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[24024] Re:[24022] 直感、ひらめき 投稿者:ゴト 投稿日:2017/07/01(Sat) 21:13  

>  藤井4段の活躍で、将棋の話題がテレビや新聞でとりあげられるようになった。
>  昨日のテレビでは、直感とか、直観という話になって、ある人がそれはどういったものか。プロの棋士に質問したが明確な答えは出ずじまい。
>  直感とはひらめき、インスピレーションなのか、あるいは過去の経験記憶なのか、ひらめきとは思考の産物なのか?今イチわからない。プロでも。
>  Kにいわせれば、それらはすべて過去の経験記憶であり、思考の産物なのだろうか?
>  では「新しい」というのはどういうことなのか。単に名付けたら「過去」になる。それだけの話?
>  自分自身、アマの二段までしかいかなかったヘボ将棋だが、体験によると、色々頭に浮かんだ手を選択して指すという感じ。プロの頭の中は、当然それ以上。なにしろ目隠しで、1局指してしまうのだか凄い。(実際現場で見たことがある。)
>  結局、記憶力、判断力の勝負なのだろうか?その中で「直感」(直観)とは何か?

直観とひらめきはどう違うか? これは難しいですね。知識で言います。

直感は答えがわかってもそれが何ゆえか、本人がわからないものだそうです。ひらめきはひらめいたらそのゆえんもわかるのだそうです。それゆえ、二つは違うものだそうです。

一目ぼれでこの人と感じてもその理由はわからないというのはほんとでしょうね。何百万年もの間積み上げられてきた無意識的な不可思議な何か。

藤井4段の将棋は、先週はテレビで見ました。直観もひらめきもあり、それは本人でないとわからない事でしょう。
私は子供の時から積み上げられた、コンピュータとの対戦を含むニューロンのネットワークが、人間の積み上げてきたものと違うのではないかと思います。


[24023] 腹立ちに直面するということ。 投稿者:外野(ガイヤ) 投稿日:2017/07/01(Sat) 10:45  

 途中YHWHさんの投稿が入り、遅くなってしまいました。ここから肝心なところです。今まで「序章」という感じ。これから知識を棚上げして、生でやりとりをしようと思います。
 幾分きついことをいい、あなたの「プライド」?を傷つけるか知れませんがご容赦下さい。
 (えっ「プライド」などないというのは陰の声)

> >  ここで聞きにくいことを一つお聞きしたいのですが、心理的なことについてです。あなたは今や長く生きて人生の先輩になりここまで生きてきました。これまでで、たとえば自分の年下のものに、指摘というか、ああだこうだいわれたとき、どんな気持ちになるかということです。
> >  同僚や先輩なら、ああだこうだいわれても、そうは腹がたたないものですが、後輩、あるいは若輩のものにああだこうだといわれると気持ちのいいものではない。私なら当然腹がたつ。それが図星であっても。もちろん口にしませんが。「◯◯にいわれたくない」と。こういうのは、学校でも会社でもよくあることです。

 簡潔にいうと、年下、あるいは若輩に何か言われると腹がたってくるということです。
 長い間生きていると、そういうことをよく経験する。会社でも家でも。
 上司に注意されると「すいません」とぺこぺこ
 部下に注意されると「生意気な」ということになる。
 自分自身体験したことで、わかりやすく象徴的に書いている。誰にでも経験するという意味で。

> >  さて貴方は、今や「気づき」を実現してるので、もし、仮に若い人から注意を受けても、動揺しない。平常心を保つということでしょうか。
>
> ええと若い人というのは確かにいます。しかしそれは新参者、目下のもの、若輩という意識あるいは観念なしです。

