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[25014] 無題 投稿者:青空の慈悲 投稿日:2018/01/29(Mon) 16:35  

女性は学問をすることができますし、学位を取得することも、仕事に就くこともできます。さらに、女性は国を守る仕事をすることも、政治に参加することもできます。しかし、女性が最初に重視すべきものは家庭です。外での仕事にはその後で着手すべきです。家庭こそが人生の基盤です。もし女性が家庭を離れて外で仕事をするならば、名声も名誉も得られないでしょう。このように、女性は家庭の世話をし、子供の面倒を見て、理想のために戦う戦士になれるよう子供を訓練するという重要な役割を持っています。

今日の世界がこれほどの惨状に陥っているのは、理想的な男性と理想的な女性がいなくなったからにほかなりません。私たちが保護すべきものとは何でしょう? 私たちは、善良な男性と善良な女性を保護しなければなりません。ですから、皆さんは、本当に徳のある子供たちを生み育てなければなりません。人々は自分たちの徳を高めなければなりません。それは何のためでしょう? 自分たちのためではありません。国のためです。何万人もの学生が大学で勉強し、外国に出ていきます。これは正当な理由のあることではなく、正しいことではありません。皆さんは、ただ単にお金を稼がせるために子供たちを学校にやっているのですか? 断じてそのようなことであってはなりません。

偉い人になる必要はありません。善人になるだけでよいのです。すべての親は、子供が一所懸命に勉強をすることを望みます。子供が大きくなって立派な地位に就くことを望みます。名声を得て、偉い称号を獲得することを望みます。しかし、多くの称号を得ても、それがいったい何の役に立つでしょう? 今日私たちが目指すべきことは、偉い人になることではなく、善人になることです。偉い人と、善人の違いは何でしょう? 偉い人というのは、神の中に人間を見る人のことです。善人とは、すべての人間の中に神を見る人のことです。


[25013] 無題 投稿者:青空の慈悲 投稿日:2018/01/29(Mon) 16:33  

もし女性が本を片手に男たちのように出ていってしまったら、台所で料理をする女性はどこにいるでしょう? もし女性が、よその家の子供を教えることを仕事にしたら、自分の子供を教育する母親はどこにいるでしょう? 現代では、こうした変化が世の中に見られます。仕事を持っている女性は幸福ではありません。経済的な困難は克服したとしても、家庭の困難はどうなるでしょう? たとえそのような方法で女性が幸福を追求したとしても、決して幸せは得られません。仕事を持っている女性は大勢います。女性は家庭の仕事が第一で、それができた上で外の仕事をすべきです。家庭内での仕事が女性の主な務めです。


[25012] 『真の瞑想 〜自らの内なる光〜 』 投稿者:宮啓 投稿日:2018/01/29(Mon) 16:32  

 『真の瞑想 〜自らの内なる光〜 』が先ほど届き、30ページほど読みました。

 この本の編集者は前回とは異なり、レイ・マッコイという方でした。
 これまで未公刊の講話から取り上げて編集したとのことです。

 新しい(未公刊ゆえの)表現や文体があり、慎重に読み進めています。

 新しい発見があるのは、いつものクリシュナムルティです・・。


[25011] 無題 投稿者:青空の慈悲 投稿日:2018/01/29(Mon) 15:53  

仏陀は国の隅々まで行脚して、人々に神聖な愛の道を歩むようにと説きました。そうしているうちに、仏陀の体は消耗しきってしまいました。そのため、仏陀はある村に滞在していくらか休息を取ることに決め、自分の代わりに弟子の1人に村人たちに説法するよう頼みました。弟子はその幸運を喜んで勢い勇み、その説法の中で、

「仏陀は愛と叡智と慈悲の人であられます。これほど高貴なお方はかつておらず、これからも現れないでしょう」と語りました。

それを聞いて村人たちは感動し、拍手喝采で応じました。身を休めていた仏陀は、その音を聞くと部屋から出て弟子のところに行きました。そして、説法をやめるようにという身ぶりをしながら、

「息子よ、そなたの歳は?」と尋ねました。

「釈尊、25歳でございます」と弟子は答えました。すると仏陀は、

「これまで訪れた地は?」と尋ねました。弟子は地名を述べました。仏陀は言いました。

「そなたは若く、経験も浅く、この世のごくわずかしか見ていない。そのような限られた知識で、いかにしてそなたは、この仏陀に並ぶものはこれまで現れたこともなければ、今後現れることもないなどと確証できるというのか? そなたは過去も知らなければ、未来も知らない。現在のことすらすべてを知っているわけではない。それでどうして過去と未来の両方について断言する権限があるだろう? そなたの説法のやり方は単にそなたの無知をさらし出しているにすぎない」

それから、仏陀は宣言しました。

「多くの偉大な人物が過去に生を受けており、将来はもっと多く現れるであろう。この真実を否定することは誰にもできない」

仏陀は、虚飾、誇示、へつらいを嫌いました。仏陀は質素で、いつも穏やかで、純粋で、謙虚で、つねに愛と慈悲に満ちていました。仏陀の偉大さの真価がわかるのは、仏陀と同じくらい愛に満ちた人だけです。


