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[25360] Re:[25359] [25356] [25354] [25350] [25349] [25343] [25339] [25337] [25334] 人間の持つ五感 投稿者:宮啓 投稿日:2018/06/05(Tue) 10:41  

> >  『クリシュナムルティの生と死』にて、クリシュナムルティが述べていることの中に、以下のことがあります。
> >
> >  「生に与(くみ)する者は、生に与するものと繋がろうとする。これは愛である。(旨)」
> >
> >  愛の働きは、先を読むことができない。
> >
> >  しかし、愛が英知であるならば、愛が導いてゆくのかもしれません。。
>
>
> ホントにそうですね。人の振る舞いはゆがんだ思考から出る反応(自尊心や知識や先入観等々)は実に多種多様なものがあるし、愛から出る気づかいや慈愛に満ちた行為もあるに違いない。しかしながら人はそれに対し鋭敏な感受性を持っているのですが、その感受の仕方に個人的癖があって混乱し、カオスに陥っているままに社会やシステムを含めて乱走状態になっているのでしょう。
>
>
> やっぱりこの盲目的な状態を直さなければならないが、人は結構天狗になっているので、そうはならない。優劣にとらわれ、嫉妬し、所有欲にかられと言い出せばキリがない。どうすればいいのか?
>
> 魚類や鳥類の大きな群れが乱れずに集団行動するのは簡単な原則があればよいので、それは個体同士が近づきすぎず、離れないで同一方向に向かうという事だけだそうです。
>
> 判断なしに見ている。葛藤なしに生きる。自分を含めての全体を見る。こんな簡単なことがなぜ、Kの本を読んだ人でさえできないのか、Kとボームに頼らないで、自分たちみんなで考えて、話し合ってみたらどうでしょう。
>
> 私は新しい芽さんの会で、当時、まだそのように尋ねることができなかった。


 それは哲学の延長となるように思うのですが・・。。


[25359] Re:[25356] [25354] [25350] [25349] [25343] [25339] [25337] [25334] 人間の持つ五感 投稿者:ゴト 投稿日:2018/06/04(Mon) 23:54  

>  『クリシュナムルティの生と死』にて、クリシュナムルティが述べていることの中に、以下のことがあります。
>
>  「生に与(くみ)する者は、生に与するものと繋がろうとする。これは愛である。(旨)」
>
>  愛の働きは、先を読むことができない。
>
>  しかし、愛が英知であるならば、愛が導いてゆくのかもしれません。。


ホントにそうですね。人の振る舞いはゆがんだ思考から出る反応(自尊心や知識や先入観等々)は実に多種多様なものがあるし、愛から出る気づかいや慈愛に満ちた行為もあるに違いない。しかしながら人はそれに対し鋭敏な感受性を持っているのですが、その感受の仕方に個人的癖があって混乱し、カオスに陥っているままに社会やシステムを含めて乱走状態になっているのでしょう。


やっぱりこの盲目的な状態を直さなければならないが、人は結構天狗になっているので、そうはならない。優劣にとらわれ、嫉妬し、所有欲にかられと言い出せばキリがない。どうすればいいのか?

魚類や鳥類の大きな群れが乱れずに集団行動するのは簡単な原則があればよいので、それは個体同士が近づきすぎず、離れないで同一方向に向かうという事だけだそうです。

判断なしに見ている。葛藤なしに生きる。自分を含めての全体を見る。こんな簡単なことがなぜ、Kの本を読んだ人でさえできないのか、Kとボームに頼らないで、自分たちみんなで考えて、話し合ってみたらどうでしょう。

私は新しい芽さんの会で、当時、まだそのように尋ねることができなかった。


[25358] 無題 投稿者:青空の慈悲 投稿日:2018/06/04(Mon) 20:07  

言葉には意図してない無意識まで現れる。


[25357] 無題 投稿者:青空の慈悲 投稿日:2018/06/04(Mon) 20:05  

意見そのものよりもその背後に見えるその人やそのひとが見てる世界が大事


[25356] Re:[25354] [25350] [25349] [25343] [25339] [25337] [25334] 人間の持つ五感 投稿者:宮啓 投稿日:2018/06/04(Mon) 17:34  

