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[24867] Re:[24866] [24865] 気づきとは。 投稿者:ゴト 投稿日:2017/12/26(Tue) 12:17  

> > クリシュナムルティを学んでいるものとして、さらに今哲学を読んでいるわけですが、気になることがあります。
> >
> > Kを読んでいると、心理的思考という語がよく使われますが、哲学では出てきません。情動、感情、不安、恐怖、欲望などと使われます。思考は理性的な面が、これら情動を抑制し、人間性を保つ役割を18,9世紀当たりでは期待されていたが、どうも思考(あるいは理性)は情動に勝てない感じがあって、そこらから混乱してしまったようです。自然科学の勃興が天地創造神話や神、絶対精神などに水を差し、主観を知るだけの人間が客観を認識できるのかという事が、物理的にはともかく、心的問題に入ると行き詰ったという事でしょうか。
>
>
>
>  思考が歪みなく見ることができるのか・・?
>
>  思考は「心理的思考」を「思考」から切り離して、「感情」等々と分類するするようです。


自分の心の中での思考感情、知覚などなどの動きを、私は思ったほど調べていないようです。思考がゆがみなく見れるのは、その件に思いを巡らさず無条件に見ている時なのかな。

心理的思考が分類されるというのは、心にとって異なる関係性の反応を起こさせるというとなのだろう。しかもそれが記憶される。


> > それでクリシュナムルティの話に戻りますが、思考、情動、感情、不安、恐怖、欲望、怒りなどをあるがままに観察しているでしょうか?それらに押し流されて、何とか対処しようとあれこれあがいていることは知っています。実際にある衝動、その耐え難く迫る感覚を知覚しているのではなく、慌てふためいているという事でしょうか?
> >
> > そうでなくその強迫的な感情をしっかり知覚する、それが気づいているという言い方もされますが、知覚しているという言い方の方がはっきりして明晰でないかと思い始めました。その時、無意識という事はなくなるのかな。
> >
> > このように知覚して生きている時注意があり、Kの言う意味で瞑想の状態にあるあるという事ですか。
>
>
>  知覚している中心がなく、思考(時間)ではない世界。

この中心がないという事はわかっているようで、実はむつかしい表現ですね。実際にそれが起きていればそれまでなのですが。
自由に見ているという事は主体があっての話のような気がするし、行為があるとして、その行為は主体なしの行為なのかな??
こういう質問を読書会でで聞いた記憶がありません。私もしなかった。どなたかコメントしてくださるかな。哲学の本を読んでいるとこう言うふうに頭はすっと働く。よしあし抜きに。


> 今、『英知へのターニングポイント(旧タイトル:「思考のネットワーク」)』を読んでいます。昨日、第W章を読み終えました。


熟読しなければならない本が増えます。この頃疲れないように休み休み読まないと無理だとわかりました。年のせいですね。


[24866] Re:[24865] 気づきとは。 投稿者:宮啓 投稿日:2017/12/25(Mon) 16:49  

> クリシュナムルティを学んでいるものとして、さらに今哲学を読んでいるわけですが、気になることがあります。
>
> Kを読んでいると、心理的思考という語がよく使われますが、哲学では出てきません。情動、感情、不安、恐怖、欲望などと使われます。思考は理性的な面が、これら情動を抑制し、人間性を保つ役割を18,9世紀当たりでは期待されていたが、どうも思考(あるいは理性)は情動に勝てない感じがあって、そこらから混乱してしまったようです。自然科学の勃興が天地創造神話や神、絶対精神などに水を差し、主観を知るだけの人間が客観を認識できるのかという事が、物理的にはともかく、心的問題に入ると行き詰ったという事でしょうか。



 思考が歪みなく見ることができるのか・・?

