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[25294] Re:[25293] 心の構造 投稿者:宮啓 投稿日:2018/05/19(Sat) 08:19  

> この象徴機能が人にはっきりと自覚されるとシンボル・イメージの威力は減退するだろうが、醒めた人がよほど多くならないといろいろな観念の洪水に流されてしまうでしょう。
> その多くの観念の発生は、心の中に悪(無意識的なものもある?)が存在によるのかどうか、単なる不安、恐怖のようなものが実は大混乱を引き起こすのか? 何が混乱の主要因なのかを次に調べたいと思います。その間皆様が今回書いたことについて質問、批判、討論をいただけるとありがたいと思ています。
>
> いざ投稿となって読み直すと説明不足で、伝えようとする意がわからないように思えます。もしそうであるならしつっこく問い詰めてくださるとうれしいのですが。。


 「固定観念」という言葉があるが、固定されていない観念(あるいはイメージ)というものがあるのだろうか・・。

 不都合がある場合に「固定観念」という言葉で表されるが、「観念」は絶えず固定されているのではないでしょうか。

 現にあるものを、より正確に観念化することはできるが、それが明日も、ひと月後も、一年後も正確にイメージとして反映されているか保証はない。

 そして、その観念に情動(エネルギー)を注ぎ込むほど、それは信念として現実のように思えてくる。

 理想、美、愛、聖・・、それが時間の世界においてもありえるように見えるのではないでしょうか。。

 しかし、現にあるものは、まるで機械として活動する人間であり、その人間は各人が遺伝子工学と脳内電気経路工学(コンピュータ理論)によって規定されるほど、生きた生から隔絶された檻の中の存在としてあるのではないでしょうか。


[25293] 心の構造 投稿者:ゴト 投稿日:2018/05/18(Fri) 14:14  

生き物(動物)は機械ではない。その生の本質は何か。
《ひどい渇きを覚えて水を飲むとき、そこには思うさま快をむさぼることのエロス(エロス的充溢)がある。身体的エロスの本性は第一義的に貪ることであって定常状態の回復ではない。(途中省略あり)》(《 》内は竹田青嗣:「欲望論2」からの引用。以下同じ)
 生はこのようなエロス的欲動と歓喜の世界かもしれない。

さて、人間の生となると人間的な心(無意識を含む意識)の領域が加わる。それは不可視の領域ではあるが、出来事があると応答があるのが主観的にわかるし、他者の振る舞いもあるので、観測、尋究することができる。その入出力は一律的な対応関係があるというものではないとしても。
 快−不快を始めとするこの人間的な心の領域は養育者(母)との関係で後天的に言語ゲームを通じて構築されるところが非常に多いとみなされる。それに父や兄弟、さらには社会との触れ合いという具合に心の成熟は進む。身体的、生理的欲望にから離れて言語を含む関係感情の世界、さらには自己意識に欲動の対象は転化していく。

この心の構造の中に「無意識」を発見したのはフロイトの大きな功績であるが、それは人間存在からその主権的主体(自由)という本質をはく奪する。果たして、主体は常に歴史、社会、文化、本能他様々な制度の中で構造化されたものに過ぎないのであろうか? そして「主体はそれに気づかない」のであろうか?

太古から世界各地に似たような神話、伝説があり、それは説話を繰り返すことによって共同体の求心力を創り出し、人心の安定に実効をもたらしてきた。これらの神話、伝説は真実というものではなく、検証不可能な仮説であり、人に信じられる象徴(イメージ・物語)として作用し、心それによって動かされる。この機能は呪術から宗教、政治、人文科学を含めて心的領域で現在も幅広く存在する。むしろこれが現在の伝達の唯一の在り方であるのかもしれない。物理学等は仮説が数式で表現され、検証が可能だが、一般人に伝わるのは大部分物語によってである。

この象徴機能が人にはっきりと自覚されるとシンボル・イメージの威力は減退するだろうが、醒めた人がよほど多くならないといろいろな観念の洪水に流されてしまうでしょう。
その多くの観念の発生は、心の中に悪(無意識的なものもある?)が存在によるのかどうか、単なる不安、恐怖のようなものが実は大混乱を引き起こすのか? 何が混乱の主要因なのかを次に調べたいと思います。その間皆様が今回書いたことについて質問、批判、討論をいただけるとありがたいと思ています。

いざ投稿となって読み直すと説明不足で、伝えようとする意がわからないように思えます。もしそうであるならしつっこく問い詰めてくださるとうれしいのですが。。


[25292] Re:[25291] 何故なんだろう。 投稿者:ゴト 投稿日:2018/05/14(Mon) 16:32  

> 私がこの掲示板において感じる事はゴトさんも新しい芽さんも何故か凡人にしか思えないという事でした。でもお二人の訳されたクリシュナムルティの文章は霊感を与えてくれる気がするんです。偉人の文章は凡人にも翻訳する事は、できるのでしょうか?

