雑感
[トップに戻る] [留意事項] [ワード検索] [管理用]
おなまえ
Eメール メールアドレスは入力禁止
タイトル
コメント 【コメント中のURLは先頭のhを抜いて書き込んで下さい。】
コメント中には参照先URLと同じURLを書き込まないで下さい
参照先
暗証キー (記事メンテ用)

[23846] Re:[23845] [23843] [23840] [23830] [23826] [23819] バンザイ! 投稿者:ゴト 投稿日:2017/05/17(Wed) 22:45  

> > >  それには欠点をお互い責めないで認めあうこと。「違い」の認識。「同じ」ものを求めあうとトリックに陥る。価値感の不一致?当たり前。男女というのは鏡の関係。
> >
> > う〜ん、僕は女性と深く長くお付き合いしたことがあまりなく、若い頃は軽いノリでナンパで一回きりとか、でしたので、これから女性問題に関しては人生修行かなと考えています。
>
>
> セックスの依存対象でもなく、経済的な依存対象でもない男女関係。
>
> 結局、心が投影された女性しか現れない?

心が自らの持つイメージを投影した女性が現れても、それは無意識の投影であって、実像ではないのでしょうね。ですから愛ではないのかな。しかし、そこにはエモーションがありますから相手の女性も気づいてそこに関係が生じるかな、それとも気持ち悪い、ごめんと言われてしまうかな?

難しい問いかけで困った。でもどっかで実像が見えないと依存、所有の有無もわからないのでは?


[23845] Re:[23843] [23840] [23830] [23826] [23819] バンザイ! 投稿者:南方 投稿日:2017/05/17(Wed) 16:42  

> >  それには欠点をお互い責めないで認めあうこと。「違い」の認識。「同じ」ものを求めあうとトリックに陥る。価値感の不一致?当たり前。男女というのは鏡の関係。
>
> う〜ん、僕は女性と深く長くお付き合いしたことがあまりなく、若い頃は軽いノリでナンパで一回きりとか、でしたので、これから女性問題に関しては人生修行かなと考えています。


セックスの依存対象でもなく、経済的な依存対象でもない男女関係。

結局、心が投影された女性しか現れない?


[23844] Re:[23842] [23839] [23838] [23837] [23835] [23832] [23827] [23819] バンザイ! 投稿者:ゴト 投稿日:2017/05/17(Wed) 16:42  

> > > > 意識は普通既知のものが詰まって機能していますが、既知のものを空にした意識、と言うのはおかしいのかな、精神と言わなければいけないのかな、それは見ている時の境地なのかもしれませんね。あるいはその二つの境地の境目の状態なのか。
> > > >
> > > > 意識の中身を空にする道を、人類はずっと無意識的に求めてきたのかもしれません。見ることがKの指し示めした空なる境地への境にあるドアなのかも知れませんね。
> > > >
> > > > 人間が言葉の上に築き上げたものは部分的な事実にとどまります。ここに箴言という語で表したものは、全体性に目を向ける契機ともなりうる言葉の意です。同じことを目指した行動(かっこよく言えば行(ぎょう))もあります。まがい物を含めて。
> > > >
> > > > 言葉で作り出したものが部分的でも真実ならいいのですが、何かとんでもないものを創り出している感もあり、それはどうすればいいのでしょうか?
> > >
> > >
> > >  思考(言葉)は、自由な開花(フラワリング)に投影し、影響を与える旨がクリシュナムルティによって述べられています。
> > >
> > >  フラワリングが自由に進むためには、思考(言葉)は不要ということです。
> > >
> > >  この思考が不要(障害)であることを身をもって識るために、クリシュナムルティの陳述を聴く。覚者の言葉に耳を傾ける。
> >
> > 今回の引用の冒頭に意識という語を使いましたが、実はこの「意識」という語が私はわかっていません。
> > 感情は意識的に変えることは困難?できない?ですが、するとこれは意識ではないと言っていいでしょうか?
> >
> > 意識とは言葉のように表現を選択し、記憶が必要で、根拠のあるものでしょうか? それとも覚醒状態とでも言うようなものでしょうか? すると感情も意識に入ると思うのですが。
> > アウェアネスは意識の範疇に入りますか? その辺が急に気になりました。脳科学の本を読んでそこにぶつかりました。
> >
> > ちゃんとしたレスになっていませんが、続きは明日の午後に又。
>
>
>  一般の用語としての「意識」とクリシュナムルティが述べる「意識」の差異についてですね。
>
>  「思考」「感情」「意識」「精神」。クリシュナムルティはこれらの用語を巧みに用いています。
>
>  感情は思考に含まれる。無意識は存在しない。睡眠中も思考の流れに気づいている。個別的精神と普遍的精神。
>
>  そしてアウェアネスとアテンション。
>
>  アウェアネスは意識の範疇に入ると、個人的には思っています。

