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[24917] Re:[24915] [24913] [24901] 消去の過程 その2 投稿者:ゴト 投稿日:2018/01/15(Mon) 00:02  

> > > (後略)これより先、「消去の過程」の実践的説明が述べられています。

前略
> > >  もしあなた方の精神と心が崇拝、祈り、恐怖、不安によって抑制されていれば、その時にはあなた方の観念は完成であるところのあの永遠なるもの、あの不滅なるものに根ざすことはできません。ですから、そういったすべてのものにとらわれないようにしてください。どうか私が言っていることを持ち帰って、「あの人は違うことを言いたいのだ。彼は私たちがこの特定の教会、またはあの特定の宗教、または他の特定のことのためにわれわれが働くように言っているのだ」と言わないようにしてください。それは、あなた方が真理を見出すことができないがゆえの言い訳なのです。あなた方はそういったすべてのものの奴隷であり、それらの影の中に生きているのです。どうすれば日光を理解できると思いますか?あなた方自身以外の誰も、あなた方を日の下に引き出すことはできません。他の誰かに救いを求めることは実に幼稚です。誰もあなた方を救い出すことはできないのです。あなた方自身が多大の努力を払って、影から飛び出さねばならないのです。もしあなた方が闇の中に留まっていれば、「私は闇の中で満足し、それを楽しむのだ」と言うでしょう。あなた方にはそうするための完全な権利があります。が、もし光とその明るさ、清浄さ、静けさを味わいたければ、あなた方は闇から抜け出さねばならないのです。
>
>
>  「闇」の権利、すなわち>もしあなた方が闇の中に留まっていれば、「私は闇の中で満足し、それを楽しむのだ」と言うでしょう。あなた方にはそうするための完全な権利があります。−−、私たちは、その「闇」をそれほど深く知らないのでしょうか・・。
>
>  クリシュナムルティは断崖や毒蛇のごとく、その「闇」を見ている。しかし、私たちは、その「闇」をそのようには、見ない。祖父や祖母、そして親や子たちが、そして皆、その「闇」で生まれ、生き、死んでいく・・。だから、その「闇」を断崖や毒蛇のごとくは見ていない。
>
>  その「闇」を断崖や毒蛇のごとく見る、頭で理解するのではなく、そのときに、変容が起こりうるのか・・。
>
 自分は生まれながらにして、肯定的にも否定的にも、否応なく条件づけられています。それがあるがままの実際です。その闇の部分を浄化せよと言われる。

 まず第一に闇の部分とは何かは宗教的権威をはじめとしてこれからも話しを聴きますが、それは認識=分別せよという事なのか、崖の危険に気づくように直感的に、あるいは本能的に気づくことなのか。動物が本能的にわかることは動物並みの事柄で、数百万年かけて築かれたものと思われますが、ヒトは人並みの危険に本能的・直感的に気づくことをやらなければならないとすると、気づくスピードより、新しい危険の増すスピ−ドが速いのではないかと思うくらいですが、そうか、それを過たずに伝える世界教師(覚者)がK一人でなく数名いたら全然違うだろうという事ですか。

後略


[24916] Re:[24914] [24902] 消去の過程 その3 投稿者:宮啓 投稿日:2018/01/14(Sun) 19:36  

> > 『白い炎』p99 より引用 (コスモス・ライブラリー 発行 大野純一 編訳)
> >
> >  <以下は、1929年にオランダにある「星の教団」の拠点アイルダー城で、団員に向かっていかにして理解力を働かせ、真理の実現にとって不要なものを消去したらいいかを説いたトークである>
> >
> >  「消去の過程」の章 <消去の過程>
> >
> >  正しい価値、正しい基準を見出すためには、消去の過程を経なければなりません。が、それは単に知的または感情的にそうすれば済む問題ではありません。消去し、片付けたら、それは具体的な結果として現れなければならないのです。ここで注意すべきことは、真に理解する人にとっては、放棄とか自己犠牲はないということです。いかにしてありうるでしょう?自分に押しつけられたすべてのもの、自分が身に付けてきたすべてのものを片付け、何が自分の全存在の本質的核心なのかを見出すこと。そのように片付けることは放棄ではなく、"浄化"なのです。
> >  すべての外面的なものからの自由を持ち、自分の真の本質を発見するためには、恐怖から自由でなければなりません。
>
>  自分の真の本質を発見することが完全な生に至ることでもあるのか?それには自由がいるが、そのためには目を曇らせるような障害から浄化されなければならないと。(ゴト)
>
> >  まず第一に、救いにまつわる恐怖から。なぜなら、あなた方自身以外の誰もあなた方を救うことができないからです。いかなる教会を建てようと、いかなる神々や神像を崇めようと、いかなる祈りや崇拝や儀式をおこなおうと、それによってあなた方はあの内なる理解と静謐さを与えられはしないのです。どうか私が掛け値なしにこう申し上げているということをご理解いただきたい。後で、「あの人が言いたいことは違うことなのだ」と言わないようにしてください。強い人間、腐敗しない人間、明晰なビジョンを持ち、明晰な理解を持った世代をこの世界に生み出すこと−−それが私の関心なのです。
>
>  そうです。そういう世代を生み出すことが大事だと思います。2人や6人でなく、そういう世代を。誰も思ったようには変容しなかったとは、記者に聞かれたからとはいえ、何の寝言か!(ゴト)
>
> >  次にあなた方は古代および現代の神々から自由にならなければなりません。あなた方はどうされようとしているのですか?自由になろうとしていますか、それとも弱い子供のように、導かれ、助けの手を差し伸べてもらおうとしているのですか?結局、人はたくましく成長し、すべての神々から自由にならなければなりません。なぜなら、"彼自身が潜在的に神的な存在だからです"。彼は唯一の神であり、他のいかなる神もいないのです。ですから、なんの価値もない外部のものをなぜ崇めるのですか?奇妙にも、あなた方は常に神々を崇めていますが、けっして野良仕事をしている人、あなた方自身、労働者を崇めようとはしません。あなた方が崇め奉る神とは誰なのですか?どうやって隣人と仲良く暮らしたらいいかも知らないのに、ずっと遠くにいる神様を崇めているのです!
> >  次にあなた方は、伝統的な正邪の観念から自由にならなければなりません。あなた方は今何をしているでしょう?古い信念、伝統、恐怖、神々、マスター、神、人類が至らなければならない何かについてなのです。しかるにあなた方は中間的な段階のものを崇めており、それはなんの価値もないのです。もし世界を変えたければ、−−それを覆っている影を払い、健全で、純粋で、強固なものにしたければ、−−あなた方自身が強くなり、そういったすべてへの恐れから自由にならなければなりません。それこそは私があなた方に望んでいることです。あなた方は偽りの、非本質的なもの、迷信や混乱をもたらすものを打破しなければなりません。で、そうするためには、あなた方自身が恐怖の魔手に捕らえられてはならないのです。
>
>  1929年当時は神も正邪の存在も明らかであったかもしれないが、それらを信用する人がいなくなりだした。道徳のみならず生命についての倫理が医術の進歩とともに漂流しそうだ。(ゴト)
>
> >  さらにあなた方は、罰への恐れと報いの誘惑から自由でなければなりません。あなた方の多くがなぜここにおられるのか、私にはわかりません。私に聞くことによって何か特別の報い、特別の天国を手に入れられるとでも思っておられるのですか?それとも、聞かなければ罰を受けるとでも思っておられるのですか?あなた方は自分自身の本質によって報われ、自分自身の思考によって罰せられるのであって、他の誰もあなた方を妨げたり、罰や報いをあなたに与えたりはできないのです。ですからあなた方は、世界中に存在しているあの脅しから自由でなければなりません。「正しいことをすれば報われるであろう。悪いことをすれば罰せられるであろう」。あなた方はヒンドゥー教やキリスト教の伝統的な天国と地獄は片付けたかもしれませんが、しかしそれらに劣らず災いの元で、非現実的で、偽りの、別のそれらを考え出してきたのです。もしあなた方が自分自身の清浄さ、自分自身の理解、自分自身の力を発見したければ、賞罰の観念から自由にならなければなりません。
>
>  自分自身の正常さの基準は何が、あるいは誰が定めるのか?すべては自分が真たるべく努力するという事か?このいまの瞬間?(ゴト)
> >
> >  − − − 以上引用 − − −
> >
> >  つづく
>
>  今回は問いがやたら出てきました。自分で驚いています。


 根源的変容を遂げた者がいるのか・・については、各論あるようですね。しかし、事実はひとつです。

 クリシュナムルティは死の数日前に、記録をとりました。そのときの状況は、執筆が困難であったのでしょうか・・、録音機に向かって音声記録を遺したのです。

 そこで述べられたことは、クリシュナムルティの周囲の人々の中で、誰も根源的な変容を遂げる者がいなかった。と述べたのです。

 新しい芽さんは、これを以下のように解釈しています。それは、クリシュナムルティ亡き後、誰かがカリスマ的権威を求めてクリシュナムルティを利用する(組織を作る等)ことを防ぐためではないのか・・(旨)、新しい芽さんは、そのように述べていました。


 しかし、私はクリシュナムルティの言葉通りに受け取っています。

 ボームもイーブリン・ブローもメアリー・ルティエンスも、そしてべサント夫人やリード・ビーターでさえも、根源的変容を遂げてはいない。私は、そのように受け取っています。

 しかし、それは悲観ではなく、励みにもなるのではないでしょうか‥。


[24915] Re:[24913] [24901] 消去の過程 その2 投稿者:宮啓 投稿日:2018/01/14(Sun) 19:19  

> 消去の過程 その1ではだいぶ議論が出てきたので、その2に進みましょう。
>
> > (後略)これより先、「消去の過程」の実践的説明が述べられています。
> >
> >
> >  私は、あの<生>−−万人の<生>、変化するがにもかかわらず不変不易のあの<生>−−について話しているのです。なぜなら、不完全が個人性を生み出すからです。そして自由に他ならないあの完成は、あらゆる人間の開花なのです。相対的で制限されたものではなく、絶対的な<生>あるいは真理に他ならない完成を遂げるには、その前にそれに至るいかなる道もないことを悟らなければなりません。真理に至るいかなる道もないのです。それは道なき領域なのです。大洋はすべての道を受け入れます。ある川はある国を通り、他の川は他の国を通り、異なった気候にさらされ、異なった樹木、民族、人種を養い、あるいは砂漠地帯を通過するかもしれません。けれども、それらはすべて同じ海へと向かいます。ちょうどその道なき海のように、この真理には道がないのです。
> >  <生>は自由であり、無条件であり、制約できず、そしてそれに至るためには、あなた方は束縛され、制限されたいかなる道をたどってもならないのです。なぜなら、真理は全体であって部分ではないからです。むらのある、中途半端に発達した知性と感情でそれに至ることはできません。なぜなら、真理は完璧な調和、精神と心の完璧な均衡、つまりは<生>だからです。あらゆる男性、あらゆる女性、この世のあらゆるものは、悲しみ、苦痛あるいは恍惚を味わいつつ、すべての生の完成・成就であり、けっして乱されることのないこの自由を求めてもがき、苦闘しているのです。
> >  あなた方は自由でなければなりません。いかなる神、いかなる宗教、いかなる宗派にも縛られてはなりません。過去または現在のいかなる権威にもへつらってはなりません。なぜなら、すべての権威は非生産的だからです。
> >  もしあなた方の精神と心が崇拝、祈り、恐怖、不安によって抑制されていれば、その時にはあなた方の観念は完成であるところのあの永遠なるもの、あの不滅なるものに根ざすことはできません。ですから、そういったすべてのものにとらわれないようにしてください。どうか私が言っていることを持ち帰って、「あの人は違うことを言いたいのだ。彼は私たちがこの特定の教会、またはあの特定の宗教、または他の特定のことのためにわれわれが働くように言っているのだ」と言わないようにしてください。それは、あなた方が真理を見出すことができないがゆえの言い訳なのです。あなた方はそういったすべてのものの奴隷であり、それらの影の中に生きているのです。どうすれば日光を理解できると思いますか?あなた方自身以外の誰も、あなた方を日の下に引き出すことはできません。他の誰かに救いを求めることは実に幼稚です。誰もあなた方を救い出すことはできないのです。あなた方自身が多大の努力を払って、影から飛び出さねばならないのです。もしあなた方が闇の中に留まっていれば、「私は闇の中で満足し、それを楽しむのだ」と言うでしょう。あなた方にはそうするための完全な権利があります。が、もし光とその明るさ、清浄さ、静けさを味わいたければ、あなた方は闇から抜け出さねばならないのです。


