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[24854] Re:[24853] [24852] [24851] [24847] [24840] [24836] [24832] 絶対的な価値 投稿者:ヨミ 投稿日:2017/12/08(Fri) 00:40  

> > > > > > > 美(例えば花の美しさ)の意味を子供時代に知るなら、これは高度の感覚?が備わったと言えるかもしれません。
> > > > > >
> > > > > > 美しさって何でしょうか。たしかに成長に従ってその感覚に気付いたり変化したりするように思えますが、条件付けなどではないような気がします。かといって音楽のように自然界には無かったはずのものに美を感じるのも不思議です。
> > > > >
> > > > >
> > > > > 美について何か言えるようになったら必ず書きます。でも今は書く力がありません。
> > > > > ただ、対象化した対象に美を感じていたのですが、その知覚をもたらしてくれるたまたまのぴったりの陽光と背景があることと、それを美しく感じる自分は何なのだろうと思いました。
> > > >
> > > > そうなんですね。ゴトさんでも。
> > > > 美を問うことは、生を問うくらいに深いものなのかもですね。
> > >
> > > 長らくお待たせしました。ようやく少し話せるようになりました。
> >
> > こちらこそ。ありがとうございます。
> >
> >
> > > 美というものは理性で論理的に判断するものとは違うのです。そうでなく感覚的なものであり、心に情動を引き起こすのです。感受されるものです。そして実用的有効性とは無縁のものです。花の美しさがわかる子供はすでに感受性が育ち始めているのでしょうね。音楽はより直接心の情感に働きかけます。それで形状性を持たないが美を伝えうるのでしょう。
> >
> > 感受性は育まれるものなんですね。美の感覚は思考のものでないなら、最初から備わっている、あるいはその種はあったんだと思いますが、たしかに子供の頃はあまり興味が無かった気がします。
>
> 感受性だけでなく、知性も、運動も言語もみんな人間の親とのやり取りの中で子供に育っていくものなんですね。もちろん言葉のわからないうちから親にかけられる言葉や身振り、まなざしすべてからの親の意の推理、そして自分の状況、欲求を伝える試み、受容から拒否、こういったところから心は育つのでしょうね。えらいこっちゃ。

そうですね。何も知らないところから、言葉を使えるようになっていくんですから凄いことです。


> > > ただ美は、思春期の異性関係の中で特別の様相を持って再発見されます。いかに古今の芸術家がこれに取り組んだかは誰でも知っています。当事者はすごいエネルギーで天上に舞い上がります。死も破滅も眼中になく。聖なる狂気と言われるのもわかります。そこに現れる本質を直視する人がその狂気を乗り越えるのですかねえ。
> >
> > 恋も備わっていたものですね。それが人生のある時期に現れてきます。それを考えますと、幼い頃は身体の成長の為に食べ物以外にはあまり興味が湧かないようになっているのかも知れないと思います。
>
> たぶん順番があるのでしょうね、すそ野が広がると好奇心が広がり、周囲に目敏く新奇なものを見つけて挑戦するし、いやでも向こうから押しかけてきたりしますから大変です。きちんとしたカリキュラムみたいに進めばいいですが、運命というのは何がやってくるかわからない。ここは一つの大きな問題かもしれません。

民族とか地域によって、成長の過程のある段階で皆一様に課せられるものなどがありますね。
現代社会、特に日本のように急激で大きな変化が無い社会では、様々な好奇心を引くものがあるのと引き換えに「こうでなくてはならない」という価値観が積み重なって押し寄せてきます。


> > > そこにおいて常に美は普遍性と永遠性を持って、真、善と並んでその超越性を表します。だがです。
> > >
> > > 《善と倫理がなければ我々は闘争によって互いに滅ぼしあう。しかし、美がなければ生の根本的な理由が枯死する。》『欲望論2』(竹田青嗣 2017 411)
> >
> > 何を善とするかという倫理は、暗に人の欲望に操作されて戦争に利用されてますね。たいていは自分が悪だと宣言して戦いを始めるわけではなく、本当に正義だと考えていたりします。でも噂では利益の為に戦争をけしかけたりする人間もいるとのことですね。
>
>
> そう、そう、理性が世の中を理想社会に導くと期待していたロマン的な時代は過ぎ去りました。理想とか理念の信用はがた落ちです。それはそれで、ささやかな幸福が次第にみんなの目に見えてくるのかどうか、どうなんでしょうね?

