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> > > > > 軍人や官僚ではありません。今でいうと安倍内閣の九割を占める某新道の宗教組織といったところでしょう。安倍や麻生は洗脳されているといっても可能性は低くないと思います。
> > > > > その宗教組織の幹部は政治理念もあるかもしれまえんが、宗教理念もあると思います。狂信者ならば自覚はないでしょうが、中には冷静に自分が何をしているかわかって宗教組織を運営している輩がいるかもしれない。そういう意味の調和です。
> > >
> > > その調和は得体が知れません。その本質がわかりません。どういう理念に基づいて憲法改正をするのでしょうか。
> > >
> >
> >
> > 神社への金じゃないですか?単純に
> > あと神社組織の地位名誉とか権力

あ、わかりました。何が起きているか自覚しながら進むことができるのは悪魔クラスのワルかも知れませんね。

> >
> >
> > > > > 或いは、そう表だって操作しなくてもテレビや世間の雰囲気、感覚で、あれ?ちょっと違うぞ、とその国の情勢に敏感になる能力のある人です。憲法が改正されれば、たかが言葉とはいえされど言葉。国家を運営する人人に対する影響力は絶大でしょう。ひいては国民にたいする影響も。雰囲気はガラっと変わると私は思います。それにどれだけ敏感になっていくか、それを調和という。調和が乱れ始めた時、国家のどこかか自分のどこかがおかしいのだと察知できる能力を身に着けることが肝要。

この調和は意味が少し違うのかな。

> > > 雰囲気が変わるのに敏感で、しかもその本質がなんであるかを見抜くことは重要です。それには言葉から自由であることがいります。言葉にいちいち翻弄されるようではよいように操られてしまう。その操ろうとしているものは根本的には人間のサバイバルしたいという執念でしょうが、どっかで汚染されています。
> > >
> >
> >
> > 言葉からの自由というと難しく聞こえますし、言葉の自由くらいでも言葉には操られません。
> >
> >
>
>
>
> そして人生とはその本質が苦であるので、私はそのような組織が理念を掲げ、憲法改正し、戦争に踏み切ろうと、それはそれで俗世として受け止める。変えるつもりもないし、変えないつもりもない。

人生はその本質が苦であるのですか? ラジニーシが人生は神の祝福であり、祝祭ではないかとか言ったことがあり、私の人生半ばの時で、かなり長く心に引っかかっています。今もかな。


[26487] 無題 投稿者:無明 投稿日:2019/02/10(Sun) 10:40  

新しい芽氏の言葉を再び読んで感じるのは、シンプルな言葉の裏に隠された深い洞察力である。
人間は自らの思考を欺いている。彼の言葉は、その欺く思考のトリックに深く言及している。

注 最初と最後の自由「自己欺瞞」参照。
人間は元々自己保身の動物。自らの思考を使って、あらゆる「言い訳」を用意する。
その人間の病根である深層心理まで、突っ込んだ人は他に知りません。
改めて敬服した次第。

現に起きてるものを、ただ気づけばいいというものではない。
その時の思考のトリックを見破らなければ同じことを繰り返す。


[26486] 無題 投稿者:無明 投稿日:2019/02/10(Sun) 09:51  

クリシュナムルティの言っていることは、いくら頭で考えている限りわからぬ。
「直覚」の世界。現にあるものを知覚するのみ。


[26485] Re:[26466] 最初のザーネン講話 7-3 投稿者:宮啓 投稿日:2019/02/09(Sat) 17:14  

>  ほら、皆さん、雨粒をそれが空から落ちるとき見守ったことが今までにあるかどうか私は知りません。その一粒はすべての河、すべての大海、すべての流れとあなたが飲む水の性質を持つのです。しかしその一つの雨滴は河になるだろうと思っていません。それはただ落ちます。完全で、全体で。同様に、心がすべてのこの自己認識を通り抜けたとき、それは完全です。その状態の中に比較はありません。創造であるものは比較のものではありません。そしてそれは破壊的であるので、その中に古いものは何もありません。
>
>  それゆえ、言葉の上や知的にではなく、ひとはこの自己認識の過程を今から果てしなく通り抜けて行かなければなりません。なぜなら自己認識に終わりはないからです。そして終わりを持っていないので、それは始まりを持ちません。したがってそれは今です。


 自己認識に初めもなく終わりもない、雨粒のような全体性を有しているということか。。


[26484] 心理的な反応の気づきと根本的な解放 投稿者:無明 投稿日:2019/02/09(Sat) 11:33  

新しい芽氏の引用 2013月4月21日

そのとき、その場で、これでいいんだと済ますやり方ではなく、根本的な心理的な反応からの解放があるでしょうか?