 ことわっておきますが、あなたがKに出会う前の話を聞いている。上記の経験は誰でもあるはず。
 Kに出会ってから、「分別」はなくなったというのではお互いの検討に成りません。
 よくある「気づき人」と「気づかない人」との対話に成りがち。同じ「土俵」ではない。
 あなたは社会生活におくっていた時、そういった「分別」はないということですか。たとえば「男」「女」の区別なく。「若輩」「先輩」の区別なく。
 私の知人は、定年後あるところに就職したが、若い社員から、手取り足取り基礎から教えられたと言う。「内心」屈辱だったとその人は言う。ときにはその若い奴に怒鳴られて。
 あなたはそういったこととは無縁のようだ。

> 私には子供もいるし、孫もいるし、ひ孫もいます。彼らも世の人のほとんどが確かに若い。それだけです。

 そうですか。随分達観しましたね。同じ人でも、「身内」と「それ以外の人」では対応がかわるはずだが。

> だから何か言われたたらその事を考えます、もっともなこともあるし、誤解もあるし、いろいろあるでしょうが、まじめに受け取るべきだと思ったことは考えて返事するだけです。

 そうですか。別に感情を乱すことはないと。
>
> >  分かりやすい例を言いうと、あなたは仮に釣りが未熟だとする。(あくまでたとえ。実際はわかりません。)釣りが上手な若い人にああだこうだ指摘を受けたとする。どう反応するか。これは釣りに限らず将棋でも何でもいいです。
>
> 私が下手なことは釣りをやっている人が少し見ればわかるでしょう。うまい人は普通自分からは声をかけないと思います。しかしもし声をかけてくれれば黙って聞きます。

 仮によその人から「おたく釣りを何年やってんの。いつまでたってうまくならないね」
 あなたは、黙って聞く。
 私は、そのことを言われたら、内心腸(はらわた)が煮えくり返ります。
文字ドウリ虫酸が走る。
 (あくまで、極端なケースをいってます。あしからず)
>
> >  あなたは人を、「若い」「中年」などと判別しないで受け取るということでしょうか。私なら人を見て反応する。

 そうです。若い女性から、注意を受けると腸が煮えくり返る。
 「何をこのアマ!」という感じ。
 同僚なら、何も言わない。
>
> 若いとか、中年はよくわかる実際のことと結びついています。
> 反応の仕様がありません。

 そうですか。それでは検討のしようはないですか。
 怒りに直面するということを検討しようとしても、あなたに「怒り」がないというのでは検討できません。
 そういうのは、実際に修羅場を経験しないと検討できないかもしれません。
>
> >  自分の若輩なのに、明らかにその人は悟っていると見る時、自分は力量不足でまだ悟りには程遠い。そのとき「やっかみ」が起きるかどうか。こいつわかいくせに。これも比較の論理ですが。

  読書会に参加したときのこと。何もかもわかっていると思われる人がいて、思わず「やっかみ」を感じたものです。
 「こいつ、若いくせに悟ったやがる」と。自身のかけがえのなさのあらわれでもあります。

 今日はここまで。後半の部分は、後日




[24022] 直感、ひらめき 投稿者:外野(ガイヤ) 投稿日:2017/07/01(Sat) 09:47  

 藤井4段の活躍で、将棋の話題がテレビや新聞でとりあげられるようになった。
 昨日のテレビでは、直感とか、直観という話になって、ある人がそれはどういったものか。プロの棋士に質問したが明確な答えは出ずじまい。
 直感とはひらめき、インスピレーションなのか、あるいは過去の経験記憶なのか、ひらめきとは思考の産物なのか?今イチわからない。プロでも。
 Kにいわせれば、それらはすべて過去の経験記憶であり、思考の産物なのだろうか?
 では「新しい」というのはどういうことなのか。単に名付けたら「過去」になる。それだけの話?
 自分自身、アマの二段までしかいかなかったヘボ将棋だが、体験によると、色々頭に浮かんだ手を選択して指すという感じ。プロの頭の中は、当然それ以上。なにしろ目隠しで、1局指してしまうのだか凄い。(実際現場で見たことがある。)
 結局、記憶力、判断力の勝負なのだろうか?その中で「直感」(直観)とは何か?


