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[24014] Re:[24011] [24010] 「最初で最後の自由」 投稿者:外野(ガイヤ) 投稿日:2017/06/28(Wed) 11:54  


> >  大変な力作。この本を読みこなすには、相当な読解力と力量と忍耐力が必要だと思います。その本を読む前に、クリシュナムルティ独特の用語の理解が先にくるのではないだろうか。Kの翻訳書で共通することだが、用語の解説をした本はほとんどない。私の知る所、大野龍氏の本だけである。
>
> この特に忍耐力が必要という点はその通りでしょう。苦悩する心の藁にも縋るというような思いがないとだめかもしれません。
>
> ただし、独特の用語の理解というのは問題で、まず「独特の用語」という既成概念とそれについての知識を持つと、どうしても白紙の状態で聞くことができなくなり、知識との照合が先に立って、自分のなまの反応に気づかなくなります。

 独特の用語というのは、「観察者」「条件づけ」「私」などで、他の精神世界の本にはないものです。
 いきなりその言葉が出たとき、意味がわからないでしょう。その意味は本の中で解説していますが。いきなりその言葉を目にしてもわからない。
 観察者は観察されるもの。何のこっちゃということになる。この「私」という言葉は今でも苦慮します。過去の経験記憶一切が「私」ということですが、日常では、違う意味で使い慣れているでしょう。まさに自分のことです。
 白紙で聞くということですが、その人の自己流の解釈になりがちになる。人には各自の経験がそれぞれ違う。
 それと観察者。条件づけなど、学校で習ったことないから、普通の人にはわからないでしょう。何のことやら。

 あなたのおっしゃりたいことは、Kの講話を聞くとき、自身の意見、考え方をいったん棚上げして疑問もはさまずに、一心に聴くということでしょう。それを白紙といったいる。
 そのことと、用語の解説とは別な事柄です。
 
>
> >  精神、心、意識、マインド、ハート。心を扱う分野は、どうしても抽象的な形而上での言葉が多く出てくる、これらの理解がないと、とんでもない思い違い、勘違いをすることになる。

 「四季の瞑想」の圏末には用語の解説がある。
  
 著者いわく

 本書のみならず、クリシュナムルティの本には、心に関する二つの用語が何回も繰り返し登場します。この2語に関しては誤解を避けたいので、左記に原語とあわせて、本書で併用した意味を明記させていただきたいと思います。

 精神mind
 大辞林によると「精神」という言葉には多くの意味があります。
 中でも高い頻度で使用される意味は次の二つであると思われます。

1、人間のこころ。また、その知的な働き。「健全なーーー」
2、物質に対し、人間を含む生命一般の原理とみなされた霊魂。たましい。
                  (以上小学館「デジタル大辞典」)

(注)「人類と未来」に出てくる精神は、おそらく2ではないだろうか。頭脳と精神は別という意味がわかる。

 通常、精神というと、私は二番目の意味を連想するのですが、本書では一番目の意味、特に「心の知的な側面」という意味で用いています。

 心     hert 「心の情緒的側面」という意味で用いています。
 精神と心  mind and hert いずれも心の知的側面と情緒的側面をあわせた「心全体」という意味で用いています。

>
> そういうものの理解はだれしもあるわけはありません。あるのは知識だけ。

まず言葉の理解。

>Kの話すところを聞いているうちにわかってくるしかないと思いますし、それでいいのではないでしょうか?

 我々は生でクリシュナムルティの声を聞けるわけではない。聞いたとしても通訳を通じて。

> まあ私はそう思っていますが、論争するつもりで言っているのではありません。難しすぎるので省略しようかと思いましたが、触れないのもどうかと思って書きました。

 それぞれのスタンスによるようです。
>
> >  たとえば、さきほど「人類の未来」を読み終えたが、精神という言葉を一般で使うような意味にとらえると、とらえかたが違ってしまうことになる。
> >  頭脳と精神は別というと「えっ」ということ。唯物論の現代学問では脳から心が生じるとされているからだ。又「意識」という言葉がむずかしい。Kの定義した意味を頭に入れておかないとわからなくなり混乱する。「無意識」も。
>
> この件については私は心(マインド)で統一しようと思います。心(マインド)は何かと言えば脳、思考、感情等の精神作用を一切合切ひっくるめたもの(言葉・シンボル?)という事で。

