雑感
[トップに戻る] [留意事項] [ワード検索] [管理用]
おなまえ
Eメール メールアドレスは入力禁止
タイトル
コメント 【コメント中のURLは先頭のhを抜いて書き込んで下さい。】
コメント中には参照先URLと同じURLを書き込まないで下さい
参照先
暗証キー (記事メンテ用)

[23866] Re:[23862] [23851] [23848] [23847] [23842] [23839] [23838] [23837] [23835] [23832] [23827] [23819] バンザイ! 投稿者:ゴト 投稿日:2017/05/20(Sat) 11:06  

> > > 命名する前の感情についてコメントをくれると嬉しいんだけれど。
> >
>  命名する前の感情?といっても漠然していてわからないですね。
>  漠然とした質問を投げかけ、もしかえってきたらコメントをするということでしょうか。
>  そのコメントと自分のイメージがあわなければ反論する。あるいは質問する。

はい、お見通しの通りです。イメージが違っても反論ではなくて対話しましょう。違いすぎるとレスしにくいですが。

>  まず「命名する前の感情」というものを御自分で説明してから、あなたはどうですかと、尋ねるという手もあります。

うーん、よくわからないで説明しにくいからこんな問いかけになった。

>  そうすると、そういうふうにとらえているのかとわかります。その方が親切です。

はい。すみません。こちらが捉えられないでいるので、博学な人が何か言いだしてくれるかと。助けを待っていたのですが少々ずるかったかな。

>  それで本題。
>  感情というと、普通は喜怒哀楽を指します。泣いたり笑ったり怒ったり喜んだり。これをKの本では「反応」と呼ぶのでしょう。
>  それでは「命名する前の感情」って何だということになります。
>  赤ちゃんは当然、思考は形成されていません。その赤ちゃんが泣いたり笑ったりする。
>  命名する前の感情というのは、ひょっとするとそういうことですか?

良いきっかけを与えてくれてありがとう。
赤ちゃんもそうですし、動物も同じようなものでしょう。それは何か原初の精神状態なのでしょうね。神々しいというか。

>  思考が形成され、がんじがらめになっている大人に対し、命名する前の感情って聞かれると ? ということになります。

命名する前とはたぶん1秒以下なのでしょうが、大人の人間の持つ思考はまだ働いていないわけですね。
すると働いているのは生きていくための機能であって、正しい反応と言っていいものですね。私はそう思います。


>  ようするに説明がほしいということです。そうでないとお互い違ったイメージで話すことになります。

今説明を始めたところです。

それで原始の正しい感情は、命名されて大人の思考が1秒以下で引き継ぐとき、継続、増幅がもたらされるようになるのでしょうか? そうでなければすぐ消えていきますよね。

人間の言葉思考が繰り出すとき、何が起こり、不都合が発生するのでしょうか? 命名することが何でそんなに悪いのか?


[23865] 無題 投稿者:外野(ガイヤ) 投稿日:2017/05/20(Sat) 10:45  

 宮啓というのは、沖縄の孤島にいるから、クリシュナムルティに関する情報は得られない。ですから頼りになるのは書籍とインターネットだけになる。しかし、Kの翻訳をされている方々のほんとどは理由は知らぬがインターネットはほとんどやらない。ですからKの話ができるのは掲示板だけ。愚さんのサイトは、クリシュナムルティ、ボーム、仏教、禅と謳ってあるがクリシュナムルティの話は出てこない。彼は元々仏教が本業。頼りになるのはここ。しかし、宮啓の言ってることを検証すると、Kの教えからだいぶかけ離れしまっている。ここのサイトはそう長くはない。それから先どうするのかよけいな心配をしてしまう。
 沖縄の宮啓は読書会も参加したことがなく、Kに関する会合の経験もない。高橋、大野、渡辺、森本、新しい芽氏らに会ったこともない。それで「生きた情報」は得られない。
 クリシュナムルティ理解(真理の探究)は定年後と言ってるようではいやはや。会社や家庭にいるときは「妥協」の毎日だと。