 「闇」の権利、すなわち>もしあなた方が闇の中に留まっていれば、「私は闇の中で満足し、それを楽しむのだ」と言うでしょう。あなた方にはそうするための完全な権利があります。−−、私たちは、その「闇」をそれほど深く知らないのでしょうか・・。

 クリシュナムルティは断崖や毒蛇のごとく、その「闇」を見ている。しかし、私たちは、その「闇」をそのようには、見ない。祖父や祖母、そして親や子たちが、そして皆、その「闇」で生まれ、生き、死んでいく・・。だから、その「闇」を断崖や毒蛇のごとくは見ていない。

 その「闇」を断崖や毒蛇のごとく見る、頭で理解するのではなく、そのときに、変容が起こりうるのか・・。


> >  すぐ外に一羽の大アオサギがいますが、それは魚を捕らえるため何時間もじっと集中し、一意専心して待ち続けています。同様にして、真の自己想起をおこなうには、集中する必要があるのです−−この一時間だけでなく、日中ずっと。で、それははるかに困難です。
> >  おしゃべりやうわさ話ばかりしてすべてのエネルギーを費やしてしまえば、あなた方は自分自身を発見することはできないのです。
> >  私が話していることはなんら超常的なことではありません。それは、個的および普遍的な生の極致、究極的完成のことなのです。このことを理解し、理論を日常的行動での実践に移すためには、あなた方はすべての外面的、客観的影響から自由でなければなりません。今まであなた方は一定の基準を持ち、それらに従ってこられたわけですが、しかし権威に反抗し、それを打破することによって、それらの基準をすべて切り崩さなければならないのです。が、それには大いなる気迫が必要です。今必要なことは各人が自分自身にとっての新たな価値、ガイドの役を果たしてくれる真の基準を確立することなのです。
> >
> >  − − − 以上引用 − − −
> >
> >  つづく
>
> 一切の権威、外部の影響、自分自身の経験にも影響されないで、《個的および普遍的な生の極致、究極的完成》にアオサギのように精進せよとのことですが、それには完全な自由がいるし、そのためには過去の影響から自由になることですが、どうしますか?

> 先に進んでみましょう。


[24914] Re:[24902] 消去の過程 その3 投稿者:ゴト 投稿日:2018/01/14(Sun) 17:50  

> 『白い炎』p99 より引用 (コスモス・ライブラリー 発行 大野純一 編訳)
>
>  <以下は、1929年にオランダにある「星の教団」の拠点アイルダー城で、団員に向かっていかにして理解力を働かせ、真理の実現にとって不要なものを消去したらいいかを説いたトークである>
>
>  「消去の過程」の章 <消去の過程>
>
>  正しい価値、正しい基準を見出すためには、消去の過程を経なければなりません。が、それは単に知的または感情的にそうすれば済む問題ではありません。消去し、片付けたら、それは具体的な結果として現れなければならないのです。ここで注意すべきことは、真に理解する人にとっては、放棄とか自己犠牲はないということです。いかにしてありうるでしょう?自分に押しつけられたすべてのもの、自分が身に付けてきたすべてのものを片付け、何が自分の全存在の本質的核心なのかを見出すこと。そのように片付けることは放棄ではなく、"浄化"なのです。
>  すべての外面的なものからの自由を持ち、自分の真の本質を発見するためには、恐怖から自由でなければなりません。

 自分の真の本質を発見することが完全な生に至ることでもあるのか?それには自由がいるが、そのためには目を曇らせるような障害から浄化されなければならないと。(ゴト)

>  まず第一に、救いにまつわる恐怖から。なぜなら、あなた方自身以外の誰もあなた方を救うことができないからです。いかなる教会を建てようと、いかなる神々や神像を崇めようと、いかなる祈りや崇拝や儀式をおこなおうと、それによってあなた方はあの内なる理解と静謐さを与えられはしないのです。どうか私が掛け値なしにこう申し上げているということをご理解いただきたい。後で、「あの人が言いたいことは違うことなのだ」と言わないようにしてください。強い人間、腐敗しない人間、明晰なビジョンを持ち、明晰な理解を持った世代をこの世界に生み出すこと−−それが私の関心なのです。

 そうです。そういう世代を生み出すことが大事だと思います。2人や6人でなく、そういう世代を。誰も思ったようには変容しなかったとは、記者に聞かれたからとはいえ、何の寝言か!(ゴト)

>  次にあなた方は古代および現代の神々から自由にならなければなりません。あなた方はどうされようとしているのですか?自由になろうとしていますか、それとも弱い子供のように、導かれ、助けの手を差し伸べてもらおうとしているのですか?結局、人はたくましく成長し、すべての神々から自由にならなければなりません。なぜなら、"彼自身が潜在的に神的な存在だからです"。彼は唯一の神であり、他のいかなる神もいないのです。ですから、なんの価値もない外部のものをなぜ崇めるのですか?奇妙にも、あなた方は常に神々を崇めていますが、けっして野良仕事をしている人、あなた方自身、労働者を崇めようとはしません。あなた方が崇め奉る神とは誰なのですか?どうやって隣人と仲良く暮らしたらいいかも知らないのに、ずっと遠くにいる神様を崇めているのです!
>  次にあなた方は、伝統的な正邪の観念から自由にならなければなりません。あなた方は今何をしているでしょう?古い信念、伝統、恐怖、神々、マスター、神、人類が至らなければならない何かについてなのです。しかるにあなた方は中間的な段階のものを崇めており、それはなんの価値もないのです。もし世界を変えたければ、−−それを覆っている影を払い、健全で、純粋で、強固なものにしたければ、−−あなた方自身が強くなり、そういったすべてへの恐れから自由にならなければなりません。それこそは私があなた方に望んでいることです。あなた方は偽りの、非本質的なもの、迷信や混乱をもたらすものを打破しなければなりません。で、そうするためには、あなた方自身が恐怖の魔手に捕らえられてはならないのです。

 1929年当時は神も正邪の存在も明らかであったかもしれないが、それらを信用する人がいなくなりだした。道徳のみならず生命についての倫理が医術の進歩とともに漂流しそうだ。(ゴト)

>  さらにあなた方は、罰への恐れと報いの誘惑から自由でなければなりません。あなた方の多くがなぜここにおられるのか、私にはわかりません。私に聞くことによって何か特別の報い、特別の天国を手に入れられるとでも思っておられるのですか?それとも、聞かなければ罰を受けるとでも思っておられるのですか?あなた方は自分自身の本質によって報われ、自分自身の思考によって罰せられるのであって、他の誰もあなた方を妨げたり、罰や報いをあなたに与えたりはできないのです。ですからあなた方は、世界中に存在しているあの脅しから自由でなければなりません。「正しいことをすれば報われるであろう。悪いことをすれば罰せられるであろう」。あなた方はヒンドゥー教やキリスト教の伝統的な天国と地獄は片付けたかもしれませんが、しかしそれらに劣らず災いの元で、非現実的で、偽りの、別のそれらを考え出してきたのです。もしあなた方が自分自身の清浄さ、自分自身の理解、自分自身の力を発見したければ、賞罰の観念から自由にならなければなりません。

 自分自身の正常さの基準は何が、あるいは誰が定めるのか?すべては自分が真たるべく努力するという事か?このいまの瞬間?(ゴト)
>
>  − − − 以上引用 − − −
>
>  つづく

 今回は問いがやたら出てきました。自分で驚いています。


[24913] Re:[24901] 消去の過程 その2 投稿者:ゴト 投稿日:2018/01/14(Sun) 15:57  

消去の過程 その1ではだいぶ議論が出てきたので、その2に進みましょう。

> (後略)これより先、「消去の過程」の実践的説明が述べられています。
>
>
>  私は、あの<生>−−万人の<生>、変化するがにもかかわらず不変不易のあの<生>−−について話しているのです。なぜなら、不完全が個人性を生み出すからです。そして自由に他ならないあの完成は、あらゆる人間の開花なのです。相対的で制限されたものではなく、絶対的な<生>あるいは真理に他ならない完成を遂げるには、その前にそれに至るいかなる道もないことを悟らなければなりません。真理に至るいかなる道もないのです。それは道なき領域なのです。大洋はすべての道を受け入れます。ある川はある国を通り、他の川は他の国を通り、異なった気候にさらされ、異なった樹木、民族、人種を養い、あるいは砂漠地帯を通過するかもしれません。けれども、それらはすべて同じ海へと向かいます。ちょうどその道なき海のように、この真理には道がないのです。
>  <生>は自由であり、無条件であり、制約できず、そしてそれに至るためには、あなた方は束縛され、制限されたいかなる道をたどってもならないのです。なぜなら、真理は全体であって部分ではないからです。むらのある、中途半端に発達した知性と感情でそれに至ることはできません。なぜなら、真理は完璧な調和、精神と心の完璧な均衡、つまりは<生>だからです。あらゆる男性、あらゆる女性、この世のあらゆるものは、悲しみ、苦痛あるいは恍惚を味わいつつ、すべての生の完成・成就であり、けっして乱されることのないこの自由を求めてもがき、苦闘しているのです。
>  あなた方は自由でなければなりません。いかなる神、いかなる宗教、いかなる宗派にも縛られてはなりません。過去または現在のいかなる権威にもへつらってはなりません。なぜなら、すべての権威は非生産的だからです。
>  もしあなた方の精神と心が崇拝、祈り、恐怖、不安によって抑制されていれば、その時にはあなた方の観念は完成であるところのあの永遠なるもの、あの不滅なるものに根ざすことはできません。ですから、そういったすべてのものにとらわれないようにしてください。どうか私が言っていることを持ち帰って、「あの人は違うことを言いたいのだ。彼は私たちがこの特定の教会、またはあの特定の宗教、または他の特定のことのためにわれわれが働くように言っているのだ」と言わないようにしてください。それは、あなた方が真理を見出すことができないがゆえの言い訳なのです。あなた方はそういったすべてのものの奴隷であり、それらの影の中に生きているのです。どうすれば日光を理解できると思いますか?あなた方自身以外の誰も、あなた方を日の下に引き出すことはできません。他の誰かに救いを求めることは実に幼稚です。誰もあなた方を救い出すことはできないのです。あなた方自身が多大の努力を払って、影から飛び出さねばならないのです。もしあなた方が闇の中に留まっていれば、「私は闇の中で満足し、それを楽しむのだ」と言うでしょう。あなた方にはそうするための完全な権利があります。が、もし光とその明るさ、清浄さ、静けさを味わいたければ、あなた方は闇から抜け出さねばならないのです。
>  すぐ外に一羽の大アオサギがいますが、それは魚を捕らえるため何時間もじっと集中し、一意専心して待ち続けています。同様にして、真の自己想起をおこなうには、集中する必要があるのです−−この一時間だけでなく、日中ずっと。で、それははるかに困難です。
>  おしゃべりやうわさ話ばかりしてすべてのエネルギーを費やしてしまえば、あなた方は自分自身を発見することはできないのです。
>  私が話していることはなんら超常的なことではありません。それは、個的および普遍的な生の極致、究極的完成のことなのです。このことを理解し、理論を日常的行動での実践に移すためには、あなた方はすべての外面的、客観的影響から自由でなければなりません。今まであなた方は一定の基準を持ち、それらに従ってこられたわけですが、しかし権威に反抗し、それを打破することによって、それらの基準をすべて切り崩さなければならないのです。が、それには大いなる気迫が必要です。今必要なことは各人が自分自身にとっての新たな価値、ガイドの役を果たしてくれる真の基準を確立することなのです。
>
>  − − − 以上引用 − − −
>
>  つづく

一切の権威、外部の影響、自分自身の経験にも影響されないで、《個的および普遍的な生の極致、究極的完成》にアオサギのように精進せよとのことですが、それには完全な自由がいるし、そのためには過去の影響から自由になることですが、どうしますか?