[24021] Re:[24020] [24016] [24014] [24011] [24010] 「最初で最後の自由」 投稿者:ゴト 投稿日:2017/06/30(Fri) 15:32  

> > >  独特の用語というのは、「観察者」「条件づけ」「私」などで、他の精神世界の本にはないものです。
> > >  いきなりその言葉が出たとき、意味がわからないでしょう。その意味は本の中で解説していますが。いきなりその言葉を目にしてもわからない。
> >
> > 解説者も条件付けも「私」も日常用語で特別なことではないです。
>
>  あなたはそうかもしれません。Kの翻訳をやり言葉に慣れている。しかし、私や周りの日常生活では出てきません。

では分からないなりに先を聴くか、読書会で質問するとかすればいい。

>  それと私ですが、Kのいう「私」と、日常で使う私とは違います。Kのいう「私」が日常で出てくる筈がない。

「私」とカッコ付けしてあるから、なんか特別の意味を込めて言っているなとその場で直感するしかない。

>
> > >  白紙で聞くということですが、その人の自己流の解釈になりがちになる。人には各自の経験がそれぞれ違う。
> >
> > だから経験なしに白紙で聞く。そうすれば個人的色合いがなく自己流解釈がありえなくなる。解釈そのものができず、ただ聞く、読むになる。なかなかそうはいかないので、反応する。反応が出ると気づくなら素晴らしい。自分の条件付けがわかる。
>
>  各自が、Kの講話を白紙で聞いても、それぞれ見方、感じ方、考え方が違うのではないですか。
>  たとえば「あるがまま」という言葉がある。人によって解釈が違う。
>  思うがままに行為をするという人と、思考なしに行為をする人、というように見解がわかれる。
>  それは今までそれぞれ生きてきた過程が違うからでもあるし、理解力の違いでもある。

ではそのように聞く。

>  ただ聞くはいいが「あるがまま」という意味が今いちわからないというのが反応。
>  意味がわかれば,次に進める。

読書会ならだれかが読んでいるからとりあえず聞く。
自分が本を読んでいるなら考え抜くなり、放り出すなり、好きなようにする。

> > >  それと観察者。条件づけなど、学校で習ったことないから、普通の人にはわからないでしょう。何のことやら。
> >
> > 観察ぐらいはだれでも知っているし、
>
>  小学校のとき、理科の実験をしてますから、観察するという意味は誰でも知っています。
>
> >観察者は文字通り観察する者、それぐらいの応用力がなきゃ。
>
>  普通の人は全く知りません。精神世界関係でも出てこない。断言します。

しょうがない。わからない時に出来ることをするしかない。

> >条件付けなんて高校生なら間違いなく知っていると思うよ。
>
>  まったく知りません。普通の人も知らない。100%断言します。

>  試しに人に聞いてみたらどうですか。100人100人知らないと言うでしょう。ましてや日常で使うことではない。
>  全部「心理用語」です。「条件づけ」「私」「観察者」というのは。

言葉は心理が絡んでいる場合が多数ある。それは子供の時から学んでいる。


>  私たちの日常で,心理的話が出た試しはない。

馬鹿野郎と言われれば心理がすぐわかる。それゆえカッとする。

> > >  あなたのおっしゃりたいことは、Kの講話を聞くとき、自身の意見、考え方をいったん棚上げして疑問もはさまずに、一心に聴くということでしょう。それを白紙といっている。
> >
> > そうです。
>
>  そういった心構えで聞く。はじめからそうできる人はまれ。それほどKの講話、Kの読書は高度な集中力が要求される。

