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[25184] 意味・価値とは何か 投稿者:ゴト 投稿日:2018/03/14(Wed) 22:38  

意味・価値はどういうものか、私は恥ずかしながらよく知らなかった。ようやく、意味、価値は聖なるものとか理念、理想ではないという話を聞いた。

生き物でない鉱物的世界には意味も価値もないだろう。植物はちょっとわからないが、動物の実存的な生の中にこそ意味、価値はあると。そこから意味、価値は発生すると。

アメーバみたいな原始的な、直接の接触でしか世界を知覚できない動物では、さすがに単なる反射行動のみがあるかどうか、動物行動学者も判定できないそうだ。実際には、心地よい何かにぶつかった時にはそれを全身で包んで離さないようにするとか、心地よくないものに対しては大急ぎで離れるような人間的に見えてしまう行動をとるとかするので、困ってしまうそうだ。

しかし、少し進化した動物で触手のようなものを持つと、自分の本体が対象と接触する前に知覚することができる―遠隔知覚という。視覚や聴覚が代表的それである。身体と離れては考えられない。

これにより対象との接触に空間と時間のゆとりが生じ、欲望衝動の意味・価値が審級できるようになったという事らしい。しかし、何をしたいかというその本心は本来一瞥的に理解出来るるものですね。

哲学の話の方はこれからどう進むのかまだ全然わかりません。


[25183] Re:[25182] [25181] [25180] [25179] [25178] [25177] [25175] [25173] [25172] [25171] [25170] [25169] 哲学の意義 投稿者:ゴト 投稿日:2018/03/12(Mon) 19:21  

> > > > それはそれとして、私の感じていることを言いますと、そこで少し狂ってもやりたいようにやる自由をヒトは心底から欲しがっている。その時、エネルギーも出るし、後悔もせずに、たとえ大きく挫折しようが前進できる。これはかなり強い根源的と言っていいほどのもののように感じます。
> > >
> > >
> > >  信長も秀吉もそうでしたね。。
> >
> > プロ並みのものすごい才能を持ちながらプロにならず、一生かけ将棋指しでいた棋士がいます。勝つと得た賞金はその日のうちに湯水のように豪遊して使い果たしたとか。
> >
> > ある令嬢が、貧乏画家と恋に落ちて、親兄弟の親身な忠告を振り払って一緒になりました。短い期間で破たんし、実家に戻ってきていましたが、タバコを吸う無口な女性になっていました。
> >
> > この二人は自分の人生を生きたと言えるのでしょうか、精一杯に生きたと。
>
>
>  一般的には、個体は自我として一個人の人生を生きます。一個人の人生で、精一杯生きて満足です!!ということはないのではないでしょうか・・。たとえ、家康であっても。。

ここが難しいところです。確かに普通そうですが、人は本当に何かに打ち込んだ時、自我を離れて真実に生きるという事がある気がします。その時はそれによる理解・変容が、Kを知らなくても、局部的でもあるかもしれないと思います。また、Kを読んでも、ついに何かを感じることなく生を過ごすかもしれません。何せ、愛も英知も養成できるものではないようですから。

たぶん、人はさまざま条件付けとまともさを、親、周囲からもらって生の大海に入るしかないでしょう。そこで何に出うのか、自分がどう生きるのか、周囲がまた何ができるのか。

>
> > > > 哲学の話ですが、思考が立脚点を持ってはっきり語る道を開けば、思考は見違えるような変貌を遂げるでしょう。楽しみに勉強しています。
> > >
> > >
> > >  クリシュナムルティも言葉で発信するときには、思考を用いていましたね。見違えるような思考。英知。。
> >
> > 言葉が通じるという事は、その場で直面して関わっている人にだけわかるという刮目すべき事柄ですね。なぜなら、言葉はいかようにも解釈できる不思議なものですから。
>
>
>  英知なくして、思考が>見違えるような変貌を遂げる−−ことがありうるのか・・。
>
>  英知なき「知識」が不毛を突破できるのか・・。


英知は心血を注いで事に当たるとき、ふと生じるものでしょう。
哲学者全員が、宗教を含めて、つくってきた理念を、現在の一哲学者が批判し立て直そうとする経過を今私は読んでいるわけですが、読み切るつもりです。


[25182] Re:[25181] [25180] [25179] [25178] [25177] [25175] [25173] [25172] [25171] [25170] [25169] 哲学の意義 投稿者:宮啓 投稿日:2018/03/12(Mon) 15:55  