先に進んでみましょう。


[24912] Re:[24911] [24910] [24909] [24900] 消去の過程 その1 投稿者:宮啓 投稿日:2018/01/14(Sun) 09:48  

 ※字数オーバーのため、出だし部分をカットしています。


> > > >  あなた方は強くなければなりません。さもなければこの新しい夜明け、この新鮮な理解はだいなしにされ、消え失せてしまうからです。
> > >
> > > 消え失せるというのはその前にあった理解等の質が何だっとという事ですが、まここまではほぼわかります。(ゴト)
> >
> >
> >  あるいは、ブッダの二の舞になるということかもしれません。ブッダ誕生の直後、>新しい夜明け、この新鮮な理解−−、これは確かにあった。しかし、やがて滅び去ってゆく。
>
>  私の言っているのはKを読んだ私たちの理解の質が浄化に向かうか、逆戻りするしかないような質でしかないのかという事です。即時の理解のことですが。(ゴト)


 はい。ゴトさんが述べるように、個体にとっても一度獲得したからといって、それが維持されるとは限らないのですね。

 そして、ブッダの時には、そのまま地上から消え去っていったように見受けられます・・。


> > > >  なぜ人々が霊的・宗教的な価値、精神的・道徳的な価値を破壊することを恐れるのか、私にはわかりません。結局、あなた方が何かを精神的、感情的に破壊する時、あなた方は何かその代わりのものを築いているのです。それについてどうか熟考してください。そうすれば私が何を言いたいのかおわかりになるでしょう。あなた方が外部の道徳によって縛られなくなり、もはやいかなる宗教的迷信−−過去のそれであれ、現在のそれであれ−−にも隷属しなくなる時、あなた方は自動的に、自分自身の不可欠の部分である何かを築き上げていくのです。
> > > >  私は、このことを理解し、それを身体的、感情的、精神的に−−統合的に、全体として−−生きる人々が欲しいのです。そのような人々が二千人いるか二人しかいないかは問題ではありません。私は、人数にも、どんな仕事をすべきかにも、どんな土地あるいは城を持つべきかにも、世界中に無数の地所を持つべきかどうかにもまったく関心はありません。そういったすべては取るに足りないのです。私たちがしなければならないこと−−少なくとも私がしたいこと、しようとしていること−−は、人間によって作り上げられてきた、真実性に欠ける、偽りのすべての古い伝統、観念、神々、迷信を破壊することです。で、まさにその破壊の過程によって、各人の内なる自治を確立しそれを支持する新しい伝統、たゆみない思考によって、永遠なるものからけっして離れない伝統となる、そういう新しい精神のあり方を生み出すのです。私は、自動的に行動に移され、他の人々の遇し方に現される、そういう新しい種類の思考、新しい種類の生き方を確立したいのです。
> > > >  あなた方自身の内にこの断絶を生み出すには勇気、弁別力が必要ですが、あなた方はまだそれをお持ちではない。あなた方は、自分に好都合な程度までは歩みますが、けっして最後まで歩もうとはしません。
> > >
> > > ここのところでは過去のものが古い道徳、宗教的迷信や権威を恐れもなく破壊する新しい精神構造を持った人が誕生することを望んでいます、説いています。そして断固として行うところまで行った人はまだいないと。(ゴト)
> >
> >
> >  たとえクリシュナムルティに触れたとしても、何冊か本を読んだとしても、幾度か講話を聴いたとしても・・。。>あなた方は、自分に好都合な程度までは歩みますが、けっして最後まで歩もうとはしません。−−、本国の邦訳者達、その価値に魅かれて邦訳出版をするも、それでも、自分に好都合な程度までは歩みますが、けっして最後まで歩もうとはしない。
> >
> >  その困難さとは・・。
>
>  私は1929年のこの浄化の過程の講話は、こう書かれたら1億年かかるような言い方で、神智学協会の人向けにはいいですが、普通の人は受け入れないでしょう。終戦後のKの話し方は別の感じを持っています。(ゴト)


 しかし、クリシュナムルティの陳述は首尾一貫しています。
 ブッダやクリシュナムルティのレベルの悟者は、千年単位でしか地上には出現しません。クリシュナムルティの死の直前の音声記録においても、クリシュナムルティの死後、数百年はクリシュナムルティレベルの悟者は現れない旨が、クリシュナムルティによって述べられています。

 そして、それでは次の悟者の時には、私やあなたは、今とは違って変容するのか・・?

 あるいは、次の次の悟者のときには、私やあなたは、今とは違って変容するのか・・?

 これらについては、戦後のトークにおいても首尾一貫して、その困難さが述べられているように感じています。



> > > >  二種類の英知があります。一つはこの世界のそれ、もう一つは真実の世界に属するそれです。私が話しているのはこの世界の英知ではなく、真実の世界のそれです。すなわち、磨き抜かれた識別力で、真実で本質的なものと、偽りで不毛なものとを見分ける力を持った英知のことです。それが真の英知なのです。
> > > >  英知をもって反抗するためには、あなた方は集中しなければなりません。ただし、いわゆる瞑想などの実践によってではなく、一意専心によって−−弱虫の精神状態ではなく、強者の集中によって−−です。
> > > >  あなた方は、慣習とか他人の意見といった無数のものを恐れておられる。現在の瞬間を自分のまわりのあらゆるものと折り合わせようと望んでおられる。過去に語られてきたことを現在と折り合わせようと望んでおられる。相変わらずの旧態依然たる仕方で歩み、これまでどおりのマスターやグルを仰ぎ、崇拝形式や儀式を固守し、そしてそういったすべてを私が言っていることと折り合わせようと望んでおられる。あなた方はけっして過去および未来と共に生きることはできません。「私は弱く、だからこの支えを必要としている、私を励ましてくれる誰かを必要としている」とあなた方は言うかもしれません。が、それは本当の励ましではないのです。もしあなた方が自分の幸福、成長のために誰かを頼れば、あなた方はますます強くなるどころか、ますます弱くなってしまうからです。
> > > >  けっして外部からの救いを求めてはなりません。さもなければ、古い慣習のかわりに新しい慣習にとらわれてしまうでしょう。私たちが生み出さねばならないのは、みずからの内なる救いを確信しており、強く、自分の目的について確固としており、そして外部の慰め、権威、励ましを求めていない、そういう人々です。そのように集中するには、絶えず思慮深くあることが必要です。気づいていないこと、明晰に考えないことは、あなた方がおそらく持ちうる最大の不幸です。気づきの欠如は慰めへの必要を生み出します。あなた方は自分の人生の真の目的を絶えず想起しなければなりません−−ただし、おわかりのように人為的にではなく、バランスのとれた自己想起を充分にすることが必要なのです。
> > >
> > > あなた方は怖れる。そしてグルや権威に頼る。それは自らを弱くするのみで、他人に頼る限り、それは新しい習慣になるだけですと。(ゴト)
> >
> >
> >  クリシュナムルティ理解を求めながら、しかし、枕はいつも南か東を向いている。神棚や仏壇を粗末にしない。先だった血縁者を頼みとしている。妻子にも心理的に依存している。交友関係にも気を遣う・・。
>
>  強さがないのにどうこうするのはいかがなものかという事があるし、強さがあるからと言って原理主義者のように暴行的にふるまうのもどうかと思うし、では将来に先送りするのは時間に頼ることかというと、どうしたらいいかわからなくなる。ここで何が起きているの理解がないとどうにもできない。話し合いの値打ちはあると思いますが。(ゴト)


 ここで何が起きているか?
 それは、私やあなたは>自分に好都合な程度までは歩みますが、けっして最後まで歩もうとはしません。−−、これが起きているにもかかわらず、それを見ようとはしない。ということではないでしょうか・・。それゆえに、1億年の時間単位が現われるように感じています。



