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[25966] 渡辺さん健在 投稿者:宮啓 投稿日:2018/10/05(Fri) 17:26  

 去った9月27日にKB会があったようです。。

 以下のサイトの、[動画]タグをクリック。

 https://www.youtube.com/user/KrishBohm/videos


 この動画の1時間10分時点頃から、観察者(主体)がないこと等の話が出てきます。


[25965] 役に立つ 投稿者:Ramayana 投稿日:2018/10/05(Fri) 17:25  

これらの偉大な情報は他人にとって非常に有用であると考えてください。

http://vimeo.com/maxbet888


[25964] Re:[25962] [25959] 既知からの自由12−4 投稿者:宮啓 投稿日:2018/10/05(Fri) 15:24  

> > 12章[観察者と観察されるもの〕−4
> >
> >  観察者の側からのどんな動きも、観察者が観察されるものであるということを、観察者が理解・実感したのでないなら、別の一連のイメージをつくり出すだけであり、そして再び観察者はそれらのイメージに捕えられてしまいます。しかし観察者は観察されるものであるということを、観察者が気づいている時、何が起こりますか? ゆっくり行きましょう、非常にゆっくり行きましょう。なぜなら私達がいま入ろうとしていることは非常に複雑なことだからです。何が起こるでしょう?観察者は全く行動しません。観察者はいつも「これらのイメージについて何かしなければならない、抑圧するか、あるいは別の形を与えなければならない」と言ってきたのです。観察者は観察されるものに関して常に活動的であり、情熱的あるいは行き当たりばったりに行動し反応しており、そしてこの観察者の部分での好き嫌いの活動が積極的な活動と呼ばれます ― 「好きだから取っておかなければならない、嫌いだから取り除かねばならない」。しかし観察者が、自分が行動している対象は自分自身であることを悟るとき、観察者自身とそのイメージとの間に葛藤はありません。観察者はそれなのです。彼はそれと分離していないのです。彼が分離しているときには、それについて何かをします。あるいはしようと試みます。しかし観察者が自分はそれなのだということを理解・実感するとき、好き、嫌いはなく葛藤は終わります。
> >
> >  観察者は何のためにしようとするのでしょうか?何かがあなたであるなら、何をすることが出来るでしょうか? それに反抗することも、それから逃げることも、それを受け入れることさえもできません。それはそこにあります。それゆえ好き嫌いに対する反応から生じた全ての活動は終わっています。そのとき驚くべく生き生きとなった気づきがあるのを見いだすでしょう。その気づきはどんな中心的問題にも、どんなイメージにも縛られません ― そしてその気づきの強烈さから注意である違った質があり、それゆえ心は ― なぜなら心はこの気づきですから ― 途方もない感受性と高い英知を持つようになったのです。
> >
> > (終わり)
>
>
> コメントはありません。出て来ません。
>
> 余計な一言:少々の感受性と少々の知性を持った心がうろうろしています。


 クリシュナムルティが陳述したことが起こらないのは、なぜなのか。

 頭での理解は理解ではない。ということに尽きるのかもしれません。

 >観察者が理解・実感したのでないなら、別の一連のイメージをつくり出すだけであり、そして再び観察者はそれらのイメージに捕えられてしまいます。−−、これが渡辺さんに起きたのかもしれません。

