシュナは自らの真の姿を現しました。カルナは尋ねました。

「あなたは、どなた様ですか?」

クリシュナは言いました。

「私はクリシュナだ。私はそなたの犠牲の精神を称賛する。どのような状況においても、そなたは決して犠牲の精神を手放さなかった。何でも望みのものを言いなさい。」

クリシュナの麗しい姿を見つめながら、カルナは合掌して言いました。

「クリシュナよ! アーパド バーンダヴァ(困難を和らげる親しきお方)よ! ローカラクシャカ(世界の守護者)よ! おお、主よ、全宇宙を手の中に持つお方よ、いったい何をあなたに求められましょう? 今、私は幸運なことに、自分が逝く瞬間にあなたの神聖な御姿を見て目を閉じようとしています。これは最大の祝福です。これは十分すぎるほどの恵みです。今際の際(いまわのきわ)に主の御姿を見ることが、人間存在の究極の目的〔人は来世で死に際に見たものとなる〕です。あなたは私のもとに来て姿を見せてくださいました。それで十分です。私はあなたに敬礼を捧げます。」

アルジュナはそのすべてを見ていました。クリシュナはアルジュナの方を向いて言いました。

「おまえには、この種の犠牲を払う覚悟があるか?」

アルジュナは黙って頭を垂れました。主は、人の内にある犠牲という特質の偉大さを称賛しました。あらゆる種類の犠牲の中で、神のために払われた犠牲が最も偉大です。

「おお、主よ! 私はあなたに、あなたが私に授けてくださったハートを捧げます。それ以外、何をあなたの蓮華の御足に捧げることができましょう? 私はあなたの御前に平伏します。どうか私の捧げものをお受け取りください。」

これが、クリシュナに向けたカルナの祈りでした。


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