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[25034] 無題 投稿者:青空の慈悲 投稿日:2018/01/30(Tue) 23:41  

あなた方は罪を恐れるべきです。そして、神を愛しなさい。今日、人は様々な愛
を持っています。人は、父親、兄弟、友達、親戚

対して愛を持ちます。このよう
な形の愛は、世俗的な愛であり、利己心をもたらすものです。無私の愛だけが、神
の愛です。


[25033] 無題 投稿者:青空の慈悲 投稿日:2018/01/30(Tue) 23:33  

生は概して善良ですが、環境によって態度は変わってしまいます。有名な科学
者アインシュタインは、偉大な科学的真理を発見しました。しかしながら、人生の
最終段階に「真理」を認識するようになり、『バガヴァットギーター』を学び始め
たのです!アインシュタインはよくこう言いました「君の仲間を言ってごらん。そうすれば君がどんな人間か教えてあげるよ」


[25032] 無題 投稿者:青空の慈悲 投稿日:2018/01/30(Tue) 23:31  

「真実を話しなさい」(サッティヤムブルーヤーット)――これは物理的、自然
科学的な側面からの指示です。
「喜ばしいことを話しなさい」(プリヤムブルーヤーット)――これはダルマ的、
すなわち徳の見解であり、真実を正しく快く話さなければならないという意味です。
「真実であっても人を不快にさせることを話してはならない」(ナブルーヤーッ
トサッティヤムアプリヤム)――これは霊的見解です。たとえ真実であっても、
それが人を喜ばすことでないならば、口に出すべきではないのです。同時に、人
を満足させようとして真実でないことを言ってもいけません


[25031] 無題 投稿者:青空の慈悲 投稿日:2018/01/30(Tue) 23:30  

若者たちはお金を求めて外国に行きます。ここで得られるものには満足すること
ができず、貪欲な心から、さらに多くを得ようとして出て行くのです。手は社会に、
頭は森(forest)に置いておくべきです。それが本当の安らぎ(rest)です。人は、
たくさんのお金を持って、「私は楽しんでいる」と言います。「楽しむ」とはどうい
う意味でしょう?それは便利さと快適さのことですか?いいえ、違います。「楽
しむ(enjoy)」の正しい意味を知りなさい。楽しみを終わらせること(end joy)が、
真に楽しいことです。人は死の際に
あってさえ神を想うことができないほどに、お
金に執着して一生を過ごしています。お金は墓場までしか付いてきません。


[25030] 無題 投稿者:青空の慈悲 投稿日:2018/01/30(Tue) 23:28  

あるときヨハネは一人の兄弟を罰しました。その夜、イエスが夢に現れて尋ね
ました。
「あなたはあの男を傷つけていると思っていますか?いいえ、あなたは私を傷つ
けているのです」
仲間を傷つけることはすべて、神を傷つけることだという真理を理解すべきです。
すべては一つという精神を培わなければなりません。



[25029] 無題 投稿者:青空の慈悲 投稿日:2018/01/30(Tue) 23:00  

彼女が派遣社員クビになった。


[25028] Re:[25027] [24987] [24984] [24978] [24977] [24975] [24974] [24973] [24969] [24966] 無題 投稿者:ゴト 投稿日:2018/01/30(Tue) 21:18  

>  見落とされたかもしれないので、再掲しておきます。

見落としたというわけではないが、筆が重くて……、すみません。

>
>
> > > > > > >  親子の愛着は愛ではない。
> > > > > > >
> > > > > >
> > > > > > 家族の関係は人間関係の基礎です。あなたの妻や子にたいする執着も唯一なる愛の表れなのです。
> > > > >
> > > > >
> > > > > このレス、ほんとにありがとう。私も少し書いてみます。
> > > > >
> > > > > 昔海軍の将校が妻に言った。母親の(良妻賢母型でなく)盲愛が一番。盲愛を受けて育った水兵は人間関係でトラブルになることはまずないと。私は盲愛するというのは子供に気遣い、ケアーを注ぐことで、これが愛でしょう。
> > > > >
> > > > > 子供向けのテレビアニメを今日見ていた。サザエさんみたいな家族ドラマで、内容はなくなったおばあちゃんと家族全員がそろっている写真を、おじいちゃんの希望で探すという事だが、それがなかなか見当たらない。結局、親と孫が全員揃っておじいちゃんが写したのだが、その時、おばあちゃんが何かの所作をして全員がずっこけている写真を貰っておじいちゃんは帰ることになった。
> > > > > 家族という単位は普通人間形成に直結しており、そこには言葉化が困難な何にかがあるとはいえ、アニメでは何か伝わる。家族は重要な単位である。
> > > > >
> > > > > だが主体性をもって自由な意思で生きていく一人の人間―ヒューマニズム、ルネッサンスからの時代は終わりを告げているという。これは別項で。
> > > >
> > > >
> > > >  クリシュナムルティが述べる「愛」と、一般に言われる「愛」を混同するところには、混乱があり、破滅へと向かう錯誤があり、これが世界ではないでしょうか・・。
> > > >
> > > >  愛を語る者たちが、滅ぼしあっているのではないでしょうか・・。

