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[24663] Re:[24662] Kの言っていること―あるいは瞑想 投稿者:宮啓 投稿日:2017/10/13(Fri) 10:17  

> Kの言っていることは、実は普通のことであり、日常で(時には)無意識的に起きていることであるかもしれません。
>
> しかし、たまたま起きることではなく、それが時には間違えることがあってもやじろべえのように復元するのでなければ基本的に実際にある状態とは言えないでしょう。
>
> で、その状態とというのを一つの固定した概念として把握すると、それは偽物となるという事で取り扱いが難しいのです。


 はい。それは再び同じ姿で現れない。現れるときは必ず新しい初めての姿で現れる。


だがなんとかそれに取り組んでみたいと私は今思っています。このことが既に間違っているかもしれないのですが、誤りと気づけばやめるという事にします。何らかのチャレンジがやってきた!今ここでどうするかという事です。
>
> チャレンジは、例えば嫌な例の奴が何かぐちゃぐちゃ言い始めたとか、Kの講話が自分の信念に反するようなことを言い始めた、どうもおかしいとか、そんなことで結構です。そこで自分はどう応じるかです。
>
> それに対して私は{ただ}見る、聴く、知覚していると言いました。Kのトークなら1時間も聴かなければならないかもしれませんが。そして{ただ}見るとか聴くという事は簡単には実行できないと言いました。一時間もそうしているなら瞑想と言ってもいいかもしれませんね。しかしそれはそう簡単ではありません。その辺から入っていこうと思います。 続く。


 はい。

 クリシュナムルティのよいところが出ているように思います。

 日常生活で、逆境や不本意なことに遭遇すると、それをチャレンジとして捉える。それゆえに、日常生活と直接的に繋がって理解が進む。瞑想が進む。自己理解が進む。

 これが既成の瞑想との相違と思います。




[24662] Kの言っていること―あるいは瞑想 投稿者:ゴト 投稿日:2017/10/12(Thu) 23:57  

Kの言っていることは、実は普通のことであり、日常で(時には)無意識的に起きていることであるかもしれません。

しかし、たまたま起きることではなく、それが時には間違えることがあってもやじろべえのように復元するのでなければ基本的に実際にある状態とは言えないでしょう。

で、その状態とというのを一つの固定した概念として把握すると、それは偽物となるという事で取り扱いが難しいのです。だがなんとかそれに取り組んでみたいと私は今思っています。このことが既に間違っているかもしれないのですが、誤りと気づけばやめるという事にします。何らかのチャレンジがやってきた!今ここでどうするかという事です。

チャレンジは、例えば嫌な例の奴が何かぐちゃぐちゃ言い始めたとか、Kの講話が自分の信念に反するようなことを言い始めた、どうもおかしいとか、そんなことで結構です。そこで自分はどう応じるかです。

それに対して私は{ただ}見る、聴く、知覚していると言いました。Kのトークなら1時間も聴かなければならないかもしれませんが。そして{ただ}見るとか聴くという事は簡単には実行できないと言いました。一時間もそうしているなら瞑想と言ってもいいかもしれませんね。しかしそれはそう簡単ではありません。その辺から入っていこうと思います。 続く。


[24661] Re:[24655] 無題 投稿者:南方 投稿日:2017/10/12(Thu) 17:26  

> 人間社会は人間と社会の相互作用を繰り返しながら進んでいく。これはまさに「創発」現象そのものでしょう。
>
> どうも人の予想を許さないものであるような。
>
> 瞑想とか、あるがままとか、気づきとか、観察、見守るという言葉は、今は普通に使われている。ただ、そこから何が出てくるかはまだまだ不明ですね。Kの話を読んだ世代のものが、そこに何らかの方向性を与えることができるだろうか?



子供のように、いやそれ以上に生を味わうということを残したいです。太陽が毎日やってくる奇跡。雨が降る不思議。空が青い美しさ。公園から聞こえてくる子供たちの歓声。
赤ん坊を抱いている母親の顔。
命を頂く感謝。

後世には、宇宙旅行も日常となるのか。それならば、地球のその壮大さ。

そんなことなど。


[24660] Re:[24659] [24658] [24657] [24656] [24655] 無題 投稿者:宮啓 投稿日:2017/10/12(Thu) 12:19  