そうできない事が分かれば正直に自分にはできないなと分かればいい。すでに自分を学んでいる。

>  疲れたとき、眠い時に彼の本を読んでも議論についていくのが難しい。彼の本は読者に何よりも「目覚めた」意識状態を要求される。

その時は途中でいつの間にか眠ってしまう。目が覚めてからまた読めばいい。

>  (年配者には、根気がなく、長時間読むにはつらいものがある)
> >
> > >  そのことと、用語の解説とは別な事柄です。
> >
> > だから読むときに必要ではありません。ここはいいですか?
>
>  読むときに用語の解説は必要ないということでしょうか。あったとしたらその方が親切ではないでしょうか。形而上な難しいことが多すぎるので。

読書会なら後で聞けばいいし、一人で読んでいるなら、好きなように検討すればいい。
原文を訳すと、Kが説明がちょっと足りないかなと思うともう一言付け足してわかるようにし、先に進むという事がよくわかる。そのレベルに合わないとわかりにくい。

>  だから、Kの読者は、それぞれ自己流の解釈になる。

それで分かったつもりなら分かったと言えばいい。つじつまが合わないで変だなあと感じるなら、また考え直せばいい。

>  読む時に予備知識がないといくら読んでもわからないでしょう。いいですか。たとえば中学程度の学力では理解出来ないと言うことです。

それならKは高校以上の人を対象にしているなと理解すればいい。

>  一言で「聞く」といいますが、話し手にも、人にわかりやすく伝えるというのがある。誤解をまねかないよう。

しかし深遠なことはそうもいかない。学生は質問したり、仲間で調べあったり、参考書を読んで試験に臨むしかない。人に伝えるというのはよく理解できないならするべきでない。

>  講演者は、聞く人のレベルによって内容を代えると聞くが、Kはその点どうなのだろうか。

わかっていないと感じれば言い方を変えたり、話題を転じてまたわかるように話しなおしたりしているようです。

>  実はKの未訳に、ペンギンリーダーのように、わかりやすく初心者に向けての会話があるみたいです。

それは読んだことがない。だが「最初で最後の自由」でも難しくてわかりにくい章と比較的わかりやすい章はある。
意味が分かっても、今まで美徳とされていた多くのことが偽物で何の価値もないと言われて否定されるのでわけが吞み込めないし、従来の徳と言われたことは大きな価値があるとしか思えない人がたくさんいるだろう。しかも反対が主張されるのではなく、反対は同類でしかないと言われるから、単純な二者択一の観念しかない人は理解できなくなる。

そういう人には理解が困難だろう。わかりやすいところから、何かこの人は従来に例のないことを言っていると思い、理解したいという情熱を持つ人でないと縁がないことになる。


[24020] Re:[24016] [24014] [24011] [24010] 「最初で最後の自由」 投稿者:外野(ガイヤ) 投稿日:2017/06/30(Fri) 11:46  

> >  独特の用語というのは、「観察者」「条件づけ」「私」などで、他の精神世界の本にはないものです。
> >  いきなりその言葉が出たとき、意味がわからないでしょう。その意味は本の中で解説していますが。いきなりその言葉を目にしてもわからない。
>
> 解説者も条件付けも「私」も日常用語で特別なことではないです。

 あなたはそうかもしれません。Kの翻訳をやり言葉に慣れている。しかし、普通の人の日常生活にはそういう言葉は一切出てきません。
 それと私という言葉ですが、Kのいう「私」と、日常で使う私とは違います。Kのいう「私」が日常で出てくる筈がない。
 日常で使う私は自分自身のこと。
 Kの言う私は、過去の経験記憶一切喝采。いわゆる精神活動全般。

> >  白紙で聞くということですが、その人の自己流の解釈になりがちになる。人には各自の経験がそれぞれ違う。
>
> だから経験なしに白紙で聞く。そうすれば個人的色合いがなく自己流解釈がありえなくなる。解釈そのものができず、ただ聞く、読むになる。なかなかそうはいかないので、反応する。反応が出ると気づくなら素晴らしい。自分の条件付けがわかる。