> > > > >  ところで、で人類の課題は戦争をなくすことなのか覚者になることなのかという問いが浮かんできました。これはおかしな問いでしょうか?いや、戦争をやめることは個人ではできず、個々の国家をも超えた人類の問題です。覚者になることは個人的に現れるようです。この違いが妙に引っ掛かります。
> > > >
> > > >
> > > >  二者択一的な問いとして考えてみるということですね。
> > >
> > > ああ、そうでしたね、なんかこの質問は変な感じがしていたのですが、二者択一と言っても同じことの両極の選択でなく、異質なものが出てきたという感じなのですね。どうしてなのだろう。
> > >
> > > >  一番の理想は、覚者が増えて、自ずと人類が変容し、戦争が止む。これが一番なのですが、それが難しいとして、覚者を増やすことを優先すべきか、戦争を無くすることを優先すべきか・・?
> > > >
> > > >  この二つの中から選ぶということですね。
> > >
> > > うーん、なんなのだろう。覚者を増やすといってもそれがどういう事かはほとんどの人にとっては観念的ですが、戦争をやめるという事はかなり実際的です。
> > >
> > > >  今後、覚者が増えることなく、人類が何百年と科学技術的な発展を遂げた暁には、何が起こるのでしょうか。
> > > >
> > > >  ヨーロッパ人が新大陸の先住民を駆逐して、その血の上に国を作ったように、他の知的生命体が住む惑星を、第二のアメリカにすることがないでしょうか。
> > > >
> > > >  しかし、時間の存在であり、なりゆく過程にある、自我は、それを受け入れるのではないでしょうか。
> > > >
> > > >  中世のヨーロッパ人が、インディアンを虐殺したときに、それをヨーロッパの老若男女が受け入れたように。
> > > >
> > > >  生は、それを許すのでしょうか。
> > > >
> > > >  この地球において、家畜の解放はいつになるのでしょうか。。
> > > >
> > > >  永遠に不可能でしょうか。
> > >
> > >
> > > 戦争は人類社会の創発の例だと思います。創発はウキペディアによると部分の性質の単純な挿話にとどまらない性質が全体として現れることで、局所的な複数の相互作用が複雑に組織化することで、個別の要素の振る舞いからは予測できないようなシステムが構成されるのだそうです。
> > >
> > > 人間は主体性をもって自由に生きることができると私は思っていますし、実際にそうしているといいますが、この複雑な社会は国家レベルでも思ったようにはならないし、世界的には大変な状態です。戦争反対と叫べば止まるというようなものではないです。原発の核のごみの最終処分場でさえ決まらないではないですか、しかし突然何かが起きて、何とかなってしまうかもしれないけれど。
> > >
> > > 結局、個人の変容は人類の変容で、それしかないのそれは戦争をやめるという事とは違う何かで、幸福が何かの副産物であるように、戦争がなくなるのも副産物の一つなのかもしれません。
> >
> >
> >  はい。
> >
> >
> >  まず、クリシュナムルティ理解に取り組んでいる者たちは、互いに繋がろうとするのではないでしょうか。。
> >
> >  ここで行われているように。
> >
> >  今、国内の離れた地域で繋がっているように、国の内外を問わずに広く繋がってゆけるように思います。
> >
> >  コンピュータによる翻訳によって、世界共通語である英語が身近になっています。
> >
> >  [25346]で紹介したサイトも、右クリックで出てくる「日本語へ翻訳」で、読むことができました。
> >
> >  私は国際クリシュナムルティ財団へは、一度しかメールでのやり取りを行ったことがありませんが、コンピュータの翻訳を頼りに、これから世界との連携が為される可能性を感じています。
> >
> >  身近にクリシュナムルティ理解に取り組んでいる人が、圧倒的に少ない現在では、住んでいる距離には関係なく、どんなに遠くても、言葉が通じなくても、繋がってゆこうとすることでしょう。
> >
> >  これが恒久平和への動きなのかもしれませんね。。
>
>
> 上文、傾聴させていただきました。つながりが広まる、いいですね!
>
> クリシュナムルティ理解についてですが、竹田哲学は世界全体の理解に努め、力の論理がまかり通るのを防止する事を希求しています。
>  しかし、クリシュナムルティの教えは人間の苦痛(心の歪みによるもの)をいかにして解消するかにあると思います。それは個人的なことのようで、実は、むしろ戦争等の世界的事柄の唯一の解決なのかもしれないですね。
>
> しかも竹田哲学はその心理的歪みの発生する過程を綿密に調べ、どうして歪みが発生するかを明らかにします。それが歪みを解消する役に立つという先入観があるのでしょう。
>  他方、Kは歪みがあろうがあるまいが、その現在のあるがままから出発します。そしてその歪みを自分自身で見て理解し、それから自由になる道を示唆します。抑制、葛藤の道を通ることなく。変えようという目的との距離・時間なしに。
>
> これがようやく私に芽生えたクリシュナムルティ理解のようです。


 『クリシュナムルティの生と死』にて、クリシュナムルティが述べていることの中に、以下のことがあります。

 「生に与(くみ)する者は、生に与するものと繋がろうとする。これは愛である。(旨)」

 愛の働きは、先を読むことができない。

 しかし、愛が英知であるならば、愛が導いてゆくのかもしれません。。


[25355] 無題 投稿者:青空の慈悲 投稿日:2018/06/04(Mon) 17:31  

ヴァルだマーなはすべての意見の前にそれは私の意見によればという前置きを置くべきだといった。新しい芽氏がクリシュナムルティもまた間違っているかもしれないといったことを思い出す。


[25354] Re:[25350] [25349] [25343] [25339] [25337] [25334] 人間の持つ五感 投稿者:ゴト 投稿日:2018/06/04(Mon) 16:34  