> > > 今普通に使われている常識みたいなものはどういう事が言われているのか、比較的ポピュラーな本で読んでみました。その本はタイのヴィパッサナー系の坊さんと日本の脳外科医の対談で、「脳と瞑想」と題されています。きっちりとした書き方ではなくお話ふうに書いてありますが、私の印象のままにその関係するところの概要らしきものを書いてみます。
> > >
> > > まず人間の脳についてですが、それは動物脳に人間脳が次々と追加された形でできているとこの人は言います。動物脳はサバイバル主体で生きる強いエネルギーを持っているが、報酬や不安恐怖に左右されて行動します。
> > >
> > > では人間らしい心の働きを持つ人間脳はどのように動物脳と接続し相互作用をしているかというと、脳に帯状回という部位があって、ここが全部をつないでいる司令部(自己・セルフ。独裁者という意味ではない)ではないかと篠浦脳外科医は推察しています。
> > >
> > > この帯状回は入り口に今のすべての情報が集まるところで、それは動物脳、情動などに関係する偏桃体、海馬にその情報が伝わると同時に、帯状回の最後の細胞から人間脳、前頭葉とか側頭葉に伝わります。さらに、左脳、右脳の機能分化ががあります。左脳は言葉、合理性(成熟しないと機械的になる)、精度ある判断に長け、右脳は関係性を広げる方向に長けています。
> > >
> > > それで人は報酬系(ドーパミンなどによる)のとらわれがちであったが、徐々に理性的に生きるようになったと言えるのかどうか。
> > >
> > > そこでいわゆる瞑想に入ります。これは私には漠然としてわかりにくいのですが、勇気を出して書いてみます。タイのプラユキさんという坊さんの話の私の抜き書きです。
> > >
> > > 瞑想の中には集中的な瞑想があり、それはドーパミンだの脳内物質と関係するのか、神を見たとか、天国を見たとか一種の幻覚に陥ることがある。これは一種の報酬系で、自己啓発セミナー的なものにもあるから用心しなければならない。集中がうまくいって無心になる、その無心は空と違う場合があるという事かも。
> > >
> > > それに対しヴィパッサナー系の瞑想は「気づき・観察系」の瞑想だそうです。
> > > 感情的な問題で消耗しない瞑想的な対応という分かりやすい話がありました。
> > >
> > > 自分の意見や気持ちを相手に押し付けようとするのが自我的。
> > > 自分の意見も相手の意見も等しく見て発言できるのが瞑想的。
> > >
> > > 相手の言葉にすぐ反応するのが自我的。
> > > 相手の言葉をいったん受け止めて、相手の気持ちに思いをはせるのが瞑想的。
> > >
> > > 問題にすぐ白黒をつけようとするのが自我的。
> > > 学びながら、より良い関係、解決策を見つけていこうとするのが「瞑想的」。
> > >
> > > こういうことが常識的に浸透していくことはいいことのように思いますが、クリシュナムルティという芯棒がないと危ない気もします。
> > > 日常生活の中で相手の言う事を聞いていることが瞑想の生ですが、この最後の自我的と瞑想的の話で通じるならいいのですが、いかがでしょうか。
> >
> >
> >  >相手の言葉をいったん受け止めて、相手の気持ちに思いをはせるのが瞑想的−−、あるいは>学びながら、より良い関係、解決策を見つけていこうとするのが「瞑想的」−−、これらは観念が先立つのではないでしょうか。そして、神なるものに出会おうとする方向性を有しているように感じます。
> >
> >  クリシュナムルティはヴィパッサナー瞑想をも、他の既成の瞑想すべてとともに否定しているように思います。
> >
>
> 「気づき、観察系の瞑想」、「いまここ」」というふうにキャッチフレーズ的に言うこと自体が軽薄な感じを与えるかもしれませんが、それが脳あるいはマインドの在り方を変えていくというのはあることかもしれないし、私にはただ見る、聴くと即、区別することもないように思います。
>
> しかし、それが日常生活の中で生じるというのが、構えてするのとで違うところですが、古い反応の強い人には非常に困難なのかもしれません。その辺は座禅的な修行を認めるか、ひたすら根気よく日常の中で、苦闘にせずにすることで身につけるかは、私にはまだ明確に言えません。


 まず、それは誰でもどこかで起こっているということではないでしょうか。

 そこで、クリシュナムルティが言わんとするところは、自己理解と共に、そこで何が起こっているかを理解する。すると、日常生活の中で、それが起こることが知覚される。


 これに対して、禅やヴィパッサナー瞑想は、たとえそれが起こったとしても、何が起きているかの理解が不十分のように感じます。それゆえに、日常生活での応用が難しくなるのではないでしょうか。


