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[25260] Re:[25259] [25258] [25257] [25256] [25255] 予備討論 投稿者:宮啓 投稿日:2018/04/26(Thu) 21:40  

> > > ウーム、クリシュナムルティのソフトには誰も気づかない…、方法もないし、やるのは自分ですという事で、答えは何も書かれていない…(ため息)というところですか。
> >
> >
> >  しかも、頭脳プレーは障害になる旨が『真理の探究(「Impossible Question」)』でクリシュナムルティによって述べられています。
> >  この文面を見て、デビット・ボームは頭脳明晰ゆえに、それ以上進めない壁があったのかもしれない・・などと思っていたことを覚えています。
>
> そうですね。思考は物理学や工業の上には着実な進歩を遂げています。確かに公害など初期はひどい状況でした。それは人災の面もありましたが、よくなるのは測定器の良いものが開発されることが大きいようです。測定結果がオープンになると人の意識も改良へのスピードも上がるようです。理解が進むのでしょうね。
>  人文分野でなぜ思考が役立たないかというと測定器を通しての理解がない分野だからかな。この分野では何が人の理解を進めるのだろう?様々な相反する意見がいっぱい出ても理解ができるわけがない。誰が見てもこれが本当だとわかるとはどういう時に起こるのだろう?
>
>
> > > 私の書いた「心の形成」は、人間のあるがままの喜怒哀楽の状態にいかに達したかという意味では、まあ、わかります。そして生育環境の差で、のびのびと発達する子もいるし、不安、ネガティヴな感情を形成するようにもなるでしょう。その分散の度合いは広がる一方でしょうか。
> >
> >
> >  ゴトさんが子どもの頃(戦前)もその分散は広がっていたように思うのですが・・。
>
> 子供というものは概して昔も今もですがのんびりと無邪気な一面があります。何か特別な体験を持った人が変わるようです。 しかしわかりませんね。親のコピーみたいのができるのではかなわんと思っていましたが、そんな心配な見当はずれでした。
>
> > > そうは言ってもほとんど全部は人間で大差はないとKは言います。ただ、そのなかに暗部があり、それが繰り返され根付くと混乱を引き起こす。それが社会現象となるとルサンチマン・反感等になります。
> >
> >
> >  ゴトさんが子どもの頃、ドイツでは社会現象となっていたようです。。遠い外国と言わず、本国では軍部の台頭がありましたね。
> >  今では北朝鮮が戦前を彷彿させています。。
>
> 戦前のことを思うとその変化の激しさには唖然とするくらいです。満蒙に傀儡国をつくり、中国大陸に兵を送り、米国と開戦するなど、いったい[何]を見ていたのか? ここに[俗]なるものしか見られないのが思考なのだろうか? 思考だって真とか聖という言葉はあるのに。
>
> > > この大問題に対してKはどう言っているか、何とか簡潔にまとめて見てみたいと思います。前にもトライしましたが、簡潔に過ぎて役に立ちませんでした。何を底本にするか、最初で最後の自由を読んでいますが、少し長い気がします。断片的にでも積み重ねて見ますか。
> >
> >
> >  はい。クリシュナムルティは、「心の形成」から「社会現象」までを一色単に俯瞰していますね。。
>
> 単に俯瞰しているという事は本当に関心を持って見ているという事であり、そこから何が飛び出すかはわかりません。何かできること、能うことがあるのだろうか?


 >ウーム、クリシュナムルティのソフトには誰も気づかない…、方法もないし、やるのは自分ですという事で、答えは何も書かれていない…(ため息)というところですか。−−

 ここから何が飛び出すか・・。>何かできること、能うことがあるのだろうか?−−。

 まずひとつ、自身の死に際して、>何かできること、能うことがあるのだろうか?ここから何が飛び出すか・・。。

 これは何かがありそうだ・・。私は、その時が来るのを少しだけ期待して待つ。。

 次に、死の床を待たずして、>何かできること、能うことがあるのだろうか?

