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[23896] Re:[23894] 原文の単語 投稿者:ゴト 投稿日:2017/05/25(Thu) 22:12  

> Kの原文では
>
> 正しい考えは英語でなんと書かれているのでしょうか?
>
> そして、正しく考えるは英語でなんと?

正しく考えるは right thinking でしょう。正しい考えはright thought ですか。たぶんそうだと思います。実はパソコンをWindows10に換えてからCDROMによる検索ができなくなっています。トホホ。

思考に対する正しいとか正しくないとかいうのは何だという突っ込みもあるかもしれません。


[23895] Re:[23892] [23890] [23886] 見るに入る 投稿者:ゴト 投稿日:2017/05/25(Thu) 21:53  

> > > 創造?
> > > どのようにその言葉を使っているのでしょうか?例えば神が宇宙を創造したとか。
> >
> > いや、神が宇宙を創造したのではなく、宇宙がこの地球に生物から始まり、人類を創り、KやKを取り巻く人を創り、新しい芽さんの読書会を創り、私たちが聴いたという全体を、宇宙の創造と言っています。
>
>  神が宇宙を創造したというのは、キリスト教の発想ですが、「宇宙がこの地球に生物から始まり、人類を創り」
>  というのは今の現代科学の発想でしょうか?

いえ、私に浮かんでいる思想?です。独創とは言いませんが。

>  この宇宙を作ったのは「何か」と尋ねています。
>  「何」が宇宙を作っているのですか?
>  この宇宙に繰り返される出来事は「偶然」ですか?「必然」ですか?
>  この宇宙に何らかの「意志」が働いているのでしょうか?
>  このように次々に様々な疑問が発生します。
>  この宇宙の創造については、古代インドのリグベーダ讃歌に謳われています。見事な比喩として。様々な言葉で。古代の叡智といわれる所以。
>  (この宇宙の顕現である人間そのものを探求したのがベーダンタ哲学)
>  キリスト教の「初めに言葉ありき」はあまりにも有名。

私にはそれに答えるような発想は浮かんできません。ビッグバンですらろくに知らないし、それ以前はとてもとても。何も知りません。


> >KやKを取り巻く人を創り、新しい芽さんの読書会を創り、私たちが聴いたという全体を、宇宙の創造と言っています。
>
>  それは活動あるいは一つの人為的営みであって創造とは呼ばないんじゃないですか。読書会を開き、読書会に行くことが創造?
>  創造という言葉は、もっとクリエイティブなものに使われます。
>
> > > クリシュナムルティが、もし創造という言葉を使うとき、どのように使うのでしょうか。
> >
> > 目的がない、予定がない、動機がない、欲望に基づかない、達成・成果がない。時間の中にいない。不断の開花、そんなところでしょうか。
>
>  それはあくまで「原初」の状態ではないですか。そこから創造過程が生まれます。「無」から「有」。それには終わりはない。「過程」(プロセス)のみ。
>  真理とは不断なき「活動」です。生き生きとした活動。

はい、今の人間の行動は、さかのぼれば地球における生命の発生、太陽系の発生、宇宙の発生にまでさかのぼり、どこからどこまでが原初かよくわからないが、原初の状態に至ることは確かでしょう。そこからの過程は創造そのものだと私には思えるのですが?

>  簡単な例をいうと、何もない空き地にビルが建つ。「無」から「有」へ。それこそ創造ではないですか。

ええ、地球に生命的なたんぱく質が発生し、ついに人類が現れ、ビルを建てるようになった。まさにすごい創造ですね。

>  そのビルが建つ過程には様々なプロセスが含まれています。実はこの宇宙は、この過程の繰り返しです。創造と破壊の繰り返し。

すると元に戻るような気がするので、創造が消えるような感じがする。人間の細胞は70兆ぐらいあるそうですが、1月ぐらいで大部分が死んで新しくなるそうです。その人間も死んでは新しい人が誕生しますが、昔なかったスマホなどを操る。

>  ビルが古くなったら、又立て替える。

日本は世界に冠たる地震国なので、高層ビルは建てられないと言っていたが、どうしてどうして、何十階建てのビルが林立するようになった。いや、確かに無から有は生じたが?