 思考は「心理的思考」を「思考」から切り離して、「感情」等々と分類するするようです。


> それでクリシュナムルティの話に戻りますが、思考、情動、感情、不安、恐怖、欲望、怒りなどをあるがままに観察しているでしょうか?それらに押し流されて、何とか対処しようとあれこれあがいていることは知っています。実際にある衝動、その耐え難く迫る感覚を知覚しているのではなく、慌てふためいているという事でしょうか?
>
> そうでなくその強迫的な感情をしっかり知覚する、それが気づいているという言い方もされますが、知覚しているという言い方の方がはっきりして明晰でないかと思い始めました。その時、無意識という事はなくなるのかな。
>
> このように知覚して生きている時注意があり、Kの言う意味で瞑想の状態にあるあるという事ですか。


 知覚している中心がなく、思考(時間)ではない世界。

 今、『英知へのターニングポイント(旧タイトル:「思考のネットワーク」)』を読んでいます。昨日、第W章を読み終えました。


[24865] 気づきとは。 投稿者:ゴト 投稿日:2017/12/25(Mon) 10:50  

クリシュナムルティを学んでいるものとして、さらに今哲学を読んでいるわけですが、気になることがあります。

Kを読んでいると、心理的思考という語がよく使われますが、哲学では出てきません。情動、感情、不安、恐怖、欲望などと使われます。思考は理性的な面が、これら情動を抑制し、人間性を保つ役割を18,9世紀当たりでは期待されていたが、どうも思考(あるいは理性)は情動に勝てない感じがあって、そこらから混乱してしまったようです。自然科学の勃興が天地創造神話や神、絶対精神などに水を差し、主観を知るだけの人間が客観を認識できるのかという事が、物理的にはともかく、心的問題に入ると行き詰ったという事でしょうか。

それでクリシュナムルティの話に戻りますが、思考、情動、感情、不安、恐怖、欲望、怒りなどをあるがままに観察しているでしょうか?それらに押し流されて、何とか対処しようとあれこれあがいていることは知っています。実際にある衝動、その耐え難く迫る感覚を知覚しているのではなく、慌てふためいているという事でしょうか?

そうでなくその強迫的な感情をしっかり知覚する、それが気づいているという言い方もされますが、知覚しているという言い方の方がはっきりして明晰でないかと思い始めました。その時、無意識という事はなくなるのかな。

このように知覚して生きている時注意があり、Kの言う意味で瞑想の状態にあるあるという事ですか。


[24864] ちょっと報告 投稿者:ゴト 投稿日:2017/12/23(Sat) 00:13  

今日、竹田青嗣著『欲望論』第1巻 第一部 存在と認識 を読了し、後半の第二部 世界と欲望 に入ったところです。

第一部はウパニシャッド哲学、仏教哲学等の宗教的哲学からギリシャ哲学、その後の西洋近代哲学から現代思想まで、実に詳細にその功績と迷誤を検討している。それが新しく建設すべき哲学の構想を次第に浮かび上がらせる。とにかく第1巻は約700ページの大著ですから。

《我々の世界に現れ出ているさまざまな信念対立、宗教、主義、思想信条、道徳的、政治的諸理念などの対立は、思想がその妥当性、正当性、普遍性の根拠をどこにも見出しえないことから現れている。》(上掲書 29ページ)

そう、それが問題です。竹田氏はフッサールの現象学の意識に浮かぶ知覚直観と本質直観をより深めて、認識の基礎とするようです。それに対する世界は人間の欲望と相関して現れる? それが第2部の主題かな。これから楽しみにして読みます。


[24863] Re:[24862] [24861] 哲学の新しい夜明け 投稿者:ゴト 投稿日:2017/12/17(Sun) 21:54  

> > 今、竹田青嗣著「欲望論」1の序文を読み終わったところです。これは真に哲学を、根源から新しい基盤に据え、その役につけなおそうという革命の、獅子吼の書です。23年前フッサールの現象学の入門書として竹田氏著の2冊の本を読んでいたおかげで、欲望論の新聞広告に気づき、読むことができて幸せです。
> >
> > 内容の概略は、戦争や競争――暴力原理が吹き荒れる時、人間らしい営みや思考は為すすべがありません。そういう惨禍を防ぐための努力は為されてきましたが、はっきりした方向性は見出されず、人類は混迷の中にあります。つまり、哲学こそが方向を指し示すべき学なのですが、その役目を果たせずにいます。
> >
> > そこで序文が今までの哲学の根本的間違い(本体があるという思考)を指摘し、暴力原理に対抗できる普遍的な力を人類は言語ゲ−ムを通じて持たなければならない。従来の哲学が与えていた真理とか価値の意味を根本的に再構築して、世界をも生きている人間の目から見た、エロス的な生きている世界として見なければならない……といった具合ですが、これはやはりもう怪文と言うほかない気がします。どうかこれでこの書の真価を見誤らないでくださいね。とにかく素晴らしい本が出たという事です。哲学におけるノーベル賞級の本です。
> >
> > やっぱり20ページ(序文が約20ページ)かけて、諄々と説くしかないか。今晩は眠れそうにないが、どうするかなあ。
>
>
>  ゴトさんも、クリシュナムルティに出会う前から、真理探究を行っていたのですね‥。。