 それは「意識」ということではなかったでしょうか?精神作用一切喝采。
「意識」と「心」は同じということで。

これからでかけるので明日。




[24013] Re:[24012] [24009] [24008] ゴトさんへご相談 投稿者:外野(ガイヤ) 投稿日:2017/06/28(Wed) 10:21  

内容

宮啓
>  クリシュナムルティの陳述を聴いていると、徐々に、渡部さんが述べることが肌で感じるようになってきました。
質問者
>  何で「本名」をいうのだろうか。しかも誤字で。

 掲示板というのは、どこであれペンネーム(匿名)でやりとりをするのが基本ルール。そこで何で愚さんの本名「渡辺」を出すのか?しかもご丁寧にも誤字つきで「渡部」。
 何で本名を出したのか理由を知りたい。
 愚さんに対して失礼ではないのか。
 新しい芽氏やゴト氏の本名を私は知っているが、ここに出すことは絶対にない。
 それとこうした公共の掲示板では、互いのプライベートまでは、踏み込まないのが暗黙のルール。
 過去、おたくはpeerさんら何人かに、執拗に個人のプライベートまで踏みにじる発言を繰り返した。
 例えば人に対して男か女か、結婚してるかどうか、趣味が何とかかんとかつっこみをいれるのは失礼な話。人格を踏みにじる行為。


> > 拝見しました。
> >
> > 迷惑をかけないためには投稿を控えるしかないようです。

 今後、投稿は一切控えてほしい。愚さんの掲示板も。ここの掲示板も。

> > あるいはKの名と講話を出さずに普通の市井の会話として質問するかです。

 Kの著作類から、さんざんKの言葉を引用してきた。1度や2度ならまだしも何度も何度も何度も繰り返す。実はKの引用は厳密に言うと著作権侵害。そのことを知らないのだろうか。
 Kの名を出さず、普通の市丼の会話としてなら、何も言いません。

> > それでも投稿したいときは投稿して、したくないレスはしないでおくしかないでしょう。

 ここでは引用を自粛したが、愚さんの掲示板では、誰も言わないのでいつものどうりKの引用を続けた。それで指摘したわけです。
 別に引用が悪いといっているのではなく、引用するならどこどこの本からということを明示し、掲示板の皆さんで、わからないところを検討しようとする場合です。
 しかし、おたくはKの引用をするのはいいが、皆と検討しようとする姿勢ではなく、Kの言葉をいたずらに賞賛し、美辞麗句を並べたてるだけです。いかにもこれを読んでくれと言わんばかり。

>
>
>  はい。いたしかたないですね。
>
>  やめてくれ!と何度も言っても、やりつづける。悪意を感じます・・。

 まったく話のすりかえ。何でも人のせいにするようだ。会社でもそうなのか。問題は、何で指摘されたのか、ということだ。
 何で個人名を出し、何でKの引用を繰り返すのか、ということ。正当な理由があれば述べればいい。
 人から注意されたとき、批判されたとき、指摘されたとき、あなたは言われた人間に対して「悪意」を感じるということなのだろうか。
 人から、何かの理由で、指摘を受けたというとき、自分自身に向ける、ということが、それこそクリシュナムルティの言っていることではないだろうか。自身を見る。自身の反応を見る。
 言われた相手に対して、自身に省みず、相手に憎悪を向けるというのは、今までの生き方と同じで、いくらKを読んでも、何にも成らない。

>  私は『最初で最後の自由』を読んだときに、とても感心しておりました。『自我の終焉』は5回ほど読んだのですが意味が分からなかったからです。さすが新しい芽さん・・と感心していました。

 この「最初で最後の自由」の出版社ナチュラルスピリット社に、新興宗教呼ばわりして、さんざんケチをつけたのは、それこそおたくではなかったのか。
 おたくがナチュラルスピリット社のクリシュナムルティの翻訳書出版に猛反発をしたことをよくおぼえている。
>
>  また、「既知のものからの自由」(新しい芽訳)にも同様な感心を抱きました。『既知からの自由』(大野龍一訳)が意味があまり伝わってこなかったからです。

