雑感
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[24652] 人は神なり 投稿者:南方 投稿日:2017/10/09(Mon) 18:01  

人は神である。

よってそれぞれに責任がある。

それぞれの国において。

神だとは傲慢だというなら、神としての責任を負わないこと

のほうが傲慢である。


[24651] Re:[24649] [24644] [24643] 正直なところ 投稿者:南方 投稿日:2017/10/09(Mon) 13:58  

>
>  こういった何気ない日常の生活に、真理がちりばめられています。
>  瞬間瞬間の心のときめき。
>  私もこの前、ビルのコンクリートの隙間から雑草が生えていることに感動しました。まさに根性大根ならぬ根性雑草。たくましい生命力。
>  そういえばあるテレビで、石に生えた草の話をしていました。普通では考えられない。何で固い石に草が生える?


イキシノブというものがあるそうです。昔は石垣や岩に生えたものは風流として抜かずにとっておかれたとか。
イキシノブの姿を見て風流を感じる感性はすごいですね。


若い頃は桜島への橋建設に何故、借景という古いものにこだわって一部の大人が反対するのかわからなかったのですが、今になって、磯庭園から見る桜島の風景に近代的な橋があったら風流もなにもないなと感じます。


でも、そのうちできるでしょうね、橋。借景の貴重さを伝えるのも難しいことですし、理解するのも感性が必要。

>  一歩外に向ければ、このようなことはいくらでもころがっています。
>  この前は見事な十五夜でした。
>

月を見ていると、なんか儀式めいたものをしたくなり、そうしている自分の姿を想像して笑いたくなります。
そういう不思議な力というか波長が月にはあるみたに感じます。

>  新しい芽氏のサイトで好きだったのは、野菜菜園から支柱のお話。創意と工夫。あとは虫と野菜との関係の観察。まさに自然から学ぶ。
>
>  ところが、この掲示板は、こういった話は今まであまり出た試しはない。
>  自然から学ぶというのがない。
>  このところ繰り返されるのは人間批判。あるいは文明批判。
>  社会の対して、理想とか、こうあるべきだという話は、不毛の論議でしかない。
>  クリシュナムルティの本を読んで、こういってる。ああいっている。だから何何だという話。


理想論は不毛ですが現実を見て、その関係の中で自分を見つめていくのは大切ですね。隠遁ではなく関係のなかでの発見。


[24650] Re:[24647] [24645] [24640] [24639] [24638] [24637] [24635] [24633] [24628] [24626] [24625] [24624] [24623] [24621] [24616] [24614] [24613] サバイバルとは? 投稿者:宮啓 投稿日:2017/10/09(Mon) 11:31  

> > > しかしこの本はそういう目で編集されていると私は感じます。これが世界の大きな流れとしてあるとき、分裂・矛盾のない社会がそこにあるでしょう。
> >
> >
> >  先ほど、この本を読み終えました(第三部を先に読んでいたので、第二部を読んで、読み終えました)。
> >
> >  高1の息子には、先だって『ボームの思考論』を渡していたのだが、難しいとのことでした。理系が得意なので興味をもつかと期待していたのですが難しいようです。
> >
> >  それで、次にこの本を私が読み終えてから、息子にこの本を紹介しようと常々考えていたところでした。
> >
> >  ちょうど、言葉の「意味」にも触れている本なので、入門的にも良いかもしれないと思っていますが、クリシュナムルティを読み込んでいないと、難しいのか‥、試しに勧めてみます。
> >
> >
> >  ブッダの時とは異なり、時間経過による風化がないクリシュナムルティ。
> >
> >  ブッダの時には、時間を経るとともに教えが変容してゆき、今は見る影もない。
> >
> >  しかし、クリシュナムルティは違う、100年後も1,000年後も、今、まさに生きているかのように、正確に教えが伝わってゆく。
> >
> >  ゴトさんが述べるように>これが世界の大きな流れとしてあるとき、分裂・矛盾のない社会がそこにあるでしょう。−−、これは実現可能かもしれません。
>
>
> 実は自分で書いている時、そう思いました。これは、この本に書かれている核のことですが、それが簡単には言い難いのです。観念を収集して考えの中に世界を構築するのではないと言えますが、肯定的に言い表すのが難しいのです。


 はい。早速、息子に断られました。「難しいから要らない。」と・・。

 簡単にはいかないようです・・。


> それで話が飛びますが、レイチェル・カーソン(「沈黙の春」の著者)の「センス・オブ・ワンダー」をご存知でしょうか?


