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[25384] 無題 投稿者:青空の慈悲 投稿日:2018/06/08(Fri) 18:16  

クリシュナムルティはゴチャゴチャ難しいことを述べていたが、結局愛があればいい、優しければいいんだよということに過ぎない。


[25383] 無題 投稿者:虚無 投稿日:2018/06/08(Fri) 18:06  

ただ、先進諸国の人々は、それに気づかずに、明るさをモットーに、やくざをしているようです。10億人の飢餓人を足下に置いて。

また始まった馬鹿のひとつ覚えが。自分自身たらふく飽食を味わっておきながら、何が10億人の飢餓だ。のうのうと何不自由なく暮らしているくせに、このことに言及するな。偽善者め。
本当にそう思ったら家族や仕事をほっといて現地でボランティア活動をやれよ。できねえくせに。


[25382] 思考は物資か 投稿者:虚無 投稿日:2018/06/08(Fri) 17:54  

思考は物質だ、と言い張るクリシュナムルティに対し、ボームがそれをたしなめる場面が出てくる。それでは今の科学は納得しないと、いわば通用しない。ソースイズマターがKの口癖のようだ。何かにつけてそれを口にする。ボームは物理の専門家だ。それに対しKは物理の知識はない。それで一向に議論が噛み合わない。そもそも思考は物質だなどというのはおかしな論理である。思考は物質ではなく「波」のようなものではないか、ボームは折衷案を出すと、Kは渋々納得したという。それもつかの間、またもや思考は物質だと。それでは思考はエネルギーではどうかという。例えば光は粒であり、波である。物質であって物質ではない。そういえば最近一部で「波動」という概念が出ている。新しい概念。私に言わせれば思考は想念波動そのものである。思考は物質ではない。それでは唯物論だろう。これは渡辺氏がユーチューブで説明している一部だが、他でもクリシュナムルティの矛盾点を鋭く指摘している。
脳の変容には「非物質」の働きかけが必要ではないかと、又しても矛盾したことをいってボームを困らす。全く手を焼く人だと。思考は物質と言って起きながらオカルトめいたことを言う。これでは世間の説得力を得られない。
そもそも物理学の知識がないクリシュナムルティに宇宙の真理に探求なんていうのは土台無理な話。ボームとの対話によって知識不足を露呈。精神と物質は相入れない。


[25381] Re:[25376] [25373] 既知からの自由 1−1 投稿者:宮啓 投稿日:2018/06/08(Fri) 16:12  

> > [人間の探求・苦悶する心]
> >
> > 人間はどの時代にも自分自身を超え、物質的な幸福を超えた何かを ― 真理とか神とか真の実在と呼ぶ何か、時間のない状態 ― 環境や思考や人間の堕落によってかき乱されない何かを求めてきました。
>
> ウーム、これは西洋の有閑階級の心理なのかな? 哲学青年的な感じもする。


 もっと身近に見渡すと、多くの家に仏壇や神棚があるのではないだろうか。手入れを要する墓も有していないだろうか。

 死後の世界を信じていないだろうか。先だった人があの世で待っていると期待していないだろうか。

 これらが、>人間はどの時代にも自分自身を超え、物質的な幸福を超えた何かを ― 真理とか神とか真の実在と呼ぶ何か、時間のない状態 ― 環境や思考や人間の堕落によってかき乱されない何かを求めてきました。−−、これに当てはまるのではないでしょうか。。

 それゆえに、自身の死後に、その中心が存続すると期待していないだろうか。


> >  人間は常にこう問うてきました。すべては何なのでしょうか? 生は一体何か意味を持つのでしょうか? 巨大な生の混乱、残虐、反抗、戦争、宗教とイデオロギーと国家の果てしない分裂を見、深い永久的な挫折感をもって人間は問います。なすべきことは何でしょうか、私たちが生と呼ぶこのものは何でしょうか、それを超える何かがあるのでしょうか?
>
> 貧乏青年の文句のような感じになった。


 人は、明るいことは良いことで暗いことは悪いことだという優劣判断・価値判断を有していないだろうか。

 貧乏青年の文句は、現にあるものを言い当てているのだろうか、それとも誇張なのだろうか。

 これが誇張ではなく、現にある事実関係であることを見ることが、>深い永久的な挫折感をもって人間は問います。なすべきことは何でしょうか、私たちが生と呼ぶこのものは何でしょうか、それを超える何かがあるのでしょうか?−−、この「問い」を生むのではないでしょうか。

 そして、この「問い」から>人間はどの時代にも自分自身を超え、物質的な幸福を超えた何かを ― 真理とか神とか真の実在と呼ぶ何か、時間のない状態 ― 環境や思考や人間の堕落によってかき乱されない何かを求めてきました。−−、この希求が始まるのかもしれません。