レスありがとうございます。
実は感情に、命名される前の状態と、命名と言うか、意識されたというか、それらの後の感情があるような気がするのです。

命名される前の感情はリアルなもので、命名後の感情は言葉化された象徴的なものです。

心(=意識?)に跡として残るのは言葉化されたシンボル的な感情ではないかという事です。すると、この跡は消さなければなりません。空にする事とはこの事なのでしょうか? これはこれで重要なことです。

では現場で見ているとはどういうことなのでしょう? 言葉化したシンボル的な代理物をつくらない事でしょうか。

ここでいったん止めておきましょう。あまり進むと頭が混乱しそうなので。


[23843] Re:[23840] [23830] [23826] [23819] バンザイ! 投稿者:南方 投稿日:2017/05/17(Wed) 16:00  

>
> > ネットでも実社会でも嫌な奴はいますね。
> > イライライライラして、(なんであんなやつ愚痴愚痴愚痴愚痴)心で呟きます。
>
>  こいつとはソリがあわない。相性があわない。この人は苦手だ。というのは、実生活で一人や二人いるものです。これって思考なのかな。思考といってしまえばそれまでですが、感覚的なものがあるのではないですか。生理的にあわないとか。ウマがあわない。生理的に受けつけない。食べ物もそうです。
>  男女で共同生活をはじめると、お互い「嫌な面」が出てくる。コレって思考?感覚?
> >

一度、女性に「あなたが僕にキスするイメージをみた」と告げたら、その女性は腕を組んでうわぁ〜ゾクっとする、ごめんねとおっしゃったことがありました。
それって感覚的なものだと思います。
僕も、まぁ雰囲気が不潔という男の本性丸出しの友人がいるのですが、その人が、僕はおっぱい無しじゃ生きていけないよ、というセリフを聞いてゾクっとしました。

感じることがあって、その後思考がわく。

でも、この場合、以前は好きあったカップルが嫌いになるということですから、感覚的なものは最初は受け付けたのではないか、その後思考によって、感覚的にも受け付けなくなった、というのが順序かもしれません。


> > 限界までいったら、裁く自分に気づき、鏡としてそれを見つめる。あぁ、自分のこういう所が嫌いだったんだなと。ペルソナと影の和解。
> >
> > これが愛、LOVEではないでしょうか。私見ですが。
>
>  それには欠点をお互い責めないで認めあうこと。「違い」の認識。「同じ」ものを求めあうとトリックに陥る。価値感の不一致?当たり前。男女というのは鏡の関係。

う〜ん、僕は女性と深く長くお付き合いしたことがあまりなく、若い頃は軽いノリでナンパで一回きりとか、でしたので、これから女性問題に関しては人生修行かなと考えています。


[23842] Re:[23839] [23838] [23837] [23835] [23832] [23827] [23819] バンザイ! 投稿者:宮啓 投稿日:2017/05/17(Wed) 12:19  

> > > 意識は普通既知のものが詰まって機能していますが、既知のものを空にした意識、と言うのはおかしいのかな、精神と言わなければいけないのかな、それは見ている時の境地なのかもしれませんね。あるいはその二つの境地の境目の状態なのか。
> > >
> > > 意識の中身を空にする道を、人類はずっと無意識的に求めてきたのかもしれません。見ることがKの指し示めした空なる境地への境にあるドアなのかも知れませんね。
> > >
> > > 人間が言葉の上に築き上げたものは部分的な事実にとどまります。ここに箴言という語で表したものは、全体性に目を向ける契機ともなりうる言葉の意です。同じことを目指した行動(かっこよく言えば行(ぎょう))もあります。まがい物を含めて。
> > >
> > > 言葉で作り出したものが部分的でも真実ならいいのですが、何かとんでもないものを創り出している感もあり、それはどうすればいいのでしょうか?
> >
> >
> >  思考(言葉)は、自由な開花(フラワリング)に投影し、影響を与える旨がクリシュナムルティによって述べられています。
> >
> >  フラワリングが自由に進むためには、思考(言葉)は不要ということです。
> >
> >  この思考が不要(障害)であることを身をもって識るために、クリシュナムルティの陳述を聴く。覚者の言葉に耳を傾ける。
>
> 今回の引用の冒頭に意識という語を使いましたが、実はこの「意識」という語が私はわかっていません。
> 感情は意識的に変えることは困難?できない?ですが、するとこれは意識ではないと言っていいでしょうか?
>
> 意識とは言葉のように表現を選択し、記憶が必要で、根拠のあるものでしょうか? それとも覚醒状態とでも言うようなものでしょうか? すると感情も意識に入ると思うのですが。
> アウェアネスは意識の範疇に入りますか? その辺が急に気になりました。脳科学の本を読んでそこにぶつかりました。
>
> ちゃんとしたレスになっていませんが、続きは明日の午後に又。