 各自が、Kの講話を白紙で聞いても、それぞれ見方、感じ方、考え方が違うのではないですか。
 たとえば「あるがまま」という言葉がある。人によって解釈が違う。
 思うがままに行為をするという人と、思考なしに行為をする人、というように見解がわかれる。
 それは今までそれぞれ生きてきた過程が違うからでもあるし、理解力の違いでもある。
 ただ聞くはいいが「あるがまま」という意味が今いちわからないというのが反応。
 意味がわかれば,次に進める。
>
> >  それと観察者。条件づけなど、学校で習ったことないから、普通の人にはわからないでしょう。何のことやら。
>
> 観察ぐらいはだれでも知っているし、

 小学校のとき、理科の実験をしてますから、観察するという意味は誰でも知っています。

>観察者は文字通り観察する者、それぐらいの応用力がなきゃ。

 普通の人は全く知りません。精神世界関係でも出てこない。

>条件付けなんて高校生なら間違いなく知っていると思うよ。

 まったく知りません。普通の人も知らない。ましてや私たちが普通日常で使う言葉ではない。全部「心理用語」です。「条件づけ」「私」「観察者」。私たちの日常では心理的話が出た試しはない。
>
> >  あなたのおっしゃりたいことは、Kの講話を聞くとき、自身の意見、考え方をいったん棚上げして疑問もはさまずに、一心に聴くということでしょう。それを白紙といっている。
>
> そうです。

 そういった心構えで聞く。はじめからそうできる人はまれ。それほどKの講話、Kの読書は高度な集中力が要求される。
 疲れたとき、眠い時に彼の本を読んでも議論についていくのが難しい。彼の本は読者に何よりも「目覚めた」意識状態を要求される。
 (年配者には、根気がなく、長時間読むにはつらいものがある)
>
> >  そのことと、用語の解説とは別な事柄です。
>
> だから読むときに必要ではありません。ここはいいですか?

 自身の意見はいったんおいといて話を聞くということであり、用語の意味とは別な事柄です。
 それで読むときは用語の解説は必要ないということでしょうか。あったとしたらその方が親切ではないでしょうか。形而上な難しい言葉が多すぎるので。いかようにも意味がとれてしまう。
 だから、Kの読者は、それぞれ自己流の解釈になる。100人から100人の解釈が。
 たとえば awareness に対して、正しい意味にとらえている人がどれだけいますか。

 読む時に予備知識がないといくら読んでもわからないでしょう。たとえば中学程度の学力では理解出来ないと言うことです。

 一言で「聞く」といいますが、話し手にも、人にわかりやすく伝えるというのがあります。誤解をまねかないよう。
 ある講演者は、聞く人のレベルによって内容を代えていると聞くが、Kはその点どうなのだろうか。
 実は、Kの未訳に、ペンギンリーダーのように、わかりやすく初心者に向けての会話があるみたいです。未確認ですが。「四季の瞑想」を読む限り。
 「あれっこんなこといってんの」。という感じ。初心者にまず,ノートに書きなさいというのもそうでしょう。
 はじめは、気づきは1分でいい、というのもそうです。人によって応対がことなるようで。
 瞬時瞬時気づく、ということが、はじめからできるということなら、誰も苦労しない。
 この「気づき」に関しては、他の章でやりましょう。
 誰でも、できるということをあなたはいいたいのかもしれないが、それでは、何で、クリシュナムルティの気づきはむづかしいなどと世間に流付されているのだろうか?
 片方は簡単?片方はむずかしい?