愛を語る者たちが滅ぼしあっている……、実はどういうことかぴんと来ないのです。

> > >
> > >
> > > >  クリシュナムルティが述べる「愛」と、一般に言われる「愛」を混同するところには、混乱があり、破滅へと向かう錯誤があり、これが世界ではないでしょうか・・。
> > > >
> > > >  愛を語る者たちが、滅ぼしあっているのではないでしょうか・・。
> > >
> > > Kの言う愛の本質、それから普通に言う愛の本質を人の心がしっかり感じ取ることが、まず、重要です。
> > >
> > > Kの述べる愛となると特殊用語になりかねないので、愛の普遍的な意味・本質について話し合いましょう。
> > >
> > > 愛の本当の意味は人間同士の間の気遣い・ケアのことだと思います。それは心身の全体に向けられます。同一目線で、相手の主体性を尊重品ができる範囲の内で。それは周囲のすべて、道具、社会、動物、生物、自然すべてに広がっていきます。
> >
> >
> >  そこで、飢餓人(世界で7億人が飢餓で苦しんでいる現在)が、これを聴いて何と思うか・・。

私にはこの言葉は観念的で言葉上での感じがするのですが……

> >
> >
> > > 普通に言われる愛には同じようで、どうも恩恵の意味があって、お返しを暗に期待するところがあるようです。優者が劣者に与えるような感じもよくあります。宗教におけるように、認可・制裁を伴う場合もあります。だから愛憎の愛なのです。
> > >
> > > そこは人間は、普通の愛が愛憎の愛であること等は、かなりよく知ってきていると思います。アニメの影響は馬鹿にならないのではないかと思います。
> > >
> > > とりとめもないがともかく書いてみました。
> >
> >
> >  母子間の愛着は生理的強迫性が伴うのではないでしょうか・・。生理的強迫性とは空腹や年頃の性的欲求のような強い強迫的な欲求。

はい。

> >
> >  鳥が巣を作り子育てに勤しむように、「私の子」と「他者の子」の区別、更には、「私」と「子」という区別が無いときには、白い炎としての「愛」があり得ることは、クリシュナムルティが陳述しています。
> >
> >  しかし、ヒトの場合、「私の子」と「他者の子」の区別、更には、「私」と「子」は確かにあるのではないでしょうか・・。
> >
> >  よって、ヒトの場合においては、この「区別」がある限り、変容に寄与することはなく、依然として時間の世界に留まっているように見受けられます。

自分の子と他人の子が見分けることができるのは実際に必要です。そのうえで他人の子と、自分の子と分離なしに接することはできないでしょうか?それと変容に寄与する?

> >
> >  ただし、時折、予期せずして「区別」なく佇んでいる、あるいは勤しんでいることはありうることです、ただし、これは母子間に限らず・・。

もちろん分離なく実際に接していることはあります。しかし近所のだれだれちゃんという認識が同時にあっても一向に差し支えないように思いますが。
何か、区別とか分離という言葉がさしている内容が全く違い、話が通じない感じがします。

> >
> >
> >  私たちは「愛着」を神聖化するように条件付けられているように見受けられます。
> >  特に過去(例えば死せる者との絆等々)の神聖化は著しいように感じます。
> >
> >  そして、私たちは、よくその神聖化された対象物を拠り所として安心・安定を得ているように見受けられます。
> >
> >  その場合において、この対象物を脇に置ききれない。捨てきれない。すなわち重大な執着物となっていることが多いように見受けられます。

愛着を神聖化⁉、私はむしろドロドロした人間臭いこととしか思えませんが。執着があるなら。もちろん世の中には現実にいろいろなことがあるでしょう。神聖なものとは自分が今感じるものなのではないですか?


[25027] Re:[24987] [24984] [24978] [24977] [24975] [24974] [24973] [24969] [24966] 無題 投稿者:宮啓 投稿日:2018/01/30(Tue) 17:00  