 私たちは、これを他山の石として進むしかないようです。


[25963] 無題 投稿者:明日を暗示する黄昏 投稿日:2018/10/05(Fri) 15:16  

赦しがあれば心は安らぐ。


[25962] Re:[25959] 既知からの自由12−4 投稿者:ゴト 投稿日:2018/10/05(Fri) 14:02  

> 12章[観察者と観察されるもの〕−4
>
>  観察者の側からのどんな動きも、観察者が観察されるものであるということを、観察者が理解・実感したのでないなら、別の一連のイメージをつくり出すだけであり、そして再び観察者はそれらのイメージに捕えられてしまいます。しかし観察者は観察されるものであるということを、観察者が気づいている時、何が起こりますか? ゆっくり行きましょう、非常にゆっくり行きましょう。なぜなら私達がいま入ろうとしていることは非常に複雑なことだからです。何が起こるでしょう?観察者は全く行動しません。観察者はいつも「これらのイメージについて何かしなければならない、抑圧するか、あるいは別の形を与えなければならない」と言ってきたのです。観察者は観察されるものに関して常に活動的であり、情熱的あるいは行き当たりばったりに行動し反応しており、そしてこの観察者の部分での好き嫌いの活動が積極的な活動と呼ばれます ― 「好きだから取っておかなければならない、嫌いだから取り除かねばならない」。しかし観察者が、自分が行動している対象は自分自身であることを悟るとき、観察者自身とそのイメージとの間に葛藤はありません。観察者はそれなのです。彼はそれと分離していないのです。彼が分離しているときには、それについて何かをします。あるいはしようと試みます。しかし観察者が自分はそれなのだということを理解・実感するとき、好き、嫌いはなく葛藤は終わります。
>
>  観察者は何のためにしようとするのでしょうか?何かがあなたであるなら、何をすることが出来るでしょうか? それに反抗することも、それから逃げることも、それを受け入れることさえもできません。それはそこにあります。それゆえ好き嫌いに対する反応から生じた全ての活動は終わっています。そのとき驚くべく生き生きとなった気づきがあるのを見いだすでしょう。その気づきはどんな中心的問題にも、どんなイメージにも縛られません ― そしてその気づきの強烈さから注意である違った質があり、それゆえ心は ― なぜなら心はこの気づきですから ― 途方もない感受性と高い英知を持つようになったのです。
>
> (終わり)


コメントはありません。出て来ません。

余計な一言:少々の感受性と少々の知性を持った心がうろうろしています。


[25961] Re:[25960] [25958] 悪魔のささやき 投稿者:南方 投稿日:2018/10/04(Thu) 20:42  

> > 「起こるだろう」という悪魔的期待を神はお見通しである。
> >
> > そのようなものには何も起こらない。
> >
> > そもそも何が起こるというのか。
> >
> > ただ在る、それだけしかないのに。
>
>
>  それは、観念ではないでしょうか。

在るということが観念だということですか?

違います。状態です。

「なる」という状態から「在る」という状態に移行するということを言っています。


[25960] Re:[25958] 悪魔のささやき 投稿者:宮啓 投稿日:2018/10/04(Thu) 20:35  

> 「起こるだろう」という悪魔的期待を神はお見通しである。
>
> そのようなものには何も起こらない。
>
> そもそも何が起こるというのか。
>
> ただ在る、それだけしかないのに。


 それは、観念ではないでしょうか。


[25959] 既知からの自由12−4 投稿者:ゴト 投稿日:2018/10/04(Thu) 19:00  

12章[観察者と観察されるもの〕−4

 観察者の側からのどんな動きも、観察者が観察されるものであるということを、観察者が理解・実感したのでないなら、別の一連のイメージをつくり出すだけであり、そして再び観察者はそれらのイメージに捕えられてしまいます。しかし観察者は観察されるものであるということを、観察者が気づいている時、何が起こりますか? ゆっくり行きましょう、非常にゆっくり行きましょう。なぜなら私達がいま入ろうとしていることは非常に複雑なことだからです。何が起こるでしょう?観察者は全く行動しません。観察者はいつも「これらのイメージについて何かしなければならない、抑圧するか、あるいは別の形を与えなければならない」と言ってきたのです。観察者は観察されるものに関して常に活動的であり、情熱的あるいは行き当たりばったりに行動し反応しており、そしてこの観察者の部分での好き嫌いの活動が積極的な活動と呼ばれます ― 「好きだから取っておかなければならない、嫌いだから取り除かねばならない」。しかし観察者が、自分が行動している対象は自分自身であることを悟るとき、観察者自身とそのイメージとの間に葛藤はありません。観察者はそれなのです。彼はそれと分離していないのです。彼が分離しているときには、それについて何かをします。あるいはしようと試みます。しかし観察者が自分はそれなのだということを理解・実感するとき、好き、嫌いはなく葛藤は終わります。