 一般の用語としての「意識」とクリシュナムルティが述べる「意識」の差異についてですね。

 「思考」「感情」「意識」「精神」。クリシュナムルティはこれらの用語を巧みに用いています。

 感情は思考に含まれる。無意識は存在しない。睡眠中も思考の流れに気づいている。個別的精神と普遍的精神。

 そしてアウェアネスとアテンション。

 アウェアネスは意識の範疇に入ると、個人的には思っています。


[23841] 鳥の声を聞くように自分の思考を聞く 投稿者:外野(ガイヤ) 投稿日:2017/05/17(Wed) 11:27  


> >  自分のガールフレンドを他人のやつに盗られたシーンを思い浮かべてみましょう。まさに相手の男を「ぶん殴ってやりたい」。これが自由ですか。
>
> そういう思いが自分の心の中に浮かびます。それを間違っているとか当然だとか言わずに、非難も正当化もせずに、

 相手をぶん殴ってたい、という思考は、そもそも非難正当化の現れではないですか。自分の彼女をとったわけですから。だから相手をぶんなぐってやりたい(断ってきますが学生時代の話です。社会ではありません)間違いも当然もないでしょう。正直な思いを吐露している。相手がイケメンだったらなおさら虫酸が走る。以来、この男と口を利くことはなかった。青春時代のはなし。

>すなわち、心の思いをただそのままに聞くとき、心は自分の気持ちをそのままにつぶやきます。すなわち、心は思いを自由に出しているのです。聞いているのは非難などしない、言わば静けさの中にいる私です。

 そうですか。
 たとえばクラブでひいきにしている女性が、よそのお客と親しげに話しているときは頭にきます。こういうのを嫉妬と呼びますか。「営業」とわかっているつもりですが。心が胸騒ぎする。心の中では「いい年して何やってんだ」とつぶやくもう一人の自分。
 静けさに中にいる、というのがわからない。頭を冷やして冷静になれと。しかし、すぐ熱くなる自分がいる。
>
> >
> > >自由にその気持ち通りに行動させることではないので、念のため。
> >
> > ??
 気持ち通りだと、そのお客をぶん殴る。しかし、理性がストップ。残るはモヤモヤ。せっかくのいい酒がまずくなった。
>
> 自由とは思いにしたがって相手をぶん殴る意味ではないという事を念のために断りました。

 というと、ここでいうあなたの自由とは?
 ぶん殴ってやりたいという気持ちを静かに聞いている。そういうことかな?
>
> >
> > 言いたいことを言うのは自由とはいえないでしょう。たとえば相手に対し「何にやってんだこのやろう」というのは、侮辱を受けた相手に、いいたいことをいっているわけです。逆に不自由ではないですか。思考にとらわれているわけだから。ようするに過去の経験を土台にして相手を非難している。ということが起きている。
> > 自由ということなら、元のガールフレンドを相手に譲るということです。素直に。
> > もっとわかりやすくいうと、自分の奥さんが不倫してたとしましょう。どうぞ好き勝手にやってください、おやりください、というのが自由ではないですか。
>
> いいえ、それは本音を{自由に}語っていません。

 本音を自由に語るというのは、そのとき生じた気持ちを静かに聞いている。
>
> > 逆に、血相変えて、相手に「ぶっ殺す」というのはまさに不自由。
>
> 当人が覚者ならともかく、今は凡人のことを言っています。凡人にとってはけしからんと思う奴を殴れるのが自由です。

はい。それではとりかえしがつきません。一般社会ではそのようなことはゆるされません。会社でやったらクビになる。
 自由というのは、その思考にとらわれなく自由に聞いている。思ったら思ったでそのままですます。
 心の達人みたいですいね。

> >  思いを聞いているってどういう意味。相手に向けていってるわけでしょう。罵声をです。
> >  人に対して、「このやろう」といっているとき、「このやろう」を聞いているというの明な表現。自分で自分の言葉を聞いているんですか。そういうことしなくても意味がわかるのでは。
>
> 私は当人の心のうちに浮かぶ思いを知覚することを言っています。わかるとはいえ、本当に聞いてはいない、知覚してはいない。

