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[24226] Re:[24223] [24220] [24219] [24215] [24213] [24202] [24201] [24199] 生と死 投稿者:南方 投稿日:2017/08/21(Mon) 17:15  

> >
> >
> > >  「死」という言葉を使われますが、「死」と「生」は対語です。現実には生も死もないのではないですか。すべては形を変えて流転しているだけです。
> > >  生成流転。(心理的に)死ぬことが生きること。
> > >
> >
> >
> > そうですね。だから不思議なのです。恐怖があることが。
>
>  恐怖心がないと、ライオンや熊に食われます。たとえば恐怖心のない赤ちゃんが、ライオンや熊に近づくと餌になるでしょう。


童話で何も差し上げるものがないからと、火の中に飛び込み自らの肉を捧げものとする兎の話が頭から離れません。
私も熊もライオンも兄弟であり本質的には区別がない。
もう死にそうだというライオンを前にして人間は童話の兎になれるか。そうでありたいと思う。
またそのような態度でライオンや熊と対峙した時、果たして彼らは襲ってくるだろうか。



>  それと、会社をクビになったらどうしょう。リストラされたら。そっちの方が恐怖の対処の方が重要です。


何の因果かことお金だけに関しては不自由がなく、またそれ故に以前は不安も大きかったのですが今はだいぶ削ぎ落とされました。


>  さきのことを考えたら不安をおぼえる。Kのいうのは、そういった心理的恐怖を指します。


莫大な財産がなくなったらどうしよう、等考えれば不安になる。


>  人間というのは個体を守るという自己防衛本能がある。その一貫として恐怖があります。身を守ると言う。だから交通事故に気をつける。
>  だからといって車をみて恐怖を怯える人はいない。


皆が本質的には自他の区別はないと悟った時、荒々しい運転をするだろうか。自分で自分を破壊するようなことを。


話はKに戻ります

Kの講和を読み、知識と感情が一緒になった時が経験であると先程しりなるほどそうかと思った次第です。これはKの言っていることを経験するという時に役に立つ一節でした。





[24225] インド思想と七つのイニシエーション 投稿者:YHWH 投稿日:2017/08/21(Mon) 11:22  

1ニヤーヤ学派 - 論理学
2ヴァイシェーシカ学派 - 自然哲学
3サーンキヤ学派 - 精神原理・非精神原理の二元論
4ヨーガ学派 - 身心の訓練で解脱を目指す。
5ミーマーンサー学派 - 祭祀の解釈
6ヴェーダーンタ学派 - 宇宙原理との一体化を説く神秘主義

7番目は、アートマヴィディヤーつまり、タントラ(秘教)の教えである。

これらは七つの原理と関係する。







[24224] Re:[24203] 個人とは 投稿者:宮啓 投稿日:2017/08/21(Mon) 10:53  

> ここに書いた個人はもちろん人間の個体のことですが、個人とは何か?、言葉として知ってはいるが、その実際を自分なりに深く考えたことはなかった。それを考えるとともに、群れや社会についても考えていこうと思っている。
>
> 現実の個人は様々な体格、人格を持ち、多様であるが、精神的には似たり寄ったりで同じような問題をもって差がないとKは言う。そして精神は思考により断片化して矛盾を内部に孕んでいる。したがって統合された個人はいないともいう。
>
> それで自分の心の状況を探究のために言うなら、静かに感じていればわかることだが、種々のコンプレックスや肉体の各部の反応というかフィードバックが、変わり(事件)のあった時に起こる。
>
> それはめったに起こりはしないが、起こればわかる。たとえばガッツ(腸)などは言葉は使えないらしく、グフッという感じでうねるとか。
> それは私は当時仕事で、少しうまく行きだして、それでも絶対油断してはならぬと心を鉄の意志で引き締めていた。それがさすがにもういいかなと思った瞬間、反応が起こった。
>
> それが自己が、それは人間のシンクタンクなのだろうか、初めて自分自身の個体の中での他の部分の反応を知った時です。
>
> 今では自己はかなり静かに自分や世界を観照しています。全体が動いていくのについていくという感じです。わからないけれど、自分が見、聴き感じることが、個体全体の情報となっている感じです。自己は自分という個体の統治者です。以前の自己は独裁的でした。今は統合者的になって自分の意志と身体ほかの部分とは大きな矛盾なしに生きているようです。
>
> 国家の統治者は民衆の個人の自己のありようの反映なのだろうか?
>
> 人を群れとして見る時、国家の中にいくつかの群れの流れという見方を入れる必要がないだろうか? これが今の私の中にある疑問です。
>
> 余談 米国にオピオイド中毒が蔓延。
>
> 中国は昔アヘンが蔓延していた。人の働く気をなくすという。中国共産党が絶滅したと聞く。どうしたかはしらない。
> 心理的問題ではあろうが、政治の力がいるのではないか。これはどのようにして起こるのか? アメリカにとっては戦争どころではない問題かもしれない。



