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[25310] Re:[25309] [25308] 思考は画一的ではありえない 投稿者:南方 投稿日:2018/05/23(Wed) 07:09  

> > 産まれた時間や場所、星の位置、地球の状態
> >
> > 発生した元の肉体や心の状態
> >
> > などで始めから思考の反応や癖は異なってくると思います。
> >
> > つまり、違う種なのです。
> >
> > そこに思考の自由の可能性が拓けます。
>
>
> 星の位置となると占星術の領域で、私は知識ですら知りません。それは別として生まれた時代や場所、地球の状態や、社会の状態で肉体や心の状態、反応や癖は明らかに異なります。
> ただそれは生まれて後に後天的に獲得されるものが大きいと思っています。

後天的に獲得されたというか、反応や癖の集積は

クリシュナムルティがいうように
考えに考え抜いて思考という生き物がギブアップするまで考え抜いて終わりにすれば始まりに戻ります。

ただその種特有の反応の仕方癖は変わらないでしょう。

違うのは意識的にそれを観察し改善していけるというところではないかなと思います。

自由が種なら反応や癖は運命ともいえますし、その逆も言えるような気がします。


[25309] Re:[25308] 思考は画一的ではありえない 投稿者:ゴト 投稿日:2018/05/23(Wed) 06:32  

> 産まれた時間や場所、星の位置、地球の状態
>
> 発生した元の肉体や心の状態
>
> などで始めから思考の反応や癖は異なってくると思います。
>
> つまり、違う種なのです。
>
> そこに思考の自由の可能性が拓けます。


星の位置となると占星術の領域で、私は知識ですら知りません。それは別として生まれた時代や場所、地球の状態や、社会の状態で肉体や心の状態、反応や癖は明らかに異なります。
ただそれは生まれて後に後天的に獲得されるものが大きいと思っています。


[25308] 思考は画一的ではありえない 投稿者:南方 投稿日:2018/05/22(Tue) 19:13  

産まれた時間や場所、星の位置、地球の状態

発生した元の肉体や心の状態

などで始めから思考の反応や癖は異なってくると思います。

つまり、違う種なのです。

そこに思考の自由の可能性が拓けます。




[25307] Re:[25306] [25305] [25304] [25298] [25297] [25296] [25295] [25294] [25293] 心の構造 投稿者:宮啓 投稿日:2018/05/22(Tue) 16:45  

> >  それはなりゆくことではないのか。。ビカミング。
> >
> >  時間の世界ではないのか。。思考の世界ではないのか。
>
>
> ビカミングの中にいるという事は、あるべき姿、理想、それらはイメージなのですが、そういう本体があるとして、時間をかけてそれを獲得しようとする思考形態ですね。
>
> 哲学にもそれは起こりました。善という価値の担い手は「人格」であるとされる。しかし人格に現れ出る善は、最終的には「聖なるもの」に根拠づけられ、それは「絶対的」かつ「無限」の神的な人格であると言われる。
> まあ、それはそうかもしれません。ただ拒否反応も出ます。善や正義の真の本性とか真の定義についての考察は、私の考えでは言葉上の屁理屈になるのが落ちであり、避けるべきであると言った人がいます。ここまで来るのに、プラトンから21世紀までかかっているわけです。しかし人類史から見ても短すぎると言えば短い。
>
> 私はKが専門語を使わず、言葉で話し、同じことに深い関心を持つ人がよく聴くならそこに交感が起きると言っているのを信じたい。
>
> >
> >  ただ、なりゆくことから自由であることは難しい。時間の外に出ることは難しい。
> >
> >  だから、光陰矢の如しとなることが心配ということです。。
>
> それこそ時間の中に入っていませんか? 私は今関心を持って勉強しているだけで、読みたい本を読んでいて知らないことにぶつかっています。残された時間は短いと思っていますが、関係ありません。