いや本当にどうなんでしょうね。それでも人々は世の中を何とかしようとするなら理想を掲げるしかないと考えているんじゃないでしょうか。夢と希望が必要だと。
一般に考えられている理性とは、欲望や怒りなどの感情を抑えることでしょう。「理性的であれ」は理解や洞察ではなくて抑圧の意味になってしまっています。


> > > Kが聖につい語るとき、必ず美を知らなければなりませんという話が先立ちます。真と善については欲望論1にあるので、読む気でいます。
> >
> > 愛と美は切り離せない、といいますか同根だったりもするのでしょうか。
> > 「欲望論1」面白いところがあれば、またご紹介下さい。
>
> 生の根本的な意味は何にかかっているのか? 美よりも私は愛とか聖という言葉がどちらかというと頭に登ります。これはどういう事を示しているのでしょうか?人間はどうも何か信じるものが欲しいのでしょうか。そしてそこへ結晶化して固着したいのか。

愛や聖と呼ばれるものが生の意味だとしたいと? 事実そうだと見極めるのではなくて、そうだと信じる方に流れてしまうということでしょうか。
一般的に人は「〜を信じれば救われる」などの信仰や、何とか論などの考え方の基盤とか、こうしていれば大丈夫だというものを求めるようですね。また、ナンバーワンだとかオンリーワンとか、自分の存在価値を高めたいというのもありますね。そこに生の意味を求めようとしている気がします。
でも実際のところ、あえて言う必要は無いかもですが、僕には生の意味が解りません。Kは「基底」を悟らなけらば「生に意味はない」みたいなことを言ってました。さて、このまま無意味で空しい生を続けるしかないのか、あがいていくか、それとも他に何かあるんでしょうか。


> Kの言っていることを分かりたいことが一つ。そして竹田氏が今までの哲学の総括を試み、新境地を明らかにするのを理解したいのがひとつ。まだまだ呆けてはいられません。

イエスの「求めなさい」は実際には「求め続けなさい」の意味があるそうです。常に、何時も、求め続けていくこと。なので結論など持たないってことですね。


[24853] Re:[24852] [24851] [24847] [24840] [24836] [24832] 絶対的な価値 投稿者:ゴト 投稿日:2017/12/05(Tue) 14:30  

> > > > > > 美(例えば花の美しさ)の意味を子供時代に知るなら、これは高度の感覚?が備わったと言えるかもしれません。
> > > > >
> > > > > 美しさって何でしょうか。たしかに成長に従ってその感覚に気付いたり変化したりするように思えますが、条件付けなどではないような気がします。かといって音楽のように自然界には無かったはずのものに美を感じるのも不思議です。
> > > >
> > > >
> > > > 美について何か言えるようになったら必ず書きます。でも今は書く力がありません。
> > > > ただ、対象化した対象に美を感じていたのですが、その知覚をもたらしてくれるたまたまのぴったりの陽光と背景があることと、それを美しく感じる自分は何なのだろうと思いました。
> > >
> > > そうなんですね。ゴトさんでも。
> > > 美を問うことは、生を問うくらいに深いものなのかもですね。
> >
> > 長らくお待たせしました。ようやく少し話せるようになりました。
>
> こちらこそ。ありがとうございます。
>
>
> > 美というものは理性で論理的に判断するものとは違うのです。そうでなく感覚的なものであり、心に情動を引き起こすのです。感受されるものです。そして実用的有効性とは無縁のものです。花の美しさがわかる子供はすでに感受性が育ち始めているのでしょうね。音楽はより直接心の情感に働きかけます。それで形状性を持たないが美を伝えうるのでしょう。
>
> 感受性は育まれるものなんですね。美の感覚は思考のものでないなら、最初から備わっている、あるいはその種はあったんだと思いますが、たしかに子供の頃はあまり興味が無かった気がします。

感受性だけでなく、知性も、運動も言語もみんな人間の親とのやり取りの中で子供に育っていくものなんですね。もちろん言葉のわからないうちから親にかけられる言葉や身振り、まなざしすべてからの親の意の推理、そして自分の状況、欲求を伝える試み、受容から拒否、こういったところから心は育つのでしょうね。えらいこっちゃ。


> > ただ美は、思春期の異性関係の中で特別の様相を持って再発見されます。いかに古今の芸術家がこれに取り組んだかは誰でも知っています。当事者はすごいエネルギーで天上に舞い上がります。死も破滅も眼中になく。聖なる狂気と言われるのもわかります。そこに現れる本質を直視する人がその狂気を乗り越えるのですかねえ。
>
> 恋も備わっていたものですね。それが人生のある時期に現れてきます。それを考えますと、幼い頃は身体の成長の為に食べ物以外にはあまり興味が湧かないようになっているのかも知れないと思います。