 よく知りません・・。


> これは彼女の最後の私たちへのメッセージというべき本だそうですが、彼女が姪の息子と共にした自然の息吹を書いたものです。奇しくも南方さんが話してくださったように、自然との触れ合い、そこにあるワンダーを次の世代の人に伝えるという事が大きなうねりを起こす基盤となるような気がするからです。自然にはただ見、耳を傾ける以外何もできないですから。
>
> 私たちの身の回りは自然が失われるばかりです。私自身にも、若い世代にもこれは耐え難いことのはずです。でも徐々に進んでいくので気づきません。ほかのことに知らない間に逃避します。生活の基盤が自然から離れだしています。それで自然との関係と言ってもごまかしなのでしょうか?
>
> 私たちは何かに憑かれたように、文明社会を創り出しているようです。視界を狭められた馬車馬のように。


 はい。

 子供たちは外遊びがめっきり減りました。

 庭の木になる実に見向きもしません。

 私が子供の頃は、毎日が外遊びで、木になる実は見つけた者の早い者勝ちで、喜々として食べていました。

 今の子は、自然から恩恵を受けることを知らず、それを教えても見向きもしないように感じます。

 子供時代から馬車馬のように感じます。

 簡単にはいかないかもしれません。


[24649] Re:[24644] [24643] 正直なところ 投稿者:外野 投稿日:2017/10/09(Mon) 10:43  


> 今日はトマトソースリゾットを作りました。
> 缶詰のカットトマトを使った即席料理で、缶詰トマトの嫌な独特の臭みがあり、残念な味でした。
> 今度は生のトマトを煮込むところからはじめ、本格的な味を追求していきたくなりました。
> そして、夕食後、甲突川沿いを、涼しくなった風を感じながらゆっくりと散歩する。水の音、虫の鳴き声、葉と葉がこすれあう音に耳を傾け、お月さまを見上げる。
> 帰ってきたら、コーヒーと煙草で一服。
> そんな瞬間瞬間が心をときめかします。

 こういった何気ない日常の生活に、真理がちりばめられています。
 瞬間瞬間の心のときめき。
 私もこの前、ビルのコンクリートの隙間から雑草が生えていることに感動しました。まさに根性大根ならぬ根性雑草。たくましい生命力。
 そういえばあるテレビで、石に生えた草の話をしていました。普通では考えられない。何で固い石に草が生える?
 一歩外に向ければ、このようなことはいくらでもころがっています。
 この前は見事な十五夜でした。

 新しい芽氏のサイトで好きだったのは、野菜菜園から支柱のお話。創意と工夫。あとは虫と野菜との関係の観察。まさに自然から学ぶ。

 ところが、この掲示板は、こういった話は今まであまり出た試しはない。
 自然から学ぶというのがない。
 このところ繰り返されるのは人間批判。あるいは文明批判。
 社会の対して、理想とか、こうあるべきだという話は、不毛の論議でしかない。
 クリシュナムルティの本を読んで、こういってる。ああいっている。だから何何だという話。


[24648] Re:[24641] [24638] [24637] [24635] [24633] [24628] [24626] [24625] [24624] [24623] [24621] [24616] [24614] [24613] サバイバルとは? 投稿者:外野 投稿日:2017/10/09(Mon) 10:13  

>  私は以前から本国の禅とクリシュナムルティの整合性に関心がありました。
 禅とクルシュナムルティとは関係ない。
 
>
>  クリシュナムルティが本国の禅についてコメントしていないことと、渡辺氏が禅とクリシュナムルティの整合性を謳いながらも、「クリシュナムルティが述べることが起こらない」と吐露していたからである。

 何でここで渡辺氏が出てくるのか。
「クリシュナムルティが述べることが起こらない」?
 渡辺氏はそんなこと言ったためしがない。
 おたくは愚さんの掲示板で
「クリシュナムルティなんかどうでもいい」と言われたのではなかったか。
 いいかげん書を捨てろということだ。
>
>  この本を読んで、本国の禅とクリシュナムルティは整合性がないことに気づきつつあります。これはクリシュナムルティが常日頃から陳述していることでもあります(すべての既成の瞑想の否定)。