 時間の外に居り、ビカミングでないのなら、安心しました。

 そこからの交感を楽しみにしています。。


[25306] Re:[25305] [25304] [25298] [25297] [25296] [25295] [25294] [25293] 心の構造 投稿者:ゴト 投稿日:2018/05/21(Mon) 23:48  

> > > > >  この無意識的活動もなお条件づけられているのではないでしょうか。。
> > > >
> > > >
> > > > そうなんですが、人は無意識的な状態に陥っても他人が変だと思ってくれたり、自分で変だと気づくことが可能です。それゆえに無意識が発見されたりする。そして条件付けを浄化したりすることができる。動物にはちょっと無理かもしれないが、環境によりよく適合するようなやり方を見つけることぐらいは動物もできそうですね。
> > >
> > >
> > >  まず、クリシュナムルティはユングやフロイトとは見識を異にしています。
> > >
> > >  「無意識は無い」とはクリシュナムルティの陳述です。
> > >
> > >  意識していない深層の心の動き(脳の活動)は、クリシュナムルティの指摘があれば認知することができることが少なくないのではないでしょうか。。
> > >
> > >  これらはクリシュナムルティに関わらず、日常の中で、指摘(注意など)される等で、意識していない層の活動に関心が向けられることによって認知されることは珍しいことではないのではないでしょうか。
> > >
> > >  1949年 ロンドンの公開講話(第1回)から引用します。
> > >
> > >  それで、どんな問題も全体の過程の結果であり、排除的な孤立した結果ではないので、それを理解するためには、私たちは私達自身の全体の過程を理解しなければなりません。そして私達自身を理解するためには−ただ表面的に、上層の心の一二の層の中だけではなくて、意識の全内容、私達の存在の全内容を通して−それを十分に、はっきりと理解するためには、関係の中で知覚し、経験しなければなりません。
> > >
> > >  − − − 以上引用 − − −
> > >
> > >  深層の心についても、それに気づく。
> > >
> > >  静謐とは、表層の波風がおさまっているだけではなく、深層の活動もおさまっていることを意味する。
> > >
> > >  クリシュナムルティ理解においては、「無意識」を神聖視することなく、「意識」と分け隔てなく扱うことが肝要であるように思います。
> >
> >
> > 心理学者たちの言う無意識は仮説であり、「無意識」という事を本体視することは誤謬だという事です。
> >
> > しかし現実に人間の心は入出力(様々な現象、言説)が発され、応答、反応が起こることが常です。それは観察されているのですが、事実が見られているというよりは象徴・イメ−ジ的に取り上げられ、大騒ぎを生み、前進しません。言語を使っての伝達が理解ではなく誤解、対立、抵抗になるさまを私たちは嫌というほど見ています。そこに太い単純な今への言説がまだ出ていない気がします。
> >
> > >  すなわち、無意識的活動は条件づけられており、それは深層の「思考」であり、限られているのではないでしょうか。
> >
> > 深層の思考?
> >
> > >
> > >
> > >
> > > > 確かに脳に電極を刺して電気刺激を与えられたりすれば、機械同然の反応が人間でも起きるでしょう。しかし気づいて何とかしようとする可能性も場合によってはあるかもしれない。――
> > >
> > >
> > >  気づいて何とかしようとする活動は、意識的・無意識的思考ではないでしょうか。
> >
> > 私は人類の群れの中の一人間として主体を持って生きようとしています。
> >
> > >
> > >  >今は遺伝子編集もできる時代とかで、そちらの問題もありますが、乳幼児から子供の間の養育時期に、親から気遣いを十分に与えられなかった人は心にネガティブな気質を多く持つかもしれません。この方がより気になります。さらに、成人になるにつれて社会的影響も大きそうです。
> > >
> > >
> > >  表面的な、秩序・平和・安心のためには、気性が穏やかな人々に囲まれればよいのですが、クリシュナムルティはこの>乳幼児から子供の間の養育時期に、親から気遣いを十分に与えられなかった人は心にネガティブな気質を多く持つかもしれません。この方がより気になります。さらに、成人になるにつれて社会的影響も大きそうです−−、これを些事として扱っています。
> > >  すなわち、表面的な秩序・平和・安心よりも、根本的な変容を、ヒトの本質的な事柄として見ているのです。
> >
> > 根本的変容と言うだけではそれは象徴です。それでも一つの群れの中でそれは効果を上げてきました。しかし今は国家規模の群れ同士の争いが問題です。
> >
> > >  もしも、それがなければ、ヒトは各個体において、遺伝子工学情報と脳内電気経路工学情報の二つのデータによって、再生(復元)できるのです。これは、最近のアメリカの研究です。しかも、この遺伝子工学とコンピュータ工学については、生前のクリシュナムルティは、とても重要な事柄として関心を示しています。
> > >
> > >  これが、時間の世界においては、ヒトは機械的な存在であるという意味です。
> > >
> > >
> > > > それで、この問題を個人の問題とするのでなく、人の群れの持つ問題として取り扱う必要、視点があると思います。教科書などと妙なことを言い出したのもここからなんですが、まず、問題をはっきりさせようと勉強しているわけです。心の象徴構造なんて、今度初めて知った言葉です。
> > >
> > >
> > >  はい。
> > >
> > >  その中では、無意識にも意識同様に光を当て、そして思考だけに頼らずに進む「教科書」であってほしいと願っています。
> > >
> > >  思考によるものは、過去に既に試され尽されているという事が、クリシュナムルティに見えた事実であるがゆえに。
> >
> > そういう時、Kは無謬の象徴的権威になっていないか気になります。思考が試されつくされているだろうか?まだまだ低いレベルではい回っている段階みたいな気がする。思考自体が限定されているという事をKは言っていると思います。
>
>
>  それはなりゆくことではないのか。。ビカミング。
>
>  時間の世界ではないのか。。思考の世界ではないのか。