 それゆえに、ゴトさんが述べたように、クリシュナムルティという芯を有しているならば・・、という基盤の元、各種の既成瞑想も有益となるのかもしれません。


[24659] Re:[24658] [24657] [24656] [24655] 無題 投稿者:ゴト 投稿日:2017/10/11(Wed) 22:51  

> > > > 人間社会は人間と社会の相互作用を繰り返しながら進んでいく。これはまさに「創発」現象そのものでしょう。
> > > >
> > > > どうも人の予想を許さないものであるような。
> > > >
> > > > 瞑想とか、あるがままとか、気づきとか、観察、見守るという言葉は、今は普通に使われている。ただ、そこから何が出てくるかはまだまだ不明ですね。Kの話を読んだ世代のものが、そこに何らかの方向性を与えることができるだろうか?
> > >
> > >
> > >  まず、その存在が、人をクリシュナムルティ理解へと誘うように思います。
> > >
> > >  また、その存在は、クリシュナムルティ理解を求める人にとって支えとなるように感じます。
> > >
> >
> > 今普通に使われている常識みたいなものはどういう事が言われているのか、比較的ポピュラーな本で読んでみました。その本はタイのヴィパッサナー系の坊さんと日本の脳外科医の対談で、「脳と瞑想」と題されています。きっちりとした書き方ではなくお話ふうに書いてありますが、私の印象のままにその関係するところの概要らしきものを書いてみます。
> >
> > まず人間の脳についてですが、それは動物脳に人間脳が次々と追加された形でできているとこの人は言います。動物脳はサバイバル主体で生きる強いエネルギーを持っているが、報酬や不安恐怖に左右されて行動します。
> >
> > では人間らしい心の働きを持つ人間脳はどのように動物脳と接続し相互作用をしているかというと、脳に帯状回という部位があって、ここが全部をつないでいる司令部(自己・セルフ。独裁者という意味ではない)ではないかと篠浦脳外科医は推察しています。
> >
> > この帯状回は入り口に今のすべての情報が集まるところで、それは動物脳、情動などに関係する偏桃体、海馬にその情報が伝わると同時に、帯状回の最後の細胞から人間脳、前頭葉とか側頭葉に伝わります。さらに、左脳、右脳の機能分化ががあります。左脳は言葉、合理性(成熟しないと機械的になる)、精度ある判断に長け、右脳は関係性を広げる方向に長けています。
> >
> > それで人は報酬系(ドーパミンなどによる)のとらわれがちであったが、徐々に理性的に生きるようになったと言えるのかどうか。
> >
> > そこでいわゆる瞑想に入ります。これは私には漠然としてわかりにくいのですが、勇気を出して書いてみます。タイのプラユキさんという坊さんの話の私の抜き書きです。
> >
> > 瞑想の中には集中的な瞑想があり、それはドーパミンだの脳内物質と関係するのか、神を見たとか、天国を見たとか一種の幻覚に陥ることがある。これは一種の報酬系で、自己啓発セミナー的なものにもあるから用心しなければならない。集中がうまくいって無心になる、その無心は空と違う場合があるという事かも。
> >
> > それに対しヴィパッサナー系の瞑想は「気づき・観察系」の瞑想だそうです。
> > 感情的な問題で消耗しない瞑想的な対応という分かりやすい話がありました。
> >
> > 自分の意見や気持ちを相手に押し付けようとするのが自我的。
> > 自分の意見も相手の意見も等しく見て発言できるのが瞑想的。
> >
> > 相手の言葉にすぐ反応するのが自我的。
> > 相手の言葉をいったん受け止めて、相手の気持ちに思いをはせるのが瞑想的。
> >
> > 問題にすぐ白黒をつけようとするのが自我的。
> > 学びながら、より良い関係、解決策を見つけていこうとするのが「瞑想的」。
> >
> > こういうことが常識的に浸透していくことはいいことのように思いますが、クリシュナムルティという芯棒がないと危ない気もします。
> > 日常生活の中で相手の言う事を聞いていることが瞑想の生ですが、この最後の自我的と瞑想的の話で通じるならいいのですが、いかがでしょうか。
>
>
>  >相手の言葉をいったん受け止めて、相手の気持ちに思いをはせるのが瞑想的−−、あるいは>学びながら、より良い関係、解決策を見つけていこうとするのが「瞑想的」−−、これらは観念が先立つのではないでしょうか。そして、神なるものに出会おうとする方向性を有しているように感じます。
>
>  クリシュナムルティはヴィパッサナー瞑想をも、他の既成の瞑想すべてとともに否定しているように思います。
>

