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[23982] 本を読んでる主体は? 投稿者:外野(ガイヤ) 投稿日:2017/06/17(Sat) 19:13  

寓語録を一部紹介します。。様々な質問の中で軽妙なコメントで返している。
「問い 
 神そのものになっていく作業とは何かになる作業でなく元から神だったことに気づく作業に思われます。
 答え 
 そりゃそうです。だって、あなたは、いま、この文章を読んでるでしょ。その読んでる主体は神なんです。あなたが読んでいるんではないんです。」

 読んでる主体は「神」とはどういうことだろうか?「あなた」が読んでるのではなく。

 ここがわからないと、いくら精神世界やKの本を読んでもわからない。基本中の基本。目に見えないものを認めない現象論の物理学者にはわからない。
 普通は本を読んでるのは「自分」だと思っている。



[23981] Re:[23980] [23979] [23975] 意識の統合と分裂 投稿者:外野(ガイヤ) 投稿日:2017/06/17(Sat) 19:06  


> >  Kは「人類の未来」の中で、頭脳と精神は別個であるといっている。これをあなたはどうとらえますか。又、頭脳は道具ともいっている。
>
> 脳は実体のあるものです。精神は私にとってはその言葉が何を指しているかわかりません。精神は心のことなのでしょうか? 

 その精神はスピリットを意味するのでしょうか。ならば意味が通じます。マインドなら意味は通じません。

>魂という別の言葉を持ち出さないといけないでしょうか? 思考なら私でも実際に知覚しますからまあわかると言えます。

 色々な呼び名がありますが、本当の自分でどうですか。魂だと誤解を受けます。
 宗派によっては「真我」あるいは「本当の自我」あるいは「宇宙意識」と呼びます。

> まあそんなふうに見ています。言葉の実際が見えにくい。
>
> >  ならば、道具を上手く使うしかないでしょう。脳を上手に使う。
>
> さて、誰が使うのでしょう? 

 はい。さっきいった「本当の自分」です。音は耳で聞くのではなく、『本当の自分」で聞く。それが道具を使うものです。
 手のひらを見ている観音様がそれです。孫悟空は相争う自我。

>思考者は思考です。実用的思考は問題なく使っています。

 はい。観察者が観察されるものと理解するのは、観音様にあたる本当の自分です。いわば、真の観察者。手のひらにのる二人の孫悟空は、観察するものと観察されるもの。
 一般の大部分の人間は、思考すなわち観察するものと観察されるものを自分だと錯覚している。それがKのいう「私」です。過去の経験記憶。
>
> >  一説によると人間は脳細胞の70パーセントは使わないで死んで行くという。文字ドウリ宝の持ち腐れ。いかに人間は「考え抜く」という作業をやっていないか。
> >  現代の教育系統の一大欠陥
> >  「もし人間が如何に考えるべきかを知りさえすれば!」
> >  アダムスキーの金言。「考えぬく」という点ではクリシュムルティと共通しています。
>
> しかし学者になるならともかく、実用的思考はそんなに考える必要がないし、心理的思考を考え抜くのは変でしょう?

 むしろ逆でしょう。実用的思考は考え抜くことです。自分の進路を真剣に考える。いいかげんに欲得で進路を考えるから、進路を誤る。
 人生を振り返ってみると、重大な岐路に立つことが何度かあります。
 学校を選ぶとき、会社を選ぶとき、結婚相手を選ぶとき。あるいは会社をやめるかいなか。離婚するかいなか。
 真剣に考え向けば、そう間違うことはないでしょう。考えて考え抜き、ふと止んだ思考の合間から、素晴らしい答えが浮かんできます。神の知恵というもの。
 しかし、人間は好き嫌い、いい悪いといった心理的思考できめがちです。欲得、計算。ろくに考えもせずにです。だからあとで後悔するのです。
 「ああすりゃよかった」「こんなはずではなかった」
 人はだいたい第一印象があってる場合が多いようです。思考が介入していない。しかしきめられず、だんだんと計算がはいってくると心理的思考が介入し失敗するということです。
>
> > >
> > > もし心の中で葛藤があるなら、その個体は秩序が乱れてると言えると私は思っています。しかし葛藤は必要だ、それが精神を磨くという人もいます。ここから始める必要があるのかもしれません。
> >
> >  ここは議論を深める必要があります。