 クリシュナムルティは、よく述べている。「死の床まで待つのか・・」「死の床まで引きずってゆくのか・・」等々。

 刻々の死。

 ここから何が飛び出すか・・。>何かできること、能うことがあるのだろうか?−−

 死の家に入る。

 これが最大の壁かもしれない。

 すなわち、今、死ねない。。執着がある。

 執着があるかぎり、>ウーム、クリシュナムルティのソフトには誰も気づかない…、方法もないし、やるのは自分ですという事で、答えは何も書かれていない…(ため息)というところですか。−−、これが続いてゆくのかもしれません。


[25259] Re:[25258] [25257] [25256] [25255] 予備討論 投稿者:ゴト 投稿日:2018/04/26(Thu) 19:18  

> > ウーム、クリシュナムルティのソフトには誰も気づかない…、方法もないし、やるのは自分ですという事で、答えは何も書かれていない…(ため息)というところですか。
>
>
>  しかも、頭脳プレーは障害になる旨が『真理の探究(「Impossible Question」)』でクリシュナムルティによって述べられています。
>  この文面を見て、デビット・ボームは頭脳明晰ゆえに、それ以上進めない壁があったのかもしれない・・などと思っていたことを覚えています。

そうですね。思考は物理学や工業の上には着実な進歩を遂げています。確かに公害など初期はひどい状況でした。それは人災の面もありましたが、よくなるのは測定器の良いものが開発されることが大きいようです。測定結果がオープンになると人の意識も改良へのスピードも上がるようです。理解が進むのでしょうね。
 人文分野でなぜ思考が役立たないかというと測定器を通しての理解がない分野だからかな。この分野では何が人の理解を進めるのだろう?様々な相反する意見がいっぱい出ても理解ができるわけがない。誰が見てもこれが本当だとわかるとはどういう時に起こるのだろう?


> > 私の書いた「心の形成」は、人間のあるがままの喜怒哀楽の状態にいかに達したかという意味では、まあ、わかります。そして生育環境の差で、のびのびと発達する子もいるし、不安、ネガティヴな感情を形成するようにもなるでしょう。その分散の度合いは広がる一方でしょうか。
>
>
>  ゴトさんが子どもの頃(戦前)もその分散は広がっていたように思うのですが・・。

子供というものは概して昔も今もですがのんびりと無邪気な一面があります。何か特別な体験を持った人が変わるようです。 しかしわかりませんね。親のコピーみたいのができるのではかなわんと思っていましたが、そんな心配な見当はずれでした。

> > そうは言ってもほとんど全部は人間で大差はないとKは言います。ただ、そのなかに暗部があり、それが繰り返され根付くと混乱を引き起こす。それが社会現象となるとルサンチマン・反感等になります。
>
>
>  ゴトさんが子どもの頃、ドイツでは社会現象となっていたようです。。遠い外国と言わず、本国では軍部の台頭がありましたね。
>  今では北朝鮮が戦前を彷彿させています。。

戦前のことを思うとその変化の激しさには唖然とするくらいです。満蒙に傀儡国をつくり、中国大陸に兵を送り、米国と開戦するなど、いったい[何]を見ていたのか? ここに[俗]なるものしか見られないのが思考なのだろうか? 思考だって真とか聖という言葉はあるのに。

> > この大問題に対してKはどう言っているか、何とか簡潔にまとめて見てみたいと思います。前にもトライしましたが、簡潔に過ぎて役に立ちませんでした。何を底本にするか、最初で最後の自由を読んでいますが、少し長い気がします。断片的にでも積み重ねて見ますか。
>
>
>  はい。クリシュナムルティは、「心の形成」から「社会現象」までを一色単に俯瞰していますね。。

単に俯瞰しているという事は本当に関心を持って見ているという事であり、そこから何が飛び出すかはわかりません。何かできること、能うことがあるのだろうか?