たぶん順番があるのでしょうね、すそ野が広がると好奇心が広がり、周囲に目敏く新奇なものを見つけて挑戦するし、いやでも向こうから押しかけてきたりしますから大変です。きちんとしたカリキュラムみたいに進めばいいですが、運命というのは何がやってくるかわからない。ここは一つの大きな問題かもしれません。


> > そこにおいて常に美は普遍性と永遠性を持って、真、善と並んでその超越性を表します。だがです。
> >
> > 《善と倫理がなければ我々は闘争によって互いに滅ぼしあう。しかし、美がなければ生の根本的な理由が枯死する。》『欲望論2』(竹田青嗣 2017 411)
>
> 何を善とするかという倫理は、暗に人の欲望に操作されて戦争に利用されてますね。たいていは自分が悪だと宣言して戦いを始めるわけではなく、本当に正義だと考えていたりします。でも噂では利益の為に戦争をけしかけたりする人間もいるとのことですね。


そう、そう、理性が世の中を理想社会に導くと期待していたロマン的な時代は過ぎ去りました。理想とか理念の信用はがた落ちです。それはそれで、ささやかな幸福が次第にみんなの目に見えてくるのかどうか、どうなんでしょうね?


> > Kが聖につい語るとき、必ず美を知らなければなりませんという話が先立ちます。真と善については欲望論1にあるので、読む気でいます。
>
> 愛と美は切り離せない、といいますか同根だったりもするのでしょうか。
> 「欲望論1」面白いところがあれば、またご紹介下さい。

生の根本的な意味は何にかかっているのか? 美よりも私は愛とか聖という言葉がどちらかというと頭に登ります。これはどういう事を示しているのでしょうか?人間はどうも何か信じるものが欲しいのでしょうか。そしてそこへ結晶化して固着したいのか。

Kの言っていることを分かりたいことが一つ。そして竹田氏が今までの哲学の総括を試み、新境地を明らかにするのを理解したいのがひとつ。まだまだ呆けてはいられません。


[24852] Re:[24851] [24847] [24840] [24836] [24832] 絶対的な価値 投稿者:ヨミ 投稿日:2017/12/05(Tue) 08:18  

> > > > > 美(例えば花の美しさ)の意味を子供時代に知るなら、これは高度の感覚?が備わったと言えるかもしれません。
> > > >
> > > > 美しさって何でしょうか。たしかに成長に従ってその感覚に気付いたり変化したりするように思えますが、条件付けなどではないような気がします。かといって音楽のように自然界には無かったはずのものに美を感じるのも不思議です。
> > >
> > >
> > > 美について何か言えるようになったら必ず書きます。でも今は書く力がありません。
> > > ただ、対象化した対象に美を感じていたのですが、その知覚をもたらしてくれるたまたまのぴったりの陽光と背景があることと、それを美しく感じる自分は何なのだろうと思いました。
> >
> > そうなんですね。ゴトさんでも。
> > 美を問うことは、生を問うくらいに深いものなのかもですね。
>
> 長らくお待たせしました。ようやく少し話せるようになりました。

こちらこそ。ありがとうございます。


> 美というものは理性で論理的に判断するものとは違うのです。そうでなく感覚的なものであり、心に情動を引き起こすのです。感受されるものです。そして実用的有効性とは無縁のものです。花の美しさがわかる子供はすでに感受性が育ち始めているのでしょうね。音楽はより直接心の情感に働きかけます。それで形状性を持たないが美を伝えうるのでしょう。

感受性は育まれるものなんですね。美の感覚は思考のものでないなら、最初から備わっている、あるいはその種はあったんだと思いますが、たしかに子供の頃はあまり興味が無かった気がします。


> ただ美は、思春期の異性関係の中で特別の様相を持って再発見されます。いかに古今の芸術家がこれに取り組んだかは誰でも知っています。当事者はすごいエネルギーで天上に舞い上がります。死も破滅も眼中になく。聖なる狂気と言われるのもわかります。そこに現れる本質を直視する人がその狂気を乗り越えるのですかねえ。

恋も備わっていたものですね。それが人生のある時期に現れてきます。それを考えますと、幼い頃は身体の成長の為に食べ物以外にはあまり興味が湧かないようになっているのかも知れないと思います。


> そこにおいて常に美は普遍性と永遠性を持って、真、善と並んでその超越性を表します。だがです。
>
> 《善と倫理がなければ我々は闘争によって互いに滅ぼしあう。しかし、美がなければ生の根本的な理由が枯死する。》『欲望論2』(竹田青嗣 2017 411)