 このモチベーションが、クリシュナムルティ理解への取り組みにおいて不可欠ではないでしょうか。

 そのような意味においては、暗いことは劣り明るいことが優れているという価値判断は、真理ではなく、深い条件付けではなかろうか。。

 そのような無意識下の条件付けは、クリシュナムルティを鏡として照らし出されるように見受けられます。 


> >  そして常に求めてきた多くの名前を持つこの名称のないものを見出すことなく、信仰を ― 救世主や理想に対する信仰をはぐくんできました ― そして信仰は不可避的に暴力を生みます。
>
> 信仰は組織化されると内部の派閥争い、信者に対する異端審問、異教間の対立・宗教戦争・民族間の戦争を生んだ。
>
> >  生と呼ぶこのたえざる戦いの中で、共産主義社会であれ、いわゆる自由主義社会であれ、私たちは自分が育てられた社会に従って行動の基準を定めようとします。私たちはヒンドゥ教徒、イスラム教徒、キリスト教徒、あるいはたまたま何であろうがその教徒としての自分たちの伝統の一部として、行動の規範を受け入れます。何が正しく何が間違った振る舞いか、何が正しく何が間違った考えか教えてくれる誰かを当てにします。そしてこの様式に従う中で、私たちの行為と思考は機械的になり、反応は自動的になります。この事は自分自身の中に非常に容易に観察できます。
>
> 非常に容易に観察できる…ここは引っかからないです。
>
> >  何世紀もの間、私たちは教師や権威、書物や聖者によって匙で食べさせてもらってきました。私たちは「それについて全部教えてください ― あの丘や山や大地の向こうには何があるのでしょうか?」と言い、彼らの説明で満足しますが、それは私たちが言葉で生きており、私たちの生は浅薄で空虚ことなことを意味します。私たちは受け売り人間なのです。自分の傾向、性癖によって誘導されるか、あるいは境遇と環境によって受け入れるよう強制されるかのどちらかで、教えられたものを頼りにして生きています。私たちはあらゆる種類の影響の結果であり、私たちの中に新しいものは何もなく、自分自身で発見したものは何もありません。独創的で、本来の純粋さを保った明確なものは何もないのです。
>
> 人類にはガリレオやコペルニクスやレオナルド・ダ・ヴィンチ(隠れて解剖図を描いた)、ほか数々の天才を生んだ。誰もが天文学や解剖学に通じる必要はない。そのことはそのこととして、自分でしっかり考えなければならないことも確かにある。とまあ私はそう思うのだが、そこで何を明確に自分で考えなければいけないのか、また人類はどう動いているのか、自分で考えたことはあるのかな。それともKの本をもっと読んだ方がいいのかな。

> >  神学の歴史を通じて、もし私たちがある儀式を行ない、ある祈りやマントラを繰り返し、ある型に従い、欲望を抑え、思考を制御し、情熱を昇華させ、食欲を制限し、性的な放縦を慎むなら、心と肉体の十分な苦悩の後で、この小さな生を超越した何かを発見するだろうと、宗教的指導者によって保証されてきました。そしてそれは何百万のいわゆる宗教的な人が長年の間、行ってきたことです。孤立して、砂漠や山や洞窟に入ったり、村から村へ托鉢の旅を続けたり、あるいは集団で修道院に入り、確立した型に従う事を自分の心に強いたりしました。しかし苦悶する心、打ちひしがれた心、すべての混乱から逃れることを望む心、規律と順応を通じて鈍くされた心 ― このような心は、どれほど長く求めても、それ自体の歪みに従って見出すだけでしょう。
>
> ここは今のところ引っかかりません。
> >
> > (続く)


 私も、今のところ、引っかかりません。

 それよりも、やくざの世界で生まれ育った幼子が、周囲のやくざの教えを受けて育つ様を見させて貰ったような、強烈な印象を受けました。

 人類とは、そのように育つ脳を有しているようです。

 ただ、先進諸国の人々は、それに気づかずに、明るさをモットーに、やくざをしているようです。10億人の飢餓人を足下に置いて。


[25380] Re:[25379] 既知からの自由1 投稿者:ゴト 投稿日:2018/06/08(Fri) 15:08  

> 人間の探求・苦悶する心]1
>
> 以下省略
>
> クリシュナムルティの講話を聞く大衆というのは、アメリカではキリスト教徒、インドではヒンズー教徒が対象であり、日本人の私たちが聞いても今イチピンとこないものがあります。
> 日本人というのは「無宗教」が多いので、アメリカやインドのように、行事、しきたりなどに縛られることはありません。