> >、欲望に基づかない、達成・成果がない。時間の中にいない。不断の開花、そんなところでしょうか。
>
>  目的がない、予定がない、動機がない。というのは読書会にあてはまるでしょうか?
>  みんな目的がなく読書会に来ているのでしょうか。何かを得るためです。

人間はそう思っているかもしれないが、最初の生物はそんな進化を夢見て生きていたのではあるまい。未知の世界が開けてきただけ。

>  「時間の中にいない」とおっしゃいますが、人間は時間なくては生きていけません。

事実は一寸先は闇。

>  目的がない、予定がない、動機がない、
>  というのでは人間生きていけますか?正直な話です。夢も希望もない人生に受け取れる。今の若い人に、そうのように生きよ、といえるのだろうか。何か「虚無主義」というか、人間生きててもしょうがないというか。

一寸先はどうなるかわからないが、なにせ宇宙的エネルギーがあふれ出てくるので、今も頭をひねっているが楽しくてしょうがない。


[23894] 原文の単語 投稿者:南方 投稿日:2017/05/25(Thu) 20:03  

Kの原文では

正しい考えは英語でなんと書かれているのでしょうか?

そして、正しく考えるは英語でなんと?


[23893] Re:[23891] [23889] [23870] [23869] [23867] [23861] [23850] [23846] [23845] [23843] [23840] [23830] [23826] [23819] バンザイ! 投稿者:南方 投稿日:2017/05/25(Thu) 16:10  

> > > > カオスとはどう意味だろう。水は流体=カオスで、氷は秩序ある固体で、摂氏0度はカオスの縁と言うらしいが。予測がつかないんだそうです。
> > > >
> > >
> > >
> > > ここでのカオスとは人が一般的に決めたカオスではなくて、自分がそうと認識する、思考とそれに伴う行動を観察して、自分がカオスだと認識する、という意味に置いてのカオスです。
>
>
> 自分がカオスと認識する、そのカオスとは何を意味しているのだろう。混とん、無秩序、予測不能も入れていいだろうか?
>

AIは状況が変わってもある一定の法則によって考えることができるようです。整然とした秩序ですね。一方、人間の脳の電気信号は予測可能性を超えて、無秩序だとか。
予測不能をカオスとするか、AIのようなものをカオスとするか?



> >
> >
> > 本で読みましたが、昔、大陸に白人が来たとき、カナダインディアンは
> > 「白い人がきたあとは、砂漠しか残らないだろう。なぜなら、彼らの技術は自然と一体ではなく、隔離されたものだからだ」と予言したそうです。
> >
> > 鹿児島でも市内は公園がちらほら、見渡す限りビルか家。自然と一体とは程遠い。
> >
> > BSでイギリス女王が、庭園を作るにあたって、フランスでは自然を支配することが権力の象徴として、幾何学模様だったのにたいし、森そのままの姿に近づけようとしたそうです。
> >
> > 公園で木々や花と会話する感性を忘れてしまった。そういう意味でも、今はカオスでしょうね。
>
>
> 今の人間、あるいは人間社会、特に大きい都会では自然と離れている感じで、人は自然を恋しがります。
>
> 昔小さな庭に桜の苗木をもらって植えた。何年後か花が咲き、花吹雪を散らすようになった。夏には大空に枝を張り、葉陰をつくるようになった。胸が痛くなるようないとおしさ。
> だが小さな家の庭では無理です。結局切らざるを得ない。
>
> 私だけでなくて近所の家に大きなにせアカシアの木があって、初夏には毎年たくさんの白い花を咲かせ、若葉とともに楽しませてもらった。しかし、やはり無理で専門家が切るところを見る羽目になった。
> しかし歩いて5分のところにスーパーもコンビニも駅もある都会の便利さは老人にとってありがたいものです。
> なんか矛盾していますね。
>
> カオスには宇宙発生前の混とんと、今の世にある混沌があるが、今の世の混沌とは何なのだろう。