ビカミングの中にいるという事は、あるべき姿、理想、それらはイメージなのですが、そういう本体があるとして、時間をかけてそれを獲得しようとする思考形態ですね。

哲学にもそれは起こりました。善という価値の担い手は「人格」であるとされる。しかし人格に現れ出る善は、最終的には「聖なるもの」に根拠づけられ、それは「絶対的」かつ「無限」の神的な人格であると言われる。
まあ、それはそうかもしれません。ただ拒否反応も出ます。善や正義の真の本性とか真の定義についての考察は、私の考えでは言葉上の屁理屈になるのが落ちであり、避けるべきであると言った人がいます。ここまで来るのに、プラトンから21世紀までかかっているわけです。しかし人類史から見ても短すぎると言えば短い。

私はKが専門語を使わず、言葉で話し、同じことに深い関心を持つ人がよく聴くならそこに交感が起きると言っているのを信じたい。

>
>  ただ、なりゆくことから自由であることは難しい。時間の外に出ることは難しい。
>
>  だから、光陰矢の如しとなることが心配ということです。。

それこそ時間の中に入っていませんか? 私は今関心を持って勉強しているだけで、読みたい本を読んでいて知らないことにぶつかっています。残された時間は短いと思っていますが、関係ありません。



[25305] Re:[25304] [25298] [25297] [25296] [25295] [25294] [25293] 心の構造 投稿者:宮啓 投稿日:2018/05/21(Mon) 21:33  