ええ、そんな感じがします。

> 人類の歴史において「宗教」というものが、大きな影響を与えたということは理解できます。
> 現在でも、キリスト教、イスラム教、仏教が幅を利かせています。
> で、それらは「世界平和」に役に立ったでしょうか?
> 本来、人を救うものでありながら、現実は宗教の名において殺人が有史以来延々と行われている。

現代はさすがに宗教の力は世界的に減ってきたと思うが、大国の力のバランスが変化し、力の論理が何らかの形で復活するかもしれない。


[25379] 既知からの自由1 投稿者:虚無 投稿日:2018/06/08(Fri) 09:38  

人間の探求・苦悶する心]1

以下省略

クリシュナムルティの講話を聞く大衆というのは、アメリカではキリスト教徒、インドではヒンズー教徒が対象であり、日本人の私たちが聞いても今イチピンとこないものがあります。
日本人というのは「無宗教」が多いので、アメリカやインドのように、行事、しきたりなどに縛られることはありません。

人類の歴史において「宗教」というものが、大きな影響を与えたということは理解できます。
現在でも、キリスト教、イスラム教、仏教が幅を利かせています。
で、それらは「世界平和」に役に立ったでしょうか?
本来、人を救うものでありながら、現実は宗教の名において殺人が有史以来延々と行われている。


[25378] Re:[25375] 無題 投稿者:ゴト 投稿日:2018/06/08(Fri) 09:22  

> ゴトさんが「既知のからの自由」を訳していたとは、初めて聞きました。
> 私も1978年にオハイに行ったとき原書を購入しました。この本は1969年に「自己変革の方法」と訳され、はじめて出たK の本です。
> この本にあるKのいうスパッとした物言いに感銘を受けたものです。
> その後に違う訳者の本が出ましたが、全く印象が変わってしまいました。


大野龍一訳ですか。そんなに印象が変わりますか?購入して読んでみます。

> 以前はパソコンで投稿していましたが、現在はアイパットでやっています。

進んでいるー。私はアイパッドは孫が使っているのを見ているだけです。

> 上記の文章はコピペして貼り付けたものです。

? わからない。


[25377] それぞれのアプローチ 投稿者:虚無 投稿日:2018/06/08(Fri) 09:19  

>それからKのテキストを牧師さんが聖書を読むような解説はやめて、

ここは明らかに宮啓氏のことを指している。彼は今までK の陳述を盲目的に解説しているだけである。議論に加わろうとはしない。


>ひっかる点を挙げて話し合いをしましょう。なお、ほかに読みたいKの本があれば、どなたかそれを投稿していただいて引っかかる点のつつき合いをするのもいいですね。

要するにクリシュナムルティの本というのはすんなり理解できる人はいない。わからないところ、疑問点が多々出てくる。だからみんなで話し合うのだ。
それが読書会の要点。主催の飯尾氏も同じ。そこでは教える人も教えられる人もいない。
それはそれで結構なことだが、実際には各自の意識レベルに差があり、ついてこれない人が出てくる。要するに「消化不良」
ですから初心者向けの解説がいる。渡辺充氏、森本武氏、大野氏など適任。彼らからヒントをもらう。飯尾氏は「グル」ではない。
例えばKの基本テーゼ「観察者は観察されるもの」について、ある程度理解する必要がある。はじめは知的理解として。
それ抜きに過程を抜かして 、いきなりKの教えを実践しろというのは無理な話。

それと真理へのアプローチの探求だが、人それぞれ違って当たり前だろう。
クリシュナムルティ、渡辺充氏、飯尾氏、それぞれスタンスが違う。
飯尾氏などは徹底してクリシュナムルティのくの字も出さなかった。だからK の解説はしない。日常で起きたことだけ話し合う。
渡辺氏は親切丁寧に仏教、クリシュナムルティを解説している。といって彼は仏教、クリシュナムルティに追随しない。ところどころ彼らに対する疑問点を述べている。ようするに教えを盲従しない。あくまで自分で考え抜く。
クリシュナムルティ1個人に追随することはまさに洗脳である。これはK個人が避けてきたことでもある。だから彼は私の言ってることがガラクタのテープレコーダーにすぎないというのである。
「言葉」に追随するな。


[25376] Re:[25373] 既知からの自由 1−1 投稿者:ゴト 投稿日:2018/06/08(Fri) 09:10  

> [人間の探求・苦悶する心]
>
> 人間はどの時代にも自分自身を超え、物質的な幸福を超えた何かを ― 真理とか神とか真の実在と呼ぶ何か、時間のない状態 ― 環境や思考や人間の堕落によってかき乱されない何かを求めてきました。

ウーム、これは西洋の有閑階級の心理なのかな? 哲学青年的な感じもする。

>  人間は常にこう問うてきました。すべては何なのでしょうか? 生は一体何か意味を持つのでしょうか? 巨大な生の混乱、残虐、反抗、戦争、宗教とイデオロギーと国家の果てしない分裂を見、深い永久的な挫折感をもって人間は問います。なすべきことは何でしょうか、私たちが生と呼ぶこのものは何でしょうか、それを超える何かがあるのでしょうか?