 おたくは何でクリシュナムルティと禅を比較したがるのか?
 おたくは何で渡辺氏が気になるのか?
>
>  渡辺さんにおいてクリシュナムルティが述べたことが起こらなかったのではなく、先に引用した「あなたが動機や方向をもっているなら、「こうしなければならない」と言うなら、そのときは、完全な注意を向けることはできません――それでは、何事も起こらないでしょう。」、これが起こったのではないでしょうか。

 何を寝言をいってるのか、渡辺氏が聞いたら失笑を買うだろう。
>
>  すなわち、渡辺さんにおいても、クリシュナムルティが陳述していたことが正に起こっていたのです。

 何を言ってるのか。そもそも渡辺氏とクリシュナムルティとはスタンスが違う。ユーチューブで彼の話を聞けば明らか。
>
>  これに気づいてほしいのですが・・今では連絡がとれません。

 これに気づいてほしい? おたくは何様か。まさに上から目線。
 渡辺氏を何だと思っている。彼は公案の達人であり、その手の免許皆伝を受けた方。
 連絡をとれないとは何だ。
 愚さんの掲示板を閉鎖に追い込んだのは、おたくがVAAMANAという男に愚さんの掲示板のアドレスを教えたことにある。その男は愚さんの掲示板に入り込み、掲示板荒らしをした。しかも画像の不適切な投稿をした。
>
>  渡辺さんにおいても、是非ともクリシュナムルティ理解に取り組み続けてほしいものです‥。

 まったくふざけた話だ。渡辺さんに対してクリシュナムルティ理解に取り組み続けてほしいとは。
 馬鹿言うなという話。本人とお会いしたことがあるがクルシュナムルティなど相手にしていない。彼はとても博識な人間。しかも禅の達人。今は参禅の日々。
 たまたま縁あってKの翻訳をしたにすぎないと。

 そういう人に向かってクリシュナムルティ理解とは?
 おたくとははっきりいって「意識レベル」が全然違いますよ。

 真理を体現した人は、もう書物などいりません。必要ないからです。
 ほんとうに何もわかってないね。おたくは。
 本を読むのは結構だが、それを人に対してああだこうだ言う筋合いはない。
 まず自分が理解して真理を体現すればいいわけだから。
 新しい芽氏から「クリシュナムルティ理解」って何とさんざん言われたのがわからないのだろうか。
 だから愚さんの掲示板でも相手にされず「クリシュナムルティ何かどうでもいい」と言われてしまうのだ。
 本を読めば読む程頭でっかちになり知識の塊になって、人に対してあれこれ評価したがるというわけ。
 自分の頭の中にクリシュナムルティという基準を設け、あれこれ人を評論する。つまりは「この人はクリシュナムルティがわかっていない」だから本を読めと人に強要する。何で身内に読ませようとするのか。


[24647] Re:[24645] [24640] [24639] [24638] [24637] [24635] [24633] [24628] [24626] [24625] [24624] [24623] [24621] [24616] [24614] [24613] サバイバルとは? 投稿者:ゴト 投稿日:2017/10/08(Sun) 22:56  

> > 私は読書会「新しい芽」で、論理的に体系的観念の構築に進むのではなく、クリシュナムルティの言う事を初めて聞くように聴くことから入ることを学びました。これを自分で学ばすという意味で新しい芽さんは偉大な教師であったし、ほかにそういう方を狭い私は知りません。
>
>
>  新しい芽サイトが閉じられてから、1年が経ちます。新しい芽さんがご達者で居られるか・・、気になるところです・。
>
>
> > しかしこの本はそういう目で編集されていると私は感じます。これが世界の大きな流れとしてあるとき、分裂・矛盾のない社会がそこにあるでしょう。
>
>
>  先ほど、この本を読み終えました(第三部を先に読んでいたので、第二部を読んで、読み終えました)。
>
>  高1の息子には、先だって『ボームの思考論』を渡していたのだが、難しいとのことでした。理系が得意なので興味をもつかと期待していたのですが難しいようです。
>
>  それで、次にこの本を私が読み終えてから、息子にこの本を紹介しようと常々考えていたところでした。
>
>  ちょうど、言葉の「意味」にも触れている本なので、入門的にも良いかもしれないと思っていますが、クリシュナムルティを読み込んでいないと、難しいのか‥、試しに勧めてみます。
>
>
>  ブッダの時とは異なり、時間経過による風化がないクリシュナムルティ。
>
>  ブッダの時には、時間を経るとともに教えが変容してゆき、今は見る影もない。
>
>  しかし、クリシュナムルティは違う、100年後も1,000年後も、今、まさに生きているかのように、正確に教えが伝わってゆく。
>
>  ゴトさんが述べるように>これが世界の大きな流れとしてあるとき、分裂・矛盾のない社会がそこにあるでしょう。−−、これは実現可能かもしれません。


実は自分で書いている時、そう思いました。これは、この本に書かれている核のことですが、それが簡単には言い難いのです。観念を収集して考えの中に世界を構築するのではないと言えますが、肯定的に言い表すのが難しいのです。

それで話が飛びますが、レイチェル・カーソン(「沈黙の春」の著者)の「センス・オブ・ワンダー」をご存知でしょうか?

