雑感
[トップに戻る] [留意事項] [ワード検索] [管理用]
おなまえ
Eメール メールアドレスは入力禁止
タイトル
コメント 【コメント中のURLは先頭のhを抜いて書き込んで下さい。】
コメント中には参照先URLと同じURLを書き込まないで下さい
参照先
暗証キー (記事メンテ用)

[26125] 周囲の反応 投稿者:南方 投稿日:2018/10/24(Wed) 18:59  

周りの人達はどうやら私のことを暗い人だと思ってるらしい。私はただ穏やかなだけなのに。
私から見ると周囲の人の狂騒さの方が異常に見えるが。


[26124] 既知からの自由15−1 投稿者:ゴト 投稿日:2018/10/24(Wed) 17:00  

15章−1 [経験]

私達はみなある種の経験 ― 神秘的経験、宗教的経験、性的な経験、多くの金、力、地位、支配力を持つという経験を望んでいます。歳をとるにつれて肉体的な欲望と手を切るかもしれませんが、より広く、深く、より意義深い経験を要求し、そしてそれを得るために様々な手段を試みます ― 例えば、意識の拡張や、それはかなりの技術です、あるいは種々のドラッグを用いるとか。これは太古から存在した古い手口です ― 脳細胞の組織に一時的な変化をもたらし、真の実在の見せかけを与える一層の感受性と高められた知覚を引き起こすため、一枚の葉をかんだり、最新の薬を試してみたりします。このより一層の経験への要求は人間の内面の貧困を示します。私達は経験を通して自分自身から逃れることができると考えますが、これらの経験はあるがままの私達によって条件付けられているのです。心が貧弱で、嫉妬深く、不安なら、最新型の薬を用いようが心はなおそれ自体のつくった小さなもの、それ自体の条件づけられた背景からのそれ自体の小さな投影を見るだけでしょう。

 たいてい私達は、思考によって壊されない、完全に満足できる永続的な経験を要求します。それゆえこの経験への要求の背後には満足を求める欲望があり、そして満足を求める要求は経験を指図します。従って私達は満足についての一切の事柄だけでなく、経験された物事についてもまた理解しなければなりません。ある大きな満足を得ることは大きな快楽です。経験がより永続し、深く広いほど、ますます楽しく、そこで快楽は私達の要求する満足の形を指令します。快楽は私達が経験を測る尺度なのです。測ることのできるものは何であれ思考の限界内にあり、幻想をつくり勝ちです。驚くべき経験をすることが出来ますがしかしなお完全にだまされやすいのです。あなたは不可避的に自分の条件付けにしたがって幻影を見るでしょう。キリストや仏陀やあなたがたまたま信じる誰かを見るでしょうし、あなたが偉大な信者であればあるほどあなたの幻影、自分自身の要求と衝動の投影はより強いでしょう。

 従って何が真実かというような根本的なにかを求める際に、もし快楽が尺度なら、あなたは既に経験が何であるかを投影してしまっており、それゆえそれはもはや確かなものではありません。


 経験とはどういう意味でしょうか? 経験の中に何か新しいもの、あるいは初めてのものがあるでしょうか? 経験は挑戦に反応している記憶の束であり、自分の背景にしたがってのみ反応することができます。そして経験を解釈するに際してあなたが利口であればあるほど、経験はより一層反応します。それゆえ他人の経験だけでなく自分自身の経験を問わなければなりません。経験を認知しないならそれは全く経験ではありません。あらゆる経験はすでに経験されたものであり、さもなければそれを認識したりしないでしょう。あなたは自分の条件付けに従って、経験を良い、悪い、美しい、神聖などと認識しており、従って経験の認識は必ず古いに違いありません。