> > > >  では、あなた方はそれにどう乗り出しますか?あなた方がこれらの集会に参加して、毎日私の話を聞いても、もし明晰な理解が生じ、それによってそれが真に生きられなければ、何の意味もないのです。
> > > >
> > > >  私の関心は新しい理論、新しい哲学、新しい方式、あるいはそれらの新しい組合せにではなく、もっぱら生きられることができる−−生きられなければならない−−観念、思考および感情にあるのです。私は自分にとって絶対的に確かなもの、絶対的に真実なもの−−相対的にではなく、絶対的に確かで真実なもの−−を見出したのです。ですから私は、自分が見出したそれらの観念が万人によって生きられうること、生きられねばならないことを示したいのです。それらは特権者たちのためのものではありません。完成は風変わりなことではなく、自然なことなのです。それは、たゆみない精進、たゆみない注意深さ、気づき、自己想起の結果なのです。それは、いかなる外部的環境、外部的権威、外部的影響、悲しみあるいは喜びによっても左右されえない真理に向けて絶えず傾注し続ける努力の結果なのです。
> > > >  もしあなた方が私の言っていることに同意なさるなら、あなた方はすべての外部的状態ないし条件からの自己解放を遂げるべく努力すべきです。
> > >
> > > Kはここで私は自分にとって絶対的確かな生きることを、そのマインド&ハートを見出したという。それは万人によって生きられるし、生きられねばならないし、そう生きてほしい、努力してほしいと。(ゴト)
> >
> >
> >  ここで述べられている「努力」とは、思考が主体となって生み出された観念に従った行動(反応)とは異なり、「見る」がゆえに自ずと起こる行為としての「努力」・・。
> >
> >  若き日のクリシュナムルティは、「努力」「観念」「私」等々の用語が、晩年のその用語とは異なる用い方をしていますが、クリシュナムルティを読み込んでいる者たちには、誤解なく通ずることを感じます。
>
>  それで見ている。何も起きないようで世の中はどんどん変化し新しい挑戦を突き付けてきている。咄嗟に何か対応しつつ生きている。結局できることをしている。出来ないことはどこかでできなくなる。そこで特に困ることもあまり出ないで生きています。(ゴト)
> >
> >
> > > >  私が到達したものは万人によって到達されねばなりません。それは少数者の特権ではなく、全人類、全世界の人々が遂げるべき開花なのです。世界中のあらゆる人が時間と空間、苦しみ、悲しみ、苦痛、快楽の輪にからみついているので、私は彼らがその輪−−つかの間のもの、非本質的なもの、真実ではないもの、錯覚に基づくものの輪−−から離脱し、そしてまさにその離脱によって、疑いの余地のない絶対的な確信をみずからの力で確立してほしいのです。
> > > >  あなた方の大半は、三年間にわたって私に聞いてこられましたが、にもかかわらず誰かに対して自分の確信を主張できずにいます。あなた方は私の言葉を引用−−誤って、または正しく−−しますが、それにはなんの価値もありません。私の言葉が真実であることをあなた方がわかり、ゆえに強くなるまでは、震えなしに他人の前に立つことはできないからです。が、それこそはまさに私があなた方にしてほしいと願っていることなのです。私は単に「ええ」とうなずく人々は望みません。が、もし同意するのなら、他のあらゆることに異議を唱えるほど完全に同意し、他のあらゆることを燃やし尽くす炎にならねばなりません。どちらか一方でなければなりません。中立的であることはできないのです。もしあなた方が炎の方なら、その時にはあなた方の全存在−−あなた方の顔つき、態度、感情、思考、体つきといったあらゆるもの−−がその炎の表現にならねばならないのです。もしあなた方が同意しないのであれば、同意するのと等しく激しくそれに逆らい、立ち去ってください。わたしがこう申し上げる理由は、あなた方が現在していることはまったく非生産的だからです。あなた方の同意にどんな価値があるのでしょうか?ないも同然です!
> > >
> > > あなた方は3年間私の言う事を聞いてきたが、まだ人に説かない。説くことができない。それだけの確固たるものを築き上げていないと。(ゴト)
> >
> >
> >  3年間も間近でクリシュナムルティから直接、陳述を聴くことに恵まれた人々が居たのですね・・。なんと恵まれたことか!しかし、それでも、その困難さ(>これから抜け出るのが難しいようです。−−)、これを乗り越えられなかった・・。
> >  そして、宙ぶらりんが塗炭の苦しみを招くので、半端であれば去れ・・と指示している。
> >
> >  しかし、要領よく、どちらの世界からも恵みを受け取りたいと宙ぶらりんに留まっている者どもが居る。神智学協会会員たち。
>
>  しかし自分自身で全体的な確信に到達する?!、しかもKが言ったからでなく?、いろんなことを言うウルトラ頑固な人がうじゃうじゃ出ないか心配になる。いや、出ないか。(ゴト)
> >
> >
> > > >  どのようにあなた方は外の人々を変えましたか?どのようにあなた方は自分自身の環境、自分自身の人生を変えましたか?あなた方の同意はなんの変化ももたらさなかったのであり、ですから実は同意していないも同然なのです。あなた方は世間一般の人々と同じくびくびくしており、軟弱で、迷信や権威や慣習を恐れています。あなた方の同意は強い人間、あらゆるものに無頓着だがしかし自分自身の力を確信している、そういう人間を生み出さなかったのです。
> > >
> > > 今はありとあらゆることが人に訴えられています。あらゆる種類の媒体で。そしてお金がかかります。社会の変貌があります。(ゴト)
> >
> >
> >  しかし、神智学協会会員レベルの者どもは、ありとあらゆる訴えが、取るに足らないものであることを、知り尽くしている。クリシュナムルティのトークを直に3年間も聴いているゆえに・・。その知り尽くした上であっても、尚、>あなた方は、自分に好都合な程度までは歩みますが、けっして最後まで歩もうとはしません。−−、私たちを含め、そうではないだろうか・・。
>
>  要するに人間の確信というものは自分の狭い経験の範囲からのものでしかなく、それですら聴くに足るものは、少なくとも半生をかけて追及したようなものです。なのに万人にそれを要求している感じがします。(ゴト) 
> >
> >
> > > >  ですから両方とも持つことはできないのです。偶像崇拝者でありながら、にもかかわらず自由を口にすることはできないのです。聖画の崇拝者でありながら、にもかかわらず真実について話すことはできないのです。奴隷でありながら、同時に探求から生まれる真の理解についての内的確信から起こる解放について話すことはできないのです。方式の信奉者でありながら、同時に自由について話すことはできないのです。どちらか一方−−熱いか冷たいか−−でなければならないのです。もしあなた方が熱いのであれば、すべての外面的なものごとを焼き尽くし、すべての雑草、迷信、恐怖、神々、偽りのもの、人生の非本質的なものごとを一掃しなさい。もし冷たいのであれば、私が言っていることを顧慮することなく、利己的で、偏狭で、恐れていなさい。遠慮は無用です。いずれか一方を確信しなさい。一方を把握し、しかる後にそれを歪曲して他方に合わせようとしても無駄です。一方を歪曲して二つ−−新しいものと古いもの−−を折り合わせることはできません。そんなことをすれば、かえってよりおおきな悲しみ、より大きな誤解、より大きな苦闘を招くだけだからです。
> > > >  私はあなた方をいずれか一方に誘い込もうとしているのではありません。あなた方がわたしに同意するかしないかは問題ではないのです。結局は私は、全世界を向こうにまわして戦うほどこのことに一意専心するごくわずかの人を見出すだけかもしれません。が、そのような人が一人、二人、あるいは六人いれば充分です。ですからあなた方が私に同意するかしないかは
> > > 問題ではないのです。で、結局は同意しないことでしょう。もし今同意しなければ、あなた方が同意するのは一億年後のことになるでしょう。私が話しているのは、世界の精華、全人類にとっての芳香、美のことだからです。
> > >
> > > 電灯をつけ、大西洋を渡るのにエジソンやコロンブスである必要はないというのは間違った比喩だったのか!(ゴト)
> >
> >
> >  そうではなく、もしも「クリシュナムルティの陳述」が地上に無かったならば、電灯をつけ、大西洋を渡るのにエジソンやコロンブスである必要があった・・という意味ではないでしょうか。
> >
> >  幸いにも、地上に「クリシュナムルティの陳述」がある。ゆえに・・あなたや私の苦悩はエジソンやコロンブスほどでなくとも済む・・、という意味ではないでしょうか‥。
>
>  はい、そうでしたね。しかしKがいたのにもかかわらず、それが実現するのは1億年先のような気がします。(ゴト)
> >
> >
> > > >  私の願いはあなた方に催眠術をかけることではなく、あなた方が自分自身の目でものごとを明晰に見てほしいのです。あなた方は光と闇、確実と不確実、本質的なものと非本質的なものに同時に属することはできないのです。
> > > >  もしあなた方の思考、観念がつかの間のものに属するなら、その時には私が話していることを見出すことはけっしてないでしょう。それらが永遠なるものの花を生じる種子かどうかを発見するためには、あなた方は消去の過程、あなた方が身に付けてきたすべてのものからの完全な離脱の過程を経なければなりません。
> > > >  あなた方の観念は永遠なるものに根ざしてはいません。なぜなら、あなた方はまだ永遠なるものを発見していないからです。いったんあなた方がそれを見出せば、あなた方の理想は自然にあの不死、あの確かさの形をとって現れるでしょう。
> > > >
> > > >  − − − 以上引用 − − −
> > > >
> > > >  つづく
> > >
> > > 結局、世界の人がKの言ったことを常識として持つのは一億年、つまり途方もないくらい先のことで、しかし、実際に今見始める、方向転換をするという事は重要なことではなかろうか。でも1929年からは実に99年たっています。どんな言葉で語ったらいいでしょうか?続く。
> > > 順番に読んでいくつもりですが、今回私の言ったことをまぜっかえして言葉ゲームをしていただけたらと思います。私は言葉が足りない傾向があるし、何より何か発見があるかもしれません。そちらからの興味あることを提起して下さるのを歓迎します。(ゴト)
> >
> >
> >  提起させて貰えるならば、次のことです。
> >
> >  私たちは、結局、1億年後まで、待たねばならないのではないでしょうか・・。
>
>  私は観念、または表象を使って話をします。ここで行き違いが生じるのではないでしょうか。哲学も混乱しています。それから見ること、即時の理解、古いものの解決が明快になる必要があります。ここが1億年もかからないポイントであると思いますが、それがうまく行っていない。思考、感情、あるいは自分の心を感ずるという意味ですが。(ゴト)


 私が自身を見て、感ずることは、いかに理解が進んでも、
古いものを即座に理解しても、>自分に好都合な程度までは歩みますが、けっして最後まで歩もうとはしません。−−、これが起きてしまうことを見ます。

 再び、妻子や生計、家屋敷に戻るのかもしれません・・。手放せないのです。

 しかし、子らが巣立った退職後は、どうなるのか分かりません・・。

 そこで、クリシュナムルティは述べるのです、今できなければ、それは1億年後になる旨。

 これがクリシュナムルティの陳述内容ではないでしょうか。


[24911] Re:[24910] [24909] [24900] 消去の過程 その1 投稿者:ゴト 投稿日:2018/01/13(Sat) 15:22  

どうも返信ありがとうございます。次は「消去の過程」その2〜4あたりを読んでみようと思います。

> > >  >これから抜け出るのが難しいようです。−−、それを示唆する文面が、『白い炎』p89にあるようなので、引用します。
> > >  長いのでいくつかに分けて投稿したいと思います。
> > >
> > >
> > >   『白い炎』p89 より引用 (コスモス・ライブラリー 発行 大野純一 編訳)
> >
> > 私は第二次大戦終了後にKが大衆に向けて説き始めたトークの本から読み始め、当時出版された本もそうであったのですが、古い本は読みませんでした。
> > 前にも引用で読ませていただきましたが、今回読んで、その差は正直驚くほどでした。私にはそれは若さの生硬さとまず思いましたが、星の教団内でなく世間に出て話すことで感じることが多かったと思います。
> >
> > どのように私が感じるか、各引用の気になる箇所でコメントを入れ、全体を振り返るという形で話し合いになればいいなと思います。
>
>
>  はい。よろしくお願いします。
>
>  クリシュナムルティが述べるには、70年間の講話や対話において、陳述内容に一貫性があり、内容に変化(追加や改定など)は無いとのことです。
>
>  対機説法で、聴衆によってその言い回しが変わって来るのだと思います。尚、大野純一氏によると、40年代から陳述の形式(起承転結のような進行等)が洗練され、晩年まで続いた旨の解説がありました。
>
>
> > >  「消去の過程」の章
> > >
> > >  <以下は、1929年にオランダにある「星の教団」の拠点アイルダー城で、団員に向かっていかにして理解力を働かせ、真理の実現にとって不要なものを消去したらいいかを説いたトークである>
> > >
> > >  私は、私たち一人ひとりが根源的に変わらなければならない、そういう時が来たと強く感じます。−−すなわち、理解したがゆえに、過去のあらゆるものと手を切らなければならない、そういう時が。あなた方の内面にはまだ過去からの十分な断絶がありません。で、そのような断絶は、取り去られたものに取って換わる永続的な満足、理解、慰めを与えてくれる何かをあなた方が本当に真剣に見出そうと思っているときにのみ起こりうるのです。
> > >  過去からのこの絶対的断絶なしには、あなた方は自分自身の中にも、外の世界にもけっして新たな何かを創造することはできないでしょう。
> > >  あなた方がここに参集されたのは、私に傾聴し、私が言っていることを理解するためです。この理解にまず必要なこと、不可欠なことは、過去によって築き上げられたすべての障害物−−すべての迷信、すべての先入見など、明晰な検証と明晰な思考の妨げになるあらゆるもの−−を打破することです。過去からの断絶と過去への反抗があることが絶対に必要なのです。もしあなた方私が言っていることを理解すれば、あなた方は自分自身、自分の性質を理解し、自分があの自由という完成に向けて成長していることに気づき、ゆえにその成長を促すようになるでしょう。そのことを理解する時、あなた方は私を、ひいては他のあらゆる人を理解するようになるでしょう。が、自分自身を理解するためには、あなた方は常に自分の環境、伝統、自分が真実だと信じているもの、目標にとって不可欠だと思い込んでいるもの、人から言われたこと、自分が読んだことにとらわれないようにしなければなりません。あらゆるものを手放さなければなりません。あなた方が、身体的、感情的、精神的にまったくとらわれがなくなるやいなや、あなた方は人間の進化の全構造を理解することができるでしょう。
> > >  あなた方は強くなければなりません。さもなければこの新しい夜明け、この新鮮な理解はだいなしにされ、消え失せてしまうからです。
> >
> > 消え失せるというのはその前にあった理解等の質が何だっとという事ですが、まここまではほぼわかります。(ゴト)
>
>
>  あるいは、ブッダの二の舞になるということかもしれません。ブッダ誕生の直後、>新しい夜明け、この新鮮な理解−−、これは確かにあった。しかし、やがて滅び去ってゆく。

 私の言っているのはKを読んだ私たちの理解の質が浄化に向かうか、逆戻りするしかないような質でしかないのかという事です。即時の理解のことですが。(ゴト)