貧乏青年の文句のような感じになった。

>  そして常に求めてきた多くの名前を持つこの名称のないものを見出すことなく、信仰を ― 救世主や理想に対する信仰をはぐくんできました ― そして信仰は不可避的に暴力を生みます。

信仰は組織化されると内部の派閥争い、信者に対する異端審問、異教間の対立・宗教戦争・民族間の戦争を生んだ。

>  生と呼ぶこのたえざる戦いの中で、共産主義社会であれ、いわゆる自由主義社会であれ、私たちは自分が育てられた社会に従って行動の基準を定めようとします。私たちはヒンドゥ教徒、イスラム教徒、キリスト教徒、あるいはたまたま何であろうがその教徒としての自分たちの伝統の一部として、行動の規範を受け入れます。何が正しく何が間違った振る舞いか、何が正しく何が間違った考えか教えてくれる誰かを当てにします。そしてこの様式に従う中で、私たちの行為と思考は機械的になり、反応は自動的になります。この事は自分自身の中に非常に容易に観察できます。

非常に容易に観察できる…ここは引っかからないです。

>  何世紀もの間、私たちは教師や権威、書物や聖者によって匙で食べさせてもらってきました。私たちは「それについて全部教えてください ― あの丘や山や大地の向こうには何があるのでしょうか?」と言い、彼らの説明で満足しますが、それは私たちが言葉で生きており、私たちの生は浅薄で空虚ことなことを意味します。私たちは受け売り人間なのです。自分の傾向、性癖によって誘導されるか、あるいは境遇と環境によって受け入れるよう強制されるかのどちらかで、教えられたものを頼りにして生きています。私たちはあらゆる種類の影響の結果であり、私たちの中に新しいものは何もなく、自分自身で発見したものは何もありません。独創的で、本来の純粋さを保った明確なものは何もないのです。

人類にはガリレオやコペルニクスやレオナルド・ダ・ヴィンチ(隠れて解剖図を描いた)、ほか数々の天才を生んだ。誰もが天文学や解剖学に通じる必要はない。そのことはそのこととして、自分でしっかり考えなければならないことも確かにある。とまあ私はそう思うのだが、そこで何を明確に自分で考えなければいけないのか、また人類はどう動いているのか、自分で考えたことはあるのかな。それともKの本をもっと読んだ方がいいのかな。

>  神学の歴史を通じて、もし私たちがある儀式を行ない、ある祈りやマントラを繰り返し、ある型に従い、欲望を抑え、思考を制御し、情熱を昇華させ、食欲を制限し、性的な放縦を慎むなら、心と肉体の十分な苦悩の後で、この小さな生を超越した何かを発見するだろうと、宗教的指導者によって保証されてきました。そしてそれは何百万のいわゆる宗教的な人が長年の間、行ってきたことです。孤立して、砂漠や山や洞窟に入ったり、村から村へ托鉢の旅を続けたり、あるいは集団で修道院に入り、確立した型に従う事を自分の心に強いたりしました。しかし苦悶する心、打ちひしがれた心、すべての混乱から逃れることを望む心、規律と順応を通じて鈍くされた心 ― このような心は、どれほど長く求めても、それ自体の歪みに従って見出すだけでしょう。

ここは今のところ引っかかりません。
>
> (続く)


[25375] 無題 投稿者:虚無 投稿日:2018/06/08(Fri) 08:35  

>  それで、ゴト訳「既知からの自由」を読んでみるつもりです。実は今興味がわいているので。それから、このKのテキストを牧師さんが聖書を読むような解説はやめて、ひっかる点を挙げて話し合いをしましょう。なお、ほかに読みたいKの本があれば、どなたかそれを投稿していただいて引っかかる点のつつき合いをするのもいいですね。

ゴトさんが「既知のからの自由」を訳していたとは、初めて聞きました。
私も1978年にオハイに行ったとき原書を購入しました。この本は1969年に「自己変革の方法」と訳され、はじめて出たK の本です。
この本にあるKのいうスパッとした物言いに感銘を受けたものです。
その後に違う訳者の本が出ましたが、全く印象が変わってしまいました。
以前はパソコンで投稿していましたが、現在はアイパットでやっています。
上記の文章はコピペして貼り付けたものです。


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