 私達が真の実在の経験を要求するとき ― 私達皆がする様に、しませんか? ― それを経験するためにはそれを知らねばならず、それを認識する瞬間既に私達はそれを投影してしまっており、従ってそれは実在ではありません。なぜならそれはなお思考と時間の領域内にあるからです。思考が真の実在について考えることができるなら、それは真の実在ではあり得ません。私達は新しい経験を認識できません。それは不可能です。私達は既に知ったものだけを認識するのであり、従って新しい体験をしたというときそれは全く新しくはありません。種々の幻覚剤によって行われている様に、意識の拡張によってより一層の経験を求めることは、なお意識の領域内にあり、それゆえ非常に限られています。

 そこで私達は根本的真理を見出しました。それはより広い、より深い経験を求め切望している心は、常にその記憶と共に生きているので、非常に狭い鈍い心であるということです。

(続く)


[26123] Re:[26121] 無意識について 投稿者:ゴト 投稿日:2018/10/24(Wed) 12:31  

> > > ここまではいいです。問題は次
> > >
> > >
> > > >(実は無意識部分もちゃんと身構えているのですが今は除きます)。
> > >
> > > あなたは「無意識」と言う言葉をどのような意味で使っているのか?
> > > 地震が起きた時、実は無意識部分が身構えていると、言われますが、そんなことはありえません。
> > >
> > > 地震の予知能力があると言われる小動物たちは、地震をいち早く察知して逃げ出すことはありますが、人間はそういう能力はありません。
> > > 地震は突然やってくる。無意識部分が身構えることはありえない。
> >
> > 地震は揺れで気づくだけではありません、地鳴りの近づく形で予知というか知覚できます。
>
>  あなたは地震を予知できるのですか?これは驚いた。
>  地震を予知する人間なんて聞いたことがない。
>  いいですか。小動物たちは超短波能力があるから、かすかな音でも聞こえるのです。
>
> >南海大地震で知りました。
>
> 南海大地震?いつの話。

終戦のころ。

> > その後一度だけ散歩中に地鳴りのような、遠くを電車が走っているのかわからない知覚がありました。
>
>
> それはあなたの体験ですか。3・11?

私の体験ですが、3・11とは関係ない。

> > すぐ立ち止まって聞いたのですがわかりません。しかしどうも違うようだと思って、散歩に戻ろうとしましたが、体はまだ聞いています。それでそのままにしていたらやっと動き出しました。無意識部分は意識部分より、事によっては慎重ですね。

> 知覚は無意識部分にはより早く伝わるようです。
>
> あなたの無意識って何ですか?
>
> >意識部分には少し遅れる。意識化に暇がかかるのかな?

動物は意識に言語化が人間と違ってほとんどない。私の言う無意識は旧皮質というのか言葉を使わない動物脳みたいな意識部分。スポーツとかは言葉抜きの脳あるいは意識で反応する。浮きが動くのを意識的に当たりと認識するようでは釣れない。それを無意識と私は言っている。


[26122] Re:[26120] [26118] [26116] 愛のエネルギー 投稿者:ゴト 投稿日:2018/10/24(Wed) 11:00  

> > > どうも、あなたの「見ている状態」というのは、私たちがやっている「見ている状態」と違うようですね。
> > > ひょっとすると、あなたのいう「見ている状態」というのは「ミニ悟り」ですか?
> > > だとすると、あなたと初めから話があわないことになる。
> >
> > はい。私の言っている「見る」はミニ悟りです。観察者、あるいは思考者のいない見るです。判断のない見るです。
>
> ようするに、あなたは「ミニ悟り」を求めている。
> つまり、いまだそれが実現していない。