> > > >  思考(時間)は「生」に含まれるか?ということでしょうか・・。
> > > >
> > > >  幻想も錯覚も、混乱・葛藤・矛盾の人生としての「生」の一部かもしれませんね。。
>
> もちろん生の一部ですが、音楽や人の話す言語を分かるには刹那刹那的意識ではどうにもならず、時間性は絶対に必要です。


 条件付けられていない幼児が、条件付けられるための時間。

 条件付けられたにもかかわらず、クリシュナムルティ理解への取り組みによって、条件付けを解除するための時間。


> > > 哲学もきちんとした心に浮かぶ情動、思考、衝動、感情をよく観察しています。さすがに丁寧に、厳密に見ています。
> > >
> > > しかし、それをその場でその時に見ている、気づいているという事がまだ出ていません。
> >
> >
> >  心理学者も同様ですね。。
> >
> >
> > > それ、すなわち自我の発する生き生きした主体性を持つ欲望である思考感情を、その時直接に気づいている、見ているというのがKの教えであるというふうに、私は思っているのですが、そしてそれが、自分の全体で全体観的に見られているとき、秩序があり、浄化があるという理解なのですが、哲学者は一般的事後の観察のようで、そこが違いかもしれません。
> >
> >
> >  また、違いは、哲学者はクリシュナムルティに触れても、真の底では心を動かされない程に条件づけられているのではないでしょうか。。
>
> 以前大学生が卒論でKを取り上げていました。長文で、そのころは興味もなくそのままになってしまったのですが、今なら興味を持って読めるでしょうが。


 その大学生は今頃、まだクリシュナムルティを読んでいるのか・・、それとも思考の枠に納まっているのか・・。又、現在でも、そのような学生が居るのか否か・・。大学で「クリシュナムルティ論」の講義が始まるのはいつのことか・・。


> > > それはそれとして、私の感じていることを言いますと、そこで少し狂ってもやりたいようにやる自由をヒトは心底から欲しがっている。その時、エネルギーも出るし、後悔もせずに、たとえ大きく挫折しようが前進できる。これはかなり強い根源的と言っていいほどのもののように感じます。
> >
> >
> >  信長も秀吉もそうでしたね。。
>
> プロ並みのものすごい才能を持ちながらプロにならず、一生かけ将棋指しでいた棋士がいます。勝つと得た賞金はその日のうちに湯水のように豪遊して使い果たしたとか。
>
> ある令嬢が、貧乏画家と恋に落ちて、親兄弟の親身な忠告を振り払って一緒になりました。短い期間で破たんし、実家に戻ってきていましたが、タバコを吸う無口な女性になっていました。
>
> この二人は自分の人生を生きたと言えるのでしょうか、精一杯に生きたと。


 一般的には、個体は自我として一個人の人生を生きます。一個人の人生で、精一杯生きて満足です!!ということはないのではないでしょうか・・。たとえ、家康であっても。。


> > > 哲学の話ですが、思考が立脚点を持ってはっきり語る道を開けば、思考は見違えるような変貌を遂げるでしょう。楽しみに勉強しています。
> >
> >
> >  クリシュナムルティも言葉で発信するときには、思考を用いていましたね。見違えるような思考。英知。。
>
> 言葉が通じるという事は、その場で直面して関わっている人にだけわかるという刮目すべき事柄ですね。なぜなら、言葉はいかようにも解釈できる不思議なものですから。


 英知なくして、思考が>見違えるような変貌を遂げる−−ことがありうるのか・・。

 英知なき「知識」が不毛を突破できるのか・・。


[25181] Re:[25180] [25179] [25178] [25177] [25175] [25173] [25172] [25171] [25170] [25169] 哲学の意義 投稿者:ゴト 投稿日:2018/03/12(Mon) 13:01  

> > >  思考(時間)は「生」に含まれるか?ということでしょうか・・。
> > >
> > >  幻想も錯覚も、混乱・葛藤・矛盾の人生としての「生」の一部かもしれませんね。。

もちろん生の一部ですが、音楽や人の話す言語を分かるには刹那刹那的意識ではどうにもならず、時間性は絶対に必要です。

> >
> > 哲学もきちんとした心に浮かぶ情動、思考、衝動、感情をよく観察しています。さすがに丁寧に、厳密に見ています。
> >
> > しかし、それをその場でその時に見ている、気づいているという事がまだ出ていません。
>
>
>  心理学者も同様ですね。。
>
>
> > それ、すなわち自我の発する生き生きした主体性を持つ欲望である思考感情を、その時直接に気づいている、見ているというのがKの教えであるというふうに、私は思っているのですが、そしてそれが、自分の全体で全体観的に見られているとき、秩序があり、浄化があるという理解なのですが、哲学者は一般的事後の観察のようで、そこが違いかもしれません。
>
>
>  また、違いは、哲学者はクリシュナムルティに触れても、真の底では心を動かされない程に条件づけられているのではないでしょうか。。

