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[25565] Re:[25564] [25563] [25562] [25557] [25554] [25553] [25552] [25550] [25549] [25548] [25547] [25541] 既知からの自由2-2(2) 投稿者:宮啓 投稿日:2018/06/27(Wed) 15:06  

> > > > > > > > > > > > [条件付け]
> > > > >
> > > > > >  要点は、脳の結線が変わることによって、その陳述内容が理解されることではないでしょうか。
> > > > > >
> > > > > >  そのとき、脳の結線が変わっているか。。
> > > > >
> > > > >
> > > > > 脳の結線が変わるというのは仮説で今は確かめることができないものです。 それで、実際に感じる記述(Kの言ったことでもいいし、人間のなす伝達でもいい)の知的でない理解が肝要です。
> > > > >
> > > > >  そこで、どうしてKの言ったことが実際に起こらないか、そこが問題です。そこに目を向けなければならないと思います。見ることに思考が介入することがあります。他に何かあるか? もちろんKの言っていることが間違っている可能性もあります。だが実際になぜ起こらないかを考え抜かなければなりません。そして本当に変化が何も起きていないのか、自分について考えなければなりません。
> > > >
> > > >
> > > >  脳の結線の変化が「変容」であるならば、変容を感じることはできるのではないでしょうか。
> > > >
> > > >  変容が起こらないにも関わらず、変容がなぜ起こらないか?
> > > >
> > > >  これを問うことは思考の網に捕らわれるように思われます。
> > > >
> > > >  変容が起これば、それは即理解であり、理解の前には変容はありえないことが分かるのです。。
> > >
> > >
> > > 見るという事が知的理解と即時の理解の架け橋です。そこまで知的理解で行けます。見ることに入ると即時の理解が始まりだします。ここには私は疑いがないのです。見ることがなぜ始まらないかが疑問なのです。
> >
> >
> >  もしも、その「見る」が「変容」と同等であれば、見ることでクリシュナムルティの陳述内容を理解できるということではないでしょうか。。
>
>
> 見ることに幸せにもたまたま入っても、それは自分はタバコを吸っているのではなくタバコに捉われているのだという事を悟ったにすぎません。意志の力ではやまらなかった煙草を吸う事が落ちていったという事です。
>
> 全般的な変容が実現するという事はどういう事か見当もつきません。しかし見ることに入れば苦痛、葛藤が次々と落ちていくことがわかります。しかし、すっかりなくなったかどうかは、わからないし証明の仕様がないのです。禁煙ですらそうです。もう40年近くたっているでしょう。でも何かでまた吸い始めるかもしれません。皆が変容というお化けイメージに取り憑かれているのかもしれません。
>
>  それで私は見ることが徐々に実現して、するとそれに応じたミニ変容が始まり、それは葛藤がなくなったという大きなことが実感できて言えるようになります。で、私は「既知からの自由」という陳述を興味を持って読んでいるわけです。


 はい。

 読み進めてゆく内に、理解が更に深まり、それが変容(ミニ変容でもOK)へと繋がってゆくのかもしれません。。

 私も、穴が開かんばかりに、読んでいます。

 この穴が開かんばかりとなる探究心が大切なのかもしれません。。


[25564] Re:[25563] [25562] [25557] [25554] [25553] [25552] [25550] [25549] [25548] [25547] [25541] 既知からの自由2-2(2) 投稿者:ゴト 投稿日:2018/06/26(Tue) 22:51  

> > > > > > > > > > > [条件付け]
> > > >
> > > > >  要点は、脳の結線が変わることによって、その陳述内容が理解されることではないでしょうか。
> > > > >
> > > > >  そのとき、脳の結線が変わっているか。。
> > > >
> > > >
> > > > 脳の結線が変わるというのは仮説で今は確かめることができないものです。 それで、実際に感じる記述(Kの言ったことでもいいし、人間のなす伝達でもいい)の知的でない理解が肝要です。
> > > >
> > > >  そこで、どうしてKの言ったことが実際に起こらないか、そこが問題です。そこに目を向けなければならないと思います。見ることに思考が介入することがあります。他に何かあるか? もちろんKの言っていることが間違っている可能性もあります。だが実際になぜ起こらないかを考え抜かなければなりません。そして本当に変化が何も起きていないのか、自分について考えなければなりません。
> > >
> > >
> > >  脳の結線の変化が「変容」であるならば、変容を感じることはできるのではないでしょうか。
> > >
> > >  変容が起こらないにも関わらず、変容がなぜ起こらないか?
> > >
> > >  これを問うことは思考の網に捕らわれるように思われます。
> > >
> > >  変容が起これば、それは即理解であり、理解の前には変容はありえないことが分かるのです。。
> >
> >
> > 見るという事が知的理解と即時の理解の架け橋です。そこまで知的理解で行けます。見ることに入ると即時の理解が始まりだします。ここには私は疑いがないのです。見ることがなぜ始まらないかが疑問なのです。
>
>
>  もしも、その「見る」が「変容」と同等であれば、見ることでクリシュナムルティの陳述内容を理解できるということではないでしょうか。。