[25258] Re:[25257] [25256] [25255] 予備討論 投稿者:宮啓 投稿日:2018/04/25(Wed) 17:25  

> > > 人間の心はどういうものであるかを一度話し合っておかない混乱しないかと思って以下の文を書いてみました。
> > > よければ突っついてくださるとありがたいです。
> > > これがKの理解にどう役立つかはわかりませんが、条件付けとか、人間の暗部とかを知るのに少しは手掛かりにならないかと思って勉強しました。ほとんどが竹田青嗣著欲望論第2巻にあることです。
> > >
> > > 人間における心の形成。
> > >
> > > 人間は動物とはかなり違う人間の心を持っている。これは魂とも精神とも言われるが、心と呼ばせていただく。
> > >  心を持つ人間の動物との差はどういうところにあるのか、とりあえず言語により交流する。感情を持つ。美を感じることができるなどを挙げておきます。そして文明、文化を創り出しました。
> > >  しかし生まれたての赤ん坊は心は未発達です。それがどういうふうに発育するかを見て、心を探究していこうと思います。
> > >
> > > 動物にとって身体の欲求は第一義的なものであって、それと自己保存と繁殖がすべてなのでしょう。人間の母と子の関係は最初は「泣く」と、摂乳―睡眠だけです。しかしそれはすぐ多様に変化していきます。
> > >  「泣く」は反射的から母を呼ぶになり、せがみ泣き、甘え泣き、怒り泣き、ウソ泣きなど、母は聞き分けるようになります。子は泣き分けることができるようになったのです。同時に母は言葉かけを始めます。おっぱい?とか、おなかすいた?、あるいはおしっこ?とか、寒いにかなあとか。一方向的ですが言語ゲームの始まりです。
> > >
> > > ここで要求―応答の関係が生じ、子は快―不快、満足―不満足を知り、母の応答を待つことで予期と不安を知ります。このような発達は身体の発達とともにこの意欲旺盛な探究とともに運動、知覚ともに世界を拡大していくさまは詳しい専門家の観察があり、一般の人も知っていることです。
> > >  次に子供が大きくなり活動範囲が広がると、母親の側からの拒否、否認が始まります。これは家庭内の生活規範が必要になったからです。安全のためとか、第2子ができたためとか具体的にはいろいろあるでしょう。子供は受け入れるか抵抗すかですが、母の不機嫌とか厳しい態度に出会います。ここで母との蜜月期間は終わり、母を他者として認識し、他方、自己意識が生じ、その間の関係の快−不快、関係を良好に保ちたいが、反抗もしたいという感情も知ります。このような経験の累積が感受性を形成します。
> > >
> > > ここで生理的欲求による快不快から離れて他者との関係に対する感情の快不快に重点が移り、感受性が生じ、動物の意識を超えた人間の心が生じます。動物が情動の世界を生きるのに対し人間はむしろ感情の世界を生きるのは、人が、対他的関係の世界を生きるからです。
> > >  そしてこの人間の心は美を感じることができますが、これは人間の心の特性と言われますが、これが動物にないとは、私には言い切れないところがあります。ユングが、密林の中での日の出の瞬間、動物の間から一種のどよめきのようなもの起きる描写を読んだことがあります。
> >
> >
> >  動物的な生命から知的生命体へ・・。
> >
> >  これは胎児→乳児→幼児→・・への流れでもある。。
> >
> >  その流れの中で、必然的に起こることが「自我」の発生。
> >
> >  そして、この巨大化した脳が、この「自我」に対処することができるのか否か・・。
> >
> >  現時点において、脳の進化は「自我」に対処できるまでになっていることをクリシュナムルティは示唆している。
> >
> >  ハード的には準備は整っている。
> >
> >  ソフト的にはクリシュナムルティが示唆したとおり。
> >
> >  しかし、そのソフトに哲学者も心理学者も教育者も気づかない。宗教者はもちろんのこと。。
>
>
> ウーム、クリシュナムルティのソフトには誰も気づかない…、方法もないし、やるのは自分ですという事で、答えは何も書かれていない…(ため息)というところですか。


 しかも、頭脳プレーは障害になる旨が『真理の探究(「Impossible Question」)』でクリシュナムルティによって述べられています。
 この文面を見て、デビット・ボームは頭脳明晰ゆえに、それ以上進めない壁があったのかもしれない・・などと思っていたことを覚えています。


> 私の書いた「心の形成」は、人間のあるがままの喜怒哀楽の状態にいかに達したかという意味では、まあ、わかります。そして生育環境の差で、のびのびと発達する子もいるし、不安、ネガティヴな感情を形成するようにもなるでしょう。その分散の度合いは広がる一方でしょうか。


 ゴトさんが子どもの頃(戦前)もその分散は広がっていたように思うのですが・・。


> そうは言ってもほとんど全部は人間で大差はないとKは言います。ただ、そのなかに暗部があり、それが繰り返され根付くと混乱を引き起こす。それが社会現象となるとルサンチマン・反感等になります。