ニュートンは錬金術にも深い関心があったとか。月を位置や運動量で表す数値化された、x座標とy座標の地図を描いた。
しかし、その地図で月がなぜそものそも運動を開始するのか、それをはぎ取ってしまった。
ニュートンは元素にも生き生きとした生命があることを思い描いていたし、xy座標の地図は他の地図の一部にしか過ぎないことも十分に承知していた。
しかし、現代はそれを絶対的なものにまでしてしまった。
それはカオスです。一部にしか過ぎないものを絶対的なものにすることは。

宇宙発生前のカオスについては、今後、カオス理論を勉強してみます。



[23892] Re:[23890] [23886] 見るに入る 投稿者:外野(ガイヤ) 投稿日:2017/05/25(Thu) 10:06  

> > 創造?
> > どのようにその言葉を使っているのでしょうか?例えば神が宇宙を創造したとか。
>
> いや、神が宇宙を創造したのではなく、宇宙がこの地球に生物から始まり、人類を創り、KやKを取り巻く人を創り、新しい芽さんの読書会を創り、私たちが聴いたという全体を、宇宙の創造と言っています。

 神が宇宙を創造したというのは、キリスト教の発想ですが、「宇宙がこの地球に生物から始まり、人類を創り」
 というのは今の現代科学の発想でしょうか?
 この宇宙を作ったのは「何か」と尋ねています。
 「何」が宇宙を作っているのですか?
 この宇宙に繰り返される出来事は「偶然」ですか?「必然」ですか?
 この宇宙に何らかの「意志」が働いているのでしょうか?
 このように次々に様々な疑問が発生します。
 この宇宙の創造については、古代インドのリグベーダ讃歌に謳われています。見事な比喩として。様々な言葉で。古代の叡智といわれる所以。
 (この宇宙の顕現である人間そのものを探求したのがベーダンタ哲学)
 キリスト教の「初めに言葉ありき」はあまりにも有名。

>KやKを取り巻く人を創り、新しい芽さんの読書会を創り、私たちが聴いたという全体を、宇宙の創造と言っています。

 それは活動あるいは一つの人為的営みであって創造とは呼ばないんじゃないですか。読書会を開き、読書会に行くことが創造?
 創造という言葉は、もっとクリエイティブなものに使われます。

> > クリシュナムルティが、もし創造という言葉を使うとき、どのように使うのでしょうか。
>
> 目的がない、予定がない、動機がない、欲望に基づかない、達成・成果がない。時間の中にいない。不断の開花、そんなところでしょうか。

 それはあくまで「原初」の状態ではないですか。そこから創造過程が生まれます。「無」から「有」。それには終わりはない。「過程」(プロセス)のみ。
 真理とは不断なき「活動」です。生き生きとした活動。
 簡単な例をいうと、何もない空き地にビルが建つ。「無」から「有」へ。それこそ創造ではないですか。
 そのビルが建つ過程には様々なプロセスが含まれています。実はこの宇宙は、この過程の繰り返しです。創造と破壊の繰り返し。
 ビルが古くなったら、又立て替える。

>、欲望に基づかない、達成・成果がない。時間の中にいない。不断の開花、そんなところでしょうか。

 目的がない、予定がない、動機がない。というのは読書会にあてはまるでしょうか?
 みんな目的がなく読書会に来ているのでしょうか。何かを得るためです。
 「時間の中にいない」とおっしゃいますが、人間は時間なくては生きていけません。
 目的がない、予定がない、動機がない、
 というのでは人間生きていけますか?正直な話です。夢も希望もない人生に受け取れる。今の若い人に、そうのように生きよ、といえるのだろうか。何か「虚無主義」というか、人間生きててもしょうがないというか。


[23891] Re:[23889] [23870] [23869] [23867] [23861] [23850] [23846] [23845] [23843] [23840] [23830] [23826] [23819] バンザイ! 投稿者:ゴト 投稿日:2017/05/24(Wed) 21:09  

> > > カオスとはどう意味だろう。水は流体=カオスで、氷は秩序ある固体で、摂氏0度はカオスの縁と言うらしいが。予測がつかないんだそうです。
> > >
> >
> >
> > ここでのカオスとは人が一般的に決めたカオスではなくて、自分がそうと認識する、思考とそれに伴う行動を観察して、自分がカオスだと認識する、という意味に置いてのカオスです。


自分がカオスと認識する、そのカオスとは何を意味しているのだろう。混とん、無秩序、予測不能も入れていいだろうか?