 自然科学的には、個人は2種のデータのようです。一つは遺伝子情報、もうひとつは脳内のネットワーク情報(記憶や配線状況等)。つまるところ、「個人」とは「2枚のDVDデータ」ということです。

 これは、クリシュナムルティの死が迫ったインドでの対話で、クリシュナムルティがそれとなくほのめかしています(『明日が変わるとき』参照)。その対話の中で、クリシュナムルティが注目する事項として、コンピュータ技術と遺伝子研究の今後の発展が重要との旨、陳述していることと不思議ながら重なって見えます(あれから30年後に、2種のデータの概念が発見されました)。

 クリシュナムルティは、「思考」は機械的である、物質的であるとしばしば述べますが、それがようやくここにきて自然科学的に認められつつあるということです。

 「私」は存在せず、2枚のDVDがあるだけ。これが今後、人の世に真実として周知してゆけるのか・・。ただし、唯物論としてではなく、この2枚のDVDを超えたところに、人の独自性(ユニークネス)、すなわち生の本然性があるという、真理を周知してゆけるのか。

 とにもかくも、クリシュナムルティは自然科学にフィットしているようです。又、自然科学はクリシュナムルティを支えてくれるように感じます。



[24223] Re:[24220] [24219] [24215] [24213] [24202] [24201] [24199] 生と死 投稿者:外野 投稿日:2017/08/21(Mon) 09:43  

> > 意識の光?

> 意識するという単純なことです。

 自身の内面に、意識の光を照らせば闇は消える。確かに。
 闇とは不安、恐怖。
>
>
> > > 確かにその不安を日常的に抱え込んだら生活に支障をきたすでしょう。しかし、その不安を闇に葬ることと光に当て(ここの掲示板流でいくと見て)消化していくこととは別だと思います。

 光を当てることによって恐怖不安を闇に葬る。おっしゃっている意味がわかる気がします。

>それが死と向き合う生の生き方。心理的死を通して、肉体的死と向き合う。

 あなた流の向き合い方。
> >
> >  おっしゃる意味がよくわかりません。クリシュナムルティは肉体の死に向き合うなどとは一言もいっていないように思います。心理的死だけです。
> >  実際の死にまつわる恐怖、不安を捨てよと言っている。考えてもしょうがないので。ようするに心理的イメージを捨てる。
> >  瞬間瞬間、(古い思考)を捨てていく。
> >  Kのどこかの本で、ある人が罪を犯し、死刑を受けたら、その事実を素直に受け入れるとある。つまり心理的にじたばたしても、どうしょうもないということだ。肉体の死に向きあうとしたらその場合。又一般では癌か何かで余命幾年といわれたとき。そのとき死というものにはじめて向き合うということになるのではないか。普段の生活では死ということを考える必要はないでしょう。
> >
>
>
> 必要ないですかね。では、ここは僕にとって必要ということにします。

 はい。わかりました、命は大切にしてください。苦行はもってのほか。
 肉体を酷使すると、精神に支障を来すことが報告されている。

>で、いま肉体的死に思考の方向を向けるのですが、心臓がドキドキして漠然とした不安がある。それを捨てていく。いつもやるわけではないですが、気が向いた時にはこれをやる、ということをしていけたら、自分と言うものをよく知れるのではないかと思います。

 崖のそば。高層ビルの屋上にいくと、ビクビクします。足がすくみます。登山家の話しを聞くと、いつも死と隣り合わせだと言う。気が緩むと墜落する。
>
>
> >  「死」という言葉を使われますが、「死」と「生」は対語です。現実には生も死もないのではないですか。すべては形を変えて流転しているだけです。
> >  生成流転。(心理的に)死ぬことが生きること。
> >
>
>
> そうですね。だから不思議なのです。恐怖があることが。