何を善とするかという倫理は、暗に人の欲望に操作されて戦争に利用されてますね。たいていは自分が悪だと宣言して戦いを始めるわけではなく、本当に正義だと考えていたりします。でも噂では利益の為に戦争をけしかけたりする人間もいるとのことですね。


> Kが聖につい語るとき、必ず美を知らなければなりませんという話が先立ちます。真と善については欲望論1にあるので、読む気でいます。

愛と美は切り離せない、といいますか同根だったりもするのでしょうか。
「欲望論1」面白いところがあれば、またご紹介下さい。


[24851] Re:[24847] [24840] [24836] [24832] 絶対的な価値 投稿者:ゴト 投稿日:2017/12/02(Sat) 11:37  

> > > > 美(例えば花の美しさ)の意味を子供時代に知るなら、これは高度の感覚?が備わったと言えるかもしれません。
> > >
> > > 美しさって何でしょうか。たしかに成長に従ってその感覚に気付いたり変化したりするように思えますが、条件付けなどではないような気がします。かといって音楽のように自然界には無かったはずのものに美を感じるのも不思議です。
> >
> >
> > 美について何か言えるようになったら必ず書きます。でも今は書く力がありません。
> > ただ、対象化した対象に美を感じていたのですが、その知覚をもたらしてくれるたまたまのぴったりの陽光と背景があることと、それを美しく感じる自分は何なのだろうと思いました。
>
> そうなんですね。ゴトさんでも。
> 美を問うことは、生を問うくらいに深いものなのかもですね。

長らくお待たせしました。ようやく少し話せるようになりました。

美というものは理性で論理的に判断するものとは違うのです。そうでなく感覚的なものであり、心に情動を引き起こすのです。感受されるものです。そして実用的有効性とは無縁のものです。花の美しさがわかる子供はすでに感受性が育ち始めているのでしょうね。音楽はより直接心の情感に働きかけます。それで形状性を持たないが美を伝えうるのでしょう。

ただ美は、思春期の異性関係の中で特別の様相を持って再発見されます。いかに古今の芸術家がこれに取り組んだかは誰でも知っています。当事者はすごいエネルギーで天上に舞い上がります。死も破滅も眼中になく。聖なる狂気と言われるのもわかります。そこに現れる本質を直視する人がその狂気を乗り越えるのですかねえ。

そこにおいて常に美は普遍性と永遠性を持って、真、善と並んでその超越性を表します。だがです。

《善と倫理がなければ我々は闘争によって互いに滅ぼしあう。しかし、美がなければ生の根本的な理由が枯死する。》『欲望論2』(竹田青嗣 2017 411)

Kが聖につい語るとき、必ず美を知らなければなりませんという話が先立ちます。真と善については欲望論1にあるので、読む気でいます。


[24850] Re:[24849] [24848] [24846] 俗悪な結婚制度 投稿者:ゴト 投稿日:2017/11/30(Thu) 18:46  

> > > 結婚制度は俗悪だ。
> > >
> > > 男女の真実の愛なんてものはない。
> > >
> >
> > 男女の同棲の実践が先にあり、制度が後を追っかけるのでしょう。いろいろな思惑を持ちながら。
> >
> > 実践の真の自由を妨げるようになった制度は必ず廃れる、廃止されるでしょう。
> >
> > 真実の愛! 愛はその信頼を謳う 狡猾なその偽物でさえも ですね。
> >
> > 真、善、美は哲学が根本義として問わねばならぬものであったはずだが、今どうなっているか? それを調べています。
>
>
> 私は事実に基づいて生きたい。

はい。事実を見ての直覚的理解(洞察)から生きる。

> 例えばドラッグ。これは客観的に悪いものだというのが事実だが私は昔それを疑った。それで、確かに今体験をもってそれが事実だとわかった。ドラッグが悪いものだという喧伝は古い宗教の教義と同じである。つまり信念の形成。それに反発してその信念を疑ってみた。
>
> テレビやラジオ等が自分たちも逃避の一手段に過ぎないといっていたならば、或いは私はドラッグもそのようなものかと思ったかもしれない。しかし、現実は自分たちのことは厚顔無知で悪者を作り出すことばかりに忙しいメディアをどこまで信じればいいのか疑問である。

メディアの流すものは、ほとんどが混とんそのもののように思います。ただほんの時たま美に気づくように、メディアの中にもきらりと光るものは稀にあります。

> 教師や親にしてもしかりである。自分たちは条件付けの産物であることに気づきもしない。それでいて、独善的に悪いものを避けよと教え込む。その教師や親はCM、国会を見て買い物、国家主義・共産主義に忙しいばかりである。