>
>
> 本で読みましたが、昔、大陸に白人が来たとき、カナダインディアンは
> 「白い人がきたあとは、砂漠しか残らないだろう。なぜなら、彼らの技術は自然と一体ではなく、隔離されたものだからだ」と予言したそうです。
>
> 鹿児島でも市内は公園がちらほら、見渡す限りビルか家。自然と一体とは程遠い。
>
> BSでイギリス女王が、庭園を作るにあたって、フランスでは自然を支配することが権力の象徴として、幾何学模様だったのにたいし、森そのままの姿に近づけようとしたそうです。
>
> 公園で木々や花と会話する感性を忘れてしまった。そういう意味でも、今はカオスでしょうね。


今の人間、あるいは人間社会、特に大きい都会では自然と離れている感じで、人は自然を恋しがります。

昔小さな庭に桜の苗木をもらって植えた。何年後か花が咲き、花吹雪を散らすようになった。夏には大空に枝を張り、葉陰をつくるようになった。胸が痛くなるようないとおしさ。
だが小さな家の庭では無理です。結局切らざるを得ない。

私だけでなくて近所の家に大きなにせアカシアの木があって、初夏には毎年たくさんの白い花を咲かせ、若葉とともに楽しませてもらった。しかし、やはり無理で専門家が切るところを見る羽目になった。
しかし歩いて5分のところにスーパーもコンビニも駅もある都会の便利さは老人にとってありがたいものです。
なんか矛盾していますね。

カオスには宇宙発生前の混とんと、今の世にある混沌があるが、今の世の混沌とは何なのだろう。


[23890] Re:[23886] 見るに入る 投稿者:ゴト 投稿日:2017/05/23(Tue) 17:05  

> > >  「見るに入る」とはゴトさんの言葉です。
> >
> > 見ることに入るは、新しい芽さんが時たま言われていたことです。それを唱道するという事ではなく、さりげなくおっしゃることがあったという事です。で、もちろん私はそれを核心と感じていました。
>
> 「見る」ことと、「見るに入る」とは、どう違うのですか?
> 「見る」というのは、今までのあなたの言われたことをまとめると、「見る」「聞く」「知覚する」。いわゆる人の基本的な機能です。
>  新しい芽流にいうと、「見えている」「聞こえている」「気づいている」
>  それのことと「見るに入る」とは、どう違うのか?

ここは微妙なところですが、今はそこまで言葉に気を使うとしんどいので、気の向くままに書いています。あまり気にしないでください。

>  私の疑問は「見る」「聞く」「知覚する」というだけで
は、わかりづらく、そういうことは、人がいつもやっていることではないでしょうか。それとKのいう「見る」というのは、どう違うのか、という説明が足りません。

説明が足りないという事には全く同感です。だれのこころにもふれてわがひろがるようなりかいがほしいとおもいます。

>  一般の人は「見る」だけであって、「見るに入る」ということはやってない。そういうことですか?

何というか、問題が起こるその肝心の場面で見ないという事です。肝心なところに行き当たった時に見ることをしない、見ることに入らない。そこはどう言っても構いません。

>  それで「見るに入る」というのは、具体的にどういうことですか?

現在は多くの人が習慣的に、肝心の時に見ることをやめて、感情的になってしまいます。簡単なことです。


> > そしてこの板でそう話しています。それは私の責任ですが、そう言いたくはありません。そんなことは忘れて一生懸命話していたいです。
>
>  「見る」という説明よりも一生懸命話したい?