[23864] Kの「変わる」とはどういうことか。 投稿者:外野(ガイヤ) 投稿日:2017/05/20(Sat) 10:22  


> > > >  現場で「見る」ということの方が難しいでしょう。あれは彼(K)だから出来る方法。一般の人は無理というのはほとんどの人の評価。

「誰も変わりやしなかった」というのは、Kの有名な臨終の言葉。
 Kをネットで検索すればわかるように、Kは孤高の人であり、Kの教えは彼だけの「方法」という評価が大勢を占める。例えば、怒りを思考なしに直面するというのはありえない。直面するときは、「怒り」と呼ぶ状態ではなくなっている。
>
> 余計なことかもしれないが、あなたは他人の評価を意外に気にするなあ。


 自分のやってることが正しいかどうかは、普通は人に確認する行動をとるのではないですか。そうでないと独善的になり、ひとりよがりになります。つまりは自己流の解釈。他人のとらえかたで、それまでの自分のとらえかたの誤りに気づき、その都度修正することも度々です。それが一種の学びでもある。
 あなたは独学らしいが、独学でクリシュナムルティを学んで理解されたというのは、そうはいない。そんなことは聞いてないと、人の異見を一蹴するのはお門違い。Kもいう。私もあなたも違っているかもしれないから、まず「聞く」ことから始めよと。
 Kの本は結構「条件づけ」「観察者」といった専門用語が出てくる。宗教哲学の予備知識がなければ到底理解は不可能。たとえば白紙で、中学レベルの学力ではちんぷんかんぷん。一般の人は自観には慣れていないのわからない。
 今、Kに関わっている方々は様々な精神世界の書物類を読破され、それがクリシュナムルティ理解の下地に成っている。とくに仏教者。新しい芽氏は自らはいわないが相当仏教の勉強をされたという。

 それで本題に入りますが、先のKの「誰も変わりやしなかった」。
Kのいう「変わる」とは、いったいどういうことか。徹底的に追求しましたか。Kの本を読んだだけですか。それともよその覚者、賢者の本を読んで調べましたが?他のクリシュナムルティに関わった人(翻訳など)に対して、尋ね歩きましたか?「変わる」とはどういうことかと。
 変わるとはお釈迦様のいう「悟る」ことですか?Kのやった「神秘体験」を得ることですか?それともあなたがいつも言及している「見る」ことでしょうか。それはたやすいのか。むずかしいことなのか。
 あなたの師?である新しい芽氏は、ここのところを何ていってるのか。
 「見る」にして,それぞれ見解が違う。「アウェアネス」でも、人によって見解が違う。ようするにわからないわけです。本だけじゃ。だから賢人と言われる人に聞くわけです。日本でいるので。

 一つ言えるのはクリシュナムルティが紹介されてから約40年。Kを語れる人が。ほとんどいなくなりました。ここも高齢化の波を受けている。
 このつぶやきは例のごとく独りよがりなので無視してください。長くなったのここまで。
 




[23863] Re:[23860] [23859] [23858] [23856] [23854] [23849] [23844] [23842] [23839] [23838] [23837] [23835] [23832] [23827] [23819] バンザイ! 投稿者:宮啓 投稿日:2017/05/20(Sat) 09:33  