はい。今上掲書の本論を読み始めていますが、その内容は宗教、哲学の最初からの見直し、その功績と誤りの全貌の把握です。私には無理なんですが、何とかついています。2巻から読み始めてのは価値というものが一番現代で混迷していると思ったからですが、ずっと読みやすかった。幸運でしたね。

インド哲学、仏教を経てギリシャ哲学がほぼ終わりました。まだ西欧紀元前ですね。しかし近代の哲学者の見方(評価と批判の両方)はどんどん出てきます。まだ1/5くらいですからこれからです。また報告します。


[24862] Re:[24861] 哲学の新しい夜明け 投稿者:宮啓 投稿日:2017/12/17(Sun) 09:18  

> 今、竹田青嗣著「欲望論」1の序文を読み終わったところです。これは真に哲学を、根源から新しい基盤に据え、その役につけなおそうという革命の、獅子吼の書です。23年前フッサールの現象学の入門書として竹田氏著の2冊の本を読んでいたおかげで、欲望論の新聞広告に気づき、読むことができて幸せです。
>
> 内容の概略は、戦争や競争――暴力原理が吹き荒れる時、人間らしい営みや思考は為すすべがありません。そういう惨禍を防ぐための努力は為されてきましたが、はっきりした方向性は見出されず、人類は混迷の中にあります。つまり、哲学こそが方向を指し示すべき学なのですが、その役目を果たせずにいます。
>
> そこで序文が今までの哲学の根本的間違い(本体があるという思考)を指摘し、暴力原理に対抗できる普遍的な力を人類は言語ゲ−ムを通じて持たなければならない。従来の哲学が与えていた真理とか価値の意味を根本的に再構築して、世界をも生きている人間の目から見た、エロス的な生きている世界として見なければならない……といった具合ですが、これはやはりもう怪文と言うほかない気がします。どうかこれでこの書の真価を見誤らないでくださいね。とにかく素晴らしい本が出たという事です。哲学におけるノーベル賞級の本です。
>
> やっぱり20ページ(序文が約20ページ)かけて、諄々と説くしかないか。今晩は眠れそうにないが、どうするかなあ。


 ゴトさんも、クリシュナムルティに出会う前から、真理探究を行っていたのですね‥。。


[24861] 哲学の新しい夜明け 投稿者:ゴト 投稿日:2017/12/16(Sat) 23:56  

今、竹田青嗣著「欲望論」1の序文を読み終わったところです。これは真に哲学を、根源から新しい基盤に据え、その役につけなおそうという革命の、獅子吼の書です。23年前フッサールの現象学の入門書として竹田氏著の2冊の本を読んでいたおかげで、欲望論の新聞広告に気づき、読むことができて幸せです。

内容の概略は、戦争や競争――暴力原理が吹き荒れる時、人間らしい営みや思考は為すすべがありません。そういう惨禍を防ぐための努力は為されてきましたが、はっきりした方向性は見出されず、人類は混迷の中にあります。つまり、哲学こそが方向を指し示すべき学なのですが、その役目を果たせずにいます。

そこで序文が今までの哲学の根本的間違い(本体があるという思考)を指摘し、暴力原理に対抗できる普遍的な力を人類は言語ゲ−ムを通じて持たなければならない。従来の哲学が与えていた真理とか価値の意味を根本的に再構築して、世界をも生きている人間の目から見た、エロス的な生きている世界として見なければならない……といった具合ですが、これはやはりもう怪文と言うほかない気がします。どうかこれでこの書の真価を見誤らないでくださいね。とにかく素晴らしい本が出たという事です。哲学におけるノーベル賞級の本です。