責任という事でなく、この肝心な時に見るという事柄を分かち合いたい、共にしたい。


> > >  この「見るに入る」と「方向を変える」は同義ではないでしょうか。
> >
> > その通りです。
>
>  方向を変える? ここにきてわからない言葉が出てきました。
>  どこから、どっちの方向に変えるのですか?

慣習的に動いている方向以外ならどの方向でもいいから、とにかく変える。と言うか、今までの方向だけには行かない。
肝心な時に見つづけ、感情に走らない。

> > >  そして、これは個人に起こるのではないでしょうか。
>
> 個人に起こる?
> 知覚は人の基本的機能であり、「個人」だけに起こるものではないでしょう。人全員に起きるものです。そもそも「起きる」という表現が妙。
> 具わっている。備わっている。生まれた時から。
> あなた個人に起きて、私個人に起きるというものではない。
> 人全員に備わっている。基本的な知覚機能。五感。

もちろん見る機能は人間にも動物にも備わっている機能です。
しかし、肝心な時に見るのをやめないで続けるというのは、そこに気づいた特定の個人から一人一人始まるでしょうという事。

> > もちろん。しかし、それは宇宙の創造の一部でもあります。
>
> ?
> 創造?
> どのようにその言葉を使っているのでしょうか?例えば神が宇宙を創造したとか。

いや、神が宇宙を創造したのではなく、宇宙がこの地球に生物から始まり、人類を創り、KやKを取り巻く人を創り、新しい芽さんの読書会を創り、私たちが聴いたという全体を、宇宙の創造と言っています。

> クリシュナムルティが、もし創造という言葉を使うとき、どのように使うのでしょうか。

目的がない、予定がない、動機がない、欲望に基づかない、達成・成果がない。時間の中にいない。不断の開花、そんなところでしょうか。


[23889] Re:[23870] [23869] [23867] [23861] [23850] [23846] [23845] [23843] [23840] [23830] [23826] [23819] バンザイ! 投稿者:南方 投稿日:2017/05/23(Tue) 13:41  


> >
> > カオスとはどう意味だろう。水は流体=カオスで、氷は秩序ある固体で、摂氏0度はカオスの縁と言うらしいが。予測がつかないんだそうです。
> >
>
>
> ここでのカオスとは人が一般的に決めたカオスではなくて、自分がそうと認識する、思考とそれに伴う行動を観察して、自分がカオスだと認識する、という意味に置いてのカオスです。
>
>



本で読みましたが、昔、大陸に白人が来たとき、カナダインディアンは
「白い人がきたあとは、砂漠しか残らないだろう。なぜなら、彼らの技術は自然と一体ではなく、隔離されたものだからだ」と予言したそうです。

鹿児島でも市内は公園がちらほら、見渡す限りビルか家。自然と一体とは程遠い。

BSでイギリス女王が、庭園を作るにあたって、フランスでは自然を支配することが権力の象徴として、幾何学模様だったのにたいし、森そのままの姿に近づけようとしたそうです。

公園で木々や花と会話する感性を忘れてしまった。そういう意味でも、今はカオスでしょうね。


[23888] Re:[23884] [23882] [23881] [23880] [23877] [23872] [23868] [23863] [23860] [23859] [23858] [23856] [23854] [23849] [23844] [23842] [23839] [23838] [23837] [23835] [23832] [23827] [23819] バンザイ! 投稿者:宮啓 投稿日:2017/05/23(Tue) 11:53  

