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[27273] 無題 投稿者:trimurti 投稿日:2019/05/04(Sat) 20:54  

完全な相互の愛という神話に対して、ラカンによる二つの強烈な言明がある、「男の症状は彼の女である」、そして「女にとって、男は常に墓場 ravage を意味する」と。この言明は日常生活の精神病理において容易に証拠立てることができる。ともにイマジナリーな二者関係(鏡像関係)の結果なのだ。

誰でも少しの間、ある男を念入りに追ってみれば分かることだが、この男はつねに同じタイプの女を選ぶ。この意味は、女とのある試行期間を経たあとは、男は自分のパートナーを同じ鋳型に嵌め込むよう強いるになるということだ。こうして、この女たちは以前の女の完璧なコピーとなる。これがラカンの二番目の言明を意味する、「女にとって、男は常に墓場(荒廃場)である」。どうして墓場なのかと言えば、女は、ある特定のコルセットを装着するよう余儀なくさせるからだ。そこでは女は損なわれたり、偶像化されたりする。どちらの場合も、女は、独自の個人としては破壊されてしまう。

偶然の一致ではない、解放運動の目覚めとともに、すべての新しい社会階層が「教養ある孤独な女」を作り出したことは。彼女は孤独なのである。というのは彼女の先達たちとは違って、この墓場に服従することを拒絶するのだから。

現在、ラカンの二つの言明は男女間で交換できるかもしれない。女にとって、彼女のパートナーはまた症状である、そして多くの男にとって、彼の妻は墓場である、と。このようにして、孤独な男たちもまた増え続けている。この反転はまったく容易に起こるのだ、というのはイマジナリーな二者関係の基礎となる形は、男と女の間ではなく、母と子供の間なのだから。それは子供の性別とはまったく関係ないのだ。


[27272] 無題 投稿者:trimurti 投稿日:2019/05/04(Sat) 20:54  

「女性解放 Emancipation des Weibes」―― それは、一人前になれなかった女が…できのよい女にたいしていだく本能的憎悪 Instinkthassだーー「男性」に戦いをいどむ、と言っているのは、つねに手段、口実、戦術にすぎぬ。彼女らは、自分たちを「女そのもの」、「高級な女」、女の中の「理想主義者」に引き上げることによって、女の一般的な位階を引き下げようとしている存在だ。


[27271] 4月KB会アップ 投稿者:宮啓 投稿日:2019/05/04(Sat) 20:34  

 4月のKB会がアップされています。

 https://www.youtube.com/watch?v=JhLR_iasqlk


[27270] 【男という犠牲者】 投稿者:trimurti 投稿日:2019/05/04(Sat) 20:28  

男たちは身体的かつ感情的に自らを犠牲にして、女と子供を養い住居を当てがい守ってきた。男たちの痛みあるいは成果は、フェミニストのレトリックには全く登録されていない。連中のレトリックは、男を圧制的で無慈悲な搾取者として描くだけだ。(Camille Paglia, Vamps and Tramps, 1994年)

かつてのフェミニストたちのアイコン、ノーベル文学賞作家のドリス・レッシング Doris Lessingと『母性という神話(L'Amour en Plus)』で名高いエリザベート・バダンテール Elisabeth Badinter の言葉も付け加えておこう。

男たちはセックス戦争において新しい静かな犠牲者だ。彼らは、抗議の泣き言を洩らすこともできず、継続的に、女たちに貶められ、侮辱されている。(Doris Lessing 、Lay off men, Lessing tells feminists、Guardian, 2001)
現在の真の社会的危機は、男のアイデンティティである、――すなわち男であるというのはどんな意味かという問い。女性たちは多少の差はあるにしろ、男性の領域に侵入している、女性のアイディンティティを失うことなしに社会生活における「男性的」役割を果たしている。他方、男性の女性の「親密さ」への領域への侵出は、はるかにトラウマ的な様相を呈している。( Élisabeth Badinter ーーージジェク、LESS THAN NOTHING, 2012より孫引き)


[27269] 【家父長制】 投稿者:trimurti 投稿日:2019/05/04(Sat) 20:27  

文明が女の手に残されたままだったなら、われわれはまだ掘っ立て小屋に住んでいただろう。(カーミル・パーリア camille paglia『性のペルソナ Sexual Persona』1990年)
・判で押したようにことごとく非難される家父長制は、避妊ピルを生み出した。このピルは、現代の女たちにフェミニズム自体よりももっと自由を与えた。

・フェミニズムが家父長制と呼ぶものは、たんに文明化である。家父長制とは、男たちによってデザインされた抽象的システムのひとつだ。だがそのシステムは女たちに分け与えられ共有されている。(Camille Paglia、Vamps & Tramps、2011年)


[27268] 無題 投稿者:trimurti 投稿日:2019/05/04(Sat) 20:09  

次に、社会保障制度についてですが、現在の年金制度は早晩破綻するでしょう。もともと年金制度は、急速かつ大幅に高齢化する日本には、不向きな制度なのです。まず、高齢化の速度が速すぎるために、頻繁に大幅な負担の引き上げと給付の引き下げを行わな ければ、たちまち年金収支は赤字に転落します。

緩やかに高齢化する他の先進国では、制度の改定は 15〜20 年に一度行えばよいのに対し、日本では少なくとも、国勢調査によって人口が確定する 5 年ごとに大幅な改定を行わなければなりません。高齢者は不安が募り、若い人は勤労意欲が低下するでしょう。年金でも健康保険でも、負担や給付の改定が速すぎると、人はついていけないものなので す。

