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[25481] Re:[25474] 残された生 投稿者:ゴト 投稿日:2018/06/14(Thu) 16:35  

> >人間の持っている基本的性質はいいところもあります。がしかし、悲しすぎます。
> それで責任とかでなく、私は人間として何とかしたいのです。私個人のためでなく。
>
> 一体何をされたいんですか?
> あなたは救世主として、人類を救いたいのですか?


私はやりたいことをしています。救世主なんてとんでもない。

> ちなみに私自身は残された生は、好きなことをして暮らしていきます。何か問題ありますか。

いいえ、ほとんど同じです。私はやりたいことをして生きています。

> 余談ですが、もし世界平和を憂うというなら、一生懸命祈ったらいかがですか?
> 実際問題、私たちには、それしかできないでしょう。確自それぞれの「生活」があります。


私は祈りなんかしたくないです。ただ悲しみを続けたくはありません。それでそのためにやりたいことがあるかというと何も見つかりません。何をしたらいいかわかりません。

それで勉強しています。調べたくなったことを調べて勉強しています。勉強したいことはおのずと私に現れてきます。それをやっています。

> 私の知人にそのような人がいます。私は世界平和には関心ありません。身近でさえ小さな問題が起きるのにです。
> その身近な人が平和に暮らしていれば、それでいいのではないですか。普通の生活が大事なことです。
> 幸い身近には、大きなトラブルがあったことはありません。

普通の生活は大変ですが、何とかやっていけています。でも八十歳台後半という事はいつ何が起こっても不思議ではありません。という事は、この掲示板がいつなくなっても不思議でないという事です。だが、それは天下の一大事ではないでしょう?


[25480] Re:[25468] [25466] [25464] [25455] [25442] [25436] [25430] [25428] 既知からの自由 投稿者:宮啓 投稿日:2018/06/14(Thu) 15:45  

> >  実は、私がひっかかっていたのは、渡辺さんがクリシュナムルティの本流から逸れて坐禅の流れに入っていったように、ゴトさんはクリシュナムルティの本流から逸れて哲学に行ってしまわないか・・と心配していたからでした。。
> >
> >  しかも、なぜ、これほどクリシュナムルティに詳しいのに、なぜ、逸れるのか?
> >
> >  なぜ、なぜ、・・・と、なぜを百回言っても、まだ足りぬほど・・理解できなかったのです。
> >
> >  しかし、上述のゴトさんの返答を聴いて、少し安心しました。。
> >
> >  ゴトさんはクリシュナムルティから逸れてはいなかったのですね。。
>
>
> 私は哲学については理系のせいもあってものすごい素人ですよ。そちらに行くという心配はご無用です。
>
> といってもクリシュナムルティの信奉者という事ではありません。もっとも以前はKの受け売り人間的なところが多かったですが、必死になってそこから脱出し、自分で個人としてではなく人間として考えられるように努めてきました。
>
> これは普遍性という事ですね。「時間の終焉」でKは普遍性という事を言って終わりにしています。今「既知からの自由」を読んで、当時からKが普遍的な目、言い換えれば哲学的でもある目を持っているように感じて驚き、熟読しています。


 私の場合、クリシュナムルティよりも上手い文言表現があれば、私なりの言葉で話したいのですが・・、なかなかクリシュナムルティ以上の言葉がないが故に、そして話の持って行き方も、クリシュナムルティ以上の持って行き方がないが故に、どうしても、クリシュナムルティの文言表現と、クリシュナムルティの持って行き方に頼らざるをえないという立場です。