以前大学生が卒論でKを取り上げていました。長文で、そのころは興味もなくそのままになってしまったのですが、今なら興味を持って読めるでしょうが。

> > それはそれとして、私の感じていることを言いますと、そこで少し狂ってもやりたいようにやる自由をヒトは心底から欲しがっている。その時、エネルギーも出るし、後悔もせずに、たとえ大きく挫折しようが前進できる。これはかなり強い根源的と言っていいほどのもののように感じます。
>
>
>  信長も秀吉もそうでしたね。。

プロ並みのものすごい才能を持ちながらプロにならず、一生かけ将棋指しでいた棋士がいます。勝つと得た賞金はその日のうちに湯水のように豪遊して使い果たしたとか。

ある令嬢が、貧乏画家と恋に落ちて、親兄弟の親身な忠告を振り払って一緒になりました。短い期間で破たんし、実家に戻ってきていましたが、タバコを吸う無口な女性になっていました。

この二人は自分の人生を生きたと言えるのでしょうか、精一杯に生きたと。

>
> > 哲学の話ですが、思考が立脚点を持ってはっきり語る道を開けば、思考は見違えるような変貌を遂げるでしょう。楽しみに勉強しています。
>
>
>  クリシュナムルティも言葉で発信するときには、思考を用いていましたね。見違えるような思考。英知。。

言葉が通じるという事は、その場で直面して関わっている人にだけわかるという刮目すべき事柄ですね。なぜなら、言葉はいかようにも解釈できる不思議なものですから。


[25180] Re:[25179] [25178] [25177] [25175] [25173] [25172] [25171] [25170] [25169] 哲学の意義 投稿者:宮啓 投稿日:2018/03/11(Sun) 07:53  

> >  思考(時間)は「生」に含まれるか?ということでしょうか・・。
> >
> >  幻想も錯覚も、混乱・葛藤・矛盾の人生としての「生」の一部かもしれませんね。。
>
>
> 哲学もきちんとした心に浮かぶ情動、思考、衝動、感情をよく観察しています。さすがに丁寧に、厳密に見ています。
>
> しかし、それをその場でその時に見ている、気づいているという事がまだ出ていません。


 心理学者も同様ですね。。


> それ、すなわち自我の発する生き生きした主体性を持つ欲望である思考感情を、その時直接に気づいている、見ているというのがKの教えであるというふうに、私は思っているのですが、そしてそれが、自分の全体で全体観的に見られているとき、秩序があり、浄化があるという理解なのですが、哲学者は一般的事後の観察のようで、そこが違いかもしれません。


 また、違いは、哲学者はクリシュナムルティに触れても、真の底では心を動かされない程に条件づけられているのではないでしょうか。。


> それはそれとして、私の感じていることを言いますと、そこで少し狂ってもやりたいようにやる自由をヒトは心底から欲しがっている。その時、エネルギーも出るし、後悔もせずに、たとえ大きく挫折しようが前進できる。これはかなり強い根源的と言っていいほどのもののように感じます。


 信長も秀吉もそうでしたね。。


> 哲学の話ですが、思考が立脚点を持ってはっきり語る道を開けば、思考は見違えるような変貌を遂げるでしょう。楽しみに勉強しています。


 クリシュナムルティも言葉で発信するときには、思考を用いていましたね。見違えるような思考。英知。。


[25179] Re:[25178] [25177] [25175] [25173] [25172] [25171] [25170] [25169] 哲学の意義 投稿者:ゴト 投稿日:2018/03/11(Sun) 01:02  

>  思考(時間)は「生」に含まれるか?ということでしょうか・・。
>
>  幻想も錯覚も、混乱・葛藤・矛盾の人生としての「生」の一部かもしれませんね。。


哲学もきちんとした心に浮かぶ情動、思考、衝動、感情をよく観察しています。さすがに丁寧に、厳密に見ています。

しかし、それをその場でその時に見ている、気づいているという事がまだ出ていません。

それ、すなわち自我の発する生き生きした主体性を持つ欲望である思考感情を、その時直接に気づいている、見ているというのがKの教えであるというふうに、私は思っているのですが、そしてそれが、自分の全体で全体観的に見られているとき、秩序があり、浄化があるという理解なのですが、哲学者は一般的事後の観察のようで、そこが違いかもしれません。

それはそれとして、私の感じていることを言いますと、そこで少し狂ってもやりたいようにやる自由をヒトは心底から欲しがっている。その時、エネルギーも出るし、後悔もせずに、たとえ大きく挫折しようが前進できる。これはかなり強い根源的と言っていいほどのもののように感じます。