 自分の心を成長させるのは、ある程度葛藤と向き合う方がいいと言います。
葛藤から逃げるのではなく。直面する。
 人間はある程度、苦労、苦難を経てきた方が、大きく成長する。波あり谷あり、波乱の人生。とくに大正後期、昭和初期に生まれた方々に敬服します。
 文字ドウリ苦難の連続。地震あり、戦争あり、しかも今のような電気製品もない。人々は重労働の連続。
 人間である以上,悩み、苦しみのない人はいない。だったら上手につきあう。
 逆に悩み、苦しみのない人間っているのかと思う。誰でも周囲から「死」という悲しみに直面する。

> メンツと言うものは実際にあるものでしょうか?言葉のお化けに踊らされているだけなら、悲惨ですねえ!日本だって体面を気にするのは同じことです。

「面子」という幻想に踊らされている。国会の政府側の答弁がその典型。先に立つのは「保身」。
 その中に入れば、誰でもそうなる。私もです。歯車になる。「男」としての面子がある。

> >  Kは政治的発言はしてましたか。
>
> 簡単に言うと、あなたは世界ですという言い方をしました。

 それは違うでしょう。自身の講話を聞く聴衆にです。Kの生きてた「冷戦」の時代。もし政治的発言をしたら講演できません。
 あくまで聴衆に向かって語りかけた。Kの講話を聞いてデモ行進をしたというのはありません。
 (余談ですが、ヒットラーと同年に生まれたチャプリンは、戦争中にもかかわらず、「独裁者」をつくりあげた。命をかえりみず)
>
> >  固体の闇って何ですか?あらためて聞きますが。
>
> 仕返しをする、心理的により良いものになろうとしてあるがままを変えようとする(=葛藤)。代表的な例としてどうでしょう。

 葛藤が固体の闇ですか。人は何で争いをするのかにつながる。
>
> >  殺戮ですか。動物は食べるために相手を殺します。人間もそう。家畜を毎日殺している。しかし動物は不必要な殺しはしない。人間は必要以外に、心理的に満足のために殺す。殺して悦に成る。それは脳に問題があるのかな?キレる?一部の権力者がそうさせるだけ。
>
> そうですね、人間だけが人間を殺すことを法の名のもとに正当化します。大衆の目にさらしての残虐刑はなくなっているのかな。しかし戦争になると何が起こるかわかりません。

 たとえば今シリアで何がおこなれているかは報道がありません。断片的なものはありますが。
>  
> > >
> > > なかなかそれも見えませんが。
>
> 隠れたことはたくさんあります。

大きくは戦争ですが、身近で何で争い事が絶えないのかということです。
一部でが、争い事が少ない国もあります。ブータンなど。国が自然保護をしている。北欧もありません。


[23980] Re:[23979] [23975] 意識の統合と分裂 投稿者:ゴト 投稿日:2017/06/16(Fri) 09:30  

> > 人間の脳は右脳と左脳があり、神経の束で連結されています。これが切断されると二つの意識・人格が現れるそうです。それで一方の手が例えばもう一方の手をつねろうとし、他方の手は逃げ回るとか、思いがけないことが起こるそうです。
> >
> > すると、左脳と右脳がしっかり神経束で連結している時は分離がない統合された状態であり、秩序がある状態と大雑把に言えるのではないかと考えました。
>
>  脳に対しての言及が多いですが、脳そのものに問題があるのでしょうか。

個人の脳はさまざまに周囲からの影響を受けて形成されます。問題もあるでしょうね。

>  脳にかぎらず、あなたにとっては、人間のからだというのは欠陥品なんでしょうか。DNAはでたらめに配列してるのでしょうか。

いえ、非常によく出来上がった驚異的な有機統合体です。DNAは実によくできた指示書です。設計図ではなく。各細胞がDNAを持ち、身体各所の異なる細胞として育ち、連携しています。

>  結局、あなたの問題意識は何ですか。
>  争いの元凶は脳にあるとでも?