さらに他の先進国では、2030 年代の中頃にはおおむね高齢化が止まるため、その時点 の高齢者と現役世代の比率をメドとして、長期安定的な年金制度をつくることができます。 しかし日本では、急速な高齢化がいつまでも止まらないため、そうした年金制度をつくろうにも、そのメドすらないのです。産児制限を契機とした出産年齢女性人口の激減による急 速かつ持続的な少子化という、日本特有の事情のためです。

そして最大の問題は、現役世代の負担増の行きつく先にあります。負担側と給付側の関係で見ると、米国、英国、フランスなどは、将来的に年金を負担する人が 7 割、もらう人が 3 割の水準で安定するのに対し、日本は負担する人が 5 割を切る計算になります。つまり 欧米では最終的に 2 人強の若者で 1 人の高齢者の面倒を見るのに対し、日本は 1 人弱 で 1 人の面倒を見なければなりません。もはや認容の限度を超えています。若い人の日本脱出が増えるかもしれません。


[27267] 無題 投稿者:trimurti 投稿日:2019/05/04(Sat) 20:08  

日本には、世界に冠たる「職人技」があるのだから、その職人技と近代工業技術をコラボレートし、ロボット生産ではできない「高級品」や「専用品」づくりを目指すのです。既存の製品分野ではあっても、 日本にしかできないということで高い付加価値が得られます。「適量をつくり高く売る」とい う点では、前述のビジネスモデルと同方向だし、実際ドイツの国際競争力は、そうした職人 技によって研ぎ澄まされた近代工業技術に負うところも大きいのです。自動車や医療機器は、その好例でしょう。

日本も、かつては白物家電の生産現場で、溶接工程や鍍金工程など様々な工程に職人技が効果的に使われ、それが製品の魅力や性能を高め、強い競争力を得ていました。 しかし、1990 年代以降のコスト削減最優先のなかでそれらはロボットに置き換えられたため、新興国・途上国の製品と大差がなくなり、競争力が急速に失われることになったのです。


[27266] 無題 投稿者:trimurti 投稿日:2019/05/04(Sat) 20:07  

人口減少は、経済、年金など社会保障制度、財政、そしてインフラなどに様々なリスクを もたらしますが、そのリスクの内容やリスクをもたらす元凶については、かなりの誤解がある ようです。具体的に説明しましょう。

最初に経済についてですが、確かなことは日本の経済成長率が世界で一番低くなると いうことです。なるだろうではなく、確実にそうなります。その点は、変えようのない未来というわけです。

なぜなら、日本は、どの先進国よりも、労働者の減り方が大きいからです。というより、先 進国ではむしろ労働者が増加する国が多く、減少する国でもその減少幅は日本に比べはるかに小さいのです。

一国の GDP(国内総生産)の大きさは、その国の労働者数と労働生産性(1 人の労働者 が 1 年間で生産する量)をかけたものになります。ですから経済成長率は、労働者数の増 減率と労働生産性の上昇率で決まります。そのうち労働生産性上昇率については、先進国の間ではどこの国もほぼ同じです。労働生産性は、生産の機械化や製品の開発といった技術進歩によって上昇しますが、経済のグローバル化で新技術はたちまち伝播するため、先進国間では上昇率はほぼ同じになるのです。

となると、先進国間の経済成長率の相対的な関係は、労働者数の増減率によって決まることになります。ですから、日本は先進国の中で最も経済成長率の低い国にならざるを得ません。そして、技術輸入国である新興国や途上国の経済成長率は、当然先進国より 高くなるので、日本が世界で最も経済成長率の低い国になるというのは、変えようのない未来なのです。

では、どの程度の成長率になるのかというと、現在の実質 1.0〜1.5%の成長率が、これから年々低下して、2020 年過ぎにはマイナスとなり、その後は▲0.5〜▲1.0%のマイナス成長が続くであろうと思われます。その場合、先進国でマイナス成長となるのは日本だけです。つまり世界経済のなかで、日本経済だけが縮小します。労働者の減り方があまりにも大きいため、技術の進歩をもってしてもカバーし切れないということです。

ただし、成長率の相対的な関係と違い、今度は「なるだろう」です。産業革命のような技 術進歩が起きれば、マイナス成長にはならないかもしれないからです。しかし、僥倖頼み というわけにはいきません。私の推計では、これまでの 40 年間のような急速な技術進歩が 今後も続くと仮定しました。かなり楽観的な仮定です。それでもマイナスなのだから、これ は「ほぼ確実な未来」と言っていい。


[27265] 無題 投稿者:trimurti 投稿日:2019/05/04(Sat) 19:15  

偉大さは偉大さが消えたときにある。


[27264] Re:[27262] 即時の理解 投稿者:南方 投稿日:2019/05/04(Sat) 11:31  

> [27260]の続きです。
>
> 見ての理解(Kの言う理解)は即時の理解であり、パーセプション(知覚)の理解であって、思考による理解ではありません。そもそも言語により組み立てられた理解ではなので、辞典に書くというものではありません。それゆえ顕在意識の外にあり、確認できずに機能することから始まります。そのうち心をそれに寄せて見ると見える、わかる、そし言葉で伝達もできるようになります。静かに見ることのできる心がに起きることです。
>
> 見ることの最初の一歩はこうです。最後の一歩もこれ以外にないと、Kはほのめかしています。それいったんここまでにしておきます、疑問点を大いに論議してほしいです。



なるほど、わかりました。特に思考の理解ではなく知覚の理解というところが納得いきました。

ということは、見るということは、たとえ内部的であっても、思考が見るのではなく、知覚によって見るように見るということですね?

しかし、内部的にそんなことが本当にできるのでしょうか?
今、思いました、外部をただ、思考なしに見れるなら、内部も思考なしに見れる、可能性はあるとは思いました。

こういうことでしょうか?ゴトさんがおしゃりたい、見る、ということは。


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