哲学の話ですが、思考が立脚点を持ってはっきり語る道を開けば、思考は見違えるような変貌を遂げるでしょう。楽しみに勉強しています。


[25178] Re:[25177] [25175] [25173] [25172] [25171] [25170] [25169] 哲学の意義 投稿者:宮啓 投稿日:2018/03/10(Sat) 08:55  

> > > >  時間の世界のできごとは際限なく時間を要することをクリシュナムルティは述べています。
> > > >
> > > >  おそらく、1万年後にも、この哲学に並ぶ・あるいは凌ぐ哲学が勃興しているかもしれません。
> > > >
> > > >  時間を超えたできごと。時間を超えた世界。この世界でのみ不毛を突破できるのではないでしょうか。。
> > >
> > > 時間を超えた世界というのは心理的死の世界、つまり、欲望を超えた世界、その時、生・現実の世界はどうなっているのかという事があるような気がしてきました。
> > > 名もなく清く美しいがたぶん貧乏?、矛盾がない、葛藤がない聖人ばかりの世界? こう書くと誰もが眉唾物だと思うでしょう! これがはっきり言えないようでは共同確信もあり得ませんね。我ながら情けない。
> >
> >
> >  継続的に、あるいはいつでも・・「時間の網の外」というのは難しいかもしれませんが・・。
> >
> >  今の一瞬の間「時間の網の外」なら、見ることによって成されているように感じます。
> >
> >  今、変らなければ、未来も変らないだろう・・とはクリシュナムルティの口癖ではないでしょうか。
> >
> >  過去や未来(いつか)に変ることは難しいのですが、今、今しかチャンスはないと知れば・・、見ることによって一瞬間、>欲望を超えた世界、その時、生・現実の世界はどうなっているのか−−、これが垣間見えるのではないでしょうか。。
>
>
> 生の中には時間があるのではないか、欲望、情動、衝動を自由に伸ばす世界には?、とちらっと考えています。つまり成り行く世界ではないかと。
>
> 生、愛、死という象徴的な言葉にうっとりしているのでなく、今までの理解をもう一度見てみようと。


 思考(時間)は「生」に含まれるか?ということでしょうか・・。

 幻想も錯覚も、混乱・葛藤・矛盾の人生としての「生」の一部かもしれませんね。。


[25177] Re:[25175] [25173] [25172] [25171] [25170] [25169] 哲学の意義 投稿者:ゴト 投稿日:2018/03/10(Sat) 00:59  

> > >  時間の世界のできごとは際限なく時間を要することをクリシュナムルティは述べています。
> > >
> > >  おそらく、1万年後にも、この哲学に並ぶ・あるいは凌ぐ哲学が勃興しているかもしれません。
> > >
> > >  時間を超えたできごと。時間を超えた世界。この世界でのみ不毛を突破できるのではないでしょうか。。
> >
> > 時間を超えた世界というのは心理的死の世界、つまり、欲望を超えた世界、その時、生・現実の世界はどうなっているのかという事があるような気がしてきました。
> > 名もなく清く美しいがたぶん貧乏?、矛盾がない、葛藤がない聖人ばかりの世界? こう書くと誰もが眉唾物だと思うでしょう! これがはっきり言えないようでは共同確信もあり得ませんね。我ながら情けない。
>
>
>  継続的に、あるいはいつでも・・「時間の網の外」というのは難しいかもしれませんが・・。
>
>  今の一瞬の間「時間の網の外」なら、見ることによって成されているように感じます。
>
>  今、変らなければ、未来も変らないだろう・・とはクリシュナムルティの口癖ではないでしょうか。
>
>  過去や未来(いつか)に変ることは難しいのですが、今、今しかチャンスはないと知れば・・、見ることによって一瞬間、>欲望を超えた世界、その時、生・現実の世界はどうなっているのか−−、これが垣間見えるのではないでしょうか。。


生の中には時間があるのではないか、欲望、情動、衝動を自由に伸ばす世界には?、とちらっと考えています。つまり成り行く世界ではないかと。

生、愛、死という象徴的な言葉にうっとりしているのでなく、今までの理解をもう一度見てみようと。


[25176] Re:[25174] [25162] [25160] [25153] [25151] [25145] [25143] [25142] [25141] 無題 投稿者:ゴト 投稿日:2018/03/10(Sat) 00:42  