注 新しい芽氏は「見る」という言葉は使わない。「気づいている」という言葉で統一していることがわかる。「気づいている」というのは、現にあるものに、直に知覚していることをいう。


ものや人に、何かに瞬時瞬時気づいています。何かが知覚されています。
心理的な反応があると、それは気づいているものを、反応として言語化してみたり、いい悪いで判断したりして、干渉があるなどあります。
それは何かに気づいていないということ。

注 ここはクリシュナムルティを学ぶ上での基本中の基本。ところがこの基本をわきまえないで思弁的に論じる人がほとんどだ。いくらK
本を読んでも、理解には至らない。

そしてさらに、その心理的な反応、その現象として知覚される、気づかれます。
心理的な反応への、いい悪い、同情、反発というさらなる反応は、心理的な反応の、知覚、気づきではありません。
さらなる反応があると、気づいていませんし、一時的に心理的な反応が止んでも、根本的解放ではなく、繰り返すでしょう。
ここはいいですか?

注 大抵の人は同じことの繰り返し。その時反省しても、又同じことをやる。


人が妬み、恨んでいます。
妬んで他の何かを邪魔しようとする、自我の行動、その発言、行動があります。
私は、人のその妬んでいる反応には、現象として、知覚しています。気づいています。
すなわち、それについて、いい悪いを思っていません。一緒に妬み、邪魔をしようという同情も、反発もしていません。

同様に、私は、何かに対して妬み、羨むというタイプの思考が、自分の記憶から生じたことを、その現象、その反応を知覚しています、気づいています。
すなわち、それについて、実際に妬み、邪魔をしようとしては動いておらず、いい悪い、同情も反発もありません。
妬みの思考、自我そのものの知覚がある、自発的な直接の行動があるだけです。

反応に気づいているときには、妬みという自我の活動の知覚から、実は、妬み、自我の活動は、その葛藤、矛盾、混乱、破壊が知覚されており、自発的に消失しているでしょうか?
その時、何かを、妬みを自我なしに、直接知覚し、気づいている、その時、何かとの関わりで、自発的な行動があるということでしょうか?
そこが根本的な解放のありようでしょうか?

注 ここの文章について誰も質問する人がいなく、ここだけで終わっている。
例えば不倫というものを、考えてみよう。当然、不倫というものは夫婦間の裏切りであり、世間的には、悪いこととされる。いわば道徳に反するというのが、一般常識。
自分がもし、当事者として、不倫をした、あるいはされたという事実を、いい悪いなしに見ることは可能なのだろうか?
その時になってみないとわからないというのが正直なところだ。
不倫という事実だけを見る。いい悪いの判断をしない?