多くの人が霊感を与えられた気がして人生を過ごしてきました。それらはのちの人に何を与えてくれたのだろう?

今、私は人の心の構造について小文を書こうとしています。


[25291] 何故なんだろう。 投稿者:中西 投稿日:2018/05/14(Mon) 04:10  

私がこの掲示板において感じる事はゴトさんも新しい芽さんも何故か凡人にしか思えないという事でした。でもお二人の訳されたクリシュナムルティの文章は霊感を与えてくれる気がするんです。偉人の文章は凡人にも翻訳する事は、できるのでしょうか?


[25290] Re:[25289] [25288] [25287] [25286] [25285] [25284] [25276] [25274] [25273] 無題 投稿者:宮啓 投稿日:2018/05/11(Fri) 22:39  

> > > > > >  いずれにせよ、それを感じる働きを人間がもっていてほしいですね。
> > > > >
> > > > >
> > > > > 誰もが美を感じる心を持っており、ふと美を感じて心を打たれます。それを疑う事はできません。
> > > > >
> > > > > しかしそれが何かをまだ言う事はできません。そのときは「心を変える瞑想」の後半の美についてのところを読んでいます。
> > > >
> > > >
> > > >  なるほど。。それはそんなに遠いところにあるのではないのですね。
> > > >
> > > >  ふと、夕日が目に入り、感じ入る。再び見ると、その美はそこにはもはやない。
> > > >
> > > >
> > > >  反対に、醜さや嫌悪は、再び見ても、そこに醜悪や嫌悪がある。どうも思考とリンクしているようだ・・。
> > > >
> > > >  そのような再び見ると消えてしまっている「美」とは何なのか・・。
> > > >
> > > >  ゴトさんが述べる>五感を超えた感じる働き−−とは、再び見ると消えてしまっている「美」のような働きのことであったのですね。。
> > > >
> > > >  クリシュナムルティが述べる「聖」「美」「愛」とは、そんなに遠くにあるできごとではないのなら、とても嬉しいことです。
> > >
> > >
> > > 「聖」「美」「愛」は肯定的にはとらえられないものです。意識的には、否定的に把握するしかないものです。なぜなら、我々が意識的に把握するとき、それは意識の内容物となるからです。そのようにして伝達し、共通理解とするしかないようです。
> > >
> > > それゆえ、「聖」でない偽物を、「美」でない偽物を、「愛」でない偽物をはっきりと把握して否定するほかありません。
> > >
> > > そこに乗り入れているのが竹田氏の「欲望論」のように思えます。真理というようなものを肯定的に議論する(本体論)ことを完全に否定します。秋までには要点を紹介したいと思っています。
> >
> >
> >  はい。
> >
> >  要は、観念として「完全に否定」なのか・・、それとも、
> > 断崖を見るように、毒蛇を見るように「完全に否定」なのか・・、これが分かれ目のように思います。
>
>
> 「美」とか、「聖」(問われれば至高の人間性と言ってみたい)は感受性を通じて情動を引き起こすという点で、命名は別のこととして、ある意味疑えないものです。しかしそれはまがい物ではないかと疑う事ができ、人は自由に繰り返し問う事ができます。
>
> 母の晩年に、長い人生でさみしく、無力さを感じたことはなかったかと私が尋ねたことがあります。その時の母の答えは「ちっとも。子供のとき(母の)父と大連の夕日の沈むのを見たことがある。いつでも目をつむればその光景は浮かび、父はいつも私と一緒にいる。さみしいとか、無力だなどという事に悩んだことは一度もない」と言いました。私は驚き、母がこんな内的心象世界を持っていたことを初めて知りました。
>
> これはイメージなのかもしれません。シンボルなのかもしれません。イエスや仏陀を見て回心したという人はいるでしょう。しかしこれらは記憶の産物でしょう。そして宗派間の対立を生み出しもしました。しかし、ここはよく検討してみたいと思います。