>
>
> > >  なぜ人々が霊的・宗教的な価値、精神的・道徳的な価値を破壊することを恐れるのか、私にはわかりません。結局、あなた方が何かを精神的、感情的に破壊する時、あなた方は何かその代わりのものを築いているのです。それについてどうか熟考してください。そうすれば私が何を言いたいのかおわかりになるでしょう。あなた方が外部の道徳によって縛られなくなり、もはやいかなる宗教的迷信−−過去のそれであれ、現在のそれであれ−−にも隷属しなくなる時、あなた方は自動的に、自分自身の不可欠の部分である何かを築き上げていくのです。
> > >  私は、このことを理解し、それを身体的、感情的、精神的に−−統合的に、全体として−−生きる人々が欲しいのです。そのような人々が二千人いるか二人しかいないかは問題ではありません。私は、人数にも、どんな仕事をすべきかにも、どんな土地あるいは城を持つべきかにも、世界中に無数の地所を持つべきかどうかにもまったく関心はありません。そういったすべては取るに足りないのです。私たちがしなければならないこと−−少なくとも私がしたいこと、しようとしていること−−は、人間によって作り上げられてきた、真実性に欠ける、偽りのすべての古い伝統、観念、神々、迷信を破壊することです。で、まさにその破壊の過程によって、各人の内なる自治を確立しそれを支持する新しい伝統、たゆみない思考によって、永遠なるものからけっして離れない伝統となる、そういう新しい精神のあり方を生み出すのです。私は、自動的に行動に移され、他の人々の遇し方に現される、そういう新しい種類の思考、新しい種類の生き方を確立したいのです。
> > >  あなた方自身の内にこの断絶を生み出すには勇気、弁別力が必要ですが、あなた方はまだそれをお持ちではない。あなた方は、自分に好都合な程度までは歩みますが、けっして最後まで歩もうとはしません。
> >
> > ここのところでは過去のものが古い道徳、宗教的迷信や権威を恐れもなく破壊する新しい精神構造を持った人が誕生することを望んでいます、説いています。そして断固として行うところまで行った人はまだいないと。(ゴト)
>
>
>  たとえクリシュナムルティに触れたとしても、何冊か本を読んだとしても、幾度か講話を聴いたとしても・・。。>あなた方は、自分に好都合な程度までは歩みますが、けっして最後まで歩もうとはしません。−−、本国の邦訳者達、その価値に魅かれて邦訳出版をするも、それでも、自分に好都合な程度までは歩みますが、けっして最後まで歩もうとはしない。
>
>  その困難さとは・・。

 私は1929年のこの浄化の過程の講話は、こう書かれたら1億年かかるような言い方で、神智学協会の人向けにはいいですが、普通の人は受け入れないでしょう。終戦後のKの話し方は別の感じを持っています。(ゴト)
>
>
> > >  二種類の英知があります。一つはこの世界のそれ、もう一つは真実の世界に属するそれです。私が話しているのはこの世界の英知ではなく、真実の世界のそれです。すなわち、磨き抜かれた識別力で、真実で本質的なものと、偽りで不毛なものとを見分ける力を持った英知のことです。それが真の英知なのです。
> > >  英知をもって反抗するためには、あなた方は集中しなければなりません。ただし、いわゆる瞑想などの実践によってではなく、一意専心によって−−弱虫の精神状態ではなく、強者の集中によって−−です。
> > >  あなた方は、慣習とか他人の意見といった無数のものを恐れておられる。現在の瞬間を自分のまわりのあらゆるものと折り合わせようと望んでおられる。過去に語られてきたことを現在と折り合わせようと望んでおられる。相変わらずの旧態依然たる仕方で歩み、これまでどおりのマスターやグルを仰ぎ、崇拝形式や儀式を固守し、そしてそういったすべてを私が言っていることと折り合わせようと望んでおられる。あなた方はけっして過去および未来と共に生きることはできません。「私は弱く、だからこの支えを必要としている、私を励ましてくれる誰かを必要としている」とあなた方は言うかもしれません。が、それは本当の励ましではないのです。もしあなた方が自分の幸福、成長のために誰かを頼れば、あなた方はますます強くなるどころか、ますます弱くなってしまうからです。
> > >  けっして外部からの救いを求めてはなりません。さもなければ、古い慣習のかわりに新しい慣習にとらわれてしまうでしょう。私たちが生み出さねばならないのは、みずからの内なる救いを確信しており、強く、自分の目的について確固としており、そして外部の慰め、権威、励ましを求めていない、そういう人々です。そのように集中するには、絶えず思慮深くあることが必要です。気づいていないこと、明晰に考えないことは、あなた方がおそらく持ちうる最大の不幸です。気づきの欠如は慰めへの必要を生み出します。あなた方は自分の人生の真の目的を絶えず想起しなければなりません−−ただし、おわかりのように人為的にではなく、バランスのとれた自己想起を充分にすることが必要なのです。
> >
> > あなた方は怖れる。そしてグルや権威に頼る。それは自らを弱くするのみで、他人に頼る限り、それは新しい習慣になるだけですと。(ゴト)
>
>
>  クリシュナムルティ理解を求めながら、しかし、枕はいつも南か東を向いている。神棚や仏壇を粗末にしない。先だった血縁者を頼みとしている。妻子にも心理的に依存している。交友関係にも気を遣う・・。

 強さがないのにどうこうするのはいかがなものかという事があるし、強さがあるからと言って原理主義者のように暴行的にふるまうのもどうかと思うし、では将来に先送りするのは時間に頼ることかというと、どうしたらいいかわからなくなる。ここで何が起きているの理解がないとどうにもできない。話し合いの値打ちはあると思いますが。(ゴト)
>
>
> > >  では、あなた方はそれにどう乗り出しますか?あなた方がこれらの集会に参加して、毎日私の話を聞いても、もし明晰な理解が生じ、それによってそれが真に生きられなければ、何の意味もないのです。
> > >
> > >  私の関心は新しい理論、新しい哲学、新しい方式、あるいはそれらの新しい組合せにではなく、もっぱら生きられることができる−−生きられなければならない−−観念、思考および感情にあるのです。私は自分にとって絶対的に確かなもの、絶対的に真実なもの−−相対的にではなく、絶対的に確かで真実なもの−−を見出したのです。ですから私は、自分が見出したそれらの観念が万人によって生きられうること、生きられねばならないことを示したいのです。それらは特権者たちのためのものではありません。完成は風変わりなことではなく、自然なことなのです。それは、たゆみない精進、たゆみない注意深さ、気づき、自己想起の結果なのです。それは、いかなる外部的環境、外部的権威、外部的影響、悲しみあるいは喜びによっても左右されえない真理に向けて絶えず傾注し続ける努力の結果なのです。
> > >  もしあなた方が私の言っていることに同意なさるなら、あなた方はすべての外部的状態ないし条件からの自己解放を遂げるべく努力すべきです。
> >
> > Kはここで私は自分にとって絶対的確かな生きることを、そのマインド&ハートを見出したという。それは万人によって生きられるし、生きられねばならないし、そう生きてほしい、努力してほしいと。(ゴト)
>
>
>  ここで述べられている「努力」とは、思考が主体となって生み出された観念に従った行動(反応)とは異なり、「見る」がゆえに自ずと起こる行為としての「努力」・・。
>
>  若き日のクリシュナムルティは、「努力」「観念」「私」等々の用語が、晩年のその用語とは異なる用い方をしていますが、クリシュナムルティを読み込んでいる者たちには、誤解なく通ずることを感じます。

 それで見ている。何も起きないようで世の中はどんどん変化し新しい挑戦を突き付けてきている。咄嗟に何か対応しつつ生きている。結局できることをしている。出来ないことはどこかでできなくなる。そこで特に困ることもあまり出ないで生きています。(ゴト)
>
>
> > >  私が到達したものは万人によって到達されねばなりません。それは少数者の特権ではなく、全人類、全世界の人々が遂げるべき開花なのです。世界中のあらゆる人が時間と空間、苦しみ、悲しみ、苦痛、快楽の輪にからみついているので、私は彼らがその輪−−つかの間のもの、非本質的なもの、真実ではないもの、錯覚に基づくものの輪−−から離脱し、そしてまさにその離脱によって、疑いの余地のない絶対的な確信をみずからの力で確立してほしいのです。
> > >  あなた方の大半は、三年間にわたって私に聞いてこられましたが、にもかかわらず誰かに対して自分の確信を主張できずにいます。あなた方は私の言葉を引用−−誤って、または正しく−−しますが、それにはなんの価値もありません。私の言葉が真実であることをあなた方がわかり、ゆえに強くなるまでは、震えなしに他人の前に立つことはできないからです。が、それこそはまさに私があなた方にしてほしいと願っていることなのです。私は単に「ええ」とうなずく人々は望みません。が、もし同意するのなら、他のあらゆることに異議を唱えるほど完全に同意し、他のあらゆることを燃やし尽くす炎にならねばなりません。どちらか一方でなければなりません。中立的であることはできないのです。もしあなた方が炎の方なら、その時にはあなた方の全存在−−あなた方の顔つき、態度、感情、思考、体つきといったあらゆるもの−−がその炎の表現にならねばならないのです。もしあなた方が同意しないのであれば、同意するのと等しく激しくそれに逆らい、立ち去ってください。わたしがこう申し上げる理由は、あなた方が現在していることはまったく非生産的だからです。あなた方の同意にどんな価値があるのでしょうか?ないも同然です!
> >
> > あなた方は3年間私の言う事を聞いてきたが、まだ人に説かない。説くことができない。それだけの確固たるものを築き上げていないと。(ゴト)
>
>
>  3年間も間近でクリシュナムルティから直接、陳述を聴くことに恵まれた人々が居たのですね・・。なんと恵まれたことか!しかし、それでも、その困難さ(>これから抜け出るのが難しいようです。−−)、これを乗り越えられなかった・・。
>  そして、宙ぶらりんが塗炭の苦しみを招くので、半端であれば去れ・・と指示している。
>
>  しかし、要領よく、どちらの世界からも恵みを受け取りたいと宙ぶらりんに留まっている者どもが居る。神智学協会会員たち。

 しかし自分自身で全体的な確信に到達する?!、しかもKが言ったからでなく?、いろんなことを言うウルトラ頑固な人がうじゃうじゃ出ないか心配になる。いや、出ないか。(ゴト)
>
>
> > >  どのようにあなた方は外の人々を変えましたか?どのようにあなた方は自分自身の環境、自分自身の人生を変えましたか?あなた方の同意はなんの変化ももたらさなかったのであり、ですから実は同意していないも同然なのです。あなた方は世間一般の人々と同じくびくびくしており、軟弱で、迷信や権威や慣習を恐れています。あなた方の同意は強い人間、あらゆるものに無頓着だがしかし自分自身の力を確信している、そういう人間を生み出さなかったのです。
> >
> > 今はありとあらゆることが人に訴えられています。あらゆる種類の媒体で。そしてお金がかかります。社会の変貌があります。(ゴト)
>
>
>  しかし、神智学協会会員レベルの者どもは、ありとあらゆる訴えが、取るに足らないものであることを、知り尽くしている。クリシュナムルティのトークを直に3年間も聴いているゆえに・・。その知り尽くした上であっても、尚、>あなた方は、自分に好都合な程度までは歩みますが、けっして最後まで歩もうとはしません。−−、私たちを含め、そうではないだろうか・・。

