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[24507] 無題 投稿者:vaamana 投稿日:2017/09/05(Tue) 18:44  

覚醒した人とは、その人にとって、未来も過去もないくらい、今に恐れも憂いもなく生きている人ではなかろうか。四六時中、酩酊するディオニュソスのように。


[24506] 無題 投稿者:vaamana 投稿日:2017/09/05(Tue) 18:39  

股座に発電機をつけた腑抜けがいない純粋な怒りに満ちた覚醒した男女たちの世界を作ろう!


[24505] Re:[24504] [24503] [24498] 現実 投稿者:南方 投稿日:2017/09/05(Tue) 16:31  

> > > 二元性は現実かな。
> > >
> > > ノストラダムスの大予言は外れたと安心していたが、ちょっと時期がずれただけで、今極東のこの場所で、恐怖の大王が天下るかも。
> > >
> > > グルジェフの言うところでは、戦争は何百万と何百万という機械(人間)がどうしようもなくお互いに反応するもので、そうなりだしたら止めようがないのだそうだ。
> > >
> > > そうなったら、泣く国と笑いが止まらない国・指導者が出るのだが、それがわかっているのだろな。現実の二元性。
> >
> >
> > 大多数の人が自我で生きていると思われる、自我でから見た現実は二元性をおびているでしょうが、根源からみたら、その自我さえも私であり、二元性はないのではないですか?
>
> まったくその通り。ところが現実にはその自我が個人を支配している。根源は眠っている、あるいは隠されている!
> それに対して働きかけるのがなすべきことなので、つまり眠っている個人の根源が目覚めて、自我をその持ち場につかせなければならない。これが世界的規模で起こらなければならない。
>
> > 他の自我をどうこうする自我から離れて物事を見ない限り、自我を自我でもって対応するなら戦争は避けられない。
>
> たった一冊の本でいいから、それが凡百の無知を晴らす根源的な本であれば、世界のベストセラーになり、世の中を変えうると思うのですが!?



皮肉なことに、人間は苦がなければ根源を求めないようにできているのかなと思います。
苦が個人的な容量こそあれ最高潮に達した時、人ははじめて自分の生き方を見つめ直すのではないだろうか。

頑固なロバに水を飲ませる方法はないといいます。悲しいことに大多数の人は今の世を生きずらいとは、それほど思ってないのでしょうか?



[24504] Re:[24503] [24498] 現実 投稿者:ゴト 投稿日:2017/09/05(Tue) 11:38  

> > 二元性は現実かな。
> >
> > ノストラダムスの大予言は外れたと安心していたが、ちょっと時期がずれただけで、今極東のこの場所で、恐怖の大王が天下るかも。
> >
> > グルジェフの言うところでは、戦争は何百万と何百万という機械(人間)がどうしようもなくお互いに反応するもので、そうなりだしたら止めようがないのだそうだ。
> >
> > そうなったら、泣く国と笑いが止まらない国・指導者が出るのだが、それがわかっているのだろな。現実の二元性。
>
>
> 大多数の人が自我で生きていると思われる、自我でから見た現実は二元性をおびているでしょうが、根源からみたら、その自我さえも私であり、二元性はないのではないですか?

まったくその通り。ところが現実にはその自我が個人を支配している。根源は眠っている、あるいは隠されている!
それに対して働きかけるのがなすべきことなので、つまり眠っている個人の根源が目覚めて、自我をその持ち場につかせなければならない。これが世界的規模で起こらなければならない。

> 他の自我をどうこうする自我から離れて物事を見ない限り、自我を自我でもって対応するなら戦争は避けられない。

たった一冊の本でいいから、それが凡百の無知を晴らす根源的な本であれば、世界のベストセラーになり、世の中を変えうると思うのですが!?


[24503] Re:[24498] 現実 投稿者:南方 投稿日:2017/09/05(Tue) 09:35  

> 二元性は現実かな。
>
> ノストラダムスの大予言は外れたと安心していたが、ちょっと時期がずれただけで、今極東のこの場所で、恐怖の大王が天下るかも。
>
> グルジェフの言うところでは、戦争は何百万と何百万という機械(人間)がどうしようもなくお互いに反応するもので、そうなりだしたら止めようがないのだそうだ。
>
> そうなったら、泣く国と笑いが止まらない国・指導者が出るのだが、それがわかっているのだろな。現実の二元性。


大多数の人が自我で生きていると思われる、自我でから見た現実は二元性をおびているでしょうが、根源からみたら、その自我さえも私であり、二元性はないのではないですか?