 恐怖心がないと、ライオンや熊に食われます。たとえば恐怖心のない赤ちゃんが、ライオンや熊に近づくと餌になるでしょう。
 それと、会社をクビになったらどうしょう。リストラされたら。そっちの方が恐怖の対処の方が重要です。
 さきのことを考えたら不安をおぼえる。Kのいうのは、そういった心理的恐怖を指します。
 人間というのは個体を守るという自己防衛本能がある。その一貫として恐怖があります。身を守ると言う。だから交通事故に気をつける。
 だからといって車をみて恐怖を怯える人はいない。
 熊が恐いというのは、襲われると死ぬことがインプットされてるから。実用的な恐怖。先生、指導者、コーチにいつも怒られる。だから怖い。「心理的恐怖」。




[24222] Re:[24221] [24219] [24215] [24213] [24202] [24201] [24199] 生と死 投稿者:外野 投稿日:2017/08/21(Mon) 09:13  


> 修行もメソッドも本格的にしたことはないですが、確かに自分にはそのような傾向があると自覚します。
> 神智学がそのような思想を持っていることは知りませんでしたが、シュタイナーには影響を受けているので。
> 気を付けます。

 シュタイナーは人智学です。今、神奈川の藤野で、シュタイナー学校があります。魂の教育。今も大きな本屋に平積みされている。
 クリシュナムルティも同時代で、同じ神智学の出身。クリシュナムルティの普及は日本で大きく立ち後れてしまった。その差はどこにあるのだろうか。
 同時代に一世を風靡したスワミ・ラジネーシ(和尚)、今でも本屋に平積みされているのは普及活動の賜物だろう。クリシュナムルティはというと本棚の片隅に置かれているだけである。「片隅からの自由」。

 ですので、何でも参考にすることです。これがいい。これはだめというのはありません。
 クリシュナムルティは座禅というか、そのような形に現れた修業方式を否定していますが、愚さんの掲示板では座禅をやっている方々がいます。愚さんは掲示板にもどったようです。あの方は、常日頃「接心」というものを実践しておられるようで。ただ座る。
 ですから自分にあったものを選べば言いわけです。中にはクリシュナムルティはあわないという人も多数います。それで信仰の道へ。そういう方を何人も見てきました。


[24221] Re:[24219] [24215] [24213] [24202] [24201] [24199] 生と死 投稿者:南方 投稿日:2017/08/21(Mon) 07:30  

> > > > > > ここまで書いてきて、肉体という制約がなければ、さらに躍動的で自由もあるかなと思い直しました。
> > >
> > >  肉体は牢獄と言う発想ですか?危険ですね。
> >
> >
> > ここまでくるとちょっと気になります。歴史的にどういうことが起こったのですか?
>
>  肉体が不自由、制約を受けるというのは、心霊主義者の発想のように思えました。
>  心霊主義者の多くは肉体とは霊の棲み家であり、霊の外衣ととらえている点にあります。
>  霊界、幽界、アストラル体、肉体。「神智学」の発想。一部の宗教でもこうした考え方がある。白光信仰会、生長の家。
>  そういう霊にとっては肉体を纏わぬ方がよほど自由なのだろうか。という疑問が浮かぶ。
>  この世は地獄。あの世は天国という発想。
>  その天国にいくために、様々な修業、方法、メソッドがある。
>  ヨガのように身体をいじめ抜いて,解脱をめざすというのもそう。
>  肉体には7つのチャクラがある。まさに肉体を器械と見なす。
>  話が違ってきたかな。
>



修行もメソッドも本格的にしたことはないですが、確かに自分にはそのような傾向があると自覚します。
神智学がそのような思想を持っていることは知りませんでしたが、シュタイナーには影響を受けているので。
気を付けます。


[24220] Re:[24219] [24215] [24213] [24202] [24201] [24199] 生と死 投稿者:南方 投稿日:2017/08/21(Mon) 07:24  

>
>  あなたは心の中でKと相談しているということですか?神秘的ですね。
>  霊媒師のようにKと対話していると。
>


統合失調症というのは上手く生かせばこのように天分の才のようにも生かせると思います。ここまでくるのにきつかったですが。




> > >  Kのいう心理的死というのは、そういった不安を呼び起こす思考を消していくということです。ほっとけば消えていく。
> > >  まさに思考が,不安を引き起こす。
> >
> >
> > ここですね、ひっかかるのは。余計な思考かもしれませんが意識の光に当てることはしなければならないと思うのです。現代の人がやっているのは逃避。
>
> 意識の光?
>