見ることに幸せにもたまたま入っても、それは自分はタバコを吸っているのではなくタバコに捉われているのだという事を悟ったにすぎません。意志の力ではやまらなかった煙草を吸う事が落ちていったという事です。

全般的な変容が実現するという事はどういう事か見当もつきません。しかし見ることに入れば苦痛、葛藤が次々と落ちていくことがわかります。しかし、すっかりなくなったかどうかは、わからないし証明の仕様がないのです。禁煙ですらそうです。もう40年近くたっているでしょう。でも何かでまた吸い始めるかもしれません。皆が変容というお化けイメージに取り憑かれているのかもしれません。

 それで私は見ることが徐々に実現して、するとそれに応じたミニ変容が始まり、それは葛藤がなくなったという大きなことが実感できて言えるようになります。で、私は「既知からの自由」という陳述を興味を持って読んでいるわけです。


[25563] Re:[25562] [25557] [25554] [25553] [25552] [25550] [25549] [25548] [25547] [25541] 既知からの自由2-2(2) 投稿者:宮啓 投稿日:2018/06/26(Tue) 20:20  

> > > > > > > > > > [条件付け]
> > >
> > > >  要点は、脳の結線が変わることによって、その陳述内容が理解されることではないでしょうか。
> > > >
> > > >  そのとき、脳の結線が変わっているか。。
> > >
> > >
> > > 脳の結線が変わるというのは仮説で今は確かめることができないものです。 それで、実際に感じる記述(Kの言ったことでもいいし、人間のなす伝達でもいい)の知的でない理解が肝要です。
> > >
> > >  そこで、どうしてKの言ったことが実際に起こらないか、そこが問題です。そこに目を向けなければならないと思います。見ることに思考が介入することがあります。他に何かあるか? もちろんKの言っていることが間違っている可能性もあります。だが実際になぜ起こらないかを考え抜かなければなりません。そして本当に変化が何も起きていないのか、自分について考えなければなりません。
> >
> >
> >  脳の結線の変化が「変容」であるならば、変容を感じることはできるのではないでしょうか。
> >
> >  変容が起こらないにも関わらず、変容がなぜ起こらないか?
> >
> >  これを問うことは思考の網に捕らわれるように思われます。
> >
> >  変容が起これば、それは即理解であり、理解の前には変容はありえないことが分かるのです。。
>
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> 見るという事が知的理解と即時の理解の架け橋です。そこまで知的理解で行けます。見ることに入ると即時の理解が始まりだします。ここには私は疑いがないのです。見ることがなぜ始まらないかが疑問なのです。


 もしも、その「見る」が「変容」と同等であれば、見ることでクリシュナムルティの陳述内容を理解できるということではないでしょうか。。


[25562] Re:[25557] [25554] [25553] [25552] [25550] [25549] [25548] [25547] [25541] 既知からの自由2-2(2) 投稿者:ゴト 投稿日:2018/06/26(Tue) 19:25  

> > > > > > > > > [条件付け]
> >
> > >  要点は、脳の結線が変わることによって、その陳述内容が理解されることではないでしょうか。
> > >
> > >  そのとき、脳の結線が変わっているか。。
> >
> >
> > 脳の結線が変わるというのは仮説で今は確かめることができないものです。 それで、実際に感じる記述(Kの言ったことでもいいし、人間のなす伝達でもいい)の知的でない理解が肝要です。
> >
> >  そこで、どうしてKの言ったことが実際に起こらないか、そこが問題です。そこに目を向けなければならないと思います。見ることに思考が介入することがあります。他に何かあるか? もちろんKの言っていることが間違っている可能性もあります。だが実際になぜ起こらないかを考え抜かなければなりません。そして本当に変化が何も起きていないのか、自分について考えなければなりません。
>
>
>  脳の結線の変化が「変容」であるならば、変容を感じることはできるのではないでしょうか。
>
>  変容が起こらないにも関わらず、変容がなぜ起こらないか?
>
>  これを問うことは思考の網に捕らわれるように思われます。
>
>  変容が起これば、それは即理解であり、理解の前には変容はありえないことが分かるのです。。


見るという事が知的理解と即時の理解の架け橋です。そこまで知的理解で行けます。見ることに入ると即時の理解が始まりだします。ここには私は疑いがないのです。見ることがなぜ始まらないかが疑問なのです。