 すなわち、クリシュナムルティの陳述へともってゆくしか能がない私です。。


[25479] Re:[25478] [25476] [25475] 神であって神ではない 投稿者:南方 投稿日:2018/06/14(Thu) 12:49  

> > > >仏様が言った、無我の境地「私でさえ私のもではない」ということを心底納得します。
> > > それを納得するには宇宙の因とは一つであることを、これもまた心底納得するまで考える必要があります。
> > > そうすると自身は神であり、またそうではないことがわかります。
> > >
> > > それらを納得できたらキリストの言う「人類皆兄弟姉妹」という言葉か心底納得できるはずです。
> > >
> > > ここでいう
> > > 「私でさえ私でない」
> > > 「自身は神であって、神ではない」
> > > とは、どのような意味ですか?
> > >
> >
> >
> > 思考というものは自然発生するものなので、私という思考さえ私のものではないということです。
>
> 思考というものは色々あって、「考え抜く」いう作業は、自分の脳で考えるということです。他人ではありません。又思考は自由自在にコントロールができます。自然発生的に生まれるものではない。イメージが次々と想起するのは、脳の性質といっていいでしょう。自然発生という表現は「偶然」という言葉が浮かんでしまいます。脳は必然です。宇宙も必然。偶然はない。思考は過去の記憶からの反応。その思考以外の知恵つまり叡智を得るには、思考を静めなければなりません。
> 思考を静めたとき、ようするに脳をニュートラルにしたとき、その脳の隙間から、外部から知恵がやってきることは古今の聖賢から言われていることです。アカシックレコードによって。曲を作る時、霊感の泉があふれたというモーツァルト、朝歯を磨いていた時、ふとアイデアが浮かんできた(相対性理論)というエピソードは有名です。逆説的にいえば、何も考えないときに叡智がやってくる。Kもよく思わせぶりに、「あちらから」という表現を使います。
> 今までにない斬新なアイデアを得たとき、自分の考えではなく「神」から得たと言ってもいいでしょう。
> そのとき私であって私ではない。人智を越えたもの。
> >
> > その現象というのは、なんといってもいいですがとりあえずここでは神としときますが、それが発生原であり、そういう意味では自身は神ではない。
>
> 思考は私の脳から生じてくる。この現象はまぎれもない「事実」です。「神」という表現は妙です。思考は神ということになっちゃう。
> >
> > しかしながら源とつながりその表現として具現化されている現象としては似姿としての神であるということです。
>
> 似姿?という神?
> そうではなく、すべては根元的な「意識」の問題です。ラーマクリシュナらが、人間は神であるというには、人間は神のように振る舞うことができるという意味であり、アダムスキーは神は人間の意識といいました。ここでいう意識という意味は原理としての意識(宇宙意識、ブラフマン)。根源の原初の意識。
> 要するに、人間は善と悪、どちらをとるか選択できるということです。自由意志を与えられている。例えば「いい人」になろうするならば善行をつみかさねることによって、神や仏に近ずく。それには上限はありません。自身の意識がますます宇宙的に深まります。同心円のように。逆に真反対の悪行を重ねると「自己矛盾」に陥ります。
> >



自然といえば木々や鳥、虫など様々ですね。
木の葉がその様に生い茂るのは必然か偶然か。
全ては原始的波動のなせるわざだと思いを馳せれば必然。
僕個人として(そのようなものがあるとして、まぁあるように錯覚又は思い込むことはよくしますが)木の葉の姿、状態や状況などは、風が北から吹くのも偶然、突風が吹くのも偶然、鳥がたまたま土に糞をして肥料となるのも偶然。。。

要するに自我に立つか無我に立つか自己に立つか、はたまた真我に立つか、そのスタンスで世界の見えようは変わるということで、それだけでも、とても世界や人間というのは面白いですね。




[25478] Re:[25476] [25475] 神であって神ではない 投稿者:虚無 投稿日:2018/06/14(Thu) 11:58  

> > >仏様が言った、無我の境地「私でさえ私のもではない」ということを心底納得します。
> > それを納得するには宇宙の因とは一つであることを、これもまた心底納得するまで考える必要があります。
> > そうすると自身は神であり、またそうではないことがわかります。
> >
> > それらを納得できたらキリストの言う「人類皆兄弟姉妹」という言葉か心底納得できるはずです。
> >
> > ここでいう
> > 「私でさえ私でない」
> > 「自身は神であって、神ではない」
> > とは、どのような意味ですか?
> >
>
>
> 思考というものは自然発生するものなので、私という思考さえ私のものではないということです。

