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[26330] Re:[26329] [26328] [26327] [26326] 判断 投稿者:ゴト 投稿日:2018/12/27(Thu) 21:07  

>  「全体的に見る」の意味の説明も、肯定的には述べることが難しいのですね。。
>
>  クリシュナムルティは、それを多様な方向から説明していますね。
>
>  いくら講話を重ねても、それで説明終了とはならない・・。
>
>  60年間、講話で世界を回って、その60年分の記録が保存され、世界に公開されている。


言葉による伝達というのは不思議なものですね。言葉の内容というより、言葉群が話者の伝えたがっている気持ちを分からせようとしているという事でしょうか。


>  今、最初のザーネン講話の第5回を読んでいるところです。


ドキン! 全く念頭にありませんでした。忘れていました。読んでみたいな。
ただしこの掲示板では今すぐは無理みたい。体調が完全ではないみたい。そういえば読みかけだったなあ! 思い出さしてくださってありがとう。

 
>  どれだけ、多様な講話に繰り返し触れても、学ぶことが尽きません。

ホントにそうですね。生きる中で学びましょう。


[26329] Re:[26328] [26327] [26326] 判断 投稿者:宮啓 投稿日:2018/12/27(Thu) 19:04  

> >  クリシュナムルティ理解のどこで躓きやすいのか・・、なぜ普及が遅いのか・・、なぜ、多くがクリシュナムルティから離れてゆくのか・・、等々の理解にも繋がるように思えます。
>
>
> クリシュナムルティの持つ香気に波長が合って感じる人がついていくのでしょう。気づきとかあるがままとかは巷にあふれています。精神的な香気は、LSDなどのドラッグのそれと混同されてわかりにくくなっています。しかし洞察(妙観察知)、直視などの価値は日本人は知っていると思います。精密な仕事に手工芸的に取り組む人はそうです。しかしトータルな精神価値と知っている人が少ないだけです。しかし世の中もどう変わるかは人知を超えています。
>
>
> >  肯定的にではなく、否定的に言うとは、どのような意味でしょうか?
>
>
> 愛といったものにアプローチするとき、そのものを肯定的に記述しようとするのではなく、例えば所有の愛は真実の愛ではないというふうに否定的に接近しますね。
>
> 真理を肯定的に言う事は甚だしく困難です。でもこれは真理、あるいは真実ではないと否定する(理屈抜きに)ことは可能でしょう。そこには論理的な精緻さではなく、確固さ、貫き通す直観・勇気のような大なる心的エネルギーが必要な気がします。そんなことを考えて書きました。


 「全体的に見る」の意味の説明も、肯定的には述べることが難しいのですね。。

 クリシュナムルティは、それを多様な方向から説明していますね。

 いくら講話を重ねても、それで説明終了とはならない・・。

 60年間、講話で世界を回って、その60年分の記録が保存され、世界に公開されている。


 今、最初のザーネン講話の第5回を読んでいるところです。

 どれだけ、多様な講話に繰り返し触れても、学ぶことが尽きません。


[26328] Re:[26327] [26326] 判断 投稿者:ゴト 投稿日:2018/12/27(Thu) 16:56  

>  クリシュナムルティ理解のどこで躓きやすいのか・・、なぜ普及が遅いのか・・、なぜ、多くがクリシュナムルティから離れてゆくのか・・、等々の理解にも繋がるように思えます。


クリシュナムルティの持つ香気に波長が合って感じる人がついていくのでしょう。気づきとかあるがままとかは巷にあふれています。精神的な香気は、LSDなどのドラッグのそれと混同されてわかりにくくなっています。しかし洞察(妙観察知)、直視などの価値は日本人は知っていると思います。精密な仕事に手工芸的に取り組む人はそうです。しかしトータルな精神価値と知っている人が少ないだけです。しかし世の中もどう変わるかは人知を超えています。


>  肯定的にではなく、否定的に言うとは、どのような意味でしょうか?


愛といったものにアプローチするとき、そのものを肯定的に記述しようとするのではなく、例えば所有の愛は真実の愛ではないというふうに否定的に接近しますね。

真理を肯定的に言う事は甚だしく困難です。でもこれは真理、あるいは真実ではないと否定する(理屈抜きに)ことは可能でしょう。そこには論理的な精緻さではなく、確固さ、貫き通す直観・勇気のような大なる心的エネルギーが必要な気がします。そんなことを考えて書きました。


[26327] Re:[26326] 判断 投稿者:宮啓 投稿日:2018/12/27(Thu) 14:35  

> 全体的に見ることができる、できない、自分が、誰それが、という判断はいたずらにヒエラルキーをつくるだけで無意味であろう。
> 他人の心を変えようとすることにつながる恐れもある。「人のことより自分のこと」という訓えもある。


 「人のこと」というよりは、共に探求しているということです。渡辺さんであれば、分かるかもしれない。理解できるかもしれない。その可能性は十分にある。と感じています。

 また、そのやりとりから多くを学ぶことができるだろうとも思われます。

 クリシュナムルティ理解のどこで躓きやすいのか・・、なぜ普及が遅いのか・・、なぜ、多くがクリシュナムルティから離れてゆくのか・・、等々の理解にも繋がるように思えます。

 それゆえに、その通信の場であった、渡辺さんの掲示板が、アポロンさんやタグさんの心ない妨害によって閉鎖されたことは、今思えば、返す返す残念です。。


> 独り立つ人、精神が、もし問うか、問われる場合、肯定的にでなく否定的にはっきり言えるだろうか。このエネルギー、確固さがあるか否かが、独り立つことの精髄に思われる。


 ゴトさんには、そのエネルギーがあるのですね。

 肯定的にではなく、否定的に言うとは、どのような意味でしょうか?