[25561] Re:[25556] 条件ずけ 投稿者:ゴト 投稿日:2018/06/26(Tue) 19:07  

> これから25541の条件ずけの検討に入ります。遅まきながら。

よろしく。3章に入るのは7月になってからと思って待っています。


[25560] Re:[25555] 自分自分を知る 投稿者:ゴト 投稿日:2018/06/26(Tue) 19:03  

以下の投稿は見ることの要点そのものです。しっかりわかってもらえるまで、はっきりした言葉で返答しようと思います。

> この例は、一般のサラリーマンにとってわかりやすい例なので、取り上げました。私にも経験があります。
>
> >いきなり上司に呼び出され、明日から地方へ転勤を命じられる。
> > その瞬間、恐怖が生じる。その方がわかりやすい、その時、自身に起きる反応を見る。
> > 会社への反感、子供の転勤をどうするかなど、様々な思いが生じる。そのときの反応がリアルタイムの反応。
>
> >>確かにリアルタイムの反応です。それが自分自身を知るのとどういう関係にあるのでしょうか? 反応を見るというのはどういう事が起きているのでしょうか?
>
> 意外な答えです。
> その時に自分自身に起きたリアルタイムの反応を見ることが「自分自身を知る」ということではないですか?
> あなたは常に「見ること」をおっしゃいます。それが「自分自身を知ること」だと、いつも言われてはいなかったでしょうか?
>
> ここにきて「自分自分を知る」とはそのようなことではないとおっしゃるのでしょうか。
>
> 反応を見るとは、どういうことかとおっしゃいますが、先程の例で、いきなり上司に転勤を命じられた時、様々な思いが錯綜するのではないですか?そのとき起きた思考の反応を見る。


そこで質問ですが、見るときと見ていないときはどう違うのでしょうか? その場ではっきりわかりますか、後になってわかるものですか? どちらもありますか?

即座の理解があるとその場でわかるか、後になってわかってくるものか、たぶんいろいろあると思いますが。

> せっかく今の仕事に慣れて来たのに、又仕事が変わるのか。又小さい子供が又小学校を転勤しなければならない。又妻に苦労をかける。いっそのこと会社をやめるか。いやダメだと自問自答する。
> そういったその時おきた葛藤の思考過程を見続けることが、自分自身を知るということです。そのときのリアルタイムの自分自身の反応。その自分の慌てふためく様を、じっと見ている、ということが
> 自分自身を知る。自分自身を観察することによって自分自分を知るようになる。
> その時おきた反応が、その時おきた条件付け。反応というには条件付け。
>
> 逆にあなたのようなできたお方は、上司の言うことに対し、素直に、「はいわかりました」
> そういう人は、条件づけがお起ようがありませんね。反応なし。
>
> 対照的に私は上司食ってかかるタイプ。世渡りが上手くいきません。
> 上司に上手く取り繕う人が出世することはいうまでもありません。


転勤でも何でもいいのですが、言い渡されたとき反応が起こるとします。反応はこの場合さまざまな感情の動揺です。それで、いろいろ思っているな、動揺しているなと、心が動揺せずに見ていますか? 思考、感情は動揺しています。心は平静に見ているか、シンとして見ているか、まな板の上のコイのように見ているか、そんなところでしょうが、騒いでいない。それがないなら見てはいない。


[25559] ホントかどうか調べる 投稿者:虚無 投稿日:2018/06/26(Tue) 18:49  

条件づけの議論をしているのに、全然関係ない話を持ち出すから先に進まない。
論点を絞らないから、散発的になる。
この条件づけについては、たくさんのわからない、疑問点があるはずだ。けっして素通りできない代物。
クリシュナムルティが条件ずけの意義の話をしているときに、何で「変容」の話がくるのか?

「思い」と事実がちがうということが今もってわからないようだ。

クリシュナムルティに対して美辞麗句を述べるだけで、その記述の中身を検討しようとはしない。
ただクリシュナムルティの記述を鵜呑みにすることなく、それが正しいかどうか間違ってるかどうか自分を確かめることが必要だろう。
ホントかどうか。


[25558] 無題 投稿者:虚無 投稿日:2018/06/26(Tue) 18:34  

いきなり変容の話になっている。オタクの関心はそれだけか。なぜKの記述をじっくり検討をしようとしないのだろうか。仮説の上乗せではなく、何で起きた生の事実を述べようとしないか?


[25557] Re:[25554] [25553] [25552] [25550] [25549] [25548] [25547] [25541] 既知からの自由2-2(2) 投稿者:宮啓 投稿日:2018/06/26(Tue) 13:58  

> > > > > > > > [条件付け]
>
> >  要点は、脳の結線が変わることによって、その陳述内容が理解されることではないでしょうか。
> >
> >  そのとき、脳の結線が変わっているか。。
>
>
> 脳の結線が変わるというのは仮説で今は確かめることができないものです。 それで、実際に感じる記述(Kの言ったことでもいいし、人間のなす伝達でもいい)の知的でない理解が肝要です。
>
>  そこで、どうしてKの言ったことが実際に起こらないか、そこが問題です。そこに目を向けなければならないと思います。見ることに思考が介入することがあります。他に何かあるか? もちろんKの言っていることが間違っている可能性もあります。だが実際になぜ起こらないかを考え抜かなければなりません。そして本当に変化が何も起きていないのか、自分について考えなければなりません。


 脳の結線の変化が「変容」であるならば、変容を感じることはできるのではないでしょうか。

 変容が起こらないにも関わらず、変容がなぜ起こらないか?

 これを問うことは思考の網に捕らわれるように思われます。

 変容が起これば、それは即理解であり、理解の前には変容はありえないことが分かるのです。。


[25556] 条件ずけ 投稿者:虚無 投稿日:2018/06/26(Tue) 11:10  

これから25541の条件ずけの検討に入ります。遅まきながら。


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