思考というものは色々あって、「考え抜く」いう作業は、自分の脳で考えるということです。他人ではありません。又思考は自由自在にコントロールができます。自然発生的に生まれるものではない。イメージが次々と想起するのは、脳の性質といっていいでしょう。自然発生という表現は「偶然」という言葉が浮かんでしまいます。脳は必然です。宇宙も必然。偶然はない。思考は過去の記憶からの反応。その思考以外の知恵つまり叡智を得るには、思考を静めなければなりません。
思考を静めたとき、ようするに脳をニュートラルにしたとき、その脳の隙間から、外部から知恵がやってきることは古今の聖賢から言われていることです。アカシックレコードによって。曲を作る時、霊感の泉があふれたというモーツァルト、朝歯を磨いていた時、ふとアイデアが浮かんできた(相対性理論)というエピソードは有名です。逆説的にいえば、何も考えないときに叡智がやってくる。Kもよく思わせぶりに、「あちらから」という表現を使います。
今までにない斬新なアイデアを得たとき、自分の考えではなく「神」から得たと言ってもいいでしょう。
そのとき私であって私ではない。人智を越えたもの。
>
> その現象というのは、なんといってもいいですがとりあえずここでは神としときますが、それが発生原であり、そういう意味では自身は神ではない。

思考は私の脳から生じてくる。この現象はまぎれもない「事実」です。「神」という表現は妙です。思考は神ということになっちゃう。
>
> しかしながら源とつながりその表現として具現化されている現象としては似姿としての神であるということです。

似姿?という神?
そうではなく、すべては根元的な「意識」の問題です。ラーマクリシュナらが、人間は神であるというには、人間は神のように振る舞うことができるという意味であり、アダムスキーは神は人間の意識といいました。ここでいう意識という意味は原理としての意識(宇宙意識、ブラフマン)。根源の原初の意識。
要するに、人間は善と悪、どちらをとるか選択できるということです。自由意志を与えられている。例えば「いい人」になろうするならば善行をつみかさねることによって、神や仏に近ずく。それには上限はありません。自身の意識がますます宇宙的に深まります。同心円のように。逆に真反対の悪行を重ねると「自己矛盾」に陥ります。
>
> そして、これはあくまで推測ですがその源、神は音の波動であると考えています。それが粗い物質となり宇宙を生成している。その微細な現れとしては思考という形をとっている。こんな風に考えています。

思考は結局のところ「波動」です。思考は想念波動。それがエネルギーとなって、周囲に影響を及ぼします。光は粒であり波。
(最近、やっと「波動」という概念があらわれました。)

神というのは「人智を超えたもの」。
宇宙は調和、バランス、意識的な働き。すべてにおいて働いている。
私たちは生かされて生きています。それを自覚することが真の悟り。あまりにも当たり前なので、気に留めない人が多い。

日本人が神社仏閣に、おまいりに行くのは、目に見えないものに対する畏敬の念が日本人の心に宿っています。先祖代々から。無宗教の人もです。
古来から「お供え」をする。大自然に感謝。
仏像というには、人間の理想像。煩悩を超えた人。こうありたいという。心は形。形は心。

最後は話がそれたようで。失礼しました。



[25477] 「私」とは何か? 投稿者:虚無 投稿日:2018/06/14(Thu) 09:52  

「車」とは轅、車輪、車軸、車室、車台に依存した相対関係にもとにて、はじめて呼称、標微、記号表出、言語的通年、名のみのもととして成立するにとどまり、それ自体としての存在はない。
存在なくして顕現のみあり。
「車」というものが存在するのではなく、「車」という状態が顕現(表象)する。


次に我々自身を取り上げてみよう。

「私」とは何か?
この肉体か?そうではない。
では、この自己意識か?それのみではない。
それでは「精神」? もちろんそれではない。
まさに私とはこれらの全てなのだ。
どれか一つ欠けても私たり得ない。
つまり「私」という自己はこれらの様々な状態において顕現している宇宙的なプロセスに他ならないのだ。
私が存在するのではなく、私というプロセスがこの宇宙の場において顕現する。








[25476] Re:[25475] 神であって神ではない 投稿者:南方 投稿日:2018/06/14(Thu) 09:45  

> >仏様が言った、無我の境地「私でさえ私のもではない」ということを心底納得します。
> それを納得するには宇宙の因とは一つであることを、これもまた心底納得するまで考える必要があります。
> そうすると自身は神であり、またそうではないことがわかります。
>
> それらを納得できたらキリストの言う「人類皆兄弟姉妹」という言葉か心底納得できるはずです。
>
> ここでいう
> 「私でさえ私でない」
> 「自身は神であって、神ではない」
> とは、どのような意味ですか?
>