> >  「見るに入る」とはゴトさんの言葉です。
>
> 見ることに入るは、新しい芽さんが時たま言われていたことです。それを唱道するという事ではなく、さりげなくおっしゃることがあったという事です。で、もちろん私はそれを核心と感じていました。
> そしてこの板でそう話しています。それは私の責任ですが、そう言いたくはありません。そんなことは忘れて一生懸命話していたいです。
>
> >
> >  この「見るに入る」と「方向を変える」は同義ではないでしょうか。
>
> その通りです。
>
> >
> >  そして、これは個人に起こるのではないでしょうか。
>
> もちろん。しかし、それは宇宙の創造の一部でもあります。
>
> 昔中学校で雨の日、体育の時間でしたが、クラスよりもっと人数が多かった気がしますが、体育館をぐるぐると列を組んで行進しました。
> かなり長い時間を歩かされましたが、すると後半になって一人一人の歩きがよくなり、リズム感が生まれ、さっさっとした歩調で気持ちよく歩けました。今思うとシンクロが生じたのでしょうか。
> つまり個人は、個人のようで、個人と言い切れない何かでもあるようです。
>
> この件は私の方があなたの意を読み取れないで見当はずれのようなことを言っていたかもしれません。ともかくこんなことでもないと言えないことが出た、出せたという気がします。
> どうもありがとう。


 はい。宇宙的とか、個人とか、おおげさなことではなく、すぐそこにある、手の届く事柄として述べました。

 偶発的な「見るに入る」を除けば、宇宙の働きなしに「見るに入る」「方向を変える」はないように思われます。

 個人的な事柄ではなく宇宙的な事柄。

 個人的な成果や達成ではなく、宇宙的な成果や達成。

 個人と宇宙を分けられない、個人と社会を分けられない・・。


[23887] Re:[23883] [23879] [23874] 命名 投稿者:ゴト 投稿日:2017/05/23(Tue) 11:33  

> > >  命名しているという事実がわかればいいのではないですか。嫌な奴がいるとき、自分が「嫌な」と命名している。事実はそこに人がいるだけ。
> >
> > なぜ「嫌な」と分類、命名するのだろう? 対処(少なくとも警戒)の必要があるからかな。それならそれで意味があるが…、最初の原始的感情とは不穏さの察知なのか。不穏さの察知は英知だろう。リアルな感覚。
>
> 「嫌なもの」とは過去の経験記憶からくるものと生理的なもの、感覚的なものからくるものもあるようです。
>  食べ物を例にとると、過去一度も口にしないのに,見ただけで食べられないとか。
>  フランスのエスカルゴ料理は、「日本のカタツムリ」を連想してしまい食べられませんでした。ようするにゲテものは苦手です。豚足、豚の耳など。
>  納豆も食べられませんでした。あのネバネバが苦手。ネバーギブアップです。子供の頃の青っ鼻を連想してしてしまう。ようするに鼻たれ小僧をイメージする。
>  これもイメージの為せる業でしょうか。
>  人間関係もそうです。この人はどうも苦手。ウマがどうしてもあわないというのがある。これは感覚的なものでしょうか。
>  若いとき、見た目の印象だけで、女性に嫌われたことがある。これなど生理的なものでしょうか。よくわからない。初対面で「過去の記憶」と言われてもピンときません。印象?

初対面ではある意味、注意しながら接するでしょう。感覚で相手の品定めをする。表面には出さないで。
それはそれで注意深いのでしょう。その後がどうなるか。

> > >  記号、レッテルは自分が貼付けている。判断評価推理をしている自分がいる。そこに感情がからむとやっかい。

まあ、言い方ひとつで誤解を招いたりもするし、コーヒーをこぼしたりするかもしれない。するとどう思ったり、思われたりするか。人間てドジだから。

> > そこで分別し、言葉化するとき、リアルさが消え、レッテルが感情を誘発するのだろうか?
>  文字ドウリ、同一化とは言葉と一体化している姿。そこから感情が誘発する。人から「馬鹿」と言われれば、すぐさま人は反応する。「馬鹿」という意味を知っているからです。意味がわからなければ人は反応しませんね。何それって感じ。
>  心の達人と言われる人は、意味はもちろんわかるが、意味に反応しない人のことをいうのだろうか。
>  例えば、馬鹿と言われ、すぐさま反応するのではなく、逆に尋ねる。どうしてそのような言葉を使うのか、と。