教師や親は権威的にふるまうのが好きな人がありますが、冗句でも言って何とか仲いい関係性を創ることができるといいですね。相手も不安の気持ちを持っているからほぐす方に。だが相手もさるもので一筋縄にはいかないのですが。
親とのんびり世間話をするのは難しいですが、相手もそれを望んでいます。


[24849] Re:[24848] [24846] 俗悪な結婚制度 投稿者:南方 投稿日:2017/11/30(Thu) 16:39  

> > 結婚制度は俗悪だ。
> >
> > 男女の真実の愛なんてものはない。
> >
>
> 男女の同棲の実践が先にあり、制度が後を追っかけるのでしょう。いろいろな思惑を持ちながら。
>
> 実践の真の自由を妨げるようになった制度は必ず廃れる、廃止されるでしょう。
>
> 真実の愛! 愛はその信頼を謳う 狡猾なその偽物でさえも ですね。
>
> 真、善、美は哲学が根本義として問わねばならぬものであったはずだが、今どうなっているか? それを調べています。


私は事実に基づいて生きたい。

例えばドラッグ。これは客観的に悪いものだというのが事実だが私は昔それを疑った。それで、確かに今体験をもってそれが事実だとわかった。ドラッグが悪いものだという喧伝は古い宗教の教義と同じである。つまり信念の形成。それに反発してその信念を疑ってみた。

テレビやラジオ等が自分たちも逃避の一手段に過ぎないといっていたならば、或いは私はドラッグもそのようなものかと思ったかもしれない。しかし、現実は自分たちのことは厚顔無知で悪者を作り出すことばかりに忙しいメディアをどこまで信じればいいのか疑問である。

教師や親にしてもしかりである。自分たちは条件付けの産物であることに気づきもしない。それでいて、独善的に悪いものを避けよと教え込む。その教師や親はCM、国会を見て買い物、国家主義・共産主義に忙しいばかりである。




[24848] Re:[24846] 俗悪な結婚制度 投稿者:ゴト 投稿日:2017/11/28(Tue) 00:14  

> 結婚制度は俗悪だ。
>
> 男女の真実の愛なんてものはない。
>

男女の同棲の実践が先にあり、制度が後を追っかけるのでしょう。いろいろな思惑を持ちながら。

実践の真の自由を妨げるようになった制度は必ず廃れる、廃止されるでしょう。

真実の愛! 愛はその信頼を謳う 狡猾なその偽物でさえも ですね。

真、善、美は哲学が根本義として問わねばならぬものであったはずだが、今どうなっているか? それを調べています。


[24847] Re:[24840] [24836] [24832] 絶対的な価値 投稿者:ヨミ 投稿日:2017/11/27(Mon) 22:39  

> > > 美(例えば花の美しさ)の意味を子供時代に知るなら、これは高度の感覚?が備わったと言えるかもしれません。
> >
> > 美しさって何でしょうか。たしかに成長に従ってその感覚に気付いたり変化したりするように思えますが、条件付けなどではないような気がします。かといって音楽のように自然界には無かったはずのものに美を感じるのも不思議です。
>
>
> 美について何か言えるようになったら必ず書きます。でも今は書く力がありません。
> ただ、対象化した対象に美を感じていたのですが、その知覚をもたらしてくれるたまたまのぴったりの陽光と背景があることと、それを美しく感じる自分は何なのだろうと思いました。

そうなんですね。ゴトさんでも。
美を問うことは、生を問うくらいに深いものなのかもですね。


[24846] 俗悪な結婚制度 投稿者:南方 投稿日:2017/11/27(Mon) 17:31  

結婚制度は俗悪だ。

男女の真実の愛なんてものはない。




[24845] Re:[24836] [24832] 絶対的な価値 投稿者:外野席 投稿日:2017/11/27(Mon) 15:54  

> > 美(例えば花の美しさ)の意味を子供時代に知るなら、これは高度の感覚?が備わったと言えるかもしれません。
>
> 美しさって何でしょうか。たしかに成長に従ってその感覚に気付いたり変化したりするように思えますが、条件付けなどではないような気がします。かといって音楽のように自然界には無かったはずのものに美を感じるのも不思議です。
 
 初めまして
 美しさって何か? と思考で論じるべきものなのだろうか。
ただ「感じる」だけでは。 
 条件付けは思考の領域ですが、知覚は無関係です。
 美的感覚というのは思考と共に
人間だけに当たらられた特権でしす。ここに人間と動物の大きな違いがあります。動物そのものには美醜はありません。


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