「気づき、観察系の瞑想」、「いまここ」」というふうにキャッチフレーズ的に言うこと自体が軽薄な感じを与えるかもしれませんが、それが脳あるいはマインドの在り方を変えていくというのはあることかもしれないし、私にはただ見る、聴くと即、区別することもないように思います。

しかし、それが日常生活の中で生じるというのが、構えてするのとで違うところですが、古い反応の強い人には非常に困難なのかもしれません。その辺は座禅的な修行を認めるか、ひたすら根気よく日常の中で、苦闘にせずにすることで身につけるかは、私にはまだ明確に言えません。


[24658] Re:[24657] [24656] [24655] 無題 投稿者:宮啓 投稿日:2017/10/11(Wed) 20:31  

> > > 人間社会は人間と社会の相互作用を繰り返しながら進んでいく。これはまさに「創発」現象そのものでしょう。
> > >
> > > どうも人の予想を許さないものであるような。
> > >
> > > 瞑想とか、あるがままとか、気づきとか、観察、見守るという言葉は、今は普通に使われている。ただ、そこから何が出てくるかはまだまだ不明ですね。Kの話を読んだ世代のものが、そこに何らかの方向性を与えることができるだろうか?
> >
> >
> >  まず、その存在が、人をクリシュナムルティ理解へと誘うように思います。
> >
> >  また、その存在は、クリシュナムルティ理解を求める人にとって支えとなるように感じます。
> >
>
> 今普通に使われている常識みたいなものはどういう事が言われているのか、比較的ポピュラーな本で読んでみました。その本はタイのヴィパッサナー系の坊さんと日本の脳外科医の対談で、「脳と瞑想」と題されています。きっちりとした書き方ではなくお話ふうに書いてありますが、私の印象のままにその関係するところの概要らしきものを書いてみます。
>
> まず人間の脳についてですが、それは動物脳に人間脳が次々と追加された形でできているとこの人は言います。動物脳はサバイバル主体で生きる強いエネルギーを持っているが、報酬や不安恐怖に左右されて行動します。
>
> では人間らしい心の働きを持つ人間脳はどのように動物脳と接続し相互作用をしているかというと、脳に帯状回という部位があって、ここが全部をつないでいる司令部(自己・セルフ。独裁者という意味ではない)ではないかと篠浦脳外科医は推察しています。
>
> この帯状回は入り口に今のすべての情報が集まるところで、それは動物脳、情動などに関係する偏桃体、海馬にその情報が伝わると同時に、帯状回の最後の細胞から人間脳、前頭葉とか側頭葉に伝わります。さらに、左脳、右脳の機能分化ががあります。左脳は言葉、合理性(成熟しないと機械的になる)、精度ある判断に長け、右脳は関係性を広げる方向に長けています。
>
> それで人は報酬系(ドーパミンなどによる)のとらわれがちであったが、徐々に理性的に生きるようになったと言えるのかどうか。
>
> そこでいわゆる瞑想に入ります。これは私には漠然としてわかりにくいのですが、勇気を出して書いてみます。タイのプラユキさんという坊さんの話の私の抜き書きです。
>
> 瞑想の中には集中的な瞑想があり、それはドーパミンだの脳内物質と関係するのか、神を見たとか、天国を見たとか一種の幻覚に陥ることがある。これは一種の報酬系で、自己啓発セミナー的なものにもあるから用心しなければならない。集中がうまくいって無心になる、その無心は空と違う場合があるという事かも。
>
> それに対しヴィパッサナー系の瞑想は「気づき・観察系」の瞑想だそうです。
> 感情的な問題で消耗しない瞑想的な対応という分かりやすい話がありました。
>
> 自分の意見や気持ちを相手に押し付けようとするのが自我的。
> 自分の意見も相手の意見も等しく見て発言できるのが瞑想的。
>
> 相手の言葉にすぐ反応するのが自我的。
> 相手の言葉をいったん受け止めて、相手の気持ちに思いをはせるのが瞑想的。
>
> 問題にすぐ白黒をつけようとするのが自我的。
> 学びながら、より良い関係、解決策を見つけていこうとするのが「瞑想的」。
>
> こういうことが常識的に浸透していくことはいいことのように思いますが、クリシュナムルティという芯棒がないと危ない気もします。
> 日常生活の中で相手の言う事を聞いていることが瞑想の生ですが、この最後の自我的と瞑想的の話で通じるならいいのですが、いかがでしょうか。