> > > >  この無意識的活動もなお条件づけられているのではないでしょうか。。
> > >
> > >
> > > そうなんですが、人は無意識的な状態に陥っても他人が変だと思ってくれたり、自分で変だと気づくことが可能です。それゆえに無意識が発見されたりする。そして条件付けを浄化したりすることができる。動物にはちょっと無理かもしれないが、環境によりよく適合するようなやり方を見つけることぐらいは動物もできそうですね。
> >
> >
> >  まず、クリシュナムルティはユングやフロイトとは見識を異にしています。
> >
> >  「無意識は無い」とはクリシュナムルティの陳述です。
> >
> >  意識していない深層の心の動き(脳の活動)は、クリシュナムルティの指摘があれば認知することができることが少なくないのではないでしょうか。。
> >
> >  これらはクリシュナムルティに関わらず、日常の中で、指摘(注意など)される等で、意識していない層の活動に関心が向けられることによって認知されることは珍しいことではないのではないでしょうか。
> >
> >  1949年 ロンドンの公開講話(第1回)から引用します。
> >
> >  それで、どんな問題も全体の過程の結果であり、排除的な孤立した結果ではないので、それを理解するためには、私たちは私達自身の全体の過程を理解しなければなりません。そして私達自身を理解するためには−ただ表面的に、上層の心の一二の層の中だけではなくて、意識の全内容、私達の存在の全内容を通して−それを十分に、はっきりと理解するためには、関係の中で知覚し、経験しなければなりません。
> >
> >  − − − 以上引用 − − −
> >
> >  深層の心についても、それに気づく。
> >
> >  静謐とは、表層の波風がおさまっているだけではなく、深層の活動もおさまっていることを意味する。
> >
> >  クリシュナムルティ理解においては、「無意識」を神聖視することなく、「意識」と分け隔てなく扱うことが肝要であるように思います。
>
>
> 心理学者たちの言う無意識は仮説であり、「無意識」という事を本体視することは誤謬だという事です。
>
> しかし現実に人間の心は入出力(様々な現象、言説)が発され、応答、反応が起こることが常です。それは観察されているのですが、事実が見られているというよりは象徴・イメ−ジ的に取り上げられ、大騒ぎを生み、前進しません。言語を使っての伝達が理解ではなく誤解、対立、抵抗になるさまを私たちは嫌というほど見ています。そこに太い単純な今への言説がまだ出ていない気がします。
>
> >  すなわち、無意識的活動は条件づけられており、それは深層の「思考」であり、限られているのではないでしょうか。
>
> 深層の思考?
>
> >
> >
> >
> > > 確かに脳に電極を刺して電気刺激を与えられたりすれば、機械同然の反応が人間でも起きるでしょう。しかし気づいて何とかしようとする可能性も場合によってはあるかもしれない。――
> >
> >
> >  気づいて何とかしようとする活動は、意識的・無意識的思考ではないでしょうか。
>
> 私は人類の群れの中の一人間として主体を持って生きようとしています。
>
> >
> >  >今は遺伝子編集もできる時代とかで、そちらの問題もありますが、乳幼児から子供の間の養育時期に、親から気遣いを十分に与えられなかった人は心にネガティブな気質を多く持つかもしれません。この方がより気になります。さらに、成人になるにつれて社会的影響も大きそうです。
> >
> >
> >  表面的な、秩序・平和・安心のためには、気性が穏やかな人々に囲まれればよいのですが、クリシュナムルティはこの>乳幼児から子供の間の養育時期に、親から気遣いを十分に与えられなかった人は心にネガティブな気質を多く持つかもしれません。この方がより気になります。さらに、成人になるにつれて社会的影響も大きそうです−−、これを些事として扱っています。
> >  すなわち、表面的な秩序・平和・安心よりも、根本的な変容を、ヒトの本質的な事柄として見ているのです。
>
> 根本的変容と言うだけではそれは象徴です。それでも一つの群れの中でそれは効果を上げてきました。しかし今は国家規模の群れ同士の争いが問題です。
>
> >  もしも、それがなければ、ヒトは各個体において、遺伝子工学情報と脳内電気経路工学情報の二つのデータによって、再生(復元)できるのです。これは、最近のアメリカの研究です。しかも、この遺伝子工学とコンピュータ工学については、生前のクリシュナムルティは、とても重要な事柄として関心を示しています。
> >
> >  これが、時間の世界においては、ヒトは機械的な存在であるという意味です。
> >
> >
> > > それで、この問題を個人の問題とするのでなく、人の群れの持つ問題として取り扱う必要、視点があると思います。教科書などと妙なことを言い出したのもここからなんですが、まず、問題をはっきりさせようと勉強しているわけです。心の象徴構造なんて、今度初めて知った言葉です。
> >
> >
> >  はい。
> >
> >  その中では、無意識にも意識同様に光を当て、そして思考だけに頼らずに進む「教科書」であってほしいと願っています。
> >
> >  思考によるものは、過去に既に試され尽されているという事が、クリシュナムルティに見えた事実であるがゆえに。
>
> そういう時、Kは無謬の象徴的権威になっていないか気になります。思考が試されつくされているだろうか?まだまだ低いレベルではい回っている段階みたいな気がする。思考自体が限定されているという事をKは言っていると思います。