やっぱり20ページ(序文が約20ページ)かけて、諄々と説くしかないか。今晩は眠れそうにないが、どうするかなあ。


[24860] Re:[24859] [24858] Kの言っていること 投稿者:ゴト 投稿日:2017/12/16(Sat) 12:56  

> > あとがき
> > 本の3,4日前まで、まさかこんな恐れ多い題で一文を投稿するなど夢にも考えられませんでした。ところが「心を変える瞑想」をこの掲示板で読もうと思たとき、瞑想に取り掛かる前にKは我々に何を話してくれたのだろうと思いました。それがはっきりと言えないで瞑想の話をしてもしょうがないのではないかと。
> >  だが、さすがにそれは大変です。「最初で最後の自由」を要約するだけでも大変です。だが私にはヒントがあったのです。「思考のネットワーク」は1981年のザーネン・トークとアムステルダム・トークからなるのですが、後者はたった2回なのです。トーク2は死・宗教と題され、その前のトーク1は、真の宗教心を説く前の、教えの要約的位置にあると、私は直感したのです。だがそれは大変でした。短い文章ですが、4日かかっています。苦吟してわかりにくい文章です。つまり悪文ですね。
> >  ですが、書いてみて初めて自分がどう理解しているかがおぼろげに浮かび上がっている気がします。皆さんにどしどし、質問や突っ込みを入れて頂いてまともにわかるものにできたらいいなと思っています。厚かましいお願いですが、どうかよろしく。
>
>
>  私も昨晩から『英知へのターニングポイント(旧タイトル:思考のネットワーク)』を初めから読んでいます。
>
>  これがクリシュナムルティの要約であるかもしれないことは気づきませんでした。
>
>  この本を読む機会を与えて頂き、感謝しております。

私はその中のアムステルダム・トークの1を要約の位置づけにあると思っただけですが、それはともかく、ザーネントークの方も人間が社会の中に創り出した無数のシステムを見ながらの論じ方に入っていると感じていました。

欲望論の第1巻も届いたので、書店に今日でも行ってきます。「Kの言っていること」も悪文から徐々に筋道だった私の文に再録しなけば。最新の哲学(竹田青嗣:欲望論)とどう違うかもはっきりさせなければといろいろ考えています。どうかよろしく。


[24859] Re:[24858] Kの言っていること 投稿者:宮啓 投稿日:2017/12/16(Sat) 10:26  

> あとがき
> 本の3,4日前まで、まさかこんな恐れ多い題で一文を投稿するなど夢にも考えられませんでした。ところが「心を変える瞑想」をこの掲示板で読もうと思たとき、瞑想に取り掛かる前にKは我々に何を話してくれたのだろうと思いました。それがはっきりと言えないで瞑想の話をしてもしょうがないのではないかと。
>  だが、さすがにそれは大変です。「最初で最後の自由」を要約するだけでも大変です。だが私にはヒントがあったのです。「思考のネットワーク」は1981年のザーネン・トークとアムステルダム・トークからなるのですが、後者はたった2回なのです。トーク2は死・宗教と題され、その前のトーク1は、真の宗教心を説く前の、教えの要約的位置にあると、私は直感したのです。だがそれは大変でした。短い文章ですが、4日かかっています。苦吟してわかりにくい文章です。つまり悪文ですね。
>  ですが、書いてみて初めて自分がどう理解しているかがおぼろげに浮かび上がっている気がします。皆さんにどしどし、質問や突っ込みを入れて頂いてまともにわかるものにできたらいいなと思っています。厚かましいお願いですが、どうかよろしく。


 私も昨晩から『英知へのターニングポイント(旧タイトル:思考のネットワーク)』を初めから読んでいます。

 これがクリシュナムルティの要約であるかもしれないことは気づきませんでした。

 この本を読む機会を与えて頂き、感謝しております。


[24858] Kの言っていること 投稿者:ゴト 投稿日:2017/12/12(Tue) 23:37  

1)皆さんと話し手と一緒に、世界がどのようになったかを観察していくのです。外面的な出来事だけでなく、内面で心理的に起こっていることも含めて。政治家も学者も、誰も人類の問題を解決できませんでした。それゆえ、他人に頼ることはできないのです。