 ゴトさんが子どもの頃、ドイツでは社会現象となっていたようです。。遠い外国と言わず、本国では軍部の台頭がありましたね。
 今では北朝鮮が戦前を彷彿させています。。


> この大問題に対してKはどう言っているか、何とか簡潔にまとめて見てみたいと思います。前にもトライしましたが、簡潔に過ぎて役に立ちませんでした。何を底本にするか、最初で最後の自由を読んでいますが、少し長い気がします。断片的にでも積み重ねて見ますか。


 はい。クリシュナムルティは、「心の形成」から「社会現象」までを一色単に俯瞰していますね。。


[25257] Re:[25256] [25255] 予備討論 投稿者:ゴト 投稿日:2018/04/25(Wed) 12:17  

> > 人間の心はどういうものであるかを一度話し合っておかない混乱しないかと思って以下の文を書いてみました。
> > よければ突っついてくださるとありがたいです。
> > これがKの理解にどう役立つかはわかりませんが、条件付けとか、人間の暗部とかを知るのに少しは手掛かりにならないかと思って勉強しました。ほとんどが竹田青嗣著欲望論第2巻にあることです。
> >
> > 人間における心の形成。
> >
> > 人間は動物とはかなり違う人間の心を持っている。これは魂とも精神とも言われるが、心と呼ばせていただく。
> >  心を持つ人間の動物との差はどういうところにあるのか、とりあえず言語により交流する。感情を持つ。美を感じることができるなどを挙げておきます。そして文明、文化を創り出しました。
> >  しかし生まれたての赤ん坊は心は未発達です。それがどういうふうに発育するかを見て、心を探究していこうと思います。
> >
> > 動物にとって身体の欲求は第一義的なものであって、それと自己保存と繁殖がすべてなのでしょう。人間の母と子の関係は最初は「泣く」と、摂乳―睡眠だけです。しかしそれはすぐ多様に変化していきます。
> >  「泣く」は反射的から母を呼ぶになり、せがみ泣き、甘え泣き、怒り泣き、ウソ泣きなど、母は聞き分けるようになります。子は泣き分けることができるようになったのです。同時に母は言葉かけを始めます。おっぱい?とか、おなかすいた?、あるいはおしっこ?とか、寒いにかなあとか。一方向的ですが言語ゲームの始まりです。
> >
> > ここで要求―応答の関係が生じ、子は快―不快、満足―不満足を知り、母の応答を待つことで予期と不安を知ります。このような発達は身体の発達とともにこの意欲旺盛な探究とともに運動、知覚ともに世界を拡大していくさまは詳しい専門家の観察があり、一般の人も知っていることです。
> >  次に子供が大きくなり活動範囲が広がると、母親の側からの拒否、否認が始まります。これは家庭内の生活規範が必要になったからです。安全のためとか、第2子ができたためとか具体的にはいろいろあるでしょう。子供は受け入れるか抵抗すかですが、母の不機嫌とか厳しい態度に出会います。ここで母との蜜月期間は終わり、母を他者として認識し、他方、自己意識が生じ、その間の関係の快−不快、関係を良好に保ちたいが、反抗もしたいという感情も知ります。このような経験の累積が感受性を形成します。
> >
> > ここで生理的欲求による快不快から離れて他者との関係に対する感情の快不快に重点が移り、感受性が生じ、動物の意識を超えた人間の心が生じます。動物が情動の世界を生きるのに対し人間はむしろ感情の世界を生きるのは、人が、対他的関係の世界を生きるからです。
> >  そしてこの人間の心は美を感じることができますが、これは人間の心の特性と言われますが、これが動物にないとは、私には言い切れないところがあります。ユングが、密林の中での日の出の瞬間、動物の間から一種のどよめきのようなもの起きる描写を読んだことがあります。
>
>
>  動物的な生命から知的生命体へ・・。
>
>  これは胎児→乳児→幼児→・・への流れでもある。。
>
>  その流れの中で、必然的に起こることが「自我」の発生。
>
>  そして、この巨大化した脳が、この「自我」に対処することができるのか否か・・。
>
>  現時点において、脳の進化は「自我」に対処できるまでになっていることをクリシュナムルティは示唆している。
>
>  ハード的には準備は整っている。
>
>  ソフト的にはクリシュナムルティが示唆したとおり。
>
>  しかし、そのソフトに哲学者も心理学者も教育者も気づかない。宗教者はもちろんのこと。。