 >相手の言葉をいったん受け止めて、相手の気持ちに思いをはせるのが瞑想的−−、あるいは>学びながら、より良い関係、解決策を見つけていこうとするのが「瞑想的」−−、これらは観念が先立つのではないでしょうか。そして、神なるものに出会おうとする方向性を有しているように感じます。

 クリシュナムルティはヴィパッサナー瞑想をも、他の既成の瞑想すべてとともに否定しているように思います。



[24657] Re:[24656] [24655] 無題 投稿者:ゴト 投稿日:2017/10/11(Wed) 13:31  

> > 人間社会は人間と社会の相互作用を繰り返しながら進んでいく。これはまさに「創発」現象そのものでしょう。
> >
> > どうも人の予想を許さないものであるような。
> >
> > 瞑想とか、あるがままとか、気づきとか、観察、見守るという言葉は、今は普通に使われている。ただ、そこから何が出てくるかはまだまだ不明ですね。Kの話を読んだ世代のものが、そこに何らかの方向性を与えることができるだろうか?
>
>
>  まず、その存在が、人をクリシュナムルティ理解へと誘うように思います。
>
>  また、その存在は、クリシュナムルティ理解を求める人にとって支えとなるように感じます。
>

今普通に使われている常識みたいなものはどういう事が言われているのか、比較的ポピュラーな本で読んでみました。その本はタイのヴィパッサナー系の坊さんと日本の脳外科医の対談で、「脳と瞑想」と題されています。きっちりとした書き方ではなくお話ふうに書いてありますが、私の印象のままにその関係するところの概要らしきものを書いてみます。

まず人間の脳についてですが、それは動物脳に人間脳が次々と追加された形でできているとこの人は言います。動物脳はサバイバル主体で生きる強いエネルギーを持っているが、報酬や不安恐怖に左右されて行動します。

では人間らしい心の働きを持つ人間脳はどのように動物脳と接続し相互作用をしているかというと、脳に帯状回という部位があって、ここが全部をつないでいる司令部(自己・セルフ。独裁者という意味ではない)ではないかと篠浦脳外科医は推察しています。

この帯状回は入り口に今のすべての情報が集まるところで、それは動物脳、情動などに関係する偏桃体、海馬にその情報が伝わると同時に、帯状回の最後の細胞から人間脳、前頭葉とか側頭葉に伝わります。さらに、左脳、右脳の機能分化ががあります。左脳は言葉、合理性(成熟しないと機械的になる)、精度ある判断に長け、右脳は関係性を広げる方向に長けています。

それで人は報酬系(ドーパミンなどによる)のとらわれがちであったが、徐々に理性的に生きるようになったと言えるのかどうか。

そこでいわゆる瞑想に入ります。これは私には漠然としてわかりにくいのですが、勇気を出して書いてみます。タイのプラユキさんという坊さんの話の私の抜き書きです。

瞑想の中には集中的な瞑想があり、それはドーパミンだの脳内物質と関係するのか、神を見たとか、天国を見たとか一種の幻覚に陥ることがある。これは一種の報酬系で、自己啓発セミナー的なものにもあるから用心しなければならない。集中がうまくいって無心になる、その無心は空と違う場合があるという事かも。

それに対しヴィパッサナー系の瞑想は「気づき・観察系」の瞑想だそうです。
感情的な問題で消耗しない瞑想的な対応という分かりやすい話がありました。

自分の意見や気持ちを相手に押し付けようとするのが自我的。
自分の意見も相手の意見も等しく見て発言できるのが瞑想的。

相手の言葉にすぐ反応するのが自我的。
相手の言葉をいったん受け止めて、相手の気持ちに思いをはせるのが瞑想的。

問題にすぐ白黒をつけようとするのが自我的。
学びながら、より良い関係、解決策を見つけていこうとするのが「瞑想的」。

こういうことが常識的に浸透していくことはいいことのように思いますが、クリシュナムルティという芯棒がないと危ない気もします。
日常生活の中で相手の言う事を聞いていることが瞑想の生ですが、この最後の自我的と瞑想的の話で通じるならいいのですが、いかがでしょうか。



[24656] Re:[24655] 無題 投稿者:宮啓 投稿日:2017/10/10(Tue) 20:34  

> 人間社会は人間と社会の相互作用を繰り返しながら進んでいく。これはまさに「創発」現象そのものでしょう。
>
> どうも人の予想を許さないものであるような。
>
> 瞑想とか、あるがままとか、気づきとか、観察、見守るという言葉は、今は普通に使われている。ただ、そこから何が出てくるかはまだまだ不明ですね。Kの話を読んだ世代のものが、そこに何らかの方向性を与えることができるだろうか?


