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[25250] 理想主義 投稿者:blue sky mercy 投稿日:2018/04/20(Fri) 00:43  

そういう意味での理想主義者は、現実主愚者よりもはるかに真の意味で現実的なのだ。


[25249] 無題 投稿者:blue sky mercy 投稿日:2018/04/20(Fri) 00:40  

ダヴィンチのモナリザ、菩薩や女神といったものは、
きわめて歪曲がすくなく、条件付けられてない真の女性性を表現しているといえる。


[25248] 無題 投稿者:blue sky mercy 投稿日:2018/04/20(Fri) 00:38  

真の理想とは、こうあるべきだという願望ではなく、相手の真の姿、ありのままの姿を見ることである。

たとえば、自分に都合のいいだけの異性を望む場合、それは願望だ。
しかし、魂を揺さぶるような異性を望む場合、理想といえる。


[25247] すべては自由 投稿者:blue sky mercy 投稿日:2018/04/20(Fri) 00:04  

すべての根底に自由がある。

一見、義務感からやってるようなひとも、きちんと倒錯的な快楽をそこから引き出している。

すべては楽しんでいる。

ただ、楽しみのレヴェルの深さが違うだけだ。


[25246] 無題 投稿者:blue sky mercy 投稿日:2018/04/19(Thu) 22:51  

エゴの消滅には時間がかかります。目覚めの一瞥は瞬間的ですが、その一方、そのあとに展開する夢の状態の重力を超えるというプロセスがあるのです。


[25245] 無題 投稿者:blue sky mercy 投稿日:2018/04/19(Thu) 19:20  

老子やクリシュナムルティは、知覚レヴェルまではいった。

知覚レヴェルは、きわめて明白で、科学的ともいえる。

しかし、神秘は、統一意識から始まる。

知覚レヴェルにおいては、まだ英知ある思考が残っている。
自在に無思考にはいれるが、まだ他者については考えなければいけない。

どのような条件付けも、自分に関する限り、気づいている。

すべての思考は他者に関係している。

他者とあなたを区別している、個別性の意識が消えるとき、普遍性のみが残る。

川という少年が、母なる海と融合する。


[25244] 無題 投稿者:blue sky mercy 投稿日:2018/04/19(Thu) 19:10  

統一意識においては、目覚める個というのはない。あらゆる観念が落ち、すべてが悟ってることに、すべてに内在する知性に気づく。

あなたが、海に漂う空き缶を眺めるとき、空き缶もまらあなたを眺める。


[25243] 無題 投稿者:blue sky mercy 投稿日:2018/04/19(Thu) 19:06  

頭での理解が人格レヴェル
本当に体験に基づいてわかるレヴェルが、知覚レヴェル。

自分だけでなく、すべてがわかってるんだということに、すべてとしての自分が目覚めることが統一意識レヴェル。


[25242] Re:[25241] [25238] [25231] [25227] [25223] [25222] [25221] [25220] [25219] [25218] [25217] [25216] [25215] [25214] [25213] [25212] [25211] 無題 投稿者:宮啓 投稿日:2018/04/19(Thu) 17:43  

> > > >  また、教育や哲学による変容は、脳の周辺部(ほ乳類脳)までかもしれません。「わかっちゃいるけど・・・」がほ乳類脳レベルの変容の見分けとして、判別できるのかもしれません。
> > > >
> > > >  教育は、世界最強の軍隊を形成することもできます。旧日本軍。
> > > >
> > > >  最強のサラリーマン戦士軍団を形成することもできます。現在の本国。
> > > >
> > > >  しかし、いずれにしても、教育は読み書き計算の技能と実用的知識以外には、心の成長にとっては「条件付け」以外のなにものでもないように思います。
> > > >  すなわち、幸福における宗教の働き同様、心の成長における教育の働きは、有害ということではないでしょうか・・。
> > > >
> > > >  ここにメスを当てることを、クリシュナムルティは生前取り組んでいました。。
> > > >
> > > >  今現在、学校現場では「道徳科」なるものが登場してきているところです。やがてすべての小中高で必修となるようです。
> > > >
> > > >  これが思考の限界でしょうか・・。滅びの道程。
> > >
> > > 「道徳科」がどのような形で登場するか、今の内閣で行われるとなると恐怖以外の何物でもありませんが、だからこそ、まったく異なる、人間の過ちを理解さす本が必要です。大人向けにも、学生向けにも、子供向けにも。
> > >
> > > いったいどういう点を書けば理解に役立つか、そこから自分に問わねばなりません。これも不可能な質問ですか。
> >
> >
> >  雲水や禅師はクリシュナムルティを読まず、
> >
> >  大学の哲学科の教授陣はクリシュナムルティを読まない。
> >
> >  心理学学会でクリシュナムルティが取り上げられることはなく、
> >
> >  脳科学界において、クリシュナムルティに関わる記録が読み起こされることがない。
> >
> >  いわんや、教育者がクリシュナムルティを読むことはなく、
> >
> >  ましてや、政治家は言うまでもなく・・。
> >
> >
> >  なぜならば、雲水や禅師、哲学者、心理学者、脳科学者、そして教育者は、本質的なところでは政治家と差異がないということではないでしょうか。
>
>
> >
> >  これが自我の本質ということではないでしょうか。
> >
> >  このように腐敗した世界のまっただ中にいる子ども達を救いあげる。
> >
> >  クリシュナムルティは、これを教育改革に求めたように思います。
> >
> >  そのようなクリシュナムルティが述べたことは、「教師が足りない。」です。
> >
> >  教師そのものが教科書的存在になる。そのような教師が必要であり、教科書はそのあとに付いてくるように思うのですが・・。新しい芽さんのように。。
>
>
> 私の言いたいことはKを読んだ人は日本でもずいぶんたくさんいるが、孤立分散しています。まとまった行動指針はありません。問題はそれほど難しい。
>
> 心的問題の探求はしっかりした見る、聴くのアート、感受性、まともでしっかりした思考、洞察力を要します。
>
> クリシュナムルティの教えを私は見る、聴くことを通じての理解と変容においています。それが意議があるし、普遍性があると確信しています。
>
> それを広めるには誤った思考、俗流思考を廃止、正しい思考を身につけることが必要です。なぜなら、世の中にはあれこれもっともらしく言いくるめる弁論術があふれていて、これが無視できないからです。しかし、心の問題を述べるときに、詩、暗喩、物語に陥らずに書くことが大事です。しかし先駆者は常にそういう要素が入り込むのが常のようです。
>
> とにかく第一歩は心に浮かぶ衝動、情動、思考、感情を見ることをはっきり記述するという事でしょう。しかし自分の理解・能力でどんなことが書けるか別項でやってみましょう。