[24019] Re:[24018] [24015] [24013] [24012] [24009] [24008] ゴトさんへご相談 投稿者:ゴト 投稿日:2017/06/30(Fri) 09:05  

> > 生命と言えば、私たちの細胞が生き物であることが(これは知識だが実用的知識であることを断っておく)分かってきている。
>
>  他の書物から、細胞に一つ一つ「意識」があるということを学んでいます。当時は40年前で、まわりの既成学問から突拍子もないことだと片付けられていますが、現在はどうなんだろう。生命科学は少しでも進んだのだろうか?
>  IPS細胞?
>  彼らは細胞に対してどうとらえているのだろうか?
>  「生き物」としてとらえているのだろうか。単なる現象としてとらえているのだろうか。生命現象?その点は不明です。
>  細胞を生き物と捉えるなら、「遺伝子組み換え」という恐ろしい発想は出ないでしょう。
>  私の個人的感想をいえば、そこまでして人間は長生きしたいのか。病気をなくしたいのか。それこそ人間の傲慢な発想ではないだろうか。
>  科学の進歩とは何か?という所に落ち着く。

脳科学や細胞については2000年以後に特に進展している。学者はその研究で宇宙的な驚異、あるいは畏怖を感じている。細胞もまたミクロ宇宙と言う人もいる。
素人の私が生半可な説明はやめとこう。

>  しかし、K関係では、こういう話は直接には関係ありません。知ってるだけでいいでしょう。

直接に関係する部分だけにしましょう。例えば記憶とか、実際に見ている光景とか。それは写真のような記録ではなく、脳が創りだした適応のための情報だそうです。例えば、目の直接の画素数はデジタルカメラよりはるかに少ないし、周辺は色彩を感じなくなるという事です。

> > 意識も世人の言う常識的な意識する分野のほかに意識しないで行われていることが山ほどあり、それは表面意識より重要な部分を担っているかも知らないし、意識と無意識などという区別には収まらないかもしれない。原初の意識なんてものはどうなんだろうね。
>
>  「人類の未来」では源泉という言葉がでてきます。いわば思考を超えたもの。名付けないというがKの一貫した立ち場。そこが読者にとってじれったくなるところ。読者にとって「知りたい」わけです。基底、アラウンドといっても?
>  この点について大野龍氏が本のあとがきで明快に解説しています。

あなたの理解で教えてください。

>  この手の議論は翻訳者にまかせて、この掲示板ではいいと思います。Kの文章は、言葉にとらわないで全体的に読み説くしかないようで。一つの単語に一つ一つひっかかっていては前にはすすめないようです。一体何をいわんとしてるのか。

同感です。

> お互い、長年生きてきて、言葉の慣れた使い方はそれぞれあるでしょう。言葉の使い方の癖と言うか、慣れている言葉の使い方がある。今の若者が独自の言葉を使うように。

「思考は記憶の反応なので過去のものであり、限定されている」
さりながら、人間が言葉を使い、思考し、伝達を始めたのは創造だと思います。

初期の思考は心理的思考が大部分で、科学的思考はかなり遅れて出てきたのでしょうか?


[24018] Re:[24015] [24013] [24012] [24009] [24008] ゴトさんへご相談 投稿者:外野(ガイヤ) 投稿日:2017/06/29(Thu) 10:59  

> >  今年から4ヶ月間掲示板を自粛していたが、何も進展らしきものが感じれなかったので又出てきた次第。

 宮啓氏との会話を拝見していましたが、なかなかこみいった突っ込んだ議論がならなかったですね。それを見て進展を感じなかったという次第。
>
> 何も進展らしいものが感じられないとは心外な。

 あなた個人のことではない。


>私の言う内容が変わってきている。

 たしかにそういう感じを受けています。以前似たような質問を今回出しても、今回は前回のそれとは違うコメントになっている。
>
> オルダス・ハクスリーの序文がわかるようになったと言い、シンボルシステムと言えばわかるようになっている。
>
> 生命と言えば、私たちの細胞が生き物であることが(これは知識だが実用的知識であることを断っておく)分かってきている。