 観察者は何のためにしようとするのでしょうか?何かがあなたであるなら、何をすることが出来るでしょうか? それに反抗することも、それから逃げることも、それを受け入れることさえもできません。それはそこにあります。それゆえ好き嫌いに対する反応から生じた全ての活動は終わっています。そのとき驚くべく生き生きとなった気づきがあるのを見いだすでしょう。その気づきはどんな中心的問題にも、どんなイメージにも縛られません ― そしてその気づきの強烈さから注意である違った質があり、それゆえ心は ― なぜなら心はこの気づきですから ― 途方もない感受性と高い英知を持つようになったのです。

(終わり)


[25958] 悪魔のささやき 投稿者:南方 投稿日:2018/10/04(Thu) 16:07  

「起こるだろう」という悪魔的期待を神はお見通しである。

そのようなものには何も起こらない。

そもそも何が起こるというのか。

ただ在る、それだけしかないのに。


[25957] Re:[25955] [25953] 既知からの自由12−3 投稿者:宮啓 投稿日:2018/10/04(Thu) 15:41  

> > 12章[観察者と観察されるもの〕−3
> >
> >  自分自身に質問するなら、答えを受け取ろうとしている実体は誰でしょうか? 調べようとしている実体は誰でしょうか? その実体が意識の一部、思考の一部であるなら、その時は見いだすことはできません。見いだせることは気づきの状態だけです。しかし、その気づきの状態の中になお「気づいていなければならない、気づきを練習しなければならない」という実体があるなら、それは再びもう一つのイメージです。
>
>
> 人間の観察者と観察されるものと言うイメージの分離のある状態の中に進んでいるといクリシュナムルティの気づきを聞いて、私たちもその状態に気づき始めています。
>  しかし気づきを通して答えを受け取ろうとする意識の一部、思考の一部があるなら、気づいていよう、気づきを強化しようとしている実体が何かあるなら、気づきは再びイメージであって気づき、直結した知覚ではありません
>
>
> >  観察者は観察されるものであるというこの気づきは、観察されるものと同一化する過程ではありません。自分自身を何かと同一化するのはかなり容易です。私達はたいてい自分を何かと ― 家族、夫や妻、国と ― 同一化しています。そしてそれは大変な悲惨や戦争に導きます。私達は全く違う何かを考えているのであり、言葉の上でではなく自分の奥底で、まさに自分の存在の根源で理解しなければなりません。古代の中国で、ある芸術家は何か ― 例えば木 ― を描き始める前に、その木の前に何日も、何か月も、何年も、どれほど長いかは重要ではありません、彼が木になるまで座るのです。自分を木と同一化させるのではなく、彼が木であるのです。このことは彼と木の間に空間はなく、観察者と観察されるものの間に空間はなく、美、動き、影、葉の深さ、色の質を経験する経験者がないことを意味します。彼は完全に木であり、その状態でのみ彼は描くことができたのです。
>
>
> 私たちはイメージを持つことにより分離(空間・時間のギャップ)を持っていますが、観察者は観察されるものであるというこの気づきは、観察されるものと同一化する過程ではありません。同一化の過程は群れて人間同士の群れが対立する危険な過程で盲目性は依然としてあります。理解はありません。この気づきはまさに自分の存在の根源で理解しなければなりません。
>  そこから中国の古代の芸術家が木を描く話になりました。木の美、動き、影、葉の深さ、色の質を経験する経験者がなくなるまで、直接に木とつながって描くというのです。経験者のいない気付きor見ることを言っていますね。見ることだけがある。本物の気づきであることが強調されています。
>
> > (続く)


 この「既知からの自由12」は、クリシュナムルティ理解の核心となるように思います。

 そして、クリシュナムルティが述べていることが起こらない理由が、ここで述べられているように思います。

 動機があれば・・、なりゆくならば・・、時間があれば・・、思考があれば・・、「私」があれば・・、たとえわずかでも、それは起こらない。


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