いいえ、ミニ悟りは実現しています。求めていません。
>
> これで、新しい芽氏の
> 「どのように気づいているか」
> というスタンスの違いがはっきりしました。

新しい芽氏のどのように気づいているかは、非難正当化なしにとか、判断なしに、比較なしに等々という事であると私は受け取っています。

> > 私はKの言う愛も、対象のない美も、これらと同じような沈黙も知りません。自分の中で働いてもいるかどうかわからないのです。
>
> わからないということは、いまだ実現していない。
> あなたのいう「ミニ悟り」がです。ようするに手探り状態。
> >
> >
>
> > > Kの記述の中で、強烈な気づきとありますが、これこそ愛感謝のエネルギーではないですか。
> >
> > いとも簡単におっしゃるが、私には気づきにしろ何にしろそれが何かのエネルギーで推進されている事はわかっても、何のエネルギーかはわからないのです。内にエネルギーがあるとわかっても。
>
> 何のエネルギーがわからない?
> あなたのいう「見ている状態」というのは、結局のところ、想像の領域にすぎないと言うことですか。

いいえ、実物であると言えます。

> > > その強烈なエネルギーは、南方さんが、言われるように、そのエネルギーは心理的思考を瞬時に消し去ってしまいます。
> > > 体験すればわかるのではないですか?

見るに入った時、すでに心理思考の枠外にいるので心理的思考がつまり、怒りや嫌いという事はそれが目の前にあって動いていても自分が繰り出しているわけではありません、それは体験しています。しかしそのエネルギが愛のエネルギーとか名前のついた色や旗を持っているわけではないので、ただエネルギーであるという事しかわかりません。
> >
> > 私にはエネルギーが一掃してくれるというよりは心理的思考の領域から出て見ており、起こることが瞬時瞬時よくわかるという感じでいます。これが全体的理解であり、自己の心理的中心の機構(ソフト?)を崩壊させるのだろうと推測しています。
>  推測ですか。
>  見ることそのものがエネルギーではないですか。そこには思考の居場所はありません。

そのエネルギーは何という名前で、それはどうしてわかりますか?

>  瞬時瞬時、起きてくる思考を、「ただ」見つめていればおのずと消えていくだけです。

今何か、たとえば怒りの思考があるとしましょう。それは断続的に何十分続くかわかりませんが、見続ければ終わります。それはもうその種のことで怒ることはないという事です。マラソンの時並んで走っていたものが次々に視界から消え見えなくなるように消え方に差異があるにしてもその種の怒りが滑稽であるとわかればそれは終わります。

>  それで、ただ「気づく」ということではなく、どのように気づいているが、問題になってくるわけです。
>  私には「ミニ悟り」など関係ありません。それを実現するより、どのように気づくかです。それは即座です。
>  「ミニ悟り」は時間がかるでしょう。

ミニ悟り一件についていえばそれは即時のものです。しかしそれが長い間蓄積されてものであれば、全部が向こうから語られるのには多少時間がかかります。



[26121] 無意識について 投稿者:無名 投稿日:2018/10/24(Wed) 10:42  

> > ここまではいいです。問題は次
> >
> >
> > >(実は無意識部分もちゃんと身構えているのですが今は除きます)。
> >
> > あなたは「無意識」と言う言葉をどのような意味で使っているのか?
> > 地震が起きた時、実は無意識部分が身構えていると、言われますが、そんなことはありえません。
> >
> > 地震の予知能力があると言われる小動物たちは、地震をいち早く察知して逃げ出すことはありますが、人間はそういう能力はありません。
> > 地震は突然やってくる。無意識部分が身構えることはありえない。
>
> 地震は揺れで気づくだけではありません、地鳴りの近づく形で予知というか知覚できます。

 あなたは地震を予知できるのですか?これは驚いた。
 地震を予知する人間なんて聞いたことがない。
 いいですか。小動物たちは超短波能力があるから、かすかな音でも聞こえるのです。

>南海大地震で知りました。

南海大地震?いつの話。
>
> その後一度だけ散歩中に地鳴りのような、遠くを電車が走っているのかわからない知覚がありました。


それはあなたの体験ですか。3・11?

