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[26811] Re:[26809] [26806] [26805] [26801] [26799] [26798] [26796] [26789] [26786] 幸福を味わう 投稿者:宮啓 投稿日:2019/03/30(Sat) 08:59  

> > > どの辺の昔からか知らないが、日本人は趣味に中に真善美を認め、術でなく道と呼んで尊崇の念を表してきた。単なる娯楽を越えたものを感じる美徳があった。剣道、柔道、棋道、釣道、茶道、華道等。
> > >
> > > 術を越えた何かを感じるためにはその道の恩師として私淑する人に出会う事が必須のように私には思われる。そしてその道と呼びうる碁なり釣りをしているだろうか。
> > >
> > > さて、趣味としてクリシュナムルティを知っている人は多いだろうが、それを生きる道として知るには恩師に出会い、感じ、目が開けることが必須であろう。
> > >
> > > そのとき趣味としてのクリシュナムルティでなく、人間の生きる道としてのクリシュナムルティがそこにある。
> >
> >
> >  はい。
> >
> >  私も、同感です。
> >
> >  私が「趣味」と言ったのは、カルチャーセンター等の趣味講座で、とても多くの種類の講座があることを知って、そこに「クリシュナムルティ講座」を設定できないか・・、と案を思いついたことからでした。
> >
> >  一般的には、「趣味」は「娯楽」に近い言葉であると誤解されかねないですね。。
>
>
> カルチャー教室でクリシュナムルティを取り上げる。あるいは放送大学等でクリシュナムルティ講座とは言わず、「道の思想」とか「生きる道」とかで文化講座を開く。 素晴らしい発想ですね。私がもう十年若ければ何とかして始めるんだが。
>
> 皆で下書き案でも作りませんか。


 ユーチューブ等では、あまたの動画に溢れています。

 その中には、歴史ミニ講座(シリーズ)や心理学関係(こころ関係)のミニ講座(シリーズ)等がアップされています。もちろん無料です。映像はなく音声のみのシリーズもあります。

 ゴトさんが放送大学と言ったので思いついたのですが・・。

 ユーチューブ大学もありえると思います。


 「クリシュナムルティ講座シリーズ」

 皆さん、娯楽に飽きていませんか。娯楽を求めて早、何十年。疲れていませんか。。

 その疲れに気づいている皆さん、クリシュナムルティはいかがでしょうか。


[26810] Re:[26808] [26807] 一芸に秀でる生き方 投稿者:南方 投稿日:2019/03/30(Sat) 06:57  

> > 好き、愛してることを職業にして、一芸に秀でる生き方をまずは実践しようかと思う。
> >
> > 世間が用意した型ではなく自分の型で生計を立ててみようかと。
>
> 人がなんにせよ香気を感じることは中年もしくは晩年になってからが大部分の人ではなかろうか。
> しかし好き、愛していることは、そこから香気を感じる率が多いと言えるかもしれないが、生計を立てるに好適とは限らない。
>
> プロのスポーツマンになるには限られた才能がなければならない。加えて、この競争社会では幼児からの英才教育が必要となり、親は血眼になって探し回る。振り回される子供は大変だ。もちろん子供の真の才能が光出て親の目に留まり、育てる場合もあるだろう。がそれはレアケースでしかない。
>
> 生計の労働がこれほどまで蔑視される時代は初めてである。親の働く姿は驚異に満ちた尊敬の的であったのに。生計を立てることが夢も希望もない奴隷労働のごとくに見られるのはなぜだろう。どう時代が変わったのか、なぜこうなっているか問う事が必要ではないだろうか?


働く姿が尊敬の的であったという感覚が全くなかった。すでに奴隷労働という価値観しか持ち合わせていなかったので、それは大部驚きです。逆に、働くことが尊敬の的であったとうことの感覚を教えて欲しいくらいです。

親みたいにテレビを見、あれが欲しいどこそこに行きたい、そのために働く、といった悪夢のような循環を繰り返すのはまっぴらごめんだと今になっては思いますが。

しかし、働かなくていい身分であることの感謝もある。


[26809] Re:[26806] [26805] [26801] [26799] [26798] [26796] [26789] [26786] 幸福を味わう 投稿者:ゴト 投稿日:2019/03/29(Fri) 21:40  

> > どの辺の昔からか知らないが、日本人は趣味に中に真善美を認め、術でなく道と呼んで尊崇の念を表してきた。単なる娯楽を越えたものを感じる美徳があった。剣道、柔道、棋道、釣道、茶道、華道等。
> >
> > 術を越えた何かを感じるためにはその道の恩師として私淑する人に出会う事が必須のように私には思われる。そしてその道と呼びうる碁なり釣りをしているだろうか。
> >
> > さて、趣味としてクリシュナムルティを知っている人は多いだろうが、それを生きる道として知るには恩師に出会い、感じ、目が開けることが必須であろう。
> >
> > そのとき趣味としてのクリシュナムルティでなく、人間の生きる道としてのクリシュナムルティがそこにある。
>
>
>  はい。
>
>  私も、同感です。
>
>  私が「趣味」と言ったのは、カルチャーセンター等の趣味講座で、とても多くの種類の講座があることを知って、そこに「クリシュナムルティ講座」を設定できないか・・、と案を思いついたことからでした。
>
>  一般的には、「趣味」は「娯楽」に近い言葉であると誤解されかねないですね。。