 他の書物から、細胞に一つ一つ「意識」があるということを学んでいます。当時は40年前で、まわりの既成学問から突拍子もないことだと片付けられていますが、現在はどうなんだろう。生命科学は少しでも進んだのだろうか?
 IPS細胞?
 彼らは細胞に対してどうとらえているのだろうか?
 「生き物」としてとらえているのだろうか。単なる現象としてとらえているのだろうか。生命現象?その点は不明です。
 細胞を生き物と捉えるなら、「遺伝子組み換え」という恐ろしい発想は出ないでしょう。
 私の個人的感想をいえば、そこまでして人間は長生きしたいのか。病気をなくしたいのか。それこそ人間の傲慢な発想ではないだろうか。
 科学の進歩とは何か?という所に落ち着く。

 しかし、K関係では、こういう話は直接には関係ありません。知ってるだけでいいでしょう。
>
> 意識も世人の言う常識的な意識する分野のほかに意識しないで行われていることが山ほどあり、それは表面意識より重要な部分を担っているかも知らないし、意識と無意識などという区別には収まらないかもしれない。原初の意識なんてものはどうなんだろうね。

 「人類の未来」では源泉という言葉がでてきます。いわば思考を超えたもの。名付けないというがKの一貫した立ち場。そこが読者にとってじれったくなるところ。読者にとって「知りたい」わけです。基底、アラウンドといっても?
 この点について大野龍氏が本のあとがきで明快に解説しています。

 この手の議論は翻訳者にまかせて、この掲示板ではいいと思います。Kの文章は、言葉にとらわないで全体的に読み説くしかないようで。一つの単語に一つ一つひっかかっていては前にはすすめないようです。一体何をいわんとしてるのか。
>
> それで、その変化を内に持ってこれから話すので、そこんとこよろしくね。

はい。わかりました。

お互い、長年生きてきて、言葉の慣れた使い方はそれぞれあるでしょう。言葉の使い方の癖と言うか、慣れている言葉の使い方がある。今の若者が独自の言葉を使うように。


[24017] Re:[24010] 「最初で最後の自由」 投稿者:外野(ガイヤ) 投稿日:2017/06/29(Thu) 10:17  


>  大変な力作。この本を読みこなすには、相当な読解力と力量と忍耐力が必要だと思います。その本を読む前に、クリシュナムルティ独特の用語の理解が先にくるのではないだろうか。Kの翻訳書で共通することだが、用語の解説をした本はほとんどない。私の知る所、大野龍氏の本だけである。

 大野龍一氏は、数あるKの翻訳者の中で異色の存在。自身の意見と見解を述べる。彼の翻訳書の中で、ところどころ用語について鋭い観察眼と分析力を発揮して解説している。
 Kの読者に対し、つまずきやすいひっかかりそうな文章を巧みに説明している。Kにまつわる日本の現状、翻訳界の裏話については彼にブログに詳しい。
 又、Kの本にはインド関係の言葉を出てくるので、その解説をしている。
 この方面のインド哲学に明るいのは,私の知る所大野龍一氏と純一氏のみだけです。

 彼の訳者
「クリシュナムルティは誰だったのか」大野純一氏と共訳
「生と出会う」
「人生をどう生きますか」
「自由と反逆」
「既知からの自由」

 彼に言わせれば前書の「自己変革の方法」は誤訳だらけだという。又本の題名をおかしいという。ハウツー本と誤解される。
 実は、はじめてクルシュナムルティに出会ったのは、この本である。歯に着せぬ物言いで、宗教界をぶった斬る。そこに喝采したものである。まさに胸を好く思い。
 あとで、誤訳が多いときいてがっくりした次第。そのあとに出た「自我の終焉」とは、だいぶニュアンスが変わっていました。
     「




[24016] Re:[24014] [24011] [24010] 「最初で最後の自由」 投稿者:ゴト 投稿日:2017/06/28(Wed) 15:38  

最初に断りますが、前回の引用を、今日話すことに関係する以外はできる限り消しました。
あなたの返事の欲しい点が消えていたら遠慮なく言ってください。返事します。

>  独特の用語というのは、「観察者」「条件づけ」「私」などで、他の精神世界の本にはないものです。
>  いきなりその言葉が出たとき、意味がわからないでしょう。その意味は本の中で解説していますが。いきなりその言葉を目にしてもわからない。