思考というものは自然発生するものなので、私という思考さえ私のものではないということです。

その現象というのは、なんといってもいいですがとりあえずここでは神としときますが、それが発生原であり、そういう意味では自身は神ではない。

しかしながら源とつながりその表現として具現化されている現象としては似姿としての神であるということです。

そして、これはあくまで推測ですがその源、神は音の波動であると考えています。それが粗い物質となり宇宙を生成している。その微細な現れとしては思考という形をとっている。こんな風に考えています。




[25475] 神であって神ではない 投稿者:虚無 投稿日:2018/06/14(Thu) 09:21  

>仏様が言った、無我の境地「私でさえ私のもではない」ということを心底納得します。
それを納得するには宇宙の因とは一つであることを、これもまた心底納得するまで考える必要があります。
そうすると自身は神であり、またそうではないことがわかります。

それらを納得できたらキリストの言う「人類皆兄弟姉妹」という言葉か心底納得できるはずです。

ここでいう
「私でさえ私でない」
「自身は神であって、神ではない」
とは、どのような意味ですか?



[25474] 残された生 投稿者:虚無 投稿日:2018/06/14(Thu) 08:13  

>人間の持っている基本的性質はいいところもあります。がしかし、悲しすぎます。
それで責任とかでなく、私は人間として何とかしたいのです。私個人のためでなく。

一体何をされたいんですか?
あなたは救世主として、人類を救いたいのですか?

ちなみに私自身は残された生は、好きなことをして暮らしていきます。何か問題ありますか。

余談ですが、もし世界平和を憂うというなら、一生懸命祈ったらいかがですか?
実際問題、私たちには、それしかできないでしょう。確自それぞれの「生活」があります。
私の知人にそのような人がいます。私は世界平和には関心ありません。身近でさえ小さな問題が起きるのにです。
その身近な人が平和に暮らしていれば、それでいいのではないですか。普通の生活が大事なことです。
幸い身近には、大きなトラブルがあったことはありません。


[25473] Re:[25471] [25470] 二元は錯覚 投稿者:虚無 投稿日:2018/06/14(Thu) 07:51  

> > 以下の話は「祈り」とは関係なかったようです。話が通じませんでした。失礼しました。
>
>
>
> これは大変失礼しました。
> 僕も森本さんのその本は拝読させていただきました。

あっ、その本読んだんですか。失礼しました。

> それで、祈ったところ以下のような奇跡が起きたんです。
>
> >
> > <「どうやったら投影できるの?」と思考に聞いてみたらいいと思います。
> >
> > どうしてですか?
> >
> > <思考って高慢なので、鼻高々に話し出します。
> >
> > どのように話出すのですか?
> >
> > <それを、じっと見ていたらトリックがわかった手品と同じで二度と騙されません。
> >
> > ?
> >
> > <というような感覚でものを言ってます。あくまで感覚です。
> >
>

あなたに実際に起きた体験でしたか。


[25472] Re:[25471] [25470] 二元は錯覚 投稿者:南方 投稿日:2018/06/14(Thu) 04:25  

> > 以下の話は「祈り」とは関係なかったようです。話が通じませんでした。失礼しました。
>
>
>
> これは大変失礼しました。
> 僕も森本さんのその本は拝読させていただきました。
> それで、祈ったところ以下のような奇跡が起きたんです。
>
> >
> > <「どうやったら投影できるの?」と思考に聞いてみたらいいと思います。
> >
> > どうしてですか?


いい忘れましたので付け加えさせていただくと、
皆さん「どうやったら投影をやめられるか?」とは聞くけれども「どうやったら投影できるか」を知らないからです。



> >
> > <思考って高慢なので、鼻高々に話し出します。
> >
> > どのように話出すのですか?
> >
> > <それを、じっと見ていたらトリックがわかった手品と同じで二度と騙されません。
> >
> > ?
> >
> > <というような感覚でものを言ってます。あくまで感覚です。
> >
> > ?
>


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