2)危機は経済的世界や政治的世界にはありません。危機は意識の中にあるのです。意識は信念、結論、国家主義、恐怖、快楽、死という問題をも含んでいます。これらが意識の中身です。これは人類の意識なのです。個人の意識のことではありません。人類の身体は直立二足歩行型です。それと同じく、動物とは違う人類共通の[人類の意識]です。そのなかに危機があるのです。

3)私たちのお互いの関係は問題が多く、よく見れば愛はなく、思考がまとめ上げたイメージの関係なのです。それで私たちは思考のあらゆる動きを理解しなければなりません。
 人は思考とは何なのか、なぜ人間は思考に基づいて生きるのか、思考の驚くべきエネルギーと偉大な能力を理解するとともに、戦争や、関係の中の愛の欠如等の混沌や悲しみをなにゆえもたらすのか調べなければなりません。

4)[人類の意識]は格段の記憶と言語、思考を持ち、自己意識を知るようになり、過去、現在、未来というイメージ・幻想時間を持つようになりました。このことは伝達・通信の画期的拡大を通じて科学の発達、文明社会、文化を創り出し、それらは今も発達中です。しかし、精神的な分野でも動物の盲目的本能から脱して、高貴な真、善、美の世界の出現が期待されたのですがそうはいきませんでした。新しくできた意識から多くの厄介な問題が現れたのです。それらは思考の副産物とも言えるので、思考では解決しません。と言ってむき出しの暴力的制裁ではまた別の問題が生じます。

5)[人類の意識]で、現れたいくつかの現象を見て見ると欲望があります。幼児の無垢な欲求から、留まることを知らない欲望自体が目的化した貪欲まで。思考がかっこいいというイメージを創り上げ、欲望が発生します。それは長期にわたり継続されもします。ヒトは欲望のエネルギーで生きているようにも思えるほどです。 恐怖というものがあります。恐怖は記憶にある暗いイメージが未来にひどいことを引き起こすのを恐れるという、これも幻想時間の中での運動です。また、快楽の追求という事もあります。快楽はよく見ればこれも思い出、記憶の中にあるものです。

6)記憶、言語、思考はとてつもない利器ですが、一方で世界に大きな混乱と悲しみをもたらしています。その利器がどういうふうに混乱を引き起こすのか、人はその実際をありのままに観察し、気づくという事をしません。よく見てはっきりとわかれば、そんなことはしないです。
 我々の矛盾対立、それが生む悲惨を見る時悲しみがあります。思考の生じ方次第で矛盾、分裂が生じます。それが無秩序です。無秩序が観察と理解で起こらなくなるとき、悲しみはなく、秩序があります。平和な心があります。


あとがき
本の3,4日前まで、まさかこんな恐れ多い題で一文を投稿するなど夢にも考えられませんでした。ところが「心を変える瞑想」をこの掲示板で読もうと思たとき、瞑想に取り掛かる前にKは我々に何を話してくれたのだろうと思いました。それがはっきりと言えないで瞑想の話をしてもしょうがないのではないかと。
 だが、さすがにそれは大変です。「最初で最後の自由」を要約するだけでも大変です。だが私にはヒントがあったのです。「思考のネットワーク」は1981年のザーネン・トークとアムステルダム・トークからなるのですが、後者はたった2回なのです。トーク2は死・宗教と題され、その前のトーク1は、真の宗教心を説く前の、教えの要約的位置にあると、私は直感したのです。だがそれは大変でした。短い文章ですが、4日かかっています。苦吟してわかりにくい文章です。つまり悪文ですね。
 ですが、書いてみて初めて自分がどう理解しているかがおぼろげに浮かび上がっている気がします。皆さんにどしどし、質問や突っ込みを入れて頂いてまともにわかるものにできたらいいなと思っています。厚かましいお願いですが、どうかよろしく。


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