他の自我をどうこうする自我から離れて物事を見ない限り、自我を自我でもって対応するなら戦争は避けられない。


[24502] Re:[24500] 二重投稿 投稿者:vaamana 投稿日:2017/09/05(Tue) 07:16  

> 寓さんの掲示板でも、以下の同じ文章を掲げている。いわば二重投稿。しかも本の丸写し。どこからの引用なのかもなし。あちらの掲示板でも、何人かに指摘されても反抗を繰り返すのみ。コミニュケーション零。大人と普通の会話ができない。

サイババ大聖の引用だといっとろうが。殴るぞ。


[24501] Re:[24500] 二重投稿 投稿者:vaamana 投稿日:2017/09/05(Tue) 07:10  

> 寓さんの掲示板でも、以下の同じ文章を掲げている。いわば二重投稿。しかも本の丸写し。どこからの引用なのかもなし。あちらの掲示板でも、何人かに指摘されても反抗を繰り返すのみ。コミニュケーション零。大人と普通の会話ができない。

役に立つと思って引用した。サイババ大聖の引用


[24500] 二重投稿 投稿者:外野 投稿日:2017/09/05(Tue) 06:03  

寓さんの掲示板でも、以下の同じ文章を掲げている。いわば二重投稿。しかも本の丸写し。どこからの引用なのかもなし。あちらの掲示板でも、何人かに指摘されても反抗を繰り返すのみ。コミニュケーション零。大人と普通の会話ができない。


[24499] 無題 投稿者:vaamana 投稿日:2017/09/05(Tue) 02:28  

すなわち平常心と平安の花です。平安とは、どれほど叩かれても叱られても、(心の中では動揺し、怒りに燃えながらも)頑固に押し黙っていることだと解釈してはなりません。平安とは、決してそのようなことではありません。もし誰かが、あなたに落ち度がなかったことに関して、あなたを責めているときに、あなたが平常心を保ち、興奮しないでいることができれば、それが真の平安です。あなたの心が愛に満ちているときにのみ、おのずから平安がもたらされます。

  私たちが平安を失うのはどのようなときでしょう? 実は、平安はあなたが外の世界から取り入れることのできるものではないのです。平安は、好ましくない性質の結果 失われる場合がほとんどです。純枠な想いがあれば、人間は純枠になります。不純な想いを抱いていれば、人間は悲しみの餌食になります。人間が、自分の抱くすべての想いを崇高なものにすることができれば、平安に満ちた聖人賢者になることができます。私たちが、あらゆる想いから自由になり、善悪両方向の心のひずみがなくなったとき、平安が定着します。ですからあなたが、あらゆる想いと心の動揺を止めることができれば、平安を得ることができるのです。

  私たちのあらゆる苦痛と悲しみの原因は何でしょう? 私たち自身の、善からぬ 不浄な想いが、私たちの苦痛と悲しみの原因です。善い想いや神聖な考えによってのみ、人間はサドゥー(修行僧)となることができるのです。サドゥーとは、オレンジ色の法衣を着て、頭を剃り、首にルドラクシャの数珠をかけた人という意味ではありません。サドゥーとは、本当は、神聖な考えに満ち、「サティア=サンカルパ=スワルーパ」すなわち、あらゆる純枠で神聖な考えの化身となった人のことです。

  平安の境地にある人の性質は、おのずから、波一つない鏡のごとき湖面 のようになります。貯水槽に水が入っていれば、風の動きによつて、水面にはさざ波が立っているのが見えるでしよう。水の表面 が振動していれば、水に映ったあなたの姿も揺れているはずです。泥が多く、濁った水に映ったあなたの姿は、はっきりせず、ぼんやりしたものになることでしょう。透明で波のない水の場合は、そこに映ったあなたの姿は、動くこともなく、はっきりと見えます。同様に、根本的な真理、すなわちアートマ(真我)の実質は、宇宙万物に遍在しており、唯一にして変わることがありません。

 ところが、それが反映された姿は、反映する媒体の純枠度と特質によって、実質が反映される度合いが異なります。アートマがタモグナ(暗性。鈍性)に反映された場合、それはアヴィッディアすなわち無知という姿で表れます。アートマがラジョグナ(激性)に反映されれば、それはジーヴァ(個我。肉体を持った個別 の存在)として映ります。アートマが、純枠なサトワグナ(浄性)に映し出されれば、それはマヤとして、すなわち、神にまつわる幻影として映ります。マヤは、神がまとっている衣です。したがって、マヤは神聖な性質を持っています。サトウィックな(浄性の)反映は神意識です。ラジョグナ(激性)の反映はジーヴァであり、タモグナの反映は自然(宇宙)です。

 ですから、反映された姿は異なっているように見えても、それらはすべて同じ神聖な原理に由来しているものであるために、基本的には同じものであるということを認織しなければなりません。このように、神と人間と宇宙は、本質的には同じものなのです。したがって私たちは、万物の根源である、根本的な真理(ムーラダーラ=サティア)を理解するように努めなければなりません。

  ここに果実があるとします。たとえそれがニームの実であっても、完全に熟すれば甘くなります。シャンティ(平安)の場合でも、あなたが完成の状態に到達したときに初めて、至福と、平安の無上の甘美さを味わうことができるようになります。私たちが、忍耐(クシャマ)の美徳を自らのうちに高めれば、そのような平安の状態を得ることができるのです。


[24498] 現実 投稿者:ゴト 投稿日:2017/09/04(Mon) 23:33  

二元性は現実かな。

ノストラダムスの大予言は外れたと安心していたが、ちょっと時期がずれただけで、今極東のこの場所で、恐怖の大王が天下るかも。

グルジェフの言うところでは、戦争は何百万と何百万という機械(人間)がどうしようもなくお互いに反応するもので、そうなりだしたら止めようがないのだそうだ。

そうなったら、泣く国と笑いが止まらない国・指導者が出るのだが、それがわかっているのだろな。現実の二元性。


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