ウーム、クリシュナムルティのソフトには誰も気づかない…、方法もないし、やるのは自分ですという事で、答えは何も書かれていない…(ため息)というところですか。

私の書いた「心の形成」は、人間のあるがままの喜怒哀楽の状態にいかに達したかという意味では、まあ、わかります。そして生育環境の差で、のびのびと発達する子もいるし、不安、ネガティヴな感情を形成するようにもなるでしょう。その分散の度合いは広がる一方でしょうか。

そうは言ってもほとんど全部は人間で大差はないとKは言います。ただ、そのなかに暗部があり、それが繰り返され根付くと混乱を引き起こす。それが社会現象となるとルサンチマン・反感等になります。

この大問題に対してKはどう言っているか、何とか簡潔にまとめて見てみたいと思います。前にもトライしましたが、簡潔に過ぎて役に立ちませんでした。何を底本にするか、最初で最後の自由を読んでいますが、少し長い気がします。断片的にでも積み重ねて見ますか。


[25256] Re:[25255] 予備討論 投稿者:宮啓 投稿日:2018/04/24(Tue) 15:20  

> 人間の心はどういうものであるかを一度話し合っておかない混乱しないかと思って以下の文を書いてみました。
> よければ突っついてくださるとありがたいです。
> これがKの理解にどう役立つかはわかりませんが、条件付けとか、人間の暗部とかを知るのに少しは手掛かりにならないかと思って勉強しました。ほとんどが竹田青嗣著欲望論第2巻にあることです。
>
> 人間における心の形成。
>
> 人間は動物とはかなり違う人間の心を持っている。これは魂とも精神とも言われるが、心と呼ばせていただく。
>  心を持つ人間の動物との差はどういうところにあるのか、とりあえず言語により交流する。感情を持つ。美を感じることができるなどを挙げておきます。そして文明、文化を創り出しました。
>  しかし生まれたての赤ん坊は心は未発達です。それがどういうふうに発育するかを見て、心を探究していこうと思います。
>
> 動物にとって身体の欲求は第一義的なものであって、それと自己保存と繁殖がすべてなのでしょう。人間の母と子の関係は最初は「泣く」と、摂乳―睡眠だけです。しかしそれはすぐ多様に変化していきます。
>  「泣く」は反射的から母を呼ぶになり、せがみ泣き、甘え泣き、怒り泣き、ウソ泣きなど、母は聞き分けるようになります。子は泣き分けることができるようになったのです。同時に母は言葉かけを始めます。おっぱい?とか、おなかすいた?、あるいはおしっこ?とか、寒いにかなあとか。一方向的ですが言語ゲームの始まりです。
>
> ここで要求―応答の関係が生じ、子は快―不快、満足―不満足を知り、母の応答を待つことで予期と不安を知ります。このような発達は身体の発達とともにこの意欲旺盛な探究とともに運動、知覚ともに世界を拡大していくさまは詳しい専門家の観察があり、一般の人も知っていることです。
>  次に子供が大きくなり活動範囲が広がると、母親の側からの拒否、否認が始まります。これは家庭内の生活規範が必要になったからです。安全のためとか、第2子ができたためとか具体的にはいろいろあるでしょう。子供は受け入れるか抵抗すかですが、母の不機嫌とか厳しい態度に出会います。ここで母との蜜月期間は終わり、母を他者として認識し、他方、自己意識が生じ、その間の関係の快−不快、関係を良好に保ちたいが、反抗もしたいという感情も知ります。このような経験の累積が感受性を形成します。
>
> ここで生理的欲求による快不快から離れて他者との関係に対する感情の快不快に重点が移り、感受性が生じ、動物の意識を超えた人間の心が生じます。動物が情動の世界を生きるのに対し人間はむしろ感情の世界を生きるのは、人が、対他的関係の世界を生きるからです。
>  そしてこの人間の心は美を感じることができますが、これは人間の心の特性と言われますが、これが動物にないとは、私には言い切れないところがあります。ユングが、密林の中での日の出の瞬間、動物の間から一種のどよめきのようなもの起きる描写を読んだことがあります。