> > > >  脳がビカミング中、時間の中に浸かっているときには投影が避けられないように感じます。
> > > >
> > > >  よって要は、なぜビカミングするのか?ということでしょうか。
> > >
> > > 脳がビカミングしている時、時間の中に浸かっている時とはどういう時のことでしょうか?、ちょっとよくわかりません。
> > > 成ろうとしている時ですが、そういう行為が円滑に起こっているなら問題ないですが、関係の中に利害の対立や矛盾、考え方の相違などが発生するときが問題ですか?
> > >
> > > 個別性が突出してきた時、問題なのでしょうか?
> >
> >
> >  『ブッダとクリシュナムルティ』で、自我の生成過程、増強過程が述べられています。
> >
> >  感覚・感受への自己同一化。これが自我の材料のようです。
> >
> >  よって、そういう行為が円滑に起こっている場合においても、その経験に同一化すれば、自我の材料となるようです。
>
> 見ているとしても同一化があるなら、投影が影響しているという事ですね。
>
> >  もしも、自我の材料とならないのならば、記憶に留まることはないのかもしれません。
> >
> >  そして、もしも記憶に留まっても、経験者が居たとしても、刻々に死にゆくことが、開花(フラワリング)なのかもしれません。
>
> ええ、そこで再び要はなぜビカミングするか、、時間に浸っているかですが、それは見ている時、投影なしに見ていられないと同義のようです。
>
> これは全体性が失われ、個別性が前面に出ているという事かと思いました。
>
> 動物は無意識的に自然と調和して生きているようですが、人間は言葉を使用し、抽象的な思考を操れるまでになりましたが、何故か人間間に騒乱が絶えず、調和の生を送ることができないようです。そこがはっきり見えて理解できないでいます。それゆえ、見るに徹することができません。
> それは個人がどこまで行くか、行ったかという問題ではないでしょうに。


 はい。しかし、個人がある地点に到達したとした場合において・・。

 それは個人の成果だけではないように思います。

 その陳述を発信してくれた同志。

 発信を翻訳してくれた同志。

 同志間の交流。

 同志を支える家族。

 同志の生計を支える職場の同僚。

 これらが全体的に噛み合って個人の到達に至る。

 いわば人々との関係の湯船の中で到達に至る。

 それゆえに、人々に対しての責務を負う。

 


[23862] Re:[23851] [23848] [23847] [23842] [23839] [23838] [23837] [23835] [23832] [23827] [23819] バンザイ! 投稿者:外野(ガイヤ) 投稿日:2017/05/20(Sat) 09:16  

> > 命名する前の感情についてコメントをくれると嬉しいんだけれど。
>
 命名する前の感情?といっても漠然していてわからないですね。
 漠然とした質問を投げかけ、もしかえってきたらコメントをするということでしょうか。
 そのコメントと自分のイメージがあわなければ反論する。あるいは質問する。
 まず「命名する前の感情」というものを御自分で説明してから、あなたはどうですかと、尋ねるという手もあります。
 そうすると、そういうふうにとらえているのかとわかります。その方が親切です。
 それで本題。
 感情というと、普通は喜怒哀楽を指します。泣いたり笑ったり怒ったり喜んだり。これをKの本では「反応」と呼ぶのでしょう。
 それでは「命名する前の感情」って何だということになります。
 赤ちゃんは当然、思考は形成されていません。その赤ちゃんが泣いたり笑ったりする。
 命名する前の感情というのは、ひょっとするとそういうことですか?
 思考が形成され、がんじがらめになっている大人に対し、命名する前の感情って聞かれると ? ということになります。
 ようするに説明がほしいということです。そうでないとお互い違ったイメージで話すことになります。
 こうした精神や心の話を扱うと、どうしても抽象的な言葉が多くなります。たとえば「あるがまま」。
 Kが自ら意識の定義をしたように、私はこの言葉をこのように使っていますと伝えた方が親切です。でないと話が食い違ったままになり、相手との同調作用は起きません。




[23861] Re:[23850] [23846] [23845] [23843] [23840] [23830] [23826] [23819] バンザイ! 投稿者:ゴト 投稿日:2017/05/19(Fri) 22:16  

> > > > う〜ん、僕は女性と深く長くお付き合いしたことがあまりなく、若い頃は軽いノリでナンパで一回きりとか、でしたので、これから女性問題に関しては人生修行かなと考えています。

うーん、私はずっと男女共学なしで社会人になったから、それに社会が女ばかりになっていたところに復員した男がなだれ込んだ時代だから、そうなると火がつくは早かった。
今は社会が変わってどうなっているのか、結婚年齢もだいぶ遅くなったし、大変そうだ。


> Kは正しい考えはない、正しく考えることがあるだけだと言った。正しく考えるとはなにか?恐怖を尺度にすればいいのではないか。恐怖が起こればそれは正しい考えであって、正しく考えているのではないことが、体感としてわかる。
>
> 実像は、正しく考える時にみえるのかと。
> 付き合いだして、或いは結婚して、恐怖が起こればそれは、正しい考えであり、正しく考えてないのであって、所有につながる、かな。