 それはなりゆくことではないのか。。ビカミング。

 時間の世界ではないのか。。思考の世界ではないのか。

 ただ、なりゆくことから自由であることは難しい。時間の外に出ることは難しい。

 だから、光陰矢の如しとなることが心配ということです。。


[25304] Re:[25298] [25297] [25296] [25295] [25294] [25293] 心の構造 投稿者:ゴト 投稿日:2018/05/21(Mon) 00:13  

> > >  この無意識的活動もなお条件づけられているのではないでしょうか。。
> >
> >
> > そうなんですが、人は無意識的な状態に陥っても他人が変だと思ってくれたり、自分で変だと気づくことが可能です。それゆえに無意識が発見されたりする。そして条件付けを浄化したりすることができる。動物にはちょっと無理かもしれないが、環境によりよく適合するようなやり方を見つけることぐらいは動物もできそうですね。
>
>
>  まず、クリシュナムルティはユングやフロイトとは見識を異にしています。
>
>  「無意識は無い」とはクリシュナムルティの陳述です。
>
>  意識していない深層の心の動き(脳の活動)は、クリシュナムルティの指摘があれば認知することができることが少なくないのではないでしょうか。。
>
>  これらはクリシュナムルティに関わらず、日常の中で、指摘(注意など)される等で、意識していない層の活動に関心が向けられることによって認知されることは珍しいことではないのではないでしょうか。
>
>  1949年 ロンドンの公開講話(第1回)から引用します。
>
>  それで、どんな問題も全体の過程の結果であり、排除的な孤立した結果ではないので、それを理解するためには、私たちは私達自身の全体の過程を理解しなければなりません。そして私達自身を理解するためには−ただ表面的に、上層の心の一二の層の中だけではなくて、意識の全内容、私達の存在の全内容を通して−それを十分に、はっきりと理解するためには、関係の中で知覚し、経験しなければなりません。
>
>  − − − 以上引用 − − −
>
>  深層の心についても、それに気づく。
>
>  静謐とは、表層の波風がおさまっているだけではなく、深層の活動もおさまっていることを意味する。
>
>  クリシュナムルティ理解においては、「無意識」を神聖視することなく、「意識」と分け隔てなく扱うことが肝要であるように思います。


心理学者たちの言う無意識は仮説であり、「無意識」という事を本体視することは誤謬だという事です。

しかし現実に人間の心は入出力(様々な現象、言説)が発され、応答、反応が起こることが常です。それは観察されているのですが、事実が見られているというよりは象徴・イメ−ジ的に取り上げられ、大騒ぎを生み、前進しません。言語を使っての伝達が理解ではなく誤解、対立、抵抗になるさまを私たちは嫌というほど見ています。そこに太い単純な今への言説がまだ出ていない気がします。

>  すなわち、無意識的活動は条件づけられており、それは深層の「思考」であり、限られているのではないでしょうか。

深層の思考?