 まず、その存在が、人をクリシュナムルティ理解へと誘うように思います。

 また、その存在は、クリシュナムルティ理解を求める人にとって支えとなるように感じます。



[24655] 無題 投稿者:ゴト 投稿日:2017/10/10(Tue) 17:15  

人間社会は人間と社会の相互作用を繰り返しながら進んでいく。これはまさに「創発」現象そのものでしょう。

どうも人の予想を許さないものであるような。

瞑想とか、あるがままとか、気づきとか、観察、見守るという言葉は、今は普通に使われている。ただ、そこから何が出てくるかはまだまだ不明ですね。Kの話を読んだ世代のものが、そこに何らかの方向性を与えることができるだろうか?


[24654] Re:[24650] [24647] [24645] [24640] [24639] [24638] [24637] [24635] [24633] [24628] [24626] [24625] [24624] [24623] [24621] [24616] [24614] [24613] サバイバルとは? 投稿者:外野 投稿日:2017/10/10(Tue) 10:03  


> > >  ブッダの時には、時間を経るとともに教えが変容してゆき、今は見る影もない。
> > >
> > >  しかし、クリシュナムルティは違う、100年後も1,000年後も、今、まさに生きているかのように、正確に教えが伝わってゆく。

まさにたわごと。願望が含まれている。
> > >
> > >  ゴトさんが述べるように>これが世界の大きな流れとしてあるとき、分裂・矛盾のない社会がそこにあるでしょう。−−、これは実現可能かもしれません。

 これこそ「こうあるべきだ」という理想論。
 つまり自分の頭の中にある「クリシュナムルティ」(思考イメージ)を基準として、外部に対してあれこれ評価する。
 いいかげん目を醒ませ!
> >
> >
> > 実は自分で書いている時、そう思いました。これは、この本に書かれている核のことですが、それが簡単には言い難いのです。観念を収集して考えの中に世界を構築するのではないと言えますが、肯定的に言い表すのが難しいのです。
>
>
>  はい。早速、息子に断られました。「難しいから要らない。」と・・。
>
>  簡単にはいかないようです・・。

 それが現実だよ。
 なんで読ませる必要がある。大事なのは感受性を磨くことだろう。

> > これは彼女の最後の私たちへのメッセージというべき本だそうですが、彼女が姪の息子と共にした自然の息吹を書いたものです。奇しくも南方さんが話してくださったように、自然との触れ合い、そこにあるワンダーを次の世代の人に伝えるという事が大きなうねりを起こす基盤となるような気がするからです。自然にはただ見、耳を傾ける以外何もできないですから。

 Kがいうのは自然から学べと言うこと。大自然から傾聴せよと。
> >
> > 私たちの身の回りは自然が失われるばかりです。私自身にも、若い世代にもこれは耐え難いことのはずです。でも徐々に進んでいくので気づきません。ほかのことに知らない間に逃避します。生活の基盤が自然から離れだしています。それで自然との関係と言ってもごまかしなのでしょうか?

 都会に住んでる人間のことをいってるのだろうか。
> >
> > 私たちは何かに憑かれたように、文明社会を創り出しているようです。視界を狭められた馬車馬のように。
>
>
>  はい。

 何がはいだ。文明の恩恵を受けてるくせにだ。笑わせる。
 文明がいやだったら、山奥や離れ小島で暮らせ。
>
>  子供たちは外遊びがめっきり減りました。
>
>  庭の木になる実に見向きもしません。
>
>  私が子供の頃は、毎日が外遊びで、木になる実は見つけた者の早い者勝ちで、喜々として食べていました。
>
>  今の子は、自然から恩恵を受けることを知らず、それを教えても見向きもしないように感じます。
>
>  子供時代から馬車馬のように感じます。
>
>  簡単にはいかないかもしれません。

人のせいにするな。馬車馬のように教育したのおたくだろう。


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