付き合いだしたらすぐ恐怖は起こる。若気の至りで決めたりしたら後でもっといい女が現れないかとか、相手が性悪の浮気女ではないかとか、嫉妬も打算も出まくる。正しい考えはいっぱい出てくるが、正しく考えてはいないので悩み苦しむ。

修行して正しく考えて、ぐずぐずしないでぱっと決めてください。


[23860] Re:[23859] [23858] [23856] [23854] [23849] [23844] [23842] [23839] [23838] [23837] [23835] [23832] [23827] [23819] バンザイ! 投稿者:ゴト 投稿日:2017/05/19(Fri) 21:40  

> > >  脳がビカミング中、時間の中に浸かっているときには投影が避けられないように感じます。
> > >
> > >  よって要は、なぜビカミングするのか?ということでしょうか。
> >
> > 脳がビカミングしている時、時間の中に浸かっている時とはどういう時のことでしょうか?、ちょっとよくわかりません。
> > 成ろうとしている時ですが、そういう行為が円滑に起こっているなら問題ないですが、関係の中に利害の対立や矛盾、考え方の相違などが発生するときが問題ですか?
> >
> > 個別性が突出してきた時、問題なのでしょうか?
>
>
>  『ブッダとクリシュナムルティ』で、自我の生成過程、増強過程が述べられています。
>
>  感覚・感受への自己同一化。これが自我の材料のようです。
>
>  よって、そういう行為が円滑に起こっている場合においても、その経験に同一化すれば、自我の材料となるようです。

見ているとしても同一化があるなら、投影が影響しているという事ですね。

>  もしも、自我の材料とならないのならば、記憶に留まることはないのかもしれません。
>
>  そして、もしも記憶に留まっても、経験者が居たとしても、刻々に死にゆくことが、開花(フラワリング)なのかもしれません。

ええ、そこで再び要はなぜビカミングするか、、時間に浸っているかですが、それは見ている時、投影なしに見ていられないと同義のようです。

これは全体性が失われ、個別性が前面に出ているという事かと思いました。

動物は無意識的に自然と調和して生きているようですが、人間は言葉を使用し、抽象的な思考を操れるまでになりましたが、何故か人間間に騒乱が絶えず、調和の生を送ることができないようです。そこがはっきり見えて理解できないでいます。それゆえ、見るに徹することができません。
それは個人がどこまで行くか、行ったかという問題ではないでしょうに。


[23859] Re:[23858] [23856] [23854] [23849] [23844] [23842] [23839] [23838] [23837] [23835] [23832] [23827] [23819] バンザイ! 投稿者:宮啓 投稿日:2017/05/19(Fri) 16:01  

> >  完全に見るときに、思考や言葉が入ってくるのではなく、思考や言葉が出てくるように思います。
>
> はい、そうです。その通りです。とてもリアルな記述と感じます。
>
> >  そのような出てくる言葉や思考が、入ってくる言葉や思考に邪魔されると障害となるのではないでしょうか。
>
> はい、そうですね。
> 出てくる言葉は過去の跡が出てきて見られ、浄化される過程かもしれないし、創造的に考えることが起こっているのかもしれませんが、それが新しい生なのだと思います。
> それがKの言う瞑想なのかもしれません。
>
> ここに来ることができたので今までの引用は消しました。ここから出発できると思います。
>
>
> >  脳がビカミング中、時間の中に浸かっているときには投影が避けられないように感じます。
> >
> >  よって要は、なぜビカミングするのか?ということでしょうか。
>
> 脳がビカミングしている時、時間の中に浸かっている時とはどういう時のことでしょうか?、ちょっとよくわかりません。
> 成ろうとしている時ですが、そういう行為が円滑に起こっているなら問題ないですが、関係の中に利害の対立や矛盾、考え方の相違などが発生するときが問題ですか?
>
> 個別性が突出してきた時、問題なのでしょうか?