 翻訳の善し悪しが何でおたくにわかるのか。この翻訳がわかりやすいとか、わかりにくいとか、何でおたくに判別できるのか。
 「わからない」というのはそれこそ度量、力量
のなさのあらわれだろう。翻訳者のせいにするではない!
>
>  さて、私は今『明日が変るとき』小早川詔・藤仲孝司訳のクリシュナムルティの最後の講話(マドラス 1986)を読み返しています。とても心に染みる言葉に感じています。

 たんなる読者であれば,ここの掲示板には用はありまえん。クリシュナムルティに関して、わからないところ、疑問点があれば,それを出して皆で検討しようとするのが、ここの掲示板。
 クリシュナムルティを読んで、素晴らしい、心にしみる、疑問点は一切ないというなら、ここの掲示板はいりません。
 一人、静かにKの本を読めばすむこと。

 今年から4ヶ月間掲示板を自粛していたが、何も進展らしきものが感じれなかったので又出てきた次第。


[24012] Re:[24009] [24008] ゴトさんへご相談 投稿者:宮啓 投稿日:2017/06/27(Tue) 15:55  

> >  参照:http://6926.teacup.com/mitsuruwatanabe/bbs
> >     の[7031]
> >
> 拝見しました。
>
> 迷惑をかけないためには投稿を控えるしかないようです。
> あるいはKの名と講話を出さずに普通の市井の会話として質問するかです。
> それでも投稿したいときは投稿して、したくないレスはしないでおくしかないでしょう。


 はい。いたしかたないですね。

 やめてくれ!と何度も言っても、やりつづける。悪意を感じます・・。


> 今私は、飯尾さんの訳の「最初で最後の自由」を5章まで読みました。本を手にした最初は昔の直訳と違うのでどうも読む気がしなかったのですが、少し目が開けてきたのか、素晴らしい翻訳とわかり、日に1,2章じっくり味わって読んでいます。飯尾さんは精神を心と記し、マインドと振り仮名して使っています。何せKは心の実際を感じ知り抜いた人ですから、もう一度読み直してみましょう。
>
> 愚さんの板もこの頃ちょくちょくとよく拝見しています。


 私は『最初で最後の自由』を読んだときに、とても感心しておりました。『自我の終焉』は5回ほど読んだのですが意味が分からなかったからです。さすが新しい芽さん・・と感心していました。

 また、「既知のものからの自由」(新しい芽訳)にも同様な感心を抱きました。『既知からの自由』(大野龍一訳)が意味があまり伝わってこなかったからです。

 さて、私は今『明日が変るとき』小早川詔・藤仲孝司訳のクリシュナムルティの最後の講話(マドラス 1986)を読み返しています。とても心に染みる言葉に感じています。


[24011] Re:[24010] 「最初で最後の自由」 投稿者:ゴト 投稿日:2017/06/27(Tue) 13:50  

> > 今私は、飯尾さんの訳の「最初で最後の自由」を5章まで読みました。本を手にした最初は昔の直訳と違うのでどうも読む気がしなかったのですが、少し目が開けてきたのか、素晴らしい翻訳とわかり、日に1,2章じっくり味わって読んでいます。飯尾さんは精神を心と記し、マインドと振り仮名して使っています。何せKは心の実際を感じ知り抜いた人ですから、もう一度読み直してみましょう。
>
>  大変な力作。この本を読みこなすには、相当な読解力と力量と忍耐力が必要だと思います。その本を読む前に、クリシュナムルティ独特の用語の理解が先にくるのではないだろうか。Kの翻訳書で共通することだが、用語の解説をした本はほとんどない。私の知る所、大野龍氏の本だけである。

この特に忍耐力が必要という点はその通りでしょう。苦悩する心の藁にも縋るというような思いがないとだめかもしれません。

ただし、独特の用語の理解というのは問題で、まず「独特の用語」という既成概念とそれについての知識を持つと、どうしても白紙の状態で聞くことができなくなり、知識との照合が先に立って、自分のなまの反応に気づかなくなります。