個人において悩み、迷い、葛藤します。個人間の人間関係も必ずしもうまくいきません。
一国の中でもいっぱい問題が生じます。
それらがなんであるか、何が起こっているかと言うのが私の問題意識です。脳は容疑者の一人です。

>  自分の平和より、世界の平和?それともその「自他」がないということですか。

自身については問題がありません。しかしみんながそうではないようです。上位の階層の組織もそうです。それを調べたい。

>  世界の苦しみは、即自分の苦しみだと。
>  新聞に出てましたが、ある主婦がいてもたってもいられず、国会にいって、共謀罪の反対デモに参加したという。何故なら自分たちの子供の将来に、とても不安に思って参加したという。子供達のことを思って。
>  こういう人たちは、自己中心的なのだろうか。いわばデモに参加する人。
>  この人たちは世界平和を思わない?と。
>  もし、本気で世界の平和を謳うなら、仕事を投げうってでも国会前のデモに参加するでしょう。子供の未来のために。
>  でなければ「世界の平和」など口にはできないと思います。

それで問題が解決するかどうか、まったく自信が持てません。

> >
> > もし一国の中で無法地帯が存在するなら、あるいは内戦があったりしたら、秩序がないと言えるでしょう。
>
>  脳には秩序がないということでしょうか。

個人の脳はダイナミックなものですからその時その時で、矛盾したりしなかったりでしょう。一概には言えません。
国の中の脳とは一体何でしょうか? 国の中のどこに秩序が失われているのでしょうか? 違う信念が戦っているのでしょうか、そんなことではなく、食うか食われるかで憎悪を込めて戦っているのでしょうか? とにかく分裂があるのかな。二人の人が常に戦う事はないので、何か害意や恐怖みたいなものが介在しますね。

>  Kは「人類の未来」の中で、頭脳と精神は別個であるといっている。これをあなたはどうとらえますか。又、頭脳は道具ともいっている。

脳は実体のあるものです。精神は私にとってはその言葉が何を指しているかわかりません。精神は心のことなのでしょうか? 魂という別の言葉を持ち出さないといけないでしょうか? 思考なら私でも実際に知覚しますからまあわかると言えます。
まあそんなふうに見ています。言葉の実際が見えにくい。

>  ならば、道具を上手く使うしかないでしょう。脳を上手に使う。

さて、誰が使うのでしょう? 思考者は思考です。実用的思考は問題なく使っています。

>  一説によると人間は脳細胞の70パーセントは使わないで死んで行くという。文字ドウリ宝の持ち腐れ。いかに人間は「考え抜く」という作業をやっていないか。
>  現代の教育系統の一大欠陥
>  「もし人間が如何に考えるべきかを知りさえすれば!」
>  アダムスキーの金言。「考えぬく」という点ではクリシュムルティと共通しています。

しかし学者になるならともかく、実用的思考はそんなに考える必要がないし、心理的思考を考え抜くのは変でしょう?

> >
> > もし心の中で葛藤があるなら、その個体は秩序が乱れてると言えると私は思っています。しかし葛藤は必要だ、それが精神を磨くという人もいます。ここから始める必要があるのかもしれません。
>
>  ここは議論を深める必要があります。
>
> >でも今は置いといて、少し上の階層・国家に目を向けましょう。結局、葛藤・分離の問題に戻るかもしれませんが。
>
>  国家間はメンツの争い。まさに心理的思考。権威が先に立つ。立ち場を強固に守る。大国や北朝鮮を見れば明らかでしょう。すべてにおいて心理的思考が先にたつ。彼らはせっかく手に入れた「権力」は何が何でもしがみつく。

メンツと言うものは実際にあるものでしょうか?言葉のお化けに踊らされているだけなら、悲惨ですねえ!日本だって体面を気にするのは同じことです。

> >
> > なぜなら、今は自分の家の周辺の土地で自活できません。どうしても社会的生産に頼らざるを得ません。
>
>  もちろん分業制です。今やグローバルの時代。一つの例。最近のテレビで、国内の木材業者は中国を相手にしないとやっていけない。ということが報道されていました。何の分野でも国内だけではだめ。
>
> > 個人の生活はどうしても社会的な大きな階層で満たすしかありません。
>
> 問題は、富が平等に分配されているかどうか。一部の偏りに問題がある。
> >
> > Kは個体に生じている闇は社会の闇と違わないと言いましたが、社会の創造的な自己組織化は時間がかかると思います。その二つの闇の連環を知ることは個人の闇を知ることでもあり、意義があると思います。
>
>  Kは政治的発言はしてましたか。

簡単に言うと、あなたは世界ですという言い方をしました。

>  固体の闇って何ですか?あらためて聞きますが。

仕返しをする、心理的により良いものになろうとしてあるがままを変えようとする(=葛藤)。代表的な例としