雑感
[トップに戻る] [留意事項] [ワード検索] [管理用]
おなまえ
Eメール メールアドレスは入力禁止
タイトル
コメント 【コメント中のURLは先頭のhを抜いて書き込んで下さい。】
コメント中には参照先URLと同じURLを書き込まないで下さい
参照先
暗証キー (記事メンテ用)

[24116] 無題 投稿者:YHWH 投稿日:2017/08/12(Sat) 01:25  

kは慈悲まではいった。菩薩まではいった。

しかし、如来まではいかなかった。


如来は、さらに完全な自由と調和を達成する必要がある。


釈迦や孔子は、菩薩のエクスタシーさえも超えた完全な無思考の自由の境地にあった。


[24115] 無題 投稿者:YHWH 投稿日:2017/08/12(Sat) 01:20  

愛着の正体は憎悪であり、憎悪は愛情に成熟する。

愛情は悲しみであり、悲しみは愛へと深まる。



[24114] 無題 投稿者:YHWH 投稿日:2017/08/12(Sat) 01:16  

新しい芽や、ここにいる人たちは、至福まで到達できてないのは、所詮言葉が思考的で暴力的であることに無自覚なんだな。

新しい芽は、幸福までは到達したが、至福まではいってない。

いまのubikさんはいってる。

私と、potanpotanさんは、そっちのほうに片足かけてる。

愛着 安心 意志

愛情 幸福 情熱

愛 至福 慈悲


この三つが愛の成熟度合いのレヴェルだ。





[24113] 無題 投稿者:ゴト 投稿日:2017/08/12(Sat) 01:14  

YHWHさんはスピ−ドが速すぎてテンポが合わないな〜。
こんばんは寝ます。おやすみなさい。


[24112] Re:[24104] 無題 投稿者:ゴト 投稿日:2017/08/12(Sat) 01:04  

> 煩悩を持ったままで解脱できるんだよ。
>
> ありのままでいいんだよ。
>
>
> そのありのままに感じてる君が菩薩なんだよ。
>
>
> ということをいっている。


「ありのまま」というところから入りたいのですが、「ありのまま」とは現実のままという事でいいのかな。私はそういう意味で使っています。

「ありのままに感じる」とはどういうことなのだろう。
「ありのままに感じる」という事はストレートに(トルーに)見ている、感じているという事に思います。それは確かに菩薩の境地です。
しかし、普通の人の現実はストレートに感じていません。偏見が入っています。思考が干渉しています。つまり、ストレートに感じていないのが普通人の「あるがまま」の姿ではないでしょうか?


[24111] 無題 投稿者:YHWH 投稿日:2017/08/12(Sat) 00:56  

明晰さとは欺瞞だ。

目が明晰であればあるほど、残酷で淫らだ。

本来、性愛は清らかだ。

性愛は何も生まない。

ありのままに見ないから、空間を感じないから、支配欲に屈してしまうのだ。

今にあってごらん、そうしてすべての執着から解き放たれた大空のように。



[24110] 無題 投稿者:YHWH 投稿日:2017/08/12(Sat) 00:49  

菩薩の境地にあるひとの顕著な特徴は、非暴力つまり無害さである。


[24109] 無題 投稿者:YHWH 投稿日:2017/08/12(Sat) 00:47  

ここで区別しなくてはならないのが、幸福と至福は違うということだ。愛情と愛が違うように。
愛情は執着する。
愛は執着しない。

幸福は同化からおこる。

至福は、無執着からおこる。

幸福は、生と関係ないが、至福は生と密接に結びついている。

ありのままに感じることが菩薩の境地であり、同化することが、菩薩の前の神々の境地である。

クリシュナムルティは至福に到達していたので、彼の思考は英知であった。


[24108] Re:[24107] [24102] 無題 投稿者:YHWH 投稿日:2017/08/12(Sat) 00:40  

> > 心が気持ちよくなることは、脳内麻薬物質のβエンドルフィンが出る。その結果、知覚的な状態になる。
> > それを経典では菩薩の境地と歌う。
> > 昔の密教の行者はそれを知っていた。
>
>
> うん、そうかもしれない。
>
> それで21世紀の話になるが、マウスの脳には快楽中枢という箇所があって、そこに刺激を当てると有頂天というか、恍惚、忘我と言った状態になるのだそうだ。そこに刺激をピンポイントで与えるとその状態が起こる。
>
> さて、レバーを設置してマウスがそれを引くと、その快楽中枢を刺激する装置が働くようにした。マウスはそれを覚えて、その快楽に浸るようになり、食事までそっちのけになり、命をなくすまでレバーを引き続けたそうだ。
>
> 現在でもランナーズ・ハイというのはあるし、古代インドにはソーマという神々も呑んだと言われるものがあって、その境地が現代まで伝わっているそうな。
>
> 修行者がそれを知っていてもおかしくないが、そして一種の変性意識状態だとは思うが、それが知恵のある状態か、似て非なる状態かは疑うべきでしょう。
>

いや、思考を超えた至福の境地から出た思考のみが英知と呼ばれる。

大抵の人は思考をコントロールできない。

無思考の菩薩の境地のひとが、思考するとき初めて英知が生まれる。

そして、彼は、思考しないこともできるのである。


[24107] Re:[24102] 無題 投稿者:ゴト 投稿日:2017/08/12(Sat) 00:33  

> 心が気持ちよくなることは、脳内麻薬物質のβエンドルフィンが出る。その結果、知覚的な状態になる。
> それを経典では菩薩の境地と歌う。
> 昔の密教の行者はそれを知っていた。


うん、そうかもしれない。

それで21世紀の話になるが、マウスの脳には快楽中枢という箇所があって、そこに刺激を当てると有頂天というか、恍惚、忘我と言った状態になるのだそうだ。そこに刺激をピンポイントで与えるとその状態が起こる。

さて、レバーを設置してマウスがそれを引くと、その快楽中枢を刺激する装置が働くようにした。マウスはそれを覚えて、その快楽に浸るようになり、食事までそっちのけになり、命をなくすまでレバーを引き続けたそうだ。

現在でもランナーズ・ハイというのはあるし、古代インドにはソーマという神々も呑んだと言われるものがあって、その境地が現代まで伝わっているそうな。

修行者がそれを知っていてもおかしくないが、そして一種の変性意識状態だとは思うが、それが知恵のある状態か、似て非なる状態かは疑うべきでしょう。



[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11] [12] [13] [14] [15] [16] [17] [18] [19] [20] [21] [22] [23] [24] [25] [26] [27] [28] [29] [30] [31] [32] [33] [34] [35] [36] [37] [38] [39] [40] [41] [42] [43] [44] [45] [46] [47] [48] [49] [50] [51] [52] [53] [54] [55] [56] [57] [58] [59] [60] [61] [62] [63] [64] [65] [66] [67] [68] [69] [70] [71] [72] [73] [74] [75] [76] [77] [78] [79] [80] [81] [82] [83] [84] [85] [86] [87] [88] [89] [90] [91] [92] [93] [94] [95] [96] [97] [98] [99] [100]

処理 記事No 暗証キー
- LightBoard - Modified by isso