 要するに人間の確信というものは自分の狭い経験の範囲からのものでしかなく、それですら聴くに足るものは、少なくとも半生をかけて追及したようなものです。なのに万人にそれを要求している感じがします。(ゴト) 
>
>
> > >  ですから両方とも持つことはできないのです。偶像崇拝者でありながら、にもかかわらず自由を口にすることはできないのです。聖画の崇拝者でありながら、にもかかわらず真実について話すことはできないのです。奴隷でありながら、同時に探求から生まれる真の理解についての内的確信から起こる解放について話すことはできないのです。方式の信奉者でありながら、同時に自由について話すことはできないのです。どちらか一方−−熱いか冷たいか−−でなければならないのです。もしあなた方が熱いのであれば、すべての外面的なものごとを焼き尽くし、すべての雑草、迷信、恐怖、神々、偽りのもの、人生の非本質的なものごとを一掃しなさい。もし冷たいのであれば、私が言っていることを顧慮することなく、利己的で、偏狭で、恐れていなさい。遠慮は無用です。いずれか一方を確信しなさい。一方を把握し、しかる後にそれを歪曲して他方に合わせようとしても無駄です。一方を歪曲して二つ−−新しいものと古いもの−−を折り合わせることはできません。そんなことをすれば、かえってよりおおきな悲しみ、より大きな誤解、より大きな苦闘を招くだけだからです。
> > >  私はあなた方をいずれか一方に誘い込もうとしているのではありません。あなた方がわたしに同意するかしないかは問題ではないのです。結局は私は、全世界を向こうにまわして戦うほどこのことに一意専心するごくわずかの人を見出すだけかもしれません。が、そのような人が一人、二人、あるいは六人いれば充分です。ですからあなた方が私に同意するかしないかは
> > 問題ではないのです。で、結局は同意しないことでしょう。もし今同意しなければ、あなた方が同意するのは一億年後のことになるでしょう。私が話しているのは、世界の精華、全人類にとっての芳香、美のことだからです。
> >
> > 電灯をつけ、大西洋を渡るのにエジソンやコロンブスである必要はないというのは間違った比喩だったのか!(ゴト)
>
>
>  そうではなく、もしも「クリシュナムルティの陳述」が地上に無かったならば、電灯をつけ、大西洋を渡るのにエジソンやコロンブスである必要があった・・という意味ではないでしょうか。
>
>  幸いにも、地上に「クリシュナムルティの陳述」がある。ゆえに・・あなたや私の苦悩はエジソンやコロンブスほどでなくとも済む・・、という意味ではないでしょうか‥。

 はい、そうでしたね。しかしKがいたのにもかかわらず、それが実現するのは1億年先のような気がします。(ゴト)
>
>
> > >  私の願いはあなた方に催眠術をかけることではなく、あなた方が自分自身の目でものごとを明晰に見てほしいのです。あなた方は光と闇、確実と不確実、本質的なものと非本質的なものに同時に属することはできないのです。
> > >  もしあなた方の思考、観念がつかの間のものに属するなら、その時には私が話していることを見出すことはけっしてないでしょう。それらが永遠なるものの花を生じる種子かどうかを発見するためには、あなた方は消去の過程、あなた方が身に付けてきたすべてのものからの完全な離脱の過程を経なければなりません。
> > >  あなた方の観念は永遠なるものに根ざしてはいません。なぜなら、あなた方はまだ永遠なるものを発見していないからです。いったんあなた方がそれを見出せば、あなた方の理想は自然にあの不死、あの確かさの形をとって現れるでしょう。
> > >
> > >  − − − 以上引用 − − −
> > >
> > >  つづく
> >
> > 結局、世界の人がKの言ったことを常識として持つのは一億年、つまり途方もないくらい先のことで、しかし、実際に今見始める、方向転換をするという事は重要なことではなかろうか。でも1929年からは実に99年たっています。どんな言葉で語ったらいいでしょうか?続く。
> > 順番に読んでいくつもりですが、今回私の言ったことをまぜっかえして言葉ゲームをしていただけたらと思います。私は言葉が足りない傾向があるし、何より何か発見があるかもしれません。そちらからの興味あることを提起して下さるのを歓迎します。(ゴト)
>
>
>  提起させて貰えるならば、次のことです。
>
>  私たちは、結局、1億年後まで、待たねばならないのではないでしょうか・・。

 私は観念、または表象を使って話をします。ここで行き違いが生じるのではないでしょうか。哲学も混乱しています。それから見ること、即時の理解、古いものの解決が明快になる必要があります。ここが1億年もかからないポイントであると思いますが、それがうまく行っていない。思考、感情、あるいは自分の心を感ずるという意味ですが。(ゴト)


[24910] Re:[24909] [24900] 消去の過程 その1 投稿者:宮啓 投稿日:2018/01/12(Fri) 23:06  

> >  >これから抜け出るのが難しいようです。−−、それを示唆する文面が、『白い炎』p89にあるようなので、引用します。
> >  長いのでいくつかに分けて投稿したいと思います。
> >
> >
> >   『白い炎』p89 より引用 (コスモス・ライブラリー 発行 大野純一 編訳)
>
> 私は第二次大戦終了後にKが大衆に向けて説き始めたトークの本から読み始め、当時出版された本もそうであったのですが、古い本は読みませんでした。
> 前にも引用で読ませていただきましたが、今回読んで、その差は正直驚くほどでした。私にはそれは若さの生硬さとまず思いましたが、星の教団内でなく世間に出て話すことで感じることが多かったと思います。
>
> どのように私が感じるか、各引用の気になる箇所でコメントを入れ、全体を振り返るという形で話し合いになればいいなと思います。


 はい。よろしくお願いします。

 クリシュナムルティが述べるには、70年間の講話や対話において、陳述内容に一貫性があり、内容に変化(追加や改定など)は無いとのことです。

 対機説法で、聴衆によってその言い回しが変わって来るのだと思います。尚、大野純一氏によると、40年代から陳述の形式(起承転結のような進行等)が洗練され、晩年まで続いた旨の解説がありました。


> >  「消去の過程」の章
> >
> >  <以下は、1929年にオランダにある「星の教団」の拠点アイルダー城で、団員に向かっていかにして理解力を働かせ、真理の実現にとって不要なものを消去したらいいかを説いたトークである>
> >
> >  私は、私たち一人ひとりが根源的に変わらなければならない、そういう時が来たと強く感じます。−−すなわち、理解したがゆえに、過去のあらゆるものと手を切らなければならない、そういう時が。あなた方の内面にはまだ過去からの十分な断絶がありません。で、そのような断絶は、取り去られたものに取って換わる永続的な満足、理解、慰めを与えてくれる何かをあなた方が本当に真剣に見出そうと思っているときにのみ起こりうるのです。
> >  過去からのこの絶対的断絶なしには、あなた方は自分自身の中にも、外の世界にもけっして新たな何かを創造することはできないでしょう。
> >  あなた方がここに参集されたのは、私に傾聴し、私が言っていることを理解するためです。この理解にまず必要なこと、不可欠なことは、過去によって築き上げられたすべての障害物−−すべての迷信、すべての先入見など、明晰な検証と明晰な思考の妨げになるあらゆるもの−−を打破することです。過去からの断絶と過去への反抗があることが絶対に必要なのです。もしあなた方私が言っていることを理解すれば、あなた方は自分自身、自分の性質を理解し、自分があの自由という完成に向けて成長していることに気づき、ゆえにその成長を促すようになるでしょう。そのことを理解する時、あなた方は私を、ひいては他のあらゆる人を理解するようになるでしょう。が、自分自身を理解するためには、あなた方は常に自分の環境、伝統、自分が真実だと信じているもの、目標にとって不可欠だと思い込んでいるもの、人から言われたこと、自分が読んだことにとらわれないようにしなければなりません。あらゆるものを手放さなければなりません。あなた方が、身体的、感情的、精神的にまったくとらわれがなくなるやいなや、あなた方は人間の進化の全構造を理解することができるでしょう。
> >  あなた方は強くなければなりません。さもなければこの新しい夜明け、この新鮮な理解はだいなしにされ、消え失せてしまうからです。
>
> 消え失せるというのはその前にあった理解等の質が何だっとという事ですが、まここまではほぼわかります。(ゴト)


 あるいは、ブッダの二の舞になるということかもしれません。ブッダ誕生の直後、>新しい夜明け、この新鮮な理解−−、これは確かにあった。しかし、やがて滅び去ってゆく。


> >  なぜ人々が霊的・宗教的な価値、精神的・道徳的な価値を破壊することを恐れるのか、私にはわかりません。結局、あなた方が何かを精神的、感情的に破壊する時、あなた方は何かその代わりのものを築いているのです。それについてどうか熟考してください。そうすれば私が何を言いたいのかおわかりになるでしょう。あなた方が外部の道徳によって縛られなくなり、もはやいかなる宗教的迷信−−過去のそれであれ、現在のそれであれ−−にも隷属しなくなる時、あなた方は自動的に、自分自身の不可欠の部分である何かを築き上げていくのです。
> >  私は、このことを理解し、それを身体的、感情的、精神的に−−統合的に、全体として−−生きる人々が欲しいのです。そのような人々が二千人いるか二人しかいないかは問題ではありません。私は、人数にも、どんな仕事をすべきかにも、どんな土地あるいは城を持つべきかにも、世界中に無数の地所を持つべきかどうかにもまったく関心はありません。そういったすべては取るに足りないのです。私たちがしなければならないこと−−少なくとも私がしたいこと、しようとしていること−−は、人間によって作り上げられてきた、真実性に欠ける、偽りのすべての古い伝統、観念、神々、迷信を破壊することです。で、まさにその破壊の過程によって、各人の内なる自治を確立しそれを支持する新しい伝統、たゆみない思考によって、永遠なるものからけっして離れない伝統となる、そういう新しい精神のあり方を生み出すのです。私は、自動的に行動に移され、他の人々の遇し方に現される、そういう新しい種類の思考、新しい種類の生き方を確立したいのです。
> >  あなた方自身の内にこの断絶を生み出すには勇気、弁別力が必要ですが、あなた方はまだそれをお持ちではない。あなた方は、自分に好都合な程度までは歩みますが、けっして最後まで歩もうとはしません。
>
> ここのところでは過去のものが古い道徳、宗教的迷信や権威を恐れもなく破壊する新しい精神構造を持った人が誕生することを望んでいます、説いています。そして断固として行うところまで行った人はまだいないと。(ゴト)


 たとえクリシュナムルティに触れたとしても、何冊か本を読んだとしても、幾度か講話を聴いたとしても・・。。>あなた方は、自分に好都合な程度までは歩みますが、けっして最後まで歩もうとはしません。−−、本国の邦訳者達、その価値に魅かれて邦訳出版をするも、それでも、自分に好都合な程度までは歩みますが、けっして最後まで歩もうとはしない。

 その困難さとは・・。


> >  二種類の英知があります。一つはこの世界のそれ、もう一つは真実の世界に属するそれです。私が話しているのはこの世界の英知ではなく、真実の世界のそれです。すなわち、磨き抜かれた識別力で、真実で本質的なものと、偽りで不毛なものとを見分ける力を持った英知のことです。それが真の英知なのです。
> >  英知をもって反抗するためには、あなた方は集中しなければなりません。ただし、いわゆる瞑想などの実践によってではなく、一意専心によって−−弱虫の精神状態ではなく、強者の集中によって−−です。
> >  あなた方は、慣習とか他人の意見といった無数のものを恐れておられる。現在の瞬間を自分のまわりのあらゆるものと折り合わせようと望んでおられる。過去に語られてきたことを現在と折り合わせようと望んでおられる。相変わらずの旧態依然たる仕方で歩み、これまでどおりのマスターやグルを仰ぎ、崇拝形式や儀式を固守し、そしてそういったすべてを私が言っていることと折り合わせようと望んでおられる。あなた方はけっして過去および未来と共に生きることはできません。「私は弱く、だからこの支えを必要としている、私を励ましてくれる誰かを必要としている」とあなた方は言うかもしれません。が、それは本当の励ましではないのです。もしあなた方が自分の幸福、成長のために誰かを頼れば、あなた方はますます強くなるどころか、ますます弱くなってしまうからです。
> >  けっして外部からの救いを求めてはなりません。さもなければ、古い慣習のかわりに新しい慣習にとらわれてしまうでしょう。私たちが生み出さねばならないのは、みずからの内なる救いを確信しており、強く、自分の目的について確固としており、そして外部の慰め、権威、励ましを求めていない、そういう人々です。そのように集中するには、絶えず思慮深くあることが必要です。気づいていないこと、明晰に考えないことは、あなた方がおそらく持ちうる最大の不幸です。気づきの欠如は慰めへの必要を生み出します。あなた方は自分の人生の真の目的を絶えず想起しなければなりません−−ただし、おわかりのように人為的にではなく、バランスのとれた自己想起を充分にすることが必要なのです。
>
> あなた方は怖れる。そしてグルや権威に頼る。それは自らを弱くするのみで、他人に頼る限り、それは新しい習慣になるだけですと。(ゴト)