浮かぶ思いを知覚するとは、浮かぶ思いを「聞く」ということ。
>
> > > >
> > > >  言語化すればそういうことになるが、そのときは何とも言えないやり切れない気持ち、憤懣やるかたない気持ちがリアルタイムで沸き起こっている。それだけです。そのあと「命名」が起きる。
> >
> >  まず気持ちが起きて、次に非難の言葉が起きる。

 「このやろう」がそうです。ほとんど同時。
> > >
> > > 憤懣やるかたない気持ちがリアルタイムで沸き起こっているのが単に知覚されて、まったくそれに影響されないでいるのでないとただ見ていると言えない。
> >  言葉なしに見ると言いたいようですが、現実に言葉が次々出てくるでしょう。次々思考がうごめく。
>
> そう、それは何というか予想できないのですが、確かに次々と出るでしょう。それを固唾をのんで見ているという感じで見、聴いている。

 自身の声を傾聴するのみ。
 Kの言葉に鳥の声を聞くように、自身の内面に関心を向けよというのがある。自身が逐次出している思考を聞いている。
 そういうのは突然起きるものではなく、まず「内面」を向けることが大前提のいうことのようです。






[23840] Re:[23830] [23826] [23819] バンザイ! 投稿者:外野(ガイヤ) 投稿日:2017/05/17(Wed) 10:51  


> ネットでも実社会でも嫌な奴はいますね。
> イライライライラして、(なんであんなやつ愚痴愚痴愚痴愚痴)心で呟きます。

 こいつとはソリがあわない。相性があわない。この人は苦手だ。というのは、実生活で一人や二人いるものです。これって思考なのかな。思考といってしまえばそれまでですが、感覚的なものがあるのではないですか。生理的にあわないとか。ウマがあわない。生理的に受けつけない。食べ物もそうです。
 男女で共同生活をはじめると、お互い「嫌な面」が出てくる。コレって思考?感覚?
>
> 限界までいったら、裁く自分に気づき、鏡としてそれを見つめる。あぁ、自分のこういう所が嫌いだったんだなと。ペルソナと影の和解。
>
> これが愛、LOVEではないでしょうか。私見ですが。

 それには欠点をお互い責めないで認めあうこと。「違い」の認識。「同じ」ものを求めあうとトリックに陥る。価値感の不一致?当たり前。男女というのは鏡の関係。


[23839] Re:[23838] [23837] [23835] [23832] [23827] [23819] バンザイ! 投稿者:ゴト 投稿日:2017/05/16(Tue) 22:00  

> > 意識は普通既知のものが詰まって機能していますが、既知のものを空にした意識、と言うのはおかしいのかな、精神と言わなければいけないのかな、それは見ている時の境地なのかもしれませんね。あるいはその二つの境地の境目の状態なのか。
> >
> > 意識の中身を空にする道を、人類はずっと無意識的に求めてきたのかもしれません。見ることがKの指し示めした空なる境地への境にあるドアなのかも知れませんね。
> >
> > 人間が言葉の上に築き上げたものは部分的な事実にとどまります。ここに箴言という語で表したものは、全体性に目を向ける契機ともなりうる言葉の意です。同じことを目指した行動(かっこよく言えば行(ぎょう))もあります。まがい物を含めて。
> >
> > 言葉で作り出したものが部分的でも真実ならいいのですが、何かとんでもないものを創り出している感もあり、それはどうすればいいのでしょうか?
>
>
>  思考(言葉)は、自由な開花(フラワリング)に投影し、影響を与える旨がクリシュナムルティによって述べられています。
>
>  フラワリングが自由に進むためには、思考(言葉)は不要ということです。
>
>  この思考が不要(障害)であることを身をもって識るために、クリシュナムルティの陳述を聴く。覚者の言葉に耳を傾ける。

今回の引用の冒頭に意識という語を使いましたが、実はこの「意識」という語が私はわかっていません。
感情は意識的に変えることは困難?できない?ですが、するとこれは意識ではないと言っていいでしょうか?