カルチャー教室でクリシュナムルティを取り上げる。あるいは放送大学等でクリシュナムルティ講座とは言わず、「道の思想」とか「生きる道」とかで文化講座を開く。 素晴らしい発想ですね。私がもう十年若ければ何とかして始めるんだが。

皆で下書き案でも作りませんか。


[26808] Re:[26807] 一芸に秀でる生き方 投稿者:ゴト 投稿日:2019/03/29(Fri) 18:20  

> 好き、愛してることを職業にして、一芸に秀でる生き方をまずは実践しようかと思う。
>
> 世間が用意した型ではなく自分の型で生計を立ててみようかと。

人がなんにせよ香気を感じることは中年もしくは晩年になってからが大部分の人ではなかろうか。
しかし好き、愛していることは、そこから香気を感じる率が多いと言えるかもしれないが、生計を立てるに好適とは限らない。

プロのスポーツマンになるには限られた才能がなければならない。加えて、この競争社会では幼児からの英才教育が必要となり、親は血眼になって探し回る。振り回される子供は大変だ。もちろん子供の真の才能が光出て親の目に留まり、育てる場合もあるだろう。がそれはレアケースでしかない。

生計の労働がこれほどまで蔑視される時代は初めてである。親の働く姿は驚異に満ちた尊敬の的であったのに。生計を立てることが夢も希望もない奴隷労働のごとくに見られるのはなぜだろう。どう時代が変わったのか、なぜこうなっているか問う事が必要ではないだろうか?


[26807] 一芸に秀でる生き方 投稿者:南方 投稿日:2019/03/29(Fri) 14:06  

好き、愛してることを職業にして、一芸に秀でる生き方をまずは実践しようかと思う。

世間が用意した型ではなく自分の型で生計を立ててみようかと。


[26806] Re:[26805] [26801] [26799] [26798] [26796] [26789] [26786] 幸福を味わう 投稿者:宮啓 投稿日:2019/03/29(Fri) 13:24  

> > > >  老後も長らく続けることができる趣味があることは、とても良いことに思います。
> > > >
> > > >  ところで、囲碁の方はいかがとなっているのでしょうか。。
> > >
> > > 囲碁も相変わらずやっていますよ。ただ、これは私が強すぎるので置き石が多くて、それでも勝ちに行くとやや難しいところがある。
> > > ヘラブナ釣りは工夫して、何とか釣れる道を見つけると本当にうれしい。
> >
> >
> >  はい。
> >
> >  そして、最大の趣味、クリシュナムルティ。
> >
> >  多趣味ながら、それぞれとても深いことと存じます。
> >
> >  お身体をお大事に、末永く、よろしくお願いします。
>
>
> どの辺の昔からか知らないが、日本人は趣味に中に真善美を認め、術でなく道と呼んで尊崇の念を表してきた。単なる娯楽を越えたものを感じる美徳があった。剣道、柔道、棋道、釣道、茶道、華道等。
>
> 術を越えた何かを感じるためにはその道の恩師として私淑する人に出会う事が必須のように私には思われる。そしてその道と呼びうる碁なり釣りをしているだろうか。
>
> さて、趣味としてクリシュナムルティを知っている人は多いだろうが、それを生きる道として知るには恩師に出会い、感じ、目が開けることが必須であろう。
>
> そのとき趣味としてのクリシュナムルティでなく、人間の生きる道としてのクリシュナムルティがそこにある。


 はい。

 私も、同感です。

 私が「趣味」と言ったのは、カルチャーセンター等の趣味講座で、とても多くの種類の講座があることを知って、そこに「クリシュナムルティ講座」を設定できないか・・、と案を思いついたことからでした。

 一般的には、「趣味」は「娯楽」に近い言葉であると誤解されかねないですね。。


[26805] Re:[26801] [26799] [26798] [26796] [26789] [26786] 幸福を味わう 投稿者:ゴト 投稿日:2019/03/29(Fri) 11:23  

> > >  老後も長らく続けることができる趣味があることは、とても良いことに思います。
> > >
> > >  ところで、囲碁の方はいかがとなっているのでしょうか。。
> >
> > 囲碁も相変わらずやっていますよ。ただ、これは私が強すぎるので置き石が多くて、それでも勝ちに行くとやや難しいところがある。
> > ヘラブナ釣りは工夫して、何とか釣れる道を見つけると本当にうれしい。
>
>
>  はい。
>
>  そして、最大の趣味、クリシュナムルティ。
>
>  多趣味ながら、それぞれとても深いことと存じます。
>
>  お身体をお大事に、末永く、よろしくお願いします。