 クリシュナムルティ理解を求めながら、しかし、枕はいつも南か東を向いている。神棚や仏壇を粗末にしない。先だった血縁者を頼みとしている。妻子にも心理的に依存している。交友関係にも気を遣う・・。


> >  では、あなた方はそれにどう乗り出しますか?あなた方がこれらの集会に参加して、毎日私の話を聞いても、もし明晰な理解が生じ、それによってそれが真に生きられなければ、何の意味もないのです。
> >
> >  私の関心は新しい理論、新しい哲学、新しい方式、あるいはそれらの新しい組合せにではなく、もっぱら生きられることができる−−生きられなければならない−−観念、思考および感情にあるのです。私は自分にとって絶対的に確かなもの、絶対的に真実なもの−−相対的にではなく、絶対的に確かで真実なもの−−を見出したのです。ですから私は、自分が見出したそれらの観念が万人によって生きられうること、生きられねばならないことを示したいのです。それらは特権者たちのためのものではありません。完成は風変わりなことではなく、自然なことなのです。それは、たゆみない精進、たゆみない注意深さ、気づき、自己想起の結果なのです。それは、いかなる外部的環境、外部的権威、外部的影響、悲しみあるいは喜びによっても左右されえない真理に向けて絶えず傾注し続ける努力の結果なのです。
> >  もしあなた方が私の言っていることに同意なさるなら、あなた方はすべての外部的状態ないし条件からの自己解放を遂げるべく努力すべきです。
>
> Kはここで私は自分にとって絶対的確かな生きることを、そのマインド&ハートを見出したという。それは万人によって生きられるし、生きられねばならないし、そう生きてほしい、努力してほしいと。(ゴト)


 ここで述べられている「努力」とは、思考が主体となって生み出された観念に従った行動(反応)とは異なり、「見る」がゆえに自ずと起こる行為としての「努力」・・。

 若き日のクリシュナムルティは、「努力」「観念」「私」等々の用語が、晩年のその用語とは異なる用い方をしていますが、クリシュナムルティを読み込んでいる者たちには、誤解なく通ずることを感じます。


> >  私が到達したものは万人によって到達されねばなりません。それは少数者の特権ではなく、全人類、全世界の人々が遂げるべき開花なのです。世界中のあらゆる人が時間と空間、苦しみ、悲しみ、苦痛、快楽の輪にからみついているので、私は彼らがその輪−−つかの間のもの、非本質的なもの、真実ではないもの、錯覚に基づくものの輪−−から離脱し、そしてまさにその離脱によって、疑いの余地のない絶対的な確信をみずからの力で確立してほしいのです。
> >  あなた方の大半は、三年間にわたって私に聞いてこられましたが、にもかかわらず誰かに対して自分の確信を主張できずにいます。あなた方は私の言葉を引用−−誤って、または正しく−−しますが、それにはなんの価値もありません。私の言葉が真実であることをあなた方がわかり、ゆえに強くなるまでは、震えなしに他人の前に立つことはできないからです。が、それこそはまさに私があなた方にしてほしいと願っていることなのです。私は単に「ええ」とうなずく人々は望みません。が、もし同意するのなら、他のあらゆることに異議を唱えるほど完全に同意し、他のあらゆることを燃やし尽くす炎にならねばなりません。どちらか一方でなければなりません。中立的であることはできないのです。もしあなた方が炎の方なら、その時にはあなた方の全存在−−あなた方の顔つき、態度、感情、思考、体つきといったあらゆるもの−−がその炎の表現にならねばならないのです。もしあなた方が同意しないのであれば、同意するのと等しく激しくそれに逆らい、立ち去ってください。わたしがこう申し上げる理由は、あなた方が現在していることはまったく非生産的だからです。あなた方の同意にどんな価値があるのでしょうか?ないも同然です!
>
> あなた方は3年間私の言う事を聞いてきたが、まだ人に説かない。説くことができない。それだけの確固たるものを築き上げていないと。(ゴト)


 3年間も間近でクリシュナムルティから直接、陳述を聴くことに恵まれた人々が居たのですね・・。なんと恵まれたことか!しかし、それでも、その困難さ(>これから抜け出るのが難しいようです。−−)、これを乗り越えられなかった・・。
 そして、宙ぶらりんが塗炭の苦しみを招くので、半端であれば去れ・・と指示している。

 しかし、要領よく、どちらの世界からも恵みを受け取りたいと宙ぶらりんに留まっている者どもが居る。神智学協会会員たち。


> >  どのようにあなた方は外の人々を変えましたか?どのようにあなた方は自分自身の環境、自分自身の人生を変えましたか?あなた方の同意はなんの変化ももたらさなかったのであり、ですから実は同意していないも同然なのです。あなた方は世間一般の人々と同じくびくびくしており、軟弱で、迷信や権威や慣習を恐れています。あなた方の同意は強い人間、あらゆるものに無頓着だがしかし自分自身の力を確信している、そういう人間を生み出さなかったのです。
>
> 今はありとあらゆることが人に訴えられています。あらゆる種類の媒体で。そしてお金がかかります。社会の変貌があります。(ゴト)


 しかし、神智学協会会員レベルの者どもは、ありとあらゆる訴えが、取るに足らないものであることを、知り尽くしている。クリシュナムルティのトークを直に3年間も聴いているゆえに・・。その知り尽くした上であっても、尚、>あなた方は、自分に好都合な程度までは歩みますが、けっして最後まで歩もうとはしません。−−、私たちを含め、そうではないだろうか・・。


> >  ですから両方とも持つことはできないのです。偶像崇拝者でありながら、にもかかわらず自由を口にすることはできないのです。聖画の崇拝者でありながら、にもかかわらず真実について話すことはできないのです。奴隷でありながら、同時に探求から生まれる真の理解についての内的確信から起こる解放について話すことはできないのです。方式の信奉者でありながら、同時に自由について話すことはできないのです。どちらか一方−−熱いか冷たいか−−でなければならないのです。もしあなた方が熱いのであれば、すべての外面的なものごとを焼き尽くし、すべての雑草、迷信、恐怖、神々、偽りのもの、人生の非本質的なものごとを一掃しなさい。もし冷たいのであれば、私が言っていることを顧慮することなく、利己的で、偏狭で、恐れていなさい。遠慮は無用です。いずれか一方を確信しなさい。一方を把握し、しかる後にそれを歪曲して他方に合わせようとしても無駄です。一方を歪曲して二つ−−新しいものと古いもの−−を折り合わせることはできません。そんなことをすれば、かえってよりおおきな悲しみ、より大きな誤解、より大きな苦闘を招くだけだからです。
> >  私はあなた方をいずれか一方に誘い込もうとしているのではありません。あなた方がわたしに同意するかしないかは問題ではないのです。結局は私は、全世界を向こうにまわして戦うほどこのことに一意専心するごくわずかの人を見出すだけかもしれません。が、そのような人が一人、二人、あるいは六人いれば充分です。ですからあなた方が私に同意するかしないかは
> 問題ではないのです。で、結局は同意しないことでしょう。もし今同意しなければ、あなた方が同意するのは一億年後のことになるでしょう。私が話しているのは、世界の精華、全人類にとっての芳香、美のことだからです。
>
> 電灯をつけ、大西洋を渡るのにエジソンやコロンブスである必要はないというのは間違った比喩だったのか!(ゴト)


 そうではなく、もしも「クリシュナムルティの陳述」が地上に無かったならば、電灯をつけ、大西洋を渡るのにエジソンやコロンブスである必要があった・・という意味ではないでしょうか。

 幸いにも、地上に「クリシュナムルティの陳述」がある。ゆえに・・あなたや私の苦悩はエジソンやコロンブスほどでなくとも済む・・、という意味ではないでしょうか‥。


> >  私の願いはあなた方に催眠術をかけることではなく、あなた方が自分自身の目でものごとを明晰に見てほしいのです。あなた方は光と闇、確実と不確実、本質的なものと非本質的なものに同時に属することはできないのです。
> >  もしあなた方の思考、観念がつかの間のものに属するなら、その時には私が話していることを見出すことはけっしてないでしょう。それらが永遠なるものの花を生じる種子かどうかを発見するためには、あなた方は消去の過程、あなた方が身に付けてきたすべてのものからの完全な離脱の過程を経なければなりません。
> >  あなた方の観念は永遠なるものに根ざしてはいません。なぜなら、あなた方はまだ永遠なるものを発見していないからです。いったんあなた方がそれを見出せば、あなた方の理想は自然にあの不死、あの確かさの形をとって現れるでしょう。
> >
> >  − − − 以上引用 − − −
> >
> >  つづく
>
> 結局、世界の人がKの言ったことを常識として持つのは一億年、つまり途方もないくらい先のことで、しかし、実際に今見始める、方向転換をするという事は重要なことではなかろうか。でも1929年からは実に99年たっています。どんな言葉で語ったらいいでしょうか?続く。
> 順番に読んでいくつもりですが、今回私の言ったことをまぜっかえして言葉ゲームをしていただけたらと思います。私は言葉が足りない傾向があるし、何より何か発見があるかもしれません。そちらからの興味あることを提起して下さるのを歓迎します。(ゴト)


 提起させて貰えるならば、次のことです。

 私たちは、結局、1億年後まで、待たねばならないのではないでしょうか・・。


[24909] Re:[24900] 消去の過程 その1 投稿者:ゴト 投稿日:2018/01/11(Thu) 19:18  

>  >これから抜け出るのが難しいようです。−−、それを示唆する文面が、『白い炎』p89にあるようなので、引用します。
>  長いのでいくつかに分けて投稿したいと思います。
>
>
>   『白い炎』p89 より引用 (コスモス・ライブラリー 発行 大野純一 編訳)

私は第二次大戦終了後にKが大衆に向けて説き始めたトークの本から読み始め、当時出版された本もそうであったのですが、古い本は読みませんでした。
前にも引用で読ませていただきましたが、今回読んで、その差は正直驚くほどでした。私にはそれは若さの生硬さとまず思いましたが、星の教団内でなく世間に出て話すことで感じることが多かったと思います。

どのように私が感じるか、各引用の気になる箇所でコメントを入れ、全体を振り返るという形で話し合いになればいいなと思います。

>
>  「消去の過程」の章
>
>  <以下は、1929年にオランダにある「星の教団」の拠点アイルダー城で、団員に向かっていかにして理解力を働かせ、真理の実現にとって不要なものを消去したらいいかを説いたトークである>
>
>  私は、私たち一人ひとりが根源的に変わらなければならない、そういう時が来たと強く感じます。−−すなわち、理解したがゆえに、過去のあらゆるものと手を切らなければならない、そういう時が。あなた方の内面にはまだ過去からの十分な断絶がありません。で、そのような断絶は、取り去られたものに取って換わる永続的な満足、理解、慰めを与えてくれる何かをあなた方が本当に真剣に見出そうと思っているときにのみ起こりうるのです。
>  過去からのこの絶対的断絶なしには、あなた方は自分自身の中にも、外の世界にもけっして新たな何かを創造することはできないでしょう。
>  あなた方がここに参集されたのは、私に傾聴し、私が言っていることを理解するためです。この理解にまず必要なこと、不可欠なことは、過去によって築き上げられたすべての障害物−−すべての迷信、すべての先入見など、明晰な検証と明晰な思考の妨げになるあらゆるもの−−を打破することです。過去からの断絶と過去への反抗があることが絶対に必要なのです。もしあなた方私が言っていることを理解すれば、あなた方は自分自身、自分の性質を理解し、自分があの自由という完成に向けて成長していることに気づき、ゆえにその成長を促すようになるでしょう。そのことを理解する時、あなた方は私を、ひいては他のあらゆる人を理解するようになるでしょう。が、自分自身を理解するためには、あなた方は常に自分の環境、伝統、自分が真実だと信じているもの、目標にとって不可欠だと思い込んでいるもの、人から言われたこと、自分が読んだことにとらわれないようにしなければなりません。あらゆるものを手放さなければなりません。あなた方が、身体的、感情的、精神的にまったくとらわれがなくなるやいなや、あなた方は人間の進化の全構造を理解することができるでしょう。
>  あなた方は強くなければなりません。さもなければこの新しい夜明け、この新鮮な理解はだいなしにされ、消え失せてしまうからです。