> すぐ立ち止まって聞いたのですがわかりません。しかしどうも違うようだと思って、散歩に戻ろうとしましたが、体はまだ聞いています。それでそのままにしていたらやっと動き出しました。無意識部分は意識部分より、事によっては慎重ですね。
>
 音を聞いたりするのは五感といわれる感覚器官です。「無意識」といわれるのではありません。
 無意識では音は聞けません。
 当たり前ですが。
 動物は、野生で生きていくために、五感が発達しています。
 臭覚など人間の数十倍。視覚、聴覚も半端ではなおききしますが 、
 もう一度お聞きしますが、無意識で音が聞けますか。
 気絶したら何も聞こえません。寝ててもです。 

> > 道を歩いているとき、向こうからやってくる自転車を避けるのとは違う。危険を察知するのは知覚が確認するからわかるわけです。

 それは人間が本来持っている自己防衛本能。危険を感じたらとっさに身を守る。
>
> 知覚は無意識部分にはより早く伝わるようです。

あなたの無意識って何ですか?

>意識部分には少し遅れる。意識化に暇がかかるのかな?

>何か勘違いしていませんか。

知覚は即座ですよ。向こうから自転車がきたとき、考え事して歩いていたらぶつかったちゃうよ。
最近、スマホをのりながら自転車にのるやつがいる。気を付けた方がいいです。

>私は釣りに行くときでも無意識部分というか身体全体の感じを見て、少しでも引っかかればやめるつもりでいます。

それは体の感覚でしょう。体調の問題。もしよくなければいかなくてもいいです。

一般で使う「無意識」というのは、文字どうり、意識が「ない」ということです。外界と肉体をつなぐものが遮断された状態。ですから、その状態だと、いくら音がして。聞こえない状態です。睡眠はもちろん、気を失った状態、失神の状態。脳震盪。それを普通「無意識」と呼んでいる。いわば覚醒していない。
あと、医者が使う言葉で、意識がありません、というのは命があれた状態をいいます。
習慣として、何かやってしまうことを、無意識でやってしまう。つまりよく考えないでやる。
人間というのは毎日の生活様式として、脳にインプットされてい。つまりいちいち考えてやっていない。

それと心理学用語で、潜在意識とか深層意識とか言葉が出てきます。過去の起きたことが無意識に刻み込まれている。
この件はあとで。



[26120] Re:[26118] [26116] 愛のエネルギー 投稿者:無名 投稿日:2018/10/24(Wed) 10:08  


> > どうも、あなたの「見ている状態」というのは、私たちがやっている「見ている状態」と違うようですね。
> > ひょっとすると、あなたのいう「見ている状態」というのは「ミニ悟り」ですか?
> > だとすると、あなたと初めから話があわないことになる。
>
> はい。私の言っている「見る」はミニ悟りです。観察者、あるいは思考者のいない見るです。判断のない見るです。

ようするに、あなたは「ミニ悟り」を求めている。
つまり、いまだそれが実現していない。

これで、新しい芽氏の
「どのように気づいているか」
というスタンスの違いがはっきりしました。

> 私はKの言う愛も、対象のない美も、これらと同じような沈黙も知りません。自分の中で働いてもいるかどうかわからないのです。

わからないということは、いまだ実現していない。
あなたのいう「ミニ悟り」がです。ようするに手探り状態。
>
>

> > Kの記述の中で、強烈な気づきとありますが、これこそ愛感謝のエネルギーではないですか。
>
> いとも簡単におっしゃるが、私には気づきにしろ何にしろそれが何かのエネルギーで推進されている事はわかっても、何のエネルギーかはわからないのです。内にエネルギーがあるとわかっても。