どの辺の昔からか知らないが、日本人は趣味に中に真善美を認め、術でなく道と呼んで尊崇の念を表してきた。単なる娯楽を越えたものを感じる美徳があった。剣道、柔道、棋道、釣道、茶道、華道等。

術を越えた何かを感じるためにはその道の恩師として私淑する人に出会う事が必須のように私には思われる。そしてその道と呼びうる碁なり釣りをしているだろうか。

さて、趣味としてクリシュナムルティを知っている人は多いだろうが、それを生きる道として知るには恩師に出会い、感じ、目が開けることが必須であろう。

そのとき趣味としてのクリシュナムルティでなく、人間の生きる道としてのクリシュナムルティがそこにある。



[26804] Re:[26783] [26782] 無題 投稿者:無明 投稿日:2019/03/28(Thu) 20:59  

この男のコメントは、今後無視しようと思ったが、クリシュムルティを趣味だと言われたので、黙っていられなくなった。

> > 人間は愚かな生き物だが、真情から生きたことが跡を残さない記憶として残るようだ。

これに対し、
>
>
>  真情から生きることは難しいことですね。

というコメント。
以下の文を読むと真情という意味を取り違えている。
>
>  仕事は、サラリーのために生きると、真情からの仕事は難しい。

仕事や何にしても、真情で接していなければ何事もうまくいかないということだ。スムーズにいかぬ。言い換えると何事も親身に接する。思考なしに直に知覚する。
サラリーのためにというが、それがなかったら、誰が妻子を食わせるのかー!!

>
>  余暇の日は、娯楽に生きると、真情から生きることが難しい。

仕事の合間に、空いた時間に暇つぶしに、クリシュナムルティを読む。趣味として。それでは真情に生きることは出来ない。
>
>  人との関係も、取引関係を脱することは難しい。

オタクにようにいい加減に、生きている人間には、真情に生きることはない。

ゴトさんや他の方は、真摯に向き合いクリシュナムルティを探求している。
オタクはクリシュナムルティを趣味として、娯楽として読んでいる。

そのスタンスの違いが明確になりました。


[26803] Re:[26801] [26799] [26798] [26796] [26789] [26786] 幸福を味わう 投稿者:無明 投稿日:2019/03/28(Thu) 20:37  

> > >  老後も長らく続けることができる趣味があることは、とても良いことに思います。
> > >
> > >  ところで、囲碁の方はいかがとなっているのでしょうか。。
> >
> > 囲碁も相変わらずやっていますよ。ただ、これは私が強すぎるので置き石が多くて、それでも勝ちに行くとやや難しいところがある。
> > ヘラブナ釣りは工夫して、何とか釣れる道を見つけると本当にうれしい。
>
>
>  はい。
>
>  そして、最大の趣味、クリシュナムルティ。
>
>  多趣味ながら、それぞれとても深いことと存じます。
>
>  お身体をお大事に、末永く、よろしくお願いします。

ゴトさんに対して、クリシュナムルティが趣味だと。失礼千万。オタクじゃあるまいし。無礼だ。
クリシュナムルティを、ヘラブナ釣り、囲碁などと同列に並べるとは。
ここの掲示板もオタクに言わせると趣味か?

オタクにとってクリシュナムルティは、趣味であり娯楽かもしれないが、他の人にとっては探求だ! 暇つぶしなどではない。


[26802] Re:[26800] [26797] [26795] [26792] 肉欲 投稿者:南方 投稿日:2019/03/28(Thu) 18:02  

> > > > エゴの愛ではない愛では無理な女性ばかりで困る。大抵の女性は(男性もだが)エゴのかたまりのような愛し方しかしない。
> > > >
> > > > ん〜混乱する!
> > >
> > >
> > > 単純にエゴの愛でもいいからしてくれる人がいるならセックスしたらどうだろう。なるようになるでは問題があるの?、それともセックスしてくれる女の人がいないという問題なの?
> >
> >
> > いわゆる「重い女」なんです。彼女、いまはやりのメンヘラ女ってやつです。別れるなら死ぬみたいな
>
> メンヘラ女というのは初めて聞きました。ウーム。難しい。返信ができず遅くなった。
>
> しかし「重い女」なのは悪くないのではないか。碁の恩師が「碁は重い碁の方がいい」と訓えをくれた。世間では、軽い碁の方が軽妙でいいように受け取られているが。


そんなもんですかね。ありがとうございます。

僕はいま子供とか家庭とか仕事とか、どうしよっかな〜なんて考えてます。

とりあえず探求が一区切りついて、また関係の渦の中に入っていくのかいかないのか、どう生きるか?もっか考え中。


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