[25010] 無題 投稿者:青空の慈悲 投稿日:2018/01/29(Mon) 15:37  

あなたの母からの愛と情を失ってしまったら、あなたの人生は舵のない小船のように、行先を見失ってしまうでしょう。母親はあなたのあらゆる力の源です。ですから、あなたの母親を敬い、母親の言うことに従いなさい。もしあなたの母親があなたのことを喜んでいるなら、全世界があなたのことを喜ぶでしょう。もしあなたの母親があなたのことを喜んでいないなら、世界の目はあなたを粗末なものと見るでしょう。あなたの若さ、美しさ、そして、体力に鼻を高くしてはなりません。あなたはすぐに老齢を通過しなければならないということを、肝に銘じていなさい。今、自分の両親をおろそかにしているなら、あなたの子どももあなたをおろそかにするでしょう。


[25009] 無題 投稿者:青空の慈悲 投稿日:2018/01/29(Mon) 15:04  

全ての煩悩と欠点は、〈我〉と〈我がもの〉に執着することから生じる


[25008] 無題 投稿者:青空の慈悲 投稿日:2018/01/29(Mon) 14:40  

他人から触れられたくないという隔絶した意識で生きてる人は多い。ちょっとでも触れられると陰険な仕返しをする人生生きてない人。


[25007] 無題 投稿者:青空の慈悲 投稿日:2018/01/29(Mon) 14:40  

仕事終わった


[25006] 無題 投稿者:青空の慈悲 投稿日:2018/01/28(Sun) 19:35  


留意するというこの仏陀の瞑想---
それを試してみなさい
それで遊ぶがいい
私はそれを練習しなさいとは言えない
私はそれで遊びなさいとしか言えない
坐りながら、歩きながら、ときどきそれを思い起しなさい
ただそれで遊ぶことだ
そうすればあなたは驚くだろう
仏陀は、内奥の核に浸透する最大の技法(テクニック)のひとつを世界に与えていたことに---


[25005] 無題 投稿者:青空の慈悲 投稿日:2018/01/28(Sun) 19:26  

実際のところ、現実、真実が彼を通して語る
彼はただ媒体、中空の竹だ
現実、真実が彼を通してその歌をうたう
彼には自分自身の詩はまったくない
彼の意見はすべて消え、彼自身も消えている
彼は純粋な空間だ
真理は彼を通って、世界のなかへ入ることができる
真理は彼を通って、世界のなかへ降臨することができる

彼は、真理を語る
彼は、<あるがまま>---ヤター・ブータムを語る
何であれ実体(リアリティ)を、彼は語る
彼はそれについてどんなマインドももたず、決して干渉しない
彼はひとつの物事も落とさず、ひとつの物事も付け加えない
彼は鏡だ
鏡は鏡の前に来るものは何であれ反映する
この反映性が如性だ

   スブーティよ
   <如来>は<真の知性>と同義である

なぜ彼は真の如性と言うのか?
偽りの如性というものがあるのだろうか?
そのとおりだ
あなたは練習することができる
あなたは如性というある質を練習し、養成することができる
が、それは現実にはならない
真の如性は養成されるべきものではない
それは来る

たとえば、「あなたは養成できる」と私が言うとき
それはどういう意味だろう?
あなたはこう決心できる
「私は、どんな結果を招こうとも、真理のみを語る
たとえこの命を失なわなければならないとしても、私は真理を語る」
そしてあなたは真理を語るが、それは真の如性ではない
それはあなたの決心だ
偽りがあなたのなかに沸き上がる
あなたがその偽りを抑えつけつづける
あなたは「たとえ命が危なくなっても、私は真実であることを決心した」と言う

それは努力だ
真実があなたの威信になってしまっている
奥深いところでは、あなたは殉教者になることにあこがれている
奥深いところでは、あなたは全世界に知らせたいのだ
あなたが真実に満ちた人間だということを
そのためなら自分の命をも犠牲にする覚悟があるということを
あなたは偉大な人間、マハトマだということを---
そしてあなたは自分の命を犠牲にするかもしれない
だがそれは真の知性ではない

真の知性はまったく選択を知らない
あなたはたんに真実(リアリティ)の道具だ
あなたは介入しない
あなたはあいだに立ち入らない
あなたはあさっり身を引いた
鏡はこう決心しない
「この人は私の前に立っている
私は、どんな結果を招こうとも、彼のほんとうの顔を彼に見せるつもりだ
たとえ彼が私に石を投げつけても
---というのも彼はとても醜いからだ、彼は怒り出すかもしれない---
私は彼にほんとうの顔を見せよう」

もし鏡がそんなふうに考えたら、そのときには鏡はもう鏡ではない
マインドが入ってきている
それは反映していない
それは彼の決心だ
純粋性は失われている
しかし、鏡はただそこにあるだけで、どんなマインドももたない
ブッダもそうだ
だから仏陀は、真の如性(真如)という言葉をつかう



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