> > この間テレビで見たと思いますが、いろいろ紛争はあるが先進国の間ではかなり長く戦争がなく、人類は平和を享受している。
>
>
>
> 表立った戦争はないが、職場でのたわいのない人間関係にも戦争はつきものです。あいつはいけ好かない、馬が合わない、等。それはそれで、人間味があってよろしいかと。口や態度に出る・出すまでになったらおしまいかな。そこは人格の品の問題。たくさんいます、馬が合わない人。でも、分かろうとする気持ちはあるのですが、むこうがそれを示さないと一方通行で後味悪い。じゃあ、もういいかと諦めの境地。
>
>
>
> >今ある紛争は発展途上国の民族・部族的のものが多く、文明、知識の普及の効果と寄与に対して無視できないようなものがあると聞いたように思います。
> >
>
> 発展途上国といえば、アフリカが代表例でしょうか。ルワンダという国は、ベルギーの植民地政策によって内戦が際限なく繰り広げられるようになった。文明・知識の普及にも問題あり。
>
>
> > 精神的な事柄の変化というものは計量しがたい面があって難しいですね。つまらないことですが、昔はいい紳士が、軽く飲んですいた道路を車でぶっ飛ばすのは、何事にも代えがたい快感ですねと言っていました。今では考えられないことですね。
>
>
> 低学歴のものが、努力もせずに、給料が低いなどと愚痴を言う。困った、高学歴の上司はそれをなだめる。
> 高学歴も低学歴も関係ない、と認識しているのはどちらのほうか、その葛藤はいかばかりか。観察していると、こちらも胸が痛くなる。
>
> 土方も30萬は超える給料を貰える時代に、日本人はどこへ向かうのか。なにを見失っているのか。


衣食足って礼節を知る―孔子 そんな具合に国民には基礎生活費を月30万ぐらいくれる時代は来ないものかな。そうなれば消費は盛んになってお金はグルグル回って、その利の一部で基礎生活費ぐらい払えるんじゃないかという事ですが。

ひ孫は22世紀まで生きるだろうから、そんな日を迎えるかもしれない。そのころはさすがに戦争はなくならないかな。小さな暴力は残っても。侍が帯刀していた時代は終わったし、アメリカの銃規制も現実になるかもしれない。

人の心がどう変わるか、そこは宗教がどうなるか、哲学がどうなるかを見ていたらいいかも。人が何に関心を持つかは、スジのあるかないかによるのだそうです。


[25175] Re:[25173] [25172] [25171] [25170] [25169] 哲学の意義 投稿者:宮啓 投稿日:2018/03/09(Fri) 16:12  

> > > 竹田青嗣さんの本は何とかわかるようにきちんと達筆で書かれています。第1部 存在と認識のところは読みました。認識の起点として本体を知るという事をやめ、人間の純粋な意識に映るところから開始することで、普遍性につながる可能性があるとしています。ここはKと一致しているかもしれません。
> > > 第2部は世界と欲望についてです。世界は単なる存在でなく、人間の生の舞台としてとらえる立場です。
> > >
> > > これから先、彼が何を言わんとしているかぐらいはわかりたいと思っています。時間がかかりそうですが。
> >
> >
> >
> >  時間の世界のできごとは際限なく時間を要することをクリシュナムルティは述べています。
> >
> >  おそらく、1万年後にも、この哲学に並ぶ・あるいは凌ぐ哲学が勃興しているかもしれません。
> >
> >  時間を超えたできごと。時間を超えた世界。この世界でのみ不毛を突破できるのではないでしょうか。。
>
> 時間を超えた世界というのは心理的死の世界、つまり、欲望を超えた世界、その時、生・現実の世界はどうなっているのかという事があるような気がしてきました。
> 名もなく清く美しいがたぶん貧乏?、矛盾がない、葛藤がない聖人ばかりの世界? こう書くと誰もが眉唾物だと思うでしょう! これがはっきり言えないようでは共同確信もあり得ませんね。我ながら情けない。


 継続的に、あるいはいつでも・・「時間の網の外」というのは難しいかもしれませんが・・。

 今の一瞬の間「時間の網の外」なら、見ることによって成されているように感じます。

 今、変らなければ、未来も変らないだろう・・とはクリシュナムルティの口癖ではないでしょうか。

 過去や未来(いつか)に変ることは難しいのですが、今、今しかチャンスはないと知れば・・、見ることによって一瞬間、>欲望を超えた世界、その時、生・現実の世界はどうなっているのか−−、これが垣間見えるのではないでしょうか。。


> 竹田氏は「意識」に浮かぶ欲望、情動、衝迫、思考を生の始原として哲学を組み立てようとしています。人間臭い哲学の方をもうちょっと勉強してみます。これがKの判断や解釈なしに思考・感情を見ていると同じ出発点なのかどうかはまだわかりません。


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