 よろしくお願いします。


[26326] 判断 投稿者:ゴト 投稿日:2018/12/27(Thu) 12:14  

全体的に見ることができる、できない、自分が、誰それが、という判断はいたずらにヒエラルキーをつくるだけで無意味であろう。
他人の心を変えようとすることにつながる恐れもある。「人のことより自分のこと」という訓えもある。


独り立つ人、精神が、もし問うか、問われる場合、肯定的にでなく否定的にはっきり言えるだろうか。このエネルギー、確固さがあるか否かが、独り立つことの精髄に思われる。


[26325] 全体的に見ることの難しさ 投稿者:宮啓 投稿日:2018/12/27(Thu) 10:20  

 12月KB会を見て思ったことは、全体的に見ることの難しさでした。。

 渡辺さんは、内面を見るときに、例えば、怒りを見るときに、全体的に見ることが起こっていないように思われます。。

 これが、渡辺さんにおいてクリシュナムルティが述べたことが起こらない理由のように思われます。。

 渡辺さんと連絡が取れることがあれば、是非とも伝えたいのですが、今は、その術がありません。。


[26324] 12月KB会アップ 投稿者:宮啓 投稿日:2018/12/26(Wed) 22:09  

 いつもは、月末に会があり、次の月初めにアップされますが、今月は18日に会があったようで、早速、アップされているようです。

 https://www.youtube.com/user/KrishBohm/videos


[26323] Re:[26321] [26319] [26308] Kの盲点 投稿者:宮啓 投稿日:2018/12/26(Wed) 21:58  

> しかし私たちの大抵はそれぞれに問題を抱えていて、その解決を求めてクリシュナムルティに近づく。
> 実は判断・解釈なしに見、聴くことが実現するだけで個人の問題は根本的に解決する。それが実は困難なのだが……


 ゴトさんは、この「全体的に見る」ことが起こっているのですね。

 私は、まだまだ、そこまで起こっていないように思われます。

 観自在ゴトさん。
 

> それを越えて人の関心は初めて、個別から離れて普遍へと向かう。


[26322] 左脳、右脳。 投稿者:ゴト 投稿日:2018/12/26(Wed) 19:12  

コリン・ウィルソンは右脳と左脳の働きを広い視野で探求した人だが、それを私の読んだところでまとめてみよう。


左脳は言語を司り論理的な分野で機能し、日常の生計を立て、結果的にこの文明社会を創り出している。人間の意識は左脳によると言ってもよいと思われる。

右脳はその意識は左脳からいえば無意識であって、両者は太い神経束でつながっているにもかかわらず、左脳はよく右脳のことを意識できない。しかし、一般的に右脳は芸術、文化、宇宙的眺望(鳥観)をその分野とし、大いなるエネルギーを持つとされている。これらについて皆さんはよくご存じだと思う。

さて、この左脳と右脳の関係に話を進めると、コリン・ウィルソンは、左脳は右脳の受動的な観察者になるなと言う。なぜなら、それは右脳の素晴らしいオペラを聴くようなもので、心は天の高みに舞い上がるがごとき高揚を感じる。しかし、オペラが終われば魂は地上に落ち、さして意味があるとは思えない日常の仕事に埋没しなければならない。このため19世紀のロマン主義者はふさぎ込み、肺病や自殺で人生を閉じたものが多かったという。

こうはなるな! 左脳は常に右脳のエネルギーとつながりを持ち、天地と一つになっている主人公としての自分であれ。それは左脳自らの精神的集中、あるいは心の堅持にかかっており、それはできるとコリン・ウィルソンは言う。これが根本の主張であるように思います。

このように左脳を重要視する結果、必然的に言葉、思考、そこから発生する文明社会を基本的に肯定します。昔の自然生活に戻ることを否定します。精神的には自我意識を利己心とは関係なく肯定します。根本的に重要な主人公と位置付けていると思います。ここには頂上体験的な要素を推し進めていくという態度が見られます。瞑想というより凝視という感じかな?ここはちょっと疑問。

左脳、右脳という事がちょっと心に引っかかり、古い本を読んで書いてみました。


[26321] Re:[26319] [26308] Kの盲点 投稿者:ゴト 投稿日:2018/12/25(Tue) 15:55  

> > Kは女性と一緒に長く生活を共にしたことがない。
>
> クリシュナムルティは家族を持たず、家庭も持たず、子供もいない。それで、普遍的価真理といったものを説けるのだろうか。


クリシュナムルティは何と言ってもグルの中のグルだからその説くことも本質しか言わない。抽象的で比ゆ的でも個別的でもなく、説明も最低限でしかない。

しかし私たちの大抵はそれぞれに問題を抱えていて、その解決を求めてクリシュナムルティに近づく。
実は判断・解釈なしに見、聴くことが実現するだけで個人の問題は根本的に解決する。それが実は困難なのだが……

それを越えて人の関心は初めて、個別から離れて普遍へと向かう。


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