>
>
>
> > 確かに脳に電極を刺して電気刺激を与えられたりすれば、機械同然の反応が人間でも起きるでしょう。しかし気づいて何とかしようとする可能性も場合によってはあるかもしれない。――
>
>
>  気づいて何とかしようとする活動は、意識的・無意識的思考ではないでしょうか。

私は人類の群れの中の一人間として主体を持って生きようとしています。

>
>  >今は遺伝子編集もできる時代とかで、そちらの問題もありますが、乳幼児から子供の間の養育時期に、親から気遣いを十分に与えられなかった人は心にネガティブな気質を多く持つかもしれません。この方がより気になります。さらに、成人になるにつれて社会的影響も大きそうです。
>
>
>  表面的な、秩序・平和・安心のためには、気性が穏やかな人々に囲まれればよいのですが、クリシュナムルティはこの>乳幼児から子供の間の養育時期に、親から気遣いを十分に与えられなかった人は心にネガティブな気質を多く持つかもしれません。この方がより気になります。さらに、成人になるにつれて社会的影響も大きそうです−−、これを些事として扱っています。
>  すなわち、表面的な秩序・平和・安心よりも、根本的な変容を、ヒトの本質的な事柄として見ているのです。

根本的変容と言うだけではそれは象徴です。それでも一つの群れの中でそれは効果を上げてきました。しかし今は国家規模の群れ同士の争いが問題です。

>  もしも、それがなければ、ヒトは各個体において、遺伝子工学情報と脳内電気経路工学情報の二つのデータによって、再生(復元)できるのです。これは、最近のアメリカの研究です。しかも、この遺伝子工学とコンピュータ工学については、生前のクリシュナムルティは、とても重要な事柄として関心を示しています。
>
>  これが、時間の世界においては、ヒトは機械的な存在であるという意味です。
>
>
> > それで、この問題を個人の問題とするのでなく、人の群れの持つ問題として取り扱う必要、視点があると思います。教科書などと妙なことを言い出したのもここからなんですが、まず、問題をはっきりさせようと勉強しているわけです。心の象徴構造なんて、今度初めて知った言葉です。
>
>
>  はい。
>
>  その中では、無意識にも意識同様に光を当て、そして思考だけに頼らずに進む「教科書」であってほしいと願っています。
>
>  思考によるものは、過去に既に試され尽されているという事が、クリシュナムルティに見えた事実であるがゆえに。

そういう時、Kは無謬の象徴的権威になっていないか気になります。思考が試されつくされているだろうか?まだまだ低いレベルではい回っている段階みたいな気がする。思考自体が限定されているという事をKは言っていると思います。


[25303] 無題 投稿者:青空の慈悲 投稿日:2018/05/20(Sun) 17:44  

真の意味での成長とは、社会に適応することや理屈こねるのがうまくなることではなく‘深い欲動のままにいきれることである、本居宣長は、いみじくも言った。心を開けばみな源氏なり。      無意識は成長せず年をとらない。常夏の永遠の青年


[25302] 無題 投稿者:青空の慈悲 投稿日:2018/05/20(Sun) 14:01  

欲望レヴェルは社会性以前にある。常識と良識は社会性だ。しかし、良識は知覚にちかい。ただまだ神話であり共同幻想だ。社会への適応性をあたえてくれる む思考と思考が交互に来る。 知覚レヴェルではほとんど思考に依存しない。ただまだ他者に関しては、思考がいる、ただ、今や自在にむ思考に入り、また、思考をコントロールできる。知覚レヴェルにいくまでは、思考にコントロールされている、統一意識レヴェルでは思考は落ちる。英知ある思考すら必要ない。自他の区別が消える。


[25301] 無題 投稿者:青空の慈悲 投稿日:2018/05/20(Sun) 13:34  

9割の人は欲望レヴェル。常識と良識レヴェルのひとはおおくない。まして知覚と統一意識のひとは非常にすくない


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