 はい。

 今から6年前に初めて、この板や新しい芽さんの板に出会う前は、独力でクリシュナムルティ理解の取り組みを行っていました。読書百遍意自ずから通ず〜と、難解な本を何度も読み返すことによって理解を深めていったのです。

 そして、ゴトさんや新しい芽さんに出会い、一挙に理解が進んだことを覚えています。

 別項での試みを楽しみにしています。。


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> > >  また、教育や哲学による変容は、脳の周辺部(ほ乳類脳)までかもしれません。「わかっちゃいるけど・・・」がほ乳類脳レベルの変容の見分けとして、判別できるのかもしれません。
> > >
> > >  教育は、世界最強の軍隊を形成することもできます。旧日本軍。
> > >
> > >  最強のサラリーマン戦士軍団を形成することもできます。現在の本国。
> > >
> > >  しかし、いずれにしても、教育は読み書き計算の技能と実用的知識以外には、心の成長にとっては「条件付け」以外のなにものでもないように思います。
> > >  すなわち、幸福における宗教の働き同様、心の成長における教育の働きは、有害ということではないでしょうか・・。
> > >
> > >  ここにメスを当てることを、クリシュナムルティは生前取り組んでいました。。
> > >
> > >  今現在、学校現場では「道徳科」なるものが登場してきているところです。やがてすべての小中高で必修となるようです。
> > >
> > >  これが思考の限界でしょうか・・。滅びの道程。
> >
> > 「道徳科」がどのような形で登場するか、今の内閣で行われるとなると恐怖以外の何物でもありませんが、だからこそ、まったく異なる、人間の過ちを理解さす本が必要です。大人向けにも、学生向けにも、子供向けにも。
> >
> > いったいどういう点を書けば理解に役立つか、そこから自分に問わねばなりません。これも不可能な質問ですか。
>
>
>  雲水や禅師はクリシュナムルティを読まず、
>
>  大学の哲学科の教授陣はクリシュナムルティを読まない。
>
>  心理学学会でクリシュナムルティが取り上げられることはなく、
>
>  脳科学界において、クリシュナムルティに関わる記録が読み起こされることがない。
>
>  いわんや、教育者がクリシュナムルティを読むことはなく、
>
>  ましてや、政治家は言うまでもなく・・。
>
>
>  なぜならば、雲水や禅師、哲学者、心理学者、脳科学者、そして教育者は、本質的なところでは政治家と差異がないということではないでしょうか。


>
>  これが自我の本質ということではないでしょうか。
>
>  このように腐敗した世界のまっただ中にいる子ども達を救いあげる。
>
>  クリシュナムルティは、これを教育改革に求めたように思います。
>
>  そのようなクリシュナムルティが述べたことは、「教師が足りない。」です。
>
>  教師そのものが教科書的存在になる。そのような教師が必要であり、教科書はそのあとに付いてくるように思うのですが・・。新しい芽さんのように。。


私の言いたいことはKを読んだ人は日本でもずいぶんたくさんいるが、孤立分散しています。まとまった行動指針はありません。問題はそれほど難しい。

心的問題の探求はしっかりした見る、聴くのアート、感受性、まともでしっかりした思考、洞察力を要します。

クリシュナムルティの教えを私は見る、聴くことを通じての理解と変容においています。それが意議があるし、普遍性があると確信しています。

それを広めるには誤った思考、俗流思考を廃止、正しい思考を身につけることが必要です。なぜなら、世の中にはあれこれもっともらしく言いくるめる弁論術があふれていて、これが無視できないからです。しかし、心の問題を述べるときに、詩、暗喩、物語に陥らずに書くことが大事です。しかし先駆者は常にそういう要素が入り込むのが常のようです。

とにかく第一歩は心に浮かぶ衝動、情動、思考、感情を見ることをはっきり記述するという事でしょう。しかし自分の理解・能力でどんなことが書けるか別項でやってみましょう。


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