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> > > > > > > > > > > > 1961年ザーネン公開講話 7−3
> > > > > > > > > > > >
> > > > > > > > > > > >  さて、次に何が起こりますか? 今までのところ、伝達するために言葉を用いてきました。だが言葉はものではありません。「静けさ」という言葉は静けさではありません。そこでどうかこのことを理解してください。静けさがあるためには、心は言葉から自由でなければならないことを。
> > > > > > > > > > > >
> > > > > > > > > > > >
> > > > > > > > > > >
> > > > > > > > > > >
> > > > > > > > > > > なぜ静かでなければいけないのか?
> > > > > > > > > >
> > > > > > > > > > 自分の内外に実際に実際に起こっていることを知るためにです。心が動転しているなら錯誤に陥る可能性が大きい。
> > > > > > > > > >
> > > > > > > > >
> > > > > > > > >
> > > > > > > > > 可能性が大きいと言い切れないでしょう。例えば騒ぎと調和或いは対比していれば。
> > > > > > > >
> > > > > > > > ここはちょっと意味が分かりませんです。
> > > > > > > >
> > > > > > > >
> > > > > > >
> > > > > > >
> > > > > > > 例えば軍国主義国家に調和していれば、調和とはその本質を操作するレベルですが、実際自分が何をしているのかわかるでしょう?
> > > > > >
> > > > > >
> > > > > > ここは理解しにくい。軍国主義に調和している人というのがわからない。その本質を操作するレベルとは当時の内閣を構成していた官僚や軍人を指すのでしょうか? 何か見当違いのことを私は言っていますか?
> > > > > >
> > > >
> > > >
> > > > 軍人や官僚ではありません。今でいうと安倍内閣の九割を占める某新道の宗教組織といったところでしょう。安倍や麻生は洗脳されているといっても可能性は低くないと思います。
> > > > その宗教組織の幹部は政治理念もあるかもしれまえんが、宗教理念もあると思います。狂信者ならば自覚はないでしょうが、中には冷静に自分が何をしているかわかって宗教組織を運営している輩がいるかもしれない。そういう意味の調和です。
> >
> > その調和は得体が知れません。その本質がわかりません。どういう理念に基づいて憲法改正をするのでしょうか。
> >
>
>
> 神社への金じゃないですか?単純に
> あと神社組織の地位名誉とか権力
>
>
>
>
> > > > 或いは、そう表だって操作しなくてもテレビや世間の雰囲気、感覚で、あれ?ちょっと違うぞ、とその国の情勢に敏感になる能力のある人です。憲法が改正されれば、たかが言葉とはいえされど言葉。国家を運営する人人に対する影響力は絶大でしょう。ひいては国民にたいする影響も。雰囲気はガラっと変わると私は思います。それにどれだけ敏感になっていくか、それを調和という。調和が乱れ始めた時、国家のどこかか自分のどこかがおかしいのだと察知できる能力を身に着けることが肝要。
> >
> > 雰囲気が変わるのに敏感で、しかもその本質がなんであるかを見抜くことは重要です。それには言葉から自由であることがいります。言葉にいちいち翻弄されるようではよいように操られてしまう。その操ろうとしているものは根本的には人間のサバイバルしたいという執念でしょうが、どっかで汚染されています。
> >
>
>
> 言葉からの自由というと難しく聞こえますし、言葉の自由くらいでも言葉には操られません。
>
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そして人生とはその本質が苦であるので、私はそのような組織が理念を掲げ、憲法改正し、戦争に踏み切ろうと、それはそれで俗世として受け止める。変えるつもりもないし、変えないつもりもない。


[26482] Re:[26481] [26480] [26479] [26478] [26477] [26474] [26473] [26470] [26469] [26467] [26466] 最初のザーネン講話 7-3 投稿者:南方 投稿日:2019/02/09(Sat) 09:26  

> > > > > > > > > > > 1961年ザーネン公開講話 7−3
> > > > > > > > > > >
> > > > > > > > > > >  さて、次に何が起こりますか? 今までのところ、伝達するために言葉を用いてきました。だが言葉はものではありません。「静けさ」という言葉は静けさではありません。そこでどうかこのことを理解してください。静けさがあるためには、心は言葉から自由でなければならないことを。
> > > > > > > > > > >
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> > > > > > > > > >
> > > > > > > > > > なぜ静かでなければいけないのか?
> > > > > > > > >
> > > > > > > > > 自分の内外に実際に実際に起こっていることを知るためにです。心が動転しているなら錯誤に陥る可能性が大きい。
> > > > > > > > >
> > > > > > > >
> > > > > > > >
> > > > > > > > 可能性が大きいと言い切れないでしょう。例えば騒ぎと調和或いは対比していれば。
> > > > > > >
> > > > > > > ここはちょっと意味が分かりませんです。
> > > > > > >
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> > > > > > 例えば軍国主義国家に調和していれば、調和とはその本質を操作するレベルですが、実際自分が何をしているのかわかるでしょう?
> > > > >
> > > > >
> > > > > ここは理解しにくい。軍国主義に調和している人というのがわからない。その本質を操作するレベルとは当時の内閣を構成していた官僚や軍人を指すのでしょうか? 何か見当違いのことを私は言っていますか?
> > > > >
> > >
> > >
> > > 軍人や官僚ではありません。今でいうと安倍内閣の九割を占める某新道の宗教組織といったところでしょう。安倍や麻生は洗脳されているといっても可能性は低くないと思います。
> > > その宗教組織の幹部は政治理念もあるかもしれまえんが、宗教理念もあると思います。狂信者ならば自覚はないでしょうが、中には冷静に自分が何をしているかわかって宗教組織を運営している輩がいるかもしれない。そういう意味の調和です。
>
> その調和は得体が知れません。その本質がわかりません。どういう理念に基づいて憲法改正をするのでしょうか。
>