 見落とされたかもしれないので、再掲しておきます。


> > > > > >  親子の愛着は愛ではない。
> > > > > >
> > > > >
> > > > > 家族の関係は人間関係の基礎です。あなたの妻や子にたいする執着も唯一なる愛の表れなのです。
> > > >
> > > >
> > > > このレス、ほんとにありがとう。私も少し書いてみます。
> > > >
> > > > 昔海軍の将校が妻に言った。母親の(良妻賢母型でなく)盲愛が一番。盲愛を受けて育った水兵は人間関係でトラブルになることはまずないと。私は盲愛するというのは子供に気遣い、ケアーを注ぐことで、これが愛でしょう。
> > > >
> > > > 子供向けのテレビアニメを今日見ていた。サザエさんみたいな家族ドラマで、内容はなくなったおばあちゃんと家族全員がそろっている写真を、おじいちゃんの希望で探すという事だが、それがなかなか見当たらない。結局、親と孫が全員揃っておじいちゃんが写したのだが、その時、おばあちゃんが何かの所作をして全員がずっこけている写真を貰っておじいちゃんは帰ることになった。
> > > > 家族という単位は普通人間形成に直結しており、そこには言葉化が困難な何にかがあるとはいえ、アニメでは何か伝わる。家族は重要な単位である。
> > > >
> > > > だが主体性をもって自由な意思で生きていく一人の人間―ヒューマニズム、ルネッサンスからの時代は終わりを告げているという。これは別項で。
> > >
> > >
> > >  クリシュナムルティが述べる「愛」と、一般に言われる「愛」を混同するところには、混乱があり、破滅へと向かう錯誤があり、これが世界ではないでしょうか・・。
> > >
> > >  愛を語る者たちが、滅ぼしあっているのではないでしょうか・・。
> >
> >
> > >  クリシュナムルティが述べる「愛」と、一般に言われる「愛」を混同するところには、混乱があり、破滅へと向かう錯誤があり、これが世界ではないでしょうか・・。
> > >
> > >  愛を語る者たちが、滅ぼしあっているのではないでしょうか・・。
> >
> > Kの言う愛の本質、それから普通に言う愛の本質を人の心がしっかり感じ取ることが、まず、重要です。
> >
> > Kの述べる愛となると特殊用語になりかねないので、愛の普遍的な意味・本質について話し合いましょう。
> >
> > 愛の本当の意味は人間同士の間の気遣い・ケアのことだと思います。それは心身の全体に向けられます。同一目線で、相手の主体性を尊重品ができる範囲の内で。それは周囲のすべて、道具、社会、動物、生物、自然すべてに広がっていきます。
>
>
>  そこで、飢餓人(世界で7億人が飢餓で苦しんでいる現在)が、これを聴いて何と思うか・・。
>
>
> > 普通に言われる愛には同じようで、どうも恩恵の意味があって、お返しを暗に期待するところがあるようです。優者が劣者に与えるような感じもよくあります。宗教におけるように、認可・制裁を伴う場合もあります。だから愛憎の愛なのです。
> >
> > そこは人間は、普通の愛が愛憎の愛であること等は、かなりよく知ってきていると思います。アニメの影響は馬鹿にならないのではないかと思います。
> >
> > とりとめもないがともかく書いてみました。
>
>
>  母子間の愛着は生理的強迫性が伴うのではないでしょうか・・。生理的強迫性とは空腹や年頃の性的欲求のような強い強迫的な欲求。
>
>  鳥が巣を作り子育てに勤しむように、「私の子」と「他者の子」の区別、更には、「私」と「子」という区別が無いときには、白い炎としての「愛」があり得ることは、クリシュナムルティが陳述しています。
>
>  しかし、ヒトの場合、「私の子」と「他者の子」の区別、更には、「私」と「子」は確かにあるのではないでしょうか・・。
>
>  よって、ヒトの場合においては、この「区別」がある限り、変容に寄与することはなく、依然として時間の世界に留まっているように見受けられます。
>
>  ただし、時折、予期せずして「区別」なく佇んでいる、あるいは勤しんでいることはありうることです、ただし、これは母子間に限らず・・。
>
>
>  私たちは「愛着」を神聖化するように条件付けられているように見受けられます。
>  特に過去(例えば死せる者との絆等々)の神聖化は著しいように感じます。
>
>  そして、私たちは、よくその神聖化された対象物を拠り所として安心・安定を得ているように見受けられます。
>
>  その場合において、この対象物を脇に置ききれない。捨てきれない。すなわち重大な執着物となっていることが多いように見受けられます。


[25026] 無題 投稿者:青空の慈悲 投稿日:2018/01/30(Tue) 10:59  

祖父が危篤なのでじっかにかえる。


[25025] Re:[25024] 社会の中の女性 投稿者:青空の慈悲 投稿日:2018/01/29(Mon) 19:24  

> 4編の女性についてのご高説を伺った。
> 私の娘は結局専業主婦で通し、この方が性に合っていると始めに言った。
> 孫の世代になるとだんだん労働が厳しくなるのがわかった。そして好きでやっているのではなく、経済的に生きていけないからだという事は理解してねと言われている。
>
> しかし、社会の在り方を全体的にヘルシイな形に持っていくのは、各人の見る目とエネルギーの問題だろうか。子育て中の子供への配慮と、職場に女性が必要なことも今や明らかだと思う。社会全体が理解していくしかない。大規模な言語ゲームで多くの人の意識が実情を知り、変化していくことが必要でしょう。
>
> そしてゆとりのある家庭の方が健全に処理できる意味があるという事実もあるように見えます。

アメリカやヨーロッパなどでは、行き過ぎた女性の社会進出の功罪への反省点などが出てきており、良妻賢母への勧めなどがベストセラーになるなど、最近の最も若い女の子たちは、分業への理解が芽生えつつあります。ヨーロッパでは、最近になってやっと、男女の違いを科学的にみとめつつあるのです。


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