何のエネルギーがわからない?
あなたのいう「見ている状態」というのは、結局のところ、想像の領域にすぎないと言うことですか。
>
> > その強烈なエネルギーは、南方さんが、言われるように、そのエネルギーは心理的思考を瞬時に消し去ってしまいます。
> > 体験すればわかるのではないですか?
>
> 私にはエネルギーが一掃してくれるというよりは心理的思考の領域から出て見ており、起こることが瞬時瞬時よくわかるという感じでいます。これが全体的理解であり、自己の心理的中心の機構(ソフト?)を崩壊させるのだろうと推測しています。
 推測ですか。
 見ることそのものがエネルギーではないですか。そこには思考の居場所はありません。
 瞬時瞬時、起きてくる思考を、「ただ」見つめていればおのずと消えていくだけです。
 それで、ただ「気づく」ということではなく、どのように気づいているが、問題になってくるわけです。
 私には「ミニ悟り」など関係ありません。それを実現するより、どのように気づくかです。それは即座です。
 「ミニ悟り」は時間がかるでしょう。



[26119] Re:[26114] 無題 投稿者:ゴト 投稿日:2018/10/24(Wed) 09:41  

> >いえ、書くのが遅れましたが、いやな思考が起こるたびに、それを嫌だともだえるのではなく、ただ見ることはその種の心理的思考の言わば癖というか、造られたソフトを一つ一つ消している気がします。一度起きだすと進行は早い気がします。
>
>
>  とても貴重なお話。とても参考になりました。
>
>  ありがとうございます。
>
>
> 宮啓、何で礼を言うの?
> 関係ないでしょう。
> これはゴトさんと南方さんの対話です。
> おかしいな。
> 南方さんにならって、ゴトさんと疑問点を出して話し合ったらどうですか?
> オタクは見ることはが出来ないんだから。まいったね。この人は。


宮啓さんは対話のすんだあとで自分の所感を述べてくれました。何の問題もないと思いますが。
どこに関心を感じたかがわかるだけでもうれしいものです。


[26118] Re:[26116] 愛のエネルギー 投稿者:ゴト 投稿日:2018/10/24(Wed) 09:33  

> >いつもハートの愛のエネルギーが頭の自我を見守っている。これさえあれば私は生きていける、そう思えます。それが見ると微妙に繋がっている線でしょうか。
>
> 南方さんはすでに、クリシュナムルティの言ってることに理解されているようです。
> クリシュナムルティの言っていることは、結局は愛です。見る、理解、沈黙というのも、全て同じ意味。
> (ここでいう愛は、世俗的に使われる愛でないことは言うまでもありません。
>
> >いつもハートの愛のエネルギーに見守られている・・・。私はハートの愛のエネルギーという感じはわからないのですが、見ている状態にすこしはいったところにいます。
>
> ?
> わからない?ゴトさんからそういわれるのは不思議です。
> 気づきを実践しているなら、とっくに愛の境地に至っていると思いました。
> 見ている状態に、少し入った?
> というのもわからない。
>
> どうも、あなたの「見ている状態」というのは、私たちがやっている「見ている状態」と違うようですね。
> ひょっとすると、あなたのいう「見ている状態」というのは「ミニ悟り」ですか?
> だとすると、あなたと初めから話があわないことになる。

はい。私の言っている「見る」はミニ悟りです。観察者、あるいは思考者のいない見るです。判断のない見るです。
私はKの言う愛も、対象のない美も、これらと同じような沈黙も知りません。自分の中で働いてもいるかどうかわからないのです。


> > 大変よい対話をさせていたただいて有難うございました。、
>
> もう終わりですか。
>
> Kの記述の中で、強烈な気づきとありますが、これこそ愛感謝のエネルギーではないですか。

いとも簡単におっしゃるが、私には気づきにしろ何にしろそれが何かのエネルギーで推進されている事はわかっても、何のエネルギーかはわからないのです。内にエネルギーがあるとわかっても。

> その強烈なエネルギーは、南方さんが、言われるように、そのエネルギーは心理的思考を瞬時に消し去ってしまいます。
> 体験すればわかるのではないですか?