神社への金じゃないですか?単純に
あと神社組織の地位名誉とか権力




> > > 或いは、そう表だって操作しなくてもテレビや世間の雰囲気、感覚で、あれ?ちょっと違うぞ、とその国の情勢に敏感になる能力のある人です。憲法が改正されれば、たかが言葉とはいえされど言葉。国家を運営する人人に対する影響力は絶大でしょう。ひいては国民にたいする影響も。雰囲気はガラっと変わると私は思います。それにどれだけ敏感になっていくか、それを調和という。調和が乱れ始めた時、国家のどこかか自分のどこかがおかしいのだと察知できる能力を身に着けることが肝要。
>
> 雰囲気が変わるのに敏感で、しかもその本質がなんであるかを見抜くことは重要です。それには言葉から自由であることがいります。言葉にいちいち翻弄されるようではよいように操られてしまう。その操ろうとしているものは根本的には人間のサバイバルしたいという執念でしょうが、どっかで汚染されています。
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言葉からの自由というと難しく聞こえますし、言葉の自由くらいでも言葉には操られません。




[26481] Re:[26480] [26479] [26478] [26477] [26474] [26473] [26470] [26469] [26467] [26466] 最初のザーネン講話 7-3 投稿者:ゴト 投稿日:2019/02/09(Sat) 09:12  

> > > > > > > > > > 1961年ザーネン公開講話 7−3
> > > > > > > > > >
> > > > > > > > > >  さて、次に何が起こりますか? 今までのところ、伝達するために言葉を用いてきました。だが言葉はものではありません。「静けさ」という言葉は静けさではありません。そこでどうかこのことを理解してください。静けさがあるためには、心は言葉から自由でなければならないことを。
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> > > > > > > > > なぜ静かでなければいけないのか?
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> > > > > > > > 自分の内外に実際に実際に起こっていることを知るためにです。心が動転しているなら錯誤に陥る可能性が大きい。
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> > > > > > > 可能性が大きいと言い切れないでしょう。例えば騒ぎと調和或いは対比していれば。
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> > > > > > ここはちょっと意味が分かりませんです。
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> > > > > 例えば軍国主義国家に調和していれば、調和とはその本質を操作するレベルですが、実際自分が何をしているのかわかるでしょう?
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> > > > ここは理解しにくい。軍国主義に調和している人というのがわからない。その本質を操作するレベルとは当時の内閣を構成していた官僚や軍人を指すのでしょうか? 何か見当違いのことを私は言っていますか?
> > > >
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> >
> > 軍人や官僚ではありません。今でいうと安倍内閣の九割を占める某新道の宗教組織といったところでしょう。安倍や麻生は洗脳されているといっても可能性は低くないと思います。
> > その宗教組織の幹部は政治理念もあるかもしれまえんが、宗教理念もあると思います。狂信者ならば自覚はないでしょうが、中には冷静に自分が何をしているかわかって宗教組織を運営している輩がいるかもしれない。そういう意味の調和です。

その調和は得体が知れません。その本質がわかりません。どういう理念に基づいて憲法改正をするのでしょうか。

> > 或いは、そう表だって操作しなくてもテレビや世間の雰囲気、感覚で、あれ?ちょっと違うぞ、とその国の情勢に敏感になる能力のある人です。憲法が改正されれば、たかが言葉とはいえされど言葉。国家を運営する人人に対する影響力は絶大でしょう。ひいては国民にたいする影響も。雰囲気はガラっと変わると私は思います。それにどれだけ敏感になっていくか、それを調和という。調和が乱れ始めた時、国家のどこかか自分のどこかがおかしいのだと察知できる能力を身に着けることが肝要。

雰囲気が変わるのに敏感で、しかもその本質がなんであるかを見抜くことは重要です。それには言葉から自由であることがいります。言葉にいちいち翻弄されるようではよいように操られてしまう。その操ろうとしているものは根本的には人間のサバイバルしたいという執念でしょうが、どっかで汚染されています。

>
> 付け加えると調和と同調は違うということです。調和は肝要だが同調は危険です。

はい。


[26480] Re:[26479] [26478] [26477] [26474] [26473] [26470] [26469] [26467] [26466] 最初のザーネン講話 7-3 投稿者:南方 投稿日:2019/02/09(Sat) 05:06  