意識とは言葉のように表現を選択し、記憶が必要で、根拠のあるものでしょうか? それとも覚醒状態とでも言うようなものでしょうか? すると感情も意識に入ると思うのですが。
アウェアネスは意識の範疇に入りますか? その辺が急に気になりました。脳科学の本を読んでそこにぶつかりました。

ちゃんとしたレスになっていませんが、続きは明日の午後に又。


[23838] Re:[23837] [23835] [23832] [23827] [23819] バンザイ! 投稿者:宮啓 投稿日:2017/05/16(Tue) 16:58  

> > > そして人間には独特の「精神的苦痛」というものがあります。これは上の階層の組織体にとっても無視できない事です。
> > > しかし、知性の案出したあるべき姿を個人に押し付けてもうまくいかない。肯定的な言い方をすると押し付けになり、裁きになってしまう。だが何か洞察を招くような箴言をK、あるいは覚者は言っているでしょうか?
> > > 真に力ある箴言はこの場で今ありうるだけなのでしょうか?
> >
> >
> >  空海は箴言を二種類に分けました。
> >
> >  ひとつが顕教(けんぎょう)、もうひとつが密教。
> >
> >  私が思うに、顕教は言葉で説明できる箴言、密教は言葉で説明できない箴言、このように捉えています。
> >
> >  「見る」とは、そこに言葉はないですよね。
>
> 傾聴しました。顕教と密教は、私にはよくわからないところです。
>
> 意識は普通既知のものが詰まって機能していますが、既知のものを空にした意識、と言うのはおかしいのかな、精神と言わなければいけないのかな、それは見ている時の境地なのかもしれませんね。あるいはその二つの境地の境目の状態なのか。
>
> 意識の中身を空にする道を、人類はずっと無意識的に求めてきたのかもしれません。見ることがKの指し示めした空なる境地への境にあるドアなのかも知れませんね。
>
> 人間が言葉の上に築き上げたものは部分的な事実にとどまります。ここに箴言という語で表したものは、全体性に目を向ける契機ともなりうる言葉の意です。同じことを目指した行動(かっこよく言えば行(ぎょう))もあります。まがい物を含めて。
>
> 言葉で作り出したものが部分的でも真実ならいいのですが、何かとんでもないものを創り出している感もあり、それはどうすればいいのでしょうか?


 思考(言葉)は、自由な開花(フラワリング)に投影し、影響を与える旨がクリシュナムルティによって述べられています。

 フラワリングが自由に進むためには、思考(言葉)は不要ということです。

 この思考が不要(障害)であることを身をもって識るために、クリシュナムルティの陳述を聴く。覚者の言葉に耳を傾ける。


[23837] Re:[23835] [23832] [23827] [23819] バンザイ! 投稿者:ゴト 投稿日:2017/05/16(Tue) 16:21  

> > そして人間には独特の「精神的苦痛」というものがあります。これは上の階層の組織体にとっても無視できない事です。
> > しかし、知性の案出したあるべき姿を個人に押し付けてもうまくいかない。肯定的な言い方をすると押し付けになり、裁きになってしまう。だが何か洞察を招くような箴言をK、あるいは覚者は言っているでしょうか?
> > 真に力ある箴言はこの場で今ありうるだけなのでしょうか?
>
>
>  空海は箴言を二種類に分けました。
>
>  ひとつが顕教(けんぎょう)、もうひとつが密教。
>
>  私が思うに、顕教は言葉で説明できる箴言、密教は言葉で説明できない箴言、このように捉えています。
>
>  「見る」とは、そこに言葉はないですよね。

傾聴しました。顕教と密教は、私にはよくわからないところです。

意識は普通既知のものが詰まって機能していますが、既知のものを空にした意識、と言うのはおかしいのかな、精神と言わなければいけないのかな、それは見ている時の境地なのかもしれませんね。あるいはその二つの境地の境目の状態なのか。

意識の中身を空にする道を、人類はずっと無意識的に求めてきたのかもしれません。見ることがKの指し示めした空なる境地への境にあるドアなのかも知れませんね。

人間が言葉の上に築き上げたものは部分的な事実にとどまります。ここに箴言という語で表したものは、全体性に目を向ける契機ともなりうる言葉の意です。同じことを目指した行動(かっこよく言えば行(ぎょう))もあります。まがい物を含めて。

言葉で作り出したものが部分的でも真実ならいいのですが、何かとんでもないものを創り出している感もあり、それはどうすればいいのでしょうか?


[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11] [12] [13] [14] [15] [16] [17] [18] [19] [20] [21] [22] [23] [24] [25] [26] [27] [28] [29] [30] [31] [32] [33] [34] [35] [36] [37] [38] [39] [40] [41] [42] [43] [44] [45] [46] [47] [48] [49] [50] [51] [52] [53] [54] [55] [56] [57] [58] [59] [60] [61] [62] [63] [64] [65] [66] [67] [68] [69] [70] [71] [72] [73] [74] [75] [76] [77] [78] [79] [80] [81] [82] [83] [84] [85] [86] [87] [88] [89] [90] [91] [92] [93] [94] [95] [96] [97] [98] [99] [100]

処理 記事No 暗証キー
- LightBoard - Modified by isso