消え失せるというのはその前にあった理解等の質が何だっとという事ですが、まここまではほぼわかります。(ゴト)

>  なぜ人々が霊的・宗教的な価値、精神的・道徳的な価値を破壊することを恐れるのか、私にはわかりません。結局、あなた方が何かを精神的、感情的に破壊する時、あなた方は何かその代わりのものを築いているのです。それについてどうか熟考してください。そうすれば私が何を言いたいのかおわかりになるでしょう。あなた方が外部の道徳によって縛られなくなり、もはやいかなる宗教的迷信−−過去のそれであれ、現在のそれであれ−−にも隷属しなくなる時、あなた方は自動的に、自分自身の不可欠の部分である何かを築き上げていくのです。
>  私は、このことを理解し、それを身体的、感情的、精神的に−−統合的に、全体として−−生きる人々が欲しいのです。そのような人々が二千人いるか二人しかいないかは問題ではありません。私は、人数にも、どんな仕事をすべきかにも、どんな土地あるいは城を持つべきかにも、世界中に無数の地所を持つべきかどうかにもまったく関心はありません。そういったすべては取るに足りないのです。私たちがしなければならないこと−−少なくとも私がしたいこと、しようとしていること−−は、人間によって作り上げられてきた、真実性に欠ける、偽りのすべての古い伝統、観念、神々、迷信を破壊することです。で、まさにその破壊の過程によって、各人の内なる自治を確立しそれを支持する新しい伝統、たゆみない思考によって、永遠なるものからけっして離れない伝統となる、そういう新しい精神のあり方を生み出すのです。私は、自動的に行動に移され、他の人々の遇し方に現される、そういう新しい種類の思考、新しい種類の生き方を確立したいのです。
>  あなた方自身の内にこの断絶を生み出すには勇気、弁別力が必要ですが、あなた方はまだそれをお持ちではない。あなた方は、自分に好都合な程度までは歩みますが、けっして最後まで歩もうとはしません。

ここのところでは過去のものが古い道徳、宗教的迷信や権威を恐れもなく破壊する新しい精神構造を持った人が誕生することを望んでいます、説いています。そして断固として行うところまで行った人はまだいないと。(ゴト)

>  二種類の英知があります。一つはこの世界のそれ、もう一つは真実の世界に属するそれです。私が話しているのはこの世界の英知ではなく、真実の世界のそれです。すなわち、磨き抜かれた識別力で、真実で本質的なものと、偽りで不毛なものとを見分ける力を持った英知のことです。それが真の英知なのです。
>  英知をもって反抗するためには、あなた方は集中しなければなりません。ただし、いわゆる瞑想などの実践によってではなく、一意専心によって−−弱虫の精神状態ではなく、強者の集中によって−−です。
>  あなた方は、慣習とか他人の意見といった無数のものを恐れておられる。現在の瞬間を自分のまわりのあらゆるものと折り合わせようと望んでおられる。過去に語られてきたことを現在と折り合わせようと望んでおられる。相変わらずの旧態依然たる仕方で歩み、これまでどおりのマスターやグルを仰ぎ、崇拝形式や儀式を固守し、そしてそういったすべてを私が言っていることと折り合わせようと望んでおられる。あなた方はけっして過去および未来と共に生きることはできません。「私は弱く、だからこの支えを必要としている、私を励ましてくれる誰かを必要としている」とあなた方は言うかもしれません。が、それは本当の励ましではないのです。もしあなた方が自分の幸福、成長のために誰かを頼れば、あなた方はますます強くなるどころか、ますます弱くなってしまうからです。
>  けっして外部からの救いを求めてはなりません。さもなければ、古い慣習のかわりに新しい慣習にとらわれてしまうでしょう。私たちが生み出さねばならないのは、みずからの内なる救いを確信しており、強く、自分の目的について確固としており、そして外部の慰め、権威、励ましを求めていない、そういう人々です。そのように集中するには、絶えず思慮深くあることが必要です。気づいていないこと、明晰に考えないことは、あなた方がおそらく持ちうる最大の不幸です。気づきの欠如は慰めへの必要を生み出します。あなた方は自分の人生の真の目的を絶えず想起しなければなりません−−ただし、おわかりのように人為的にではなく、バランスのとれた自己想起を充分にすることが必要なのです。

あなた方は怖れる。そしてグルや権威に頼る。それは自らを弱くするのみで、他人に頼る限り、それは新しい習慣になるだけですと。(ゴト)

>  では、あなた方はそれにどう乗り出しますか?あなた方がこれらの集会に参加して、毎日私の話を聞いても、もし明晰な理解が生じ、それによってそれが真に生きられなければ、何の意味もないのです。
>
>  私の関心は新しい理論、新しい哲学、新しい方式、あるいはそれらの新しい組合せにではなく、もっぱら生きられることができる−−生きられなければならない−−観念、思考および感情にあるのです。私は自分にとって絶対的に確かなもの、絶対的に真実なもの−−相対的にではなく、絶対的に確かで真実なもの−−を見出したのです。ですから私は、自分が見出したそれらの観念が万人によって生きられうること、生きられねばならないことを示したいのです。それらは特権者たちのためのものではありません。完成は風変わりなことではなく、自然なことなのです。それは、たゆみない精進、たゆみない注意深さ、気づき、自己想起の結果なのです。それは、いかなる外部的環境、外部的権威、外部的影響、悲しみあるいは喜びによっても左右されえない真理に向けて絶えず傾注し続ける努力の結果なのです。
>  もしあなた方が私の言っていることに同意なさるなら、あなた方はすべての外部的状態ないし条件からの自己解放を遂げるべく努力すべきです。

Kはここで私は自分にとって絶対的確かな生きることを、そのマインド&ハートを見出したという。それは万人によって生きられるし、生きられねばならないし、そう生きてほしい、努力してほしいと。(ゴト)

>  私が到達したものは万人によって到達されねばなりません。それは少数者の特権ではなく、全人類、全世界の人々が遂げるべき開花なのです。世界中のあらゆる人が時間と空間、苦しみ、悲しみ、苦痛、快楽の輪にからみついているので、私は彼らがその輪−−つかの間のもの、非本質的なもの、真実ではないもの、錯覚に基づくものの輪−−から離脱し、そしてまさにその離脱によって、疑いの余地のない絶対的な確信をみずからの力で確立してほしいのです。
>  あなた方の大半は、三年間にわたって私に聞いてこられましたが、にもかかわらず誰かに対して自分の確信を主張できずにいます。あなた方は私の言葉を引用−−誤って、または正しく−−しますが、それにはなんの価値もありません。私の言葉が真実であることをあなた方がわかり、ゆえに強くなるまでは、震えなしに他人の前に立つことはできないからです。が、それこそはまさに私があなた方にしてほしいと願っていることなのです。私は単に「ええ」とうなずく人々は望みません。が、もし同意するのなら、他のあらゆることに異議を唱えるほど完全に同意し、他のあらゆることを燃やし尽くす炎にならねばなりません。どちらか一方でなければなりません。中立的であることはできないのです。もしあなた方が炎の方なら、その時にはあなた方の全存在−−あなた方の顔つき、態度、感情、思考、体つきといったあらゆるもの−−がその炎の表現にならねばならないのです。もしあなた方が同意しないのであれば、同意するのと等しく激しくそれに逆らい、立ち去ってください。わたしがこう申し上げる理由は、あなた方が現在していることはまったく非生産的だからです。あなた方の同意にどんな価値があるのでしょうか?ないも同然です!

あなた方は3年間私の言う事を聞いてきたが、まだ人に説かない。説くことができない。それだけの確固たるものを築き上げていないと。(ゴト)

>  どのようにあなた方は外の人々を変えましたか?どのようにあなた方は自分自身の環境、自分自身の人生を変えましたか?あなた方の同意はなんの変化ももたらさなかったのであり、ですから実は同意していないも同然なのです。あなた方は世間一般の人々と同じくびくびくしており、軟弱で、迷信や権威や慣習を恐れています。あなた方の同意は強い人間、あらゆるものに無頓着だがしかし自分自身の力を確信している、そういう人間を生み出さなかったのです。

今はありとあらゆることが人に訴えられています。あらゆる種類の媒体で。そしてお金がかかります。社会の変貌があります。(ゴト)

>  ですから両方とも持つことはできないのです。偶像崇拝者でありながら、にもかかわらず自由を口にすることはできないのです。聖画の崇拝者でありながら、にもかかわらず真実について話すことはできないのです。奴隷でありながら、同時に探求から生まれる真の理解についての内的確信から起こる解放について話すことはできないのです。方式の信奉者でありながら、同時に自由について話すことはできないのです。どちらか一方−−熱いか冷たいか−−でなければならないのです。もしあなた方が熱いのであれば、すべての外面的なものごとを焼き尽くし、すべての雑草、迷信、恐怖、神々、偽りのもの、人生の非本質的なものごとを一掃しなさい。もし冷たいのであれば、私が言っていることを顧慮することなく、利己的で、偏狭で、恐れていなさい。遠慮は無用です。いずれか一方を確信しなさい。一方を把握し、しかる後にそれを歪曲して他方に合わせようとしても無駄です。一方を歪曲して二つ−−新しいものと古いもの−−を折り合わせることはできません。そんなことをすれば、かえってよりおおきな悲しみ、より大きな誤解、より大きな苦闘を招くだけだからです。
>  私はあなた方をいずれか一方に誘い込もうとしているのではありません。あなた方がわたしに同意するかしないかは問題ではないのです。結局は私は、全世界を向こうにまわして戦うほどこのことに一意専心するごくわずかの人を見出すだけかもしれません。が、そのような人が一人、二人、あるいは六人いれば充分です。ですからあなた方が私に同意するかしないかは
問題ではないのです。で、結局は同意しないことでしょう。もし今同意しなければ、あなた方が同意するのは一億年後のことになるでしょう。私が話しているのは、世界の精華、全人類にとっての芳香、美のことだからです。

電灯をつけ、大西洋を渡るのにエジソンやコロンブスである必要はないというのは間違った比喩だったのか!(ゴト)

>  私の願いはあなた方に催眠術をかけることではなく、あなた方が自分自身の目でものごとを明晰に見てほしいのです。あなた方は光と闇、確実と不確実、本質的なものと非本質的なものに同時に属することはできないのです。
>  もしあなた方の思考、観念がつかの間のものに属するなら、その時には私が話していることを見出すことはけっしてないでしょう。それらが永遠なるものの花を生じる種子かどうかを発見するためには、あなた方は消去の過程、あなた方が身に付けてきたすべてのものからの完全な離脱の過程を経なければなりません。
>  あなた方の観念は永遠なるものに根ざしてはいません。なぜなら、あなた方はまだ永遠なるものを発見していないからです。いったんあなた方がそれを見出せば、あなた方の理想は自然にあの不死、あの確かさの形をとって現れるでしょう。
>
>  − − − 以上引用 − − −
>
>  つづく

結局、世界の人がKの言ったことを常識として持つのは一億年、つまり途方もないくらい先のことで、しかし、実際に今見始める、方向転換をするという事は重要なことではなかろうか。でも1929年からは実に99年たっています。どんな言葉で語ったらいいでしょうか?続く。
順番に読んでいくつもりですが、今回私の言ったことをまぜっかえして言葉ゲームをしていただけたらと思います。私は言葉が足りない傾向があるし、何より何か発見があるかもしれません。そちらからの興味あることを提起して下さるのを歓迎します。(ゴト)


[24908] 無題 投稿者:ゴト 投稿日:2018/01/11(Thu) 00:41  

今、「消去の過程」その1〜8を読みました。
『白い炎』はわたしは持っています。しかし読んではいませんでした。第2次世界大戦終戦後のものしかKの著作を読んでいないからです。今ちょっと捜したのですが見当たりませんでした。

投稿有難うございます。熟慮して返信します。


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