意識するという単純なことです。


> > 確かにその不安を日常的に抱え込んだら生活に支障をきたすでしょう。しかし、その不安を闇に葬ることと光に当て(ここの掲示板流でいくと見て)消化していくこととは別だと思います。それが死と向き合う生の生き方。心理的死を通して、肉体的死と向き合う。
>
>  おっしゃる意味がよくわかりません。クリシュナムルティは肉体の死に向き合うなどとは一言もいっていないように思います。心理的死だけです。
>  実際の死にまつわる恐怖、不安を捨てよと言っている。考えてもしょうがないので。ようするに心理的イメージを捨てる。
>  瞬間瞬間、(古い思考)を捨てていく。
>  Kのどこかの本で、ある人が罪を犯し、死刑を受けたら、その事実を素直に受け入れるとある。つまり心理的にじたばたしても、どうしょうもないということだ。肉体の死に向きあうとしたらその場合。又一般では癌か何かで余命幾年といわれたとき。そのとき死というものにはじめて向き合うということになるのではないか。普段の生活では死ということを考える必要はないでしょう。
>


必要ないですかね。では、ここは僕にとって必要ということにします。で、いま肉体的死に思考の方向を向けるのですが、心臓がドキドキして漠然とした不安がある。それを捨てていく。いつもやるわけではないですが、気が向いた時にはこれをやる、ということをしていけたら、自分と言うものをよく知れるのではないかと思います。


>  「死」という言葉を使われますが、「死」と「生」は対語です。現実には生も死もないのではないですか。すべては形を変えて流転しているだけです。
>  生成流転。(心理的に)死ぬことが生きること。
>


そうですね。だから不思議なのです。恐怖があることが。

> > > その人がホントに好きであれば、容姿とか学歴は関係なくなるということです。
> > > >
> >
> >
> > 学歴はともかく容姿は生理的なものがある。人類は長い間、人を美しい容貌と醜い容貌にわけてきた。その記憶から自由になれるか。
>
>  こだわりますね。見かけより心です。


心が美しければそれが外へと輝き出る。


[24219] Re:[24215] [24213] [24202] [24201] [24199] 生と死 投稿者:外野 投稿日:2017/08/20(Sun) 23:28  


> 僕が行っているのがマントラと言っていいのかどうかはわかりませんが、今Kはあなたのは麻痺させると言う意味でのマントラではないと訴えます。僕はKに相談できますかと僕は心の中で話しかけます。Kは相談にはもう少し時間がかかるでしょうと訴えます。そして、今思考が同士の交流がエネルギーへと変換され、次にまた新たな展開へと、という感じです。

 あなたは心の中でKと相談しているということですか?神秘的ですね。
 霊媒師のようにKと対話していると。

> > > > > ここまで書いてきて、肉体という制約がなければ、さらに躍動的で自由もあるかなと思い直しました。
> >
> >  肉体は牢獄と言う発想ですか?危険ですね。
>
>
> ここまでくるとちょっと気になります。歴史的にどういうことが起こったのですか?

 肉体が不自由、制約を受けるというのは、心霊主義者の発想のように思えました。
 心霊主義者の多くは肉体とは霊の棲み家であり、霊の外衣ととらえている点にあります。
 霊界、幽界、アストラル体、肉体。「神智学」の発想。一部の宗教でもこうした考え方がある。白光信仰会、生長の家。
 そういう霊にとっては肉体を纏わぬ方がよほど自由なのだろうか。という疑問が浮かぶ。
 この世は地獄。あの世は天国という発想。
 その天国にいくために、様々な修業、方法、メソッドがある。
 ヨガのように身体をいじめ抜いて,解脱をめざすというのもそう。
 肉体には7つのチャクラがある。まさに肉体を器械と見なす。
 話が違ってきたかな。

> >  Kのいう心理的死というのは、そういった不安を呼び起こす思考を消していくということです。ほっとけば消えていく。
> >  まさに思考が,不安を引き起こす。
>
>
> ここですね、ひっかかるのは。余計な思考かもしれませんが意識の光に当てることはしなければならないと思うのです。現代の人がやっているのは逃避。

意識の光?