>  精神、心、意識、マインド、ハート。心を扱う分野は、どうしても抽象的な形而上での言葉が多く出てくる、これらの理解がないと、とんでもない思い違い、勘違いをすることになる。

そういうものの理解はだれしもあるわけはありません。あるのは知識だけ。Kの話すところを聞いているうちにわかってくるしかないと思いますし、それでいいのではないでしょうか?
まあ私はそう思っていますが、論争するつもりで言っているのではありません。難しすぎるので省略しようかと思いましたが、触れないのもどうかと思って書きました。

>  たとえば、さきほど「人類の未来」を読み終えたが、精神という言葉を一般で使うような意味にとらえると、とらえかたが違ってしまうことになる。
>  頭脳と精神は別というと「えっ」ということ。唯物論の現代学問では脳から心が生じるとされているからだ。又「意識」という言葉がむずかしい。Kの定義した意味を頭に入れておかないとわからなくなり混乱する。「無意識」も。

この件については私は心(マインド)で統一しようと思います。心(マインド)は何かと言えば脳、思考、感情等の精神作用を一切合切ひっくるめたもの(言葉・シンボル?)という事で。

>  ある程度精神世界の知識が必要で、でないと「条件づけ」とか「観察者」の意味が何のことかわからないだろう。又人間の基本的な知覚について、ある程度勉強しておく必要がある。
>  将棋のわからない人には、いくら説明してもわからないように。

「条件付け」や「観察者」は将棋・チェスと同じく、その内容は知らずともポピュラーな語だと思います。そこから出発すればいいと思います。

>  白紙、予備知識なしでKを読めという人がいるが、土台無理。中学の学力で大学の問題は解けない。

しかし、大人になれば心は子供の時から使っているので実物を知っていると言える。
Kは信念や知識は害になると言っている。もちろん実用的な知識(言い方が難しいが)のことを言っているのではないと断っての上ですが。
抽象的な語・シンボルは、実際がわからないで知識で用いられるとき、そのシンボル・システムが途方もない害をもたらした。機械性と人の間の分離を生んだ。そこからの解放、自由を得る必要がある。

>  一番の問題は、Kのいう「気づき」というのは実践するものなのだろうか。ということである。方法、メソッドを否定しているので、まったくの「手がかり」がない。

方法、メソッドを否定しているのはその通りです。それゆえ、機械的に実践するという事は否定されています。そういう意味では実践することではありません。
気づくという事はしかし日常で実際に私たちがやっていること、見、聴き、知覚していることそのものですから、実践しているわけです。始終起こっていることです。しかし、盲点に入って実は見逃していることもあるかもしれません。
そこをKは言っているわけで、よく聞くと示唆していることがわかりだし、気づき始めるという事でしょうか。

>  では「どうすれば」と聞くと、「それは思考だ」の堂々巡り。結局「何もしない」読むだけになる。日常は?と聞くと、「今だけ」。とりあわない。

その通りです。そういう意味で従来の方法的やり方が完全に否定され、Kの言う事をよく読み、常に今の状態に直面し生きていくだけです。それが既に革命的な、新しい生き方なのです。

>  クリシュナムルティと日本の読者の間をとりもつメッセンジャー的役割を持つ人が日本では不在。正しく伝わっていないのが現状。

その通りです。
及ばずながら死ぬまで勉強して、日本人にわかりやすく話すことにトライしようと思っています。
ご助力をよろしくお願いします。どこがわかりにくいか指摘していただけると助かります。

ちょっと内容が多くなって意を尽くせないけれど、ここまでにします。


[24010] 「最初で最後の自由」 投稿者:外野(ガイヤ) 投稿日:2017/06/27(Tue) 10:43  

> 今私は、飯尾さんの訳の「最初で最後の自由」を5章まで読みました。本を手にした最初は昔の直訳と違うのでどうも読む気がしなかったのですが、少し目が開けてきたのか、素晴らしい翻訳とわかり、日に1,2章じっくり味わって読んでいます。飯尾さんは精神を心と記し、マインドと振り仮名して使っています。何せKは心の実際を感じ知り抜いた人ですから、もう一度読み直してみましょう。