> > > > > > > > > 1961年ザーネン公開講話 7−3
> > > > > > > > >
> > > > > > > > >  さて、次に何が起こりますか? 今までのところ、伝達するために言葉を用いてきました。だが言葉はものではありません。「静けさ」という言葉は静けさではありません。そこでどうかこのことを理解してください。静けさがあるためには、心は言葉から自由でなければならないことを。
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> > > > > > > > なぜ静かでなければいけないのか?
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> > > > > > > 自分の内外に実際に実際に起こっていることを知るためにです。心が動転しているなら錯誤に陥る可能性が大きい。
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> > > > > > 可能性が大きいと言い切れないでしょう。例えば騒ぎと調和或いは対比していれば。
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> > > > > ここはちょっと意味が分かりませんです。
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> > > > 例えば軍国主義国家に調和していれば、調和とはその本質を操作するレベルですが、実際自分が何をしているのかわかるでしょう?
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> > > ここは理解しにくい。軍国主義に調和している人というのがわからない。その本質を操作するレベルとは当時の内閣を構成していた官僚や軍人を指すのでしょうか? 何か見当違いのことを私は言っていますか?
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>
> 軍人や官僚ではありません。今でいうと安倍内閣の九割を占める某新道の宗教組織といったところでしょう。安倍や麻生は洗脳されているといっても可能性は低くないと思います。
> その宗教組織の幹部は政治理念もあるかもしれまえんが、宗教理念もあると思います。狂信者ならば自覚はないでしょうが、中には冷静に自分が何をしているかわかって宗教組織を運営している輩がいるかもしれない。そういう意味の調和です。
>
> 或いは、そう表だって操作しなくてもテレビや世間の雰囲気、感覚で、あれ?ちょっと違うぞ、とその国の情勢に敏感になる能力のある人です。憲法が改正されれば、たかが言葉とはいえされど言葉。国家を運営する人人に対する影響力は絶大でしょう。ひいては国民にたいする影響も。雰囲気はガラっと変わると私は思います。それにどれだけ敏感になっていくか、それを調和という。調和が乱れ始めた時、国家のどこかか自分のどこかがおかしいのだと察知できる能力を身に着けることが肝要。
>
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付け加えると調和と同調は違うということです。調和は肝要だが同調は危険です。


[26479] Re:[26478] [26477] [26474] [26473] [26470] [26469] [26467] [26466] 最初のザーネン講話 7-3 投稿者:南方 投稿日:2019/02/09(Sat) 04:58  

> > > > > > > > 1961年ザーネン公開講話 7−3
> > > > > > > >
> > > > > > > >  さて、次に何が起こりますか? 今までのところ、伝達するために言葉を用いてきました。だが言葉はものではありません。「静けさ」という言葉は静けさではありません。そこでどうかこのことを理解してください。静けさがあるためには、心は言葉から自由でなければならないことを。
> > > > > > > >
> > > > > > > >
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> > > > > > >
> > > > > > > なぜ静かでなければいけないのか?
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> > > > > > 自分の内外に実際に実際に起こっていることを知るためにです。心が動転しているなら錯誤に陥る可能性が大きい。
> > > > > >
> > > > >
> > > > >
> > > > > 可能性が大きいと言い切れないでしょう。例えば騒ぎと調和或いは対比していれば。
> > > >
> > > > ここはちょっと意味が分かりませんです。
> > > >
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> > > 例えば軍国主義国家に調和していれば、調和とはその本質を操作するレベルですが、実際自分が何をしているのかわかるでしょう?
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> >
> > ここは理解しにくい。軍国主義に調和している人というのがわからない。その本質を操作するレベルとは当時の内閣を構成していた官僚や軍人を指すのでしょうか? 何か見当違いのことを私は言っていますか?
> >


軍人や官僚ではありません。今でいうと安倍内閣の九割を占める某新道の宗教組織といったところでしょう。安倍や麻生は洗脳されているといっても可能性は低くないと思います。
その宗教組織の幹部は政治理念もあるかもしれまえんが、宗教理念もあると思います。狂信者ならば自覚はないでしょうが、中には冷静に自分が何をしているかわかって宗教組織を運営している輩がいるかもしれない。そういう意味の調和です。

或いは、そう表だって操作しなくてもテレビや世間の雰囲気、感覚で、あれ?ちょっと違うぞ、とその国の情勢に敏感になる能力のある人です。憲法が改正されれば、たかが言葉とはいえされど言葉。国家を運営する人人に対する影響力は絶大でしょう。ひいては国民にたいする影響も。雰囲気はガラっと変わると私は思います。それにどれだけ敏感になっていくか、それを調和という。調和が乱れ始めた時、国家のどこかか自分のどこかがおかしいのだと察知できる能力を身に着けることが肝要。










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