> 確かにその不安を日常的に抱え込んだら生活に支障をきたすでしょう。しかし、その不安を闇に葬ることと光に当て(ここの掲示板流でいくと見て)消化していくこととは別だと思います。それが死と向き合う生の生き方。心理的死を通して、肉体的死と向き合う。

 おっしゃる意味がよくわかりません。クリシュナムルティは肉体の死に向き合うなどとは一言もいっていないように思います。心理的死だけです。
 実際の死にまつわる恐怖、不安を捨てよと言っている。考えてもしょうがないので。ようするに心理的イメージを捨てる。
 瞬間瞬間、(古い思考)を捨てていく。
 Kのどこかの本で、ある人が罪を犯し、死刑を受けたら、その事実を素直に受け入れるとある。つまり心理的にじたばたしても、どうしょうもないということだ。肉体の死に向きあうとしたらその場合。又一般では癌か何かで余命幾年といわれたとき。そのとき死というものにはじめて向き合うということになるのではないか。普段の生活では死ということを考える必要はないでしょう。

 「死」という言葉を使われますが、「死」と「生」は対語です。現実には生も死もないのではないですか。すべては形を変えて流転しているだけです。
 生成流転。(心理的に)死ぬことが生きること。

> > その人がホントに好きであれば、容姿とか学歴は関係なくなるということです。
> > >
>
>
> 学歴はともかく容姿は生理的なものがある。人類は長い間、人を美しい容貌と醜い容貌にわけてきた。その記憶から自由になれるか。

 こだわりますね。見かけより心です。


[24218] 無題 投稿者:YHWH 投稿日:2017/08/20(Sun) 14:55  

曾つて彼は  

曾つて彼は
五月の山谷の残雪の下から出た   
一本の真紅の独活であった
その日彼は春霞む山々を見ながら
自らが神であることを知つた

曾つて彼は
ねむの花かげの
小さい渓流の中の
子供の小指ほどの
一尾の小魚であつた
その時彼はさざめきながれる夏川水の清らかさの中で
美しい夏山を神と見た

彼は曾つて
村の小川の一尾の鮒であつた
その流れにうつる のうばらの白い花かげに
ひそかなるおもひをよせた

彼は曾つて 秋の山路の一株の 紅玉にうるる秋ぐみであつた
山の子等が
かちどきをあげては彼にとリつき
その甘い実を舌にのせるとき
彼は自分が母たる大地であることを知った

彼は曾つて
一つの栗のいがであつた
そのつややかな褐色の三つ栗を笑みわらせ
流れる朝霧の中で
山がらの声を美しくきいた

彼は曾つて
春霞すむ中国山脈の一つの峯であつた
北には はるかに日本海が その春霞に煙つて見えた
彼はその目本海を自分の恋人と思つた

彼は曾つて
洋々と流れる大河であつた
白帆をうかべ
魚竈をすませ
彼は自らが一つの文化の大動脈であることを知った

彼は又曾つて 一つの岩石であつた
千年ぢつと人知れぬ山中に
夏は蝉の声をしみいらせて
みどりの松林としづかに対話し
秋は色づいた山葡葡の葉に 自らをかくした

彼は又曾つて
一尾の蛇であつた
幾度か自らの皮を脱ぎ
新しい自然と和した

彼は又曾て 鷲さへ来ぬ深山の老松であつた
彼がそのみどりの節を失はないことを知つてゐるのは唯白雲だけであつた
然し彼自らは その節よりも
その初夏の花粉の日をひとりたのしんでゐた

彼は又曾つて 一匹の狼であつた
群することを忘れた彼は
若き日の牙もぬけ
狐や狸に馬鹿にされながら 洞窟の中でさびしく餓死した

彼は又曾つて 一匹の山椒魚であつた
彼は山深い沼にひとり住んでゐたが
その沼に十五日毎にうつる 満月の夜の月を愛し
その虚しいなげきをくりかへした

彼は曾つて又 一羽の鶴でもあった
明月の夜
山河湖海を下に見て
自分のふるさとへかえつた
彼のふるさとは月であつた

彼はついに何であつたらうか
彼は最後に人間の体をして生れたが
平凡にろくろくとして老い朽ち
その子らが彼を火葬にしたとき
一片の白骨すらとどめず
青いけむりだけが天にのぼつた
それは子供の時 彼が手製の竹の小串にさして焼いた川魚の
あの青いけむりそのままだつた

https://soundcloud.com/taishi-ohira-745737342/yugaadi-krit


[24217] 無題 投稿者:YHWH 投稿日:2017/08/20(Sun) 14:46  

平穏な愛 
召使の愛 絶対の安心
友情の愛 絶対の情熱
親子の愛 絶対の愛
恋愛の愛 絶対の自由


この五つが、バクティヨーガの5段階だ。

5番目の段階で、完全に人は永遠の今にいきれるようになる


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