私にはエネルギーが一掃してくれるというよりは心理的思考の領域から出て見ており、起こることが瞬時瞬時よくわかるという感じでいます。これが全体的理解であり、自己の心理的中心の機構(ソフト?)を崩壊させるのだろうと推測しています。


[26117] Re:[26115] 無題 投稿者:ゴト 投稿日:2018/10/24(Wed) 08:41  

> ここまではいいです。問題は次
>
>
> >(実は無意識部分もちゃんと身構えているのですが今は除きます)。
>
> あなたは「無意識」と言う言葉をどのような意味で使っているのか?
> 地震が起きた時、実は無意識部分が身構えていると、言われますが、そんなことはありえません。
>
> 地震の予知能力があると言われる小動物たちは、地震をいち早く察知して逃げ出すことはありますが、人間はそういう能力はありません。
> 地震は突然やってくる。無意識部分が身構えることはありえない。

地震は揺れで気づくだけではありません、地鳴りの近づく形で予知というか知覚できます。南海大地震で知りました。

その後一度だけ散歩中に地鳴りのような、遠くを電車が走っているのかわからない知覚がありました。
すぐ立ち止まって聞いたのですがわかりません。しかしどうも違うようだと思って、散歩に戻ろうとしましたが、体はまだ聞いています。それでそのままにしていたらやっと動き出しました。無意識部分は意識部分より、事によっては慎重ですね。

> 道を歩いているとき、向こうからやってくる自転車を避けるのとは違う。危険を察知するのは知覚が確認するからわかるわけです。

知覚は無意識部分にはより早く伝わるようです。意識部分には少し遅れる。意識化に暇がかかるのかな? 私は釣りに行くときでも無意識部分というか身体全体の感じを見て、少しでも引っかかればやめるつもりでいます。


[26116] 愛のエネルギー 投稿者:無明 投稿日:2018/10/24(Wed) 08:27  

>いつもハートの愛のエネルギーが頭の自我を見守っている。これさえあれば私は生きていける、そう思えます。それが見ると微妙に繋がっている線でしょうか。

南方さんはすでに、クリシュナムルティの言ってることに理解されているようです。
クリシュナムルティの言っていることは、結局は愛です。見る、理解、沈黙というのも、全て同じ意味。
(ここでいう愛は、世俗的に使われる愛でないことは言うまでもありません。

>いつもハートの愛のエネルギーに見守られている・・・。私はハートの愛のエネルギーという感じはわからないのですが、見ている状態にすこしはいったところにいます。


わからない?ゴトさんからそういわれるのは不思議です。
気づきを実践しているなら、とっくに愛の境地に至っていると思いました。
見ている状態に、少し入った?
というのもわからない。

どうも、あなたの「見ている状態」というのは、私たちがやっている「見ている状態」と違うようですね。
ひょっとすると、あなたのいう「見ている状態」というのは「ミニ悟り」ですか?
だとすると、あなたと初めから話があわないことになる。


> 大変よい対話をさせていたただいて有難うございました。、

もう終わりですか。

Kの記述の中で、強烈な気づきとありますが、これこそ愛感謝のエネルギーではないですか。
その強烈なエネルギーは、南方さんが、言われるように、そのエネルギーは心理的思考を瞬時に消し去ってしまいます。
体験すればわかるのではないですか?



[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11] [12] [13] [14] [15] [16] [17] [18] [19] [20] [21] [22] [23] [24] [25] [26] [27] [28] [29] [30] [31] [32] [33] [34] [35] [36] [37] [38] [39] [40] [41] [42] [43] [44] [45] [46] [47] [48] [49] [50] [51] [52] [53] [54] [55] [56] [57] [58] [59] [60] [61] [62] [63] [64] [65] [66] [67] [68] [69] [70] [71] [72] [73] [74] [75] [76] [77] [78] [79] [80] [81] [82] [83] [84] [85] [86] [87] [88] [89] [90] [91] [92] [93] [94] [95] [96] [97] [98] [99] [100]

処理 記事No 暗証キー
- LightBoard - Modified by isso