 『ブッダとクリシュナムルティ』で、自我の生成過程、増強過程が述べられています。

 感覚・感受への自己同一化。これが自我の材料のようです。

 よって、そういう行為が円滑に起こっている場合においても、その経験に同一化すれば、自我の材料となるようです。

 もしも、自我の材料とならないのならば、記憶に留まることはないのかもしれません。

 そして、もしも記憶に留まっても、経験者が居たとしても、刻々に死にゆくことが、開花(フラワリング)なのかもしれません。


[23858] Re:[23856] [23854] [23849] [23844] [23842] [23839] [23838] [23837] [23835] [23832] [23827] [23819] バンザイ! 投稿者:ゴト 投稿日:2017/05/19(Fri) 14:55  

>  完全に見るときに、思考や言葉が入ってくるのではなく、思考や言葉が出てくるように思います。

はい、そうです。その通りです。とてもリアルな記述と感じます。

>  そのような出てくる言葉や思考が、入ってくる言葉や思考に邪魔されると障害となるのではないでしょうか。

はい、そうですね。
出てくる言葉は過去の跡が出てきて見られ、浄化される過程かもしれないし、創造的に考えることが起こっているのかもしれませんが、それが新しい生なのだと思います。
それがKの言う瞑想なのかもしれません。

ここに来ることができたので今までの引用は消しました。ここから出発できると思います。


>  脳がビカミング中、時間の中に浸かっているときには投影が避けられないように感じます。
>
>  よって要は、なぜビカミングするのか?ということでしょうか。

脳がビカミングしている時、時間の中に浸かっている時とはどういう時のことでしょうか?、ちょっとよくわかりません。
成ろうとしている時ですが、そういう行為が円滑に起こっているなら問題ないですが、関係の中に利害の対立や矛盾、考え方の相違などが発生するときが問題ですか?

個別性が突出してきた時、問題なのでしょうか?


[23857] 無題 投稿者:外野(ガイヤ) 投稿日:2017/05/19(Fri) 11:20  

 宮啓という男は全文載せて、最後にコメント4行。この男は文字の消し方を知らないのだろうか。それともこの男はパソコンではなく、いつもスマホでやっているのだろうか。それで前の文章を消さないで、そのままのせる。ですから同じ文章が何回も何回も何回も何回も出てくる。長くなってしょうがない。試しに調べて見ると、宮啓というのは今まで自分で文章を消したことがない。すべて人任せ。この掲示板では他に南方さん、想念狂さんも関わっている。その人たちのことをまったく考えないのだろうか。他の人は読みづらくでしょうがないだろう。 
 人に対してまるで配慮がない。どうもスマホでやってるようだ。何故なら金曜日10時48分というのは、会社にいっている時間。仕事の合間に暇を見てスマホで投稿する。どうもそのようだ。だからいつもコメントが軽い。ノー天気。仕事をサボってスマホをしている?
 他人への気遣いがまったく出来ない人間が、いくらクリシュナムルティの本を読んでもダメ。真理の探究もへったくれもない。身近なことから「愛の実践」をしなければ絵に描いた餅。
 スマホは字が小さい。中高年にはこたえるはず。友達とのメールのやりとりならそれでいいが、Kの掲示板では重厚な文章は、スマホでは無理だろう。
 よくスマホでやってるな。
 


[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11] [12] [13] [14] [15] [16] [17] [18] [19] [20] [21] [22] [23] [24] [25] [26] [27] [28] [29] [30] [31] [32] [33] [34] [35] [36] [37] [38] [39] [40] [41] [42] [43] [44] [45] [46] [47] [48] [49] [50] [51] [52] [53] [54] [55] [56] [57] [58] [59] [60] [61] [62] [63] [64] [65] [66] [67] [68] [69] [70] [71] [72] [73] [74] [75] [76] [77] [78] [79] [80] [81] [82] [83] [84] [85] [86] [87] [88] [89] [90] [91] [92] [93] [94] [95] [96] [97] [98] [99] [100]

処理 記事No 暗証キー
- LightBoard - Modified by isso