これは彼女の最後の私たちへのメッセージというべき本だそうですが、彼女が姪の息子と共にした自然の息吹を書いたものです。奇しくも南方さんが話してくださったように、自然との触れ合い、そこにあるワンダーを次の世代の人に伝えるという事が大きなうねりを起こす基盤となるような気がするからです。自然にはただ見、耳を傾ける以外何もできないですから。

私たちの身の回りは自然が失われるばかりです。私自身にも、若い世代にもこれは耐え難いことのはずです。でも徐々に進んでいくので気づきません。ほかのことに知らない間に逃避します。生活の基盤が自然から離れだしています。それで自然との関係と言ってもごまかしなのでしょうか?

私たちは何かに憑かれたように、文明社会を創り出しているようです。視界を狭められた馬車馬のように。


[24646] Re:[24644] [24643] 正直なところ 投稿者:ゴト 投稿日:2017/10/08(Sun) 21:07  

> > 人間は動物から何の弾みからかジャンプして、言葉と記憶、時間を手に入れ、動物とは異なった生、あるいは社会を手に入れた。
> >
> > その結果は刺激、飽食、ウォーキングらしいけれど、私は実はもう一つ、情緒を入れたいのです。
> >
> > アカシアの金と赤とがちるぞえな。
> >
> > かはたれの秋の光にちるぞえな。
> >
> > 片恋の薄着のねるのわがうれい
> >
> > 「曳舟」の水のほとりをゆくころを。
> >
> > やはらかな君が吐息の散るぞえな。
> >
> > アカシアの金と赤とがちるぞえな。  東京景物詩 北原白秋
> >
> > それで人は
> >
> > >こんな、かごの中のネズミみたいな生活が日本中で営まれている。ひたすら、逃避する毎日。そして、いつしか精神は疲れ果て鬱になる。それでも、昔はよかったと逃避する人も多々。
> >
> > >なんだかなって感じの世の中で、厭世的にもならず、虚無的でもなく、自然を見つめて感動する生き生きとした精神を持てた自分は幸せだと思う。
> >
> > >それもこれもKの本に出会ったから。
> >
> > これにも全く同感ですが、空になった心をときめかすものが知りたい。
>
>
> 今日はトマトソースリゾットを作りました。
> 缶詰のカットトマトを使った即席料理で、缶詰トマトの嫌な独特の臭みがあり、残念な味でした。
> 今度は生のトマトを煮込むところからはじめ、本格的な味を追求していきたくなりました。
> そして、夕食後、甲突川沿いを、涼しくなった風を感じながらゆっくりと散歩する。水の音、虫の鳴き声、葉と葉がこすれあう音に耳を傾け、お月さまを見上げる。
> 帰ってきたら、コーヒーと煙草で一服。
> そんな瞬間瞬間が心をときめかします。
>

素晴らしい。実によくわかります。終戦のころ、田舎で住んでいた時(当時中学生)の生活そのもので自然との結びつきがありました。
今の都会生活に欠けているものです。家の構造にもよります。風の音や雨の音を夜聞けません。遮音がよすぎます。隙間を開けてみよう。ヒントをありがとうございます。


[24645] Re:[24640] [24639] [24638] [24637] [24635] [24633] [24628] [24626] [24625] [24624] [24623] [24621] [24616] [24614] [24613] サバイバルとは? 投稿者:宮啓 投稿日:2017/10/08(Sun) 19:55  

> 私は読書会「新しい芽」で、論理的に体系的観念の構築に進むのではなく、クリシュナムルティの言う事を初めて聞くように聴くことから入ることを学びました。これを自分で学ばすという意味で新しい芽さんは偉大な教師であったし、ほかにそういう方を狭い私は知りません。