  はい。

「意識の内容物」なのか否か・・。信じて疑わない信念はたとえ意識の内容物であっても、聖なる力、愛の力、美の力を有しているのか・・。

 それとも意識の内容物は、どんなに逆立ちしても檻の中なのか・・。


> > > ここでちょっと余談を。朝鮮半島の成り行きが急変して、米朝のトップ会談が開かれるかもしれないという事態になってきました。この成り行きを見れるとは長生きした甲斐があります。この真の対立軸は共産主義と資本主義の対立ではないですが、それが世界の目の前に明らかになるでしょうか? いい加減なところで幕引きになるのでしょうか、気にしています。
> >
> >
> >  まず、核の完全廃棄は不可能との見方があります。なぜならば、北朝鮮以外に核弾頭(核爆弾)の数が不明とのことです。
> >
> >  それゆえに、仮に秘密裏に核を保有していたとしても、それが形骸化(役に立たない)するためには、体制の改定を要するのではないでしょうか。
> >
> >  その典型的な前例が、本国の終戦後の国体の改定ではないでしょうか。
> >
> >  金正恩を象徴の元首とした、議会制民主主義国家。これが実現した場合、仮に秘密裏に核を保有していたとしても使えないのです。
>
>
> 日本は中国から撤兵せよという要求はどうしてものめませんでした。満蒙の傀儡政府には触れられていなかったのに。
> 金正恩はともかく非核化を言い出し、米人解放や予告ないミサイルは発射しないなどの手を打っている。トランプ大統領は米朝会談の成功をアッピールせざるを得ない立場にいまやあると見た。日本の場合と違うものがありそう。


 そもそも独裁と世襲を許してまで、既得権を継続したいトランプは、自我の現れそのものではないでしょうか・・。

 もしも、意識の内容物の外から行為するならば、南北統一朝鮮の象徴としての国家元首の身分保障と引き換えに、南北を統一した議会制民主主義国朝鮮国の樹立に向けた取り組みを為すのではないでしょうか。

 統一朝鮮の国家元首(象徴)としての金正恩家の世襲を認めるのです。その引き換えに、社会体制は韓国の体制を引き継ぐ。

 問題は、韓国国民の自我が、これに抵抗するということです。

 これまで比較的恵まれてきた南が、塗炭の苦難を歩んできた北に、歩み寄る以外に、北の独裁の世襲を終焉させるすべはないのではないでしょうか。。

 これに対して、トランプファーストは、独裁と世襲を許すことと引き換えに、既得権益を保持する策にでるのではないでしょうか。


[25289] Re:[25288] [25287] [25286] [25285] [25284] [25276] [25274] [25273] 無題 投稿者:ゴト 投稿日:2018/05/11(Fri) 21:10  

> > > > >  いずれにせよ、それを感じる働きを人間がもっていてほしいですね。
> > > >
> > > >
> > > > 誰もが美を感じる心を持っており、ふと美を感じて心を打たれます。それを疑う事はできません。
> > > >
> > > > しかしそれが何かをまだ言う事はできません。そのときは「心を変える瞑想」の後半の美についてのところを読んでいます。
> > >
> > >
> > >  なるほど。。それはそんなに遠いところにあるのではないのですね。
> > >
> > >  ふと、夕日が目に入り、感じ入る。再び見ると、その美はそこにはもはやない。
> > >
> > >
> > >  反対に、醜さや嫌悪は、再び見ても、そこに醜悪や嫌悪がある。どうも思考とリンクしているようだ・・。
> > >
> > >  そのような再び見ると消えてしまっている「美」とは何なのか・・。
> > >
> > >  ゴトさんが述べる>五感を超えた感じる働き−−とは、再び見ると消えてしまっている「美」のような働きのことであったのですね。。
> > >
> > >  クリシュナムルティが述べる「聖」「美」「愛」とは、そんなに遠くにあるできごとではないのなら、とても嬉しいことです。
> >
> >
> > 「聖」「美」「愛」は肯定的にはとらえられないものです。意識的には、否定的に把握するしかないものです。なぜなら、我々が意識的に把握するとき、それは意識の内容物となるからです。そのようにして伝達し、共通理解とするしかないようです。
> >
> > それゆえ、「聖」でない偽物を、「美」でない偽物を、「愛」でない偽物をはっきりと把握して否定するほかありません。
> >
> > そこに乗り入れているのが竹田氏の「欲望論」のように思えます。真理というようなものを肯定的に議論する(本体論)ことを完全に否定します。秋までには要点を紹介したいと思っています。
>
>
>  はい。
>
>  要は、観念として「完全に否定」なのか・・、それとも、
> 断崖を見るように、毒蛇を見るように「完全に否定」なのか・・、これが分かれ目のように思います。


「美」とか、「聖」(問われれば至高の人間性と言ってみたい)は感受性を通じて情動を引き起こすという点で、命名は別のこととして、ある意味疑えないものです。しかしそれはまがい物ではないかと疑う事ができ、人は自由に繰り返し問う事ができます。

母の晩年に、長い人生でさみしく、無力さを感じたことはなかったかと私が尋ねたことがあります。その時の母の答えは「ちっとも。子供のとき(母の)父と大連の夕日の沈むのを見たことがある。いつでも目をつむればその光景は浮かび、父はいつも私と一緒にいる。さみしいとか、無力だなどという事に悩んだことは一度もない」と言いました。私は驚き、母がこんな内的心象世界を持っていたことを初めて知りました。

これはイメージなのかもしれません。シンボルなのかもしれません。イエスや仏陀を見て回心したという人はいるでしょう。しかしこれらは記憶の産物でしょう。そして宗派間の対立を生み出しもしました。しかし、ここはよく検討してみたいと思います。
>
>
> > ここでちょっと余談を。朝鮮半島の成り行きが急変して、米朝のトップ会談が開かれるかもしれないという事態になってきました。この成り行きを見れるとは長生きした甲斐があります。この真の対立軸は共産主義と資本主義の対立ではないですが、それが世界の目の前に明らかになるでしょうか? いい加減なところで幕引きになるのでしょうか、気にしています。
>
>
>  まず、核の完全廃棄は不可能との見方があります。なぜならば、北朝鮮以外に核弾頭(核爆弾)の数が不明とのことです。
>
>  それゆえに、仮に秘密裏に核を保有していたとしても、それが形骸化(役に立たない)するためには、体制の改定を要するのではないでしょうか。
>
>  その典型的な前例が、本国の終戦後の国体の改定ではないでしょうか。
>
>  金正恩を象徴の元首とした、議会制民主主義国家。これが実現した場合、仮に秘密裏に核を保有していたとしても使えないのです。


日本は中国から撤兵せよという要求はどうしてものめませんでした。満蒙の傀儡政府には触れられていなかったのに。
金正恩はともかく非核化を言い出し、米人解放や予告ないミサイルは発射しないなどの手を打っている。トランプ大統領は米朝会談の成功をアッピールせざるを得ない立場にいまやあると見た。日本の場合と違うものがありそう。


[25288] Re:[25287] [25286] [25285] [25284] [25276] [25274] [25273] 無題 投稿者:宮啓 投稿日:2018/05/10(Thu) 20:38  

> > > >  いずれにせよ、それを感じる働きを人間がもっていてほしいですね。
> > >
> > >
> > > 誰もが美を感じる心を持っており、ふと美を感じて心を打たれます。それを疑う事はできません。
> > >
> > > しかしそれが何かをまだ言う事はできません。そのときは「心を変える瞑想」の後半の美についてのところを読んでいます。
> >
> >
> >  なるほど。。それはそんなに遠いところにあるのではないのですね。
> >
> >  ふと、夕日が目に入り、感じ入る。再び見ると、その美はそこにはもはやない。
> >
> >
> >  反対に、醜さや嫌悪は、再び見ても、そこに醜悪や嫌悪がある。どうも思考とリンクしているようだ・・。
> >
> >  そのような再び見ると消えてしまっている「美」とは何なのか・・。
> >
> >  ゴトさんが述べる>五感を超えた感じる働き−−とは、再び見ると消えてしまっている「美」のような働きのことであったのですね。。
> >
> >  クリシュナムルティが述べる「聖」「美」「愛」とは、そんなに遠くにあるできごとではないのなら、とても嬉しいことです。
>
>
> 「聖」「美」「愛」は肯定的にはとらえられないものです。意識的には、否定的に把握するしかないものです。なぜなら、我々が意識的に把握するとき、それは意識の内容物となるからです。そのようにして伝達し、共通理解とするしかないようです。
>
> それゆえ、「聖」でない偽物を、「美」でない偽物を、「愛」でない偽物をはっきりと把握して否定するほかありません。
>
> そこに乗り入れているのが竹田氏の「欲望論」のように思えます。真理というようなものを肯定的に議論する(本体論)ことを完全に否定します。秋までには要点を紹介したいと思っています。


 はい。

 要は、観念として「完全に否定」なのか・・、それとも、
断崖を見るように、毒蛇を見るように「完全に否定」なのか・・、これが分かれ目のように思います。


> ここでちょっと余談を。朝鮮半島の成り行きが急変して、米朝のトップ会談が開かれるかもしれないという事態になってきました。この成り行きを見れるとは長生きした甲斐があります。この真の対立軸は共産主義と資本主義の対立ではないですが、それが世界の目の前に明らかになるでしょうか? いい加減なところで幕引きになるのでしょうか、気にしています。


 まず、核の完全廃棄は不可能との見方があります。なぜならば、北朝鮮以外に核弾頭(核爆弾)の数が不明とのことです。

 それゆえに、仮に秘密裏に核を保有していたとしても、それが形骸化(役に立たない)するためには、体制の改定を要するのではないでしょうか。

 その典型的な前例が、本国の終戦後の国体の改定ではないでしょうか。

 金正恩を象徴の元首とした、議会制民主主義国家。これが実現した場合、仮に秘密裏に核を保有していたとしても使えないのです。


[25287] Re:[25286] [25285] [25284] [25276] [25274] [25273] 無題 投稿者:ゴト 投稿日:2018/05/09(Wed) 18:22  

> > >  いずれにせよ、それを感じる働きを人間がもっていてほしいですね。
> >
> >
> > 誰もが美を感じる心を持っており、ふと美を感じて心を打たれます。それを疑う事はできません。
> >
> > しかしそれが何かをまだ言う事はできません。そのときは「心を変える瞑想」の後半の美についてのところを読んでいます。
>
>
>  なるほど。。それはそんなに遠いところにあるのではないのですね。
>
>  ふと、夕日が目に入り、感じ入る。再び見ると、その美はそこにはもはやない。
>
>
>  反対に、醜さや嫌悪は、再び見ても、そこに醜悪や嫌悪がある。どうも思考とリンクしているようだ・・。
>
>  そのような再び見ると消えてしまっている「美」とは何なのか・・。
>
>  ゴトさんが述べる>五感を超えた感じる働き−−とは、再び見ると消えてしまっている「美」のような働きのことであったのですね。。
>
>  クリシュナムルティが述べる「聖」「美」「愛」とは、そんなに遠くにあるできごとではないのなら、とても嬉しいことです。


「聖」「美」「愛」は肯定的にはとらえられないものです。意識的には、否定的に把握するしかないものです。なぜなら、我々が意識的に把握するとき、それは意識の内容物となるからです。そのようにして伝達し、共通理解とするしかないようです。

それゆえ、「聖」でない偽物を、「美」でない偽物を、「愛」でない偽物をはっきりと把握して否定するほかありません。

そこに乗り入れているのが竹田氏の「欲望論」のように思えます。真理というようなものを肯定的に議論する(本体論)ことを完全に否定します。秋までには要点を紹介したいと思っています。

ここでちょっと余談を。朝鮮半島の成り行きが急変して、米朝のトップ会談が開かれるかもしれないという事態になってきました。この成り行きを見れるとは長生きした甲斐があります。この真の対立軸は共産主義と資本主義の対立ではないですが、それが世界の目の前に明らかになるでしょうか? いい加減なところで幕引きになるのでしょうか、気にしています。


[25286] Re:[25285] [25284] [25276] [25274] [25273] 無題 投稿者:宮啓 投稿日:2018/05/09(Wed) 14:57  

> >  いずれにせよ、それを感じる働きを人間がもっていてほしいですね。
>
>
> 誰もが美を感じる心を持っており、ふと美を感じて心を打たれます。それを疑う事はできません。
>
> しかしそれが何かをまだ言う事はできません。そのときは「心を変える瞑想」の後半の美についてのところを読んでいます。


 なるほど。。それはそんなに遠いところにあるのではないのですね。

 ふと、夕日が目に入り、感じ入る。再び見ると、その美はそこにはもはやない。


 反対に、醜さや嫌悪は、再び見ても、そこに醜悪や嫌悪がある。どうも思考とリンクしているようだ・・。

 そのような再び見ると消えてしまっている「美」とは何なのか・・。

 ゴトさんが述べる>五感を超えた感じる働き−−とは、再び見ると消えてしまっている「美」のような働きのことであったのですね。。

 クリシュナムルティが述べる「聖」「美」「愛」とは、そんなに遠くにあるできごとではないのなら、とても嬉しいことです。


[25285] Re:[25284] [25276] [25274] [25273] 無題 投稿者:ゴト 投稿日:2018/05/07(Mon) 22:44  

>  いずれにせよ、それを感じる働きを人間がもっていてほしいですね。


誰もが美を感じる心を持っており、ふと美を感じて心を打たれます。それを疑う事はできません。

しかしそれが何かをまだ言う事はできません。そのときは「心を変える瞑想」の後半の美についてのところを読んでいます。


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