解説者も条件付けも「私」も日常用語で特別なことではないです。

>  観察者は観察されるもの。何のこっちゃということになる。この「私」という言葉は今でも苦慮します。過去の経験記憶一切が「私」ということですが、日常では、違う意味で使い慣れているでしょう。まさに自分のことです。

苦慮したらいいのではないですか。「最初で最後の自由」だって、今でもそうすらすらと読めない章はいくつもある。

>  白紙で聞くということですが、その人の自己流の解釈になりがちになる。人には各自の経験がそれぞれ違う。

だから経験なしに白紙で聞く。そうすれば個人的色合いがなく自己流解釈がありえなくなる。解釈そのものができず、ただ聞く、読むになる。なかなかそうはいかないので、反応する。反応が出ると気づくなら素晴らしい。自分の条件付けがわかる。

>  それと観察者。条件づけなど、学校で習ったことないから、普通の人にはわからないでしょう。何のことやら。

観察ぐらいはだれでも知っているし、観察者は文字通り観察する者、それぐらいの応用力がなきゃ。条件付けなんて高校生なら間違いなく知っていると思うよ。

>  あなたのおっしゃりたいことは、Kの講話を聞くとき、自身の意見、考え方をいったん棚上げして疑問もはさまずに、一心に聴くということでしょう。それを白紙といったいる。

そうです。

>  そのことと、用語の解説とは別な事柄です。

だから読むときに必要ではありません。ここはいいですか?


> > そういうものの理解はだれしもあるわけはありません。あるのは知識だけ。
>
> まず言葉の理解。

言葉、シンボルはリンゴとか、高層ビルと言えば誰でも何を指しているか実物がわかる。わからないものは下手に決めてもわかれば大化けする可能性大なので、文字をそのまま方程式の未知数 X,Y のつもりで放り込んでおこう。

> >Kの話すところを聞いているうちにわかってくるしかないと思いますし、それでいいのではないでしょうか?
>
>  我々は生でクリシュナムルティの声を聞けるわけではない。聞いたとしても通訳を通じて。

もちろん。私は録音を聞くとフィーリングはわかるが、意味はほとんどわからないので読むしかない。訳文で意味が取れないので、英語を見て自分で訳したりもします。

>  それぞれのスタンスによるようです。

> > この件については私は心(マインド)で統一しようと思います。心(マインド)は何かと言えば脳、思考、感情等の精神作用を一切合切ひっくるめたもの(言葉・シンボル?)という事で。
>
>  それは「意識」ということではなかったでしょうか?精神作用一切喝采。
> 「意識」と「心」は同じということで。

私は意識はすごく難しい言葉シンボルで、はっきり意識するという意味と、全く違う意味で言われるときとがあるので、心(マインド)と一緒には扱えないと思います。

しかし未知数であるシンボルとすればぐちゃぐちゃ論じるより、実物の探求をした方がいいでしょうね。


[24015] Re:[24013] [24012] [24009] [24008] ゴトさんへご相談 投稿者:ゴト 投稿日:2017/06/28(Wed) 14:14  

>  今年から4ヶ月間掲示板を自粛していたが、何も進展らしきものが感じれなかったので又出てきた次第。

何も進展らしいものが感じられないとは心外な。私の言う内容が変わってきている。

オルダス・ハクスリーの序文がわかるようになったと言い、シンボルシステムと言えばわかるようになっている。

生命と言えば、私たちの細胞が生き物であることが(これは知識だが実用的知識であることを断っておく)分かってきている。

意識も世人の言う常識的な意識する分野のほかに意識しないで行われていることが山ほどあり、それは表面意識より重要な部分を担っているかも知らないし、意識と無意識などという区別には収まらないかもしれない。原初の意識なんてものはどうなんだろうね。

それで、その変化を内に持ってこれから話すので、そこんとこよろしくね。


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