 新しい芽サイトが閉じられてから、1年が経ちます。新しい芽さんがご達者で居られるか・・、気になるところです・。


> しかしこの本はそういう目で編集されていると私は感じます。これが世界の大きな流れとしてあるとき、分裂・矛盾のない社会がそこにあるでしょう。


 先ほど、この本を読み終えました(第三部を先に読んでいたので、第二部を読んで、読み終えました)。

 高1の息子には、先だって『ボームの思考論』を渡していたのだが、難しいとのことでした。理系が得意なので興味をもつかと期待していたのですが難しいようです。

 それで、次にこの本を私が読み終えてから、息子にこの本を紹介しようと常々考えていたところでした。

 ちょうど、言葉の「意味」にも触れている本なので、入門的にも良いかもしれないと思っていますが、クリシュナムルティを読み込んでいないと、難しいのか‥、試しに勧めてみます。


 ブッダの時とは異なり、時間経過による風化がないクリシュナムルティ。

 ブッダの時には、時間を経るとともに教えが変容してゆき、今は見る影もない。

 しかし、クリシュナムルティは違う、100年後も1,000年後も、今、まさに生きているかのように、正確に教えが伝わってゆく。

 ゴトさんが述べるように>これが世界の大きな流れとしてあるとき、分裂・矛盾のない社会がそこにあるでしょう。−−、これは実現可能かもしれません。


[24644] Re:[24643] 正直なところ 投稿者:南方 投稿日:2017/10/08(Sun) 19:14  

> 人間は動物から何の弾みからかジャンプして、言葉と記憶、時間を手に入れ、動物とは異なった生、あるいは社会を手に入れた。
>
> その結果は刺激、飽食、ウォーキングらしいけれど、私は実はもう一つ、情緒を入れたいのです。
>
> アカシアの金と赤とがちるぞえな。
>
> かはたれの秋の光にちるぞえな。
>
> 片恋の薄着のねるのわがうれい
>
> 「曳舟」の水のほとりをゆくころを。
>
> やはらかな君が吐息の散るぞえな。
>
> アカシアの金と赤とがちるぞえな。  東京景物詩 北原白秋
>
> それで人は
>
> >こんな、かごの中のネズミみたいな生活が日本中で営まれている。ひたすら、逃避する毎日。そして、いつしか精神は疲れ果て鬱になる。それでも、昔はよかったと逃避する人も多々。
>
> >なんだかなって感じの世の中で、厭世的にもならず、虚無的でもなく、自然を見つめて感動する生き生きとした精神を持てた自分は幸せだと思う。
>
> >それもこれもKの本に出会ったから。
>
> これにも全く同感ですが、空になった心をときめかすものが知りたい。


今日はトマトソースリゾットを作りました。
缶詰のカットトマトを使った即席料理で、缶詰トマトの嫌な独特の臭みがあり、残念な味でした。
今度は生のトマトを煮込むところからはじめ、本格的な味を追求していきたくなりました。
そして、夕食後、甲突川沿いを、涼しくなった風を感じながらゆっくりと散歩する。水の音、虫の鳴き声、葉と葉がこすれあう音に耳を傾け、お月さまを見上げる。
帰ってきたら、コーヒーと煙草で一服。
そんな瞬間瞬間が心をときめかします。



[24643] 正直なところ 投稿者:ゴト 投稿日:2017/10/08(Sun) 18:49  

人間は動物から何の弾みからかジャンプして、言葉と記憶、時間を手に入れ、動物とは異なった生、あるいは社会を手に入れた。

その結果は刺激、飽食、ウォーキングらしいけれど、私は実はもう一つ、情緒を入れたいのです。

アカシアの金と赤とがちるぞえな。

かはたれの秋の光にちるぞえな。

片恋の薄着のねるのわがうれい

「曳舟」の水のほとりをゆくころを。

やはらかな君が吐息の散るぞえな。

アカシアの金と赤とがちるぞえな。  東京景物詩 北原白秋

それで人は

>こんな、かごの中のネズミみたいな生活が日本中で営まれている。ひたすら、逃避する毎日。そして、いつしか精神は疲れ果て鬱になる。それでも、昔はよかったと逃避する人も多々。

>なんだかなって感じの世の中で、厭世的にもならず、虚無的でもなく、自然を見つめて感動する生き生きとした精神を持てた自分は幸せだと思う。

>それもこれもKの本に出会ったから。

これにも全く同感ですが、空になった心をときめかすものが知りたい。


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