 動物的な生命から知的生命体へ・・。

 これは胎児→乳児→幼児→・・への流れでもある。。

 その流れの中で、必然的に起こることが「自我」の発生。

 そして、この巨大化した脳が、この「自我」に対処することができるのか否か・・。

 現時点において、脳の進化は「自我」に対処できるまでになっていることをクリシュナムルティは示唆している。

 ハード的には準備は整っている。

 ソフト的にはクリシュナムルティが示唆したとおり。

 しかし、そのソフトに哲学者も心理学者も教育者も気づかない。宗教者はもちろんのこと。。


[25255] 予備討論 投稿者:ゴト 投稿日:2018/04/24(Tue) 02:21  

人間の心はどういうものであるかを一度話し合っておかない混乱しないかと思って以下の文を書いてみました。
よければ突っついてくださるとありがたいです。
これがKの理解にどう役立つかはわかりませんが、条件付けとか、人間の暗部とかを知るのに少しは手掛かりにならないかと思って勉強しました。ほとんどが竹田青嗣著欲望論第2巻にあることです。

人間における心の形成。

人間は動物とはかなり違う人間の心を持っている。これは魂とも精神とも言われるが、心と呼ばせていただく。
 心を持つ人間の動物との差はどういうところにあるのか、とりあえず言語により交流する。感情を持つ。美を感じることができるなどを挙げておきます。そして文明、文化を創り出しました。
 しかし生まれたての赤ん坊は心は未発達です。それがどういうふうに発育するかを見て、心を探究していこうと思います。

動物にとって身体の欲求は第一義的なものであって、それと自己保存と繁殖がすべてなのでしょう。人間の母と子の関係は最初は「泣く」と、摂乳―睡眠だけです。しかしそれはすぐ多様に変化していきます。
 「泣く」は反射的から母を呼ぶになり、せがみ泣き、甘え泣き、怒り泣き、ウソ泣きなど、母は聞き分けるようになります。子は泣き分けることができるようになったのです。同時に母は言葉かけを始めます。おっぱい?とか、おなかすいた?、あるいはおしっこ?とか、寒いにかなあとか。一方向的ですが言語ゲームの始まりです。

ここで要求―応答の関係が生じ、子は快―不快、満足―不満足を知り、母の応答を待つことで予期と不安を知ります。このような発達は身体の発達とともにこの意欲旺盛な探究とともに運動、知覚ともに世界を拡大していくさまは詳しい専門家の観察があり、一般の人も知っていることです。
 次に子供が大きくなり活動範囲が広がると、母親の側からの拒否、否認が始まります。これは家庭内の生活規範が必要になったからです。安全のためとか、第2子ができたためとか具体的にはいろいろあるでしょう。子供は受け入れるか抵抗すかですが、母の不機嫌とか厳しい態度に出会います。ここで母との蜜月期間は終わり、母を他者として認識し、他方、自己意識が生じ、その間の関係の快−不快、関係を良好に保ちたいが、反抗もしたいという感情も知ります。このような経験の累積が感受性を形成します。

ここで生理的欲求による快不快から離れて他者との関係に対する感情の快不快に重点が移り、感受性が生じ、動物の意識を超えた人間の心が生じます。動物が情動の世界を生きるのに対し人間はむしろ感情の世界を生きるのは、人が、対他的関係の世界を生きるからです。
 そしてこの人間の心は美を感じることができますが、これは人間の心の特性と言われますが、これが動物にないとは、私には言い切れないところがあります。ユングが、密林の中での日の出の瞬間、動物の間から一種のどよめきのようなもの起きる描写を読んだことがあります。



[25254] 無題 投稿者:blue sky mercy 投稿日:2018/04/20(Fri) 18:13  

いろいろなことがわかっている人も、そのことを好んでいる人にはおよばない。いろいろなことを好んでいる人も、そのことを楽しんでいる人にはおよばない。


[25253] 無題 投稿者:blue sky mercy 投稿日:2018/04/20(Fri) 16:50  

自由とは、選択がないあるがままを見てそこから自発的に行動してる状態のことである。


[25252] 無題 投稿者:blue sky mercy 投稿日:2018/04/20(Fri) 13:20  

クリシュナムルティの本を読むより、テレビのなんとないへぼCMのほうが多くを気づかせてくれる。

精神は卑猥だ。


[25251] ego 投稿者:blue sky mercy 投稿日:2018/04/20(Fri) 01:48  

エゴ意識は不快なものを常に取り除きたいと思っています。しかし、もちろん何であれ、取り除きたいと思うことは、あなたを支える傾向にあります。何かを取り除こうとするまさにその行為が、それを支えるのです。


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