 大変な力作。この本を読みこなすには、相当な読解力と力量と忍耐力が必要だと思います。その本を読む前に、クリシュナムルティ独特の用語の理解が先にくるのではないだろうか。Kの翻訳書で共通することだが、用語の解説をした本はほとんどない。私の知る所、大野龍氏の本だけである。
 精神、心、意識、マインド、ハート。心を扱う分野は、どうしても抽象的な形而上での言葉が多く出てくる、これらの理解がないと、とんでもない思い違い、勘違いをすることになる。
 たとえば、さきほど「人類の未来」を読み終えたが、精神という言葉を一般で使うような意味にとらえると、とらえかたが違ってしまうことになる。
 頭脳と精神は別というと「えっ」ということ。唯物論の現代学問では脳から心が生じるとされているからだ。又「意識」という言葉がむずかしい。Kの定義した意味を頭に入れておかないとわからなくなり混乱する。「無意識」も。
 ある程度精神世界の知識が必要で、でないと「条件づけ」とか「観察者」の意味が何のことかわからないだろう。又人間の基本的な知覚について、ある程度勉強しておく必要がある。
 将棋のわからない人には、いくら説明してもわからないように。
 白紙、予備知識なしでKを読めという人がいるが、土台無理。中学の学力で大学の問題は解けない。
 一番の問題は、Kのいう「気づき」というのは実践するものなのだろうか。ということである。方法、メソッドを否定しているので、まったくの「手がかり」がない。
 では「どうすれば」と聞くと、「それは思考だ」の堂々巡り。結局「何もしない」読むだけになる。日常は?と聞くと、「今だけ」。とりあわない。

 クリシュナムルティと日本の読者の間をとりもつメッセンジャー的役割を持つ人が日本では不在。正しく伝わっていないのが現状。




[24009] Re:[24008] ゴトさんへご相談 投稿者:ゴト 投稿日:2017/06/26(Mon) 23:33  

>  参照:http://6926.teacup.com/mitsuruwatanabe/bbs
>     の[7031]
>
拝見しました。

迷惑をかけないためには投稿を控えるしかないようです。
あるいはKの名と講話を出さずに普通の市井の会話として質問するかです。
それでも投稿したいときは投稿して、したくないレスはしないでおくしかないでしょう。

今私は、飯尾さんの訳の「最初で最後の自由」を5章まで読みました。本を手にした最初は昔の直訳と違うのでどうも読む気がしなかったのですが、少し目が開けてきたのか、素晴らしい翻訳とわかり、日に1,2章じっくり味わって読んでいます。飯尾さんは精神を心と記し、マインドと振り仮名して使っています。何せKは心の実際を感じ知り抜いた人ですから、もう一度読み直してみましょう。

愚さんの板もこの頃ちょくちょくとよく拝見しています。


[24008] ゴトさんへご相談 投稿者:宮啓 投稿日:2017/06/26(Mon) 19:53  

 渡辺さんの掲示板への私の投稿に対して、タグさんらしき人物が必要に追いかけ回してきます。

 これで2回連続です。

 とても困り果てています。

 参照:http://6926.teacup.com/mitsuruwatanabe/bbs
    の[7031]

 いかがいたしましょうか?

 よい知恵がありましたら、よろしくお願いします。


[24007] 無題 投稿者:YHWH 投稿日:2017/06/25(Sun) 20:48  

言い尽くせない多重的なものがいくつも見えた。


[24006] 無題 投稿者:YHWH 投稿日:2017/06/25(Sun) 20:46  

末期がんの祖母に、これ以上生きていてもしょうがないから、死ねと言い渡す。役割を、おばさんたちに半ば、必然的なようにたのまれた、祖父の顔は、一瞬、仲間を見捨てなければいけない象のような悲痛さがあった。

それは、彼がやってきた動物の屠殺の最後の動物が祖母であるかのようだった。

それは、呆然とした表情であり、さながら、仲間を見捨てる象、年老いた雄のアザラシが、天命をしったかのような表情。

彼の脳裏を、愛していた60年が走馬灯のように悲哀と望郷とともにめぐったのかのようだった。


[24005] 無題 投稿者:ゴト 投稿日:2017/06/25(Sun) 19:32  

YHWH氏よ。投稿数がちょっと多いな。


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