あるいはきょとんとしたり、、だが察しの付く場合もあるでしょう。いろいろでしょうね。

> > >  そこにはっきり思考を聞いていると感情は増幅しない。同一化しない。ここが画期的なところではないですか。
> >
> > 確かに。レッテルで置換することなくリアルな不穏さに注意深く臨む。理に適っている。画期的ともいえるが、わかれば普通ともいえる。
>
>  あなたは「見る」ことは画期的ではなく普通と言われるのだろうか。この画期的という言葉は、実は新しい芽氏から借用した言葉です。氏は、どのようなときに画期的なことなのかは、忘れたしまいましたが、あなたはご存知ですか。どういうことか画期的なのか。

普段我々は例えば横断するとき、交通信号を見ています。――普通。
おまえば馬鹿だと言われたとき、そこではっきりと思考を聞いている。――画期的。

>  「見る」「聞く」「知覚する」これだとあまりにも当たり前のような気がする。それでは何が画期的なのだろうか。
>  たんに同一化しない?

心理的なイメージが作り出され、実態を離れて動き出そうとするとき、それがはっきり見、聴き、感じられているなら画期的ではないでしょうか?(だが縁のなかった人には、それが残念ながら分からない)


> > 分類することは言葉化以前に、つまり素早くなされる。そうでなければ食われてしまうかもしれない。そこでライオンに気づけばすぐ行為が起こる。逃げたり、隠れたり、戦闘態勢をとったり。
>
>  人も動物も程度の差があれ、「危険」を察知すると「注意の状態」になります。注意の体勢になる。思考が入る隙間がない。これが「全注意」。ジャングルの中を想像してみましょう。いつ襲ってるか気の休まる暇はない。
>  この注意の状態とは、車の運転と同じで、緊張状態を伴います。うっかり考えると事故に遭う(歩道でもよそ見すると自転車にぶつかります)
>  Kのいう「注意の状態」(awareness) とは、さっき言った(警戒の)状態とはまったく逆で、すべてを受け入れている状態だと思います(受動的)。といって弛緩(リラックス)の状態ではなく、いわば「ニュートラル」の状態。頭脳にスムーズにエネルギーが流れている状態。一点の曇りのない状態。エネルギーが滞ってない状態。思考に囚われるとエネルギーが停滞します。いいアイデアは得られません。
>
> >
> > しかし人間同士だとそんなに慌てる必要はないので分別が先に立つ習慣ができたのか。それで英知の声は感じ取る間もなく、分別に進行してしまうのか?感情的こだわりの始まり。

ここで使った分別という語は命名に換えた方がよいかな。つまり観念の発生となる。

>  Kがいうには、人間というのは心理的思考には、まったく注意を払わないということです。外の猛獣には気をつけるが。内部の猛獣には注意を払わない。いわば野放し。
>  心理的思考が、実はもっとも大きな危険物。そのことを認識する人は、ほとんどいない。何故ならそれらは快楽を保証するから、手放せないものになる。快は不快を伴う。それでも人はそれらを求める。あまりにも心地よいので。不快を得るとさらに快へ。
>
>  アメリカと北朝鮮。互いに「面子」(メンツ)の争い。「権勢欲」剥き出し。
> それらはいずれ「自滅」の方向へ。そういったことを彼らは自覚しない。敵は外部でなく内にある。
>
>  こうして世の中の動きを外部から眺めると、世の中の動きが「滑稽」に見える。(たとえば今、国会でやってること)しかし、いざ当事者になると「ドツボ」にはまる。徹底的に自分を守る(保身)。
>  もし、私が公務員ならそうなるでしょう。組織から離れたくないので。

最後に難しい問題が出てきたな。これをイメージ抜きに見るのはとても難しい。
北朝鮮はブッシュ(子)が悪の枢軸と名付けてから生き延びることを真剣に考えてきたと思う。
そして核弾頭とICBMを持つことが生存の唯一の道だと見定めて進んできた。日本が進んだ過去の道とあまりにも似通っている。それをやめたら、世界が友好的な態度をとるとは、彼らはとても信じられないだろう。彼らは粛々と進んでいき、どうにかなんるだろう。


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