> > > >  ところで、で人類の課題は戦争をなくすことなのか覚者になることなのかという問いが浮かんできました。これはおかしな問いでしょうか?いや、戦争をやめることは個人ではできず、個々の国家をも超えた人類の問題です。覚者になることは個人的に現れるようです。この違いが妙に引っ掛かります。
> > >
> > >
> > >  二者択一的な問いとして考えてみるということですね。
> >
> > ああ、そうでしたね、なんかこの質問は変な感じがしていたのですが、二者択一と言っても同じことの両極の選択でなく、異質なものが出てきたという感じなのですね。どうしてなのだろう。
> >
> > >  一番の理想は、覚者が増えて、自ずと人類が変容し、戦争が止む。これが一番なのですが、それが難しいとして、覚者を増やすことを優先すべきか、戦争を無くすることを優先すべきか・・?
> > >
> > >  この二つの中から選ぶということですね。
> >
> > うーん、なんなのだろう。覚者を増やすといってもそれがどういう事かはほとんどの人にとっては観念的ですが、戦争をやめるという事はかなり実際的です。
> >
> > >  今後、覚者が増えることなく、人類が何百年と科学技術的な発展を遂げた暁には、何が起こるのでしょうか。
> > >
> > >  ヨーロッパ人が新大陸の先住民を駆逐して、その血の上に国を作ったように、他の知的生命体が住む惑星を、第二のアメリカにすることがないでしょうか。
> > >
> > >  しかし、時間の存在であり、なりゆく過程にある、自我は、それを受け入れるのではないでしょうか。
> > >
> > >  中世のヨーロッパ人が、インディアンを虐殺したときに、それをヨーロッパの老若男女が受け入れたように。
> > >
> > >  生は、それを許すのでしょうか。
> > >
> > >  この地球において、家畜の解放はいつになるのでしょうか。。
> > >
> > >  永遠に不可能でしょうか。
> >
> >
> > 戦争は人類社会の創発の例だと思います。創発はウキペディアによると部分の性質の単純な挿話にとどまらない性質が全体として現れることで、局所的な複数の相互作用が複雑に組織化することで、個別の要素の振る舞いからは予測できないようなシステムが構成されるのだそうです。
> >
> > 人間は主体性をもって自由に生きることができると私は思っていますし、実際にそうしているといいますが、この複雑な社会は国家レベルでも思ったようにはならないし、世界的には大変な状態です。戦争反対と叫べば止まるというようなものではないです。原発の核のごみの最終処分場でさえ決まらないではないですか、しかし突然何かが起きて、何とかなってしまうかもしれないけれど。
> >
> > 結局、個人の変容は人類の変容で、それしかないのそれは戦争をやめるという事とは違う何かで、幸福が何かの副産物であるように、戦争がなくなるのも副産物の一つなのかもしれません。
>
>
>  はい。
>
>
>  まず、クリシュナムルティ理解に取り組んでいる者たちは、互いに繋がろうとするのではないでしょうか。。
>
>  ここで行われているように。
>
>  今、国内の離れた地域で繋がっているように、国の内外を問わずに広く繋がってゆけるように思います。
>
>  コンピュータによる翻訳によって、世界共通語である英語が身近になっています。
>
>  [25346]で紹介したサイトも、右クリックで出てくる「日本語へ翻訳」で、読むことができました。
>
>  私は国際クリシュナムルティ財団へは、一度しかメールでのやり取りを行ったことがありませんが、コンピュータの翻訳を頼りに、これから世界との連携が為される可能性を感じています。
>
>  身近にクリシュナムルティ理解に取り組んでいる人が、圧倒的に少ない現在では、住んでいる距離には関係なく、どんなに遠くても、言葉が通じなくても、繋がってゆこうとすることでしょう。
>
>  これが恒久平和への動きなのかもしれませんね。。


上文、傾聴させていただきました。つながりが広まる、いいですね!

クリシュナムルティ理解についてですが、竹田哲学は世界全体の理解に努め、力の論理がまかり通るのを防止する事を希求しています。
 しかし、クリシュナムルティの教えは人間の苦痛(心の歪みによるもの)をいかにして解消するかにあると思います。それは個人的なことのようで、実は、むしろ戦争等の世界的事柄の唯一の解決なのかもしれないですね。

しかも竹田哲学はその心理的歪みの発生する過程を綿密に調べ、どうして歪みが発生するかを明らかにします。それが歪みを解消する役に立つという先入観があるのでしょう。
 他方、Kは歪みがあろうがあるまいが、その現在のあるがままから出発します。そしてその歪みを自分自身で見て理解し、それから自由になる道を示唆します。抑制、葛藤の道を通ることなく。変えようという目的との距離・時間なしに。

これがようやく私に芽生えたクリシュナムルティ理解のようです。



[25353] 無題 投稿者:青空の慈悲 投稿日:2018/06/04(Mon) 16:24  

衝動  欲望  適応  反逆 創造  と言いかえることもできる。


[25352] 無題 投稿者:青空の慈悲 投稿日:2018/06/04(Mon) 16:17  

呪術的段階  呪術神話的段階  神話的段階  形式主義的段階 多元主義的段階  この5つを踏破したのが超人 


[25351] 無題 投稿者:青空の慈悲 投稿日:2018/06/04(Mon) 16:03  

相対主義以上の統合段階はあるが、凄まじく高度な意識。相対主義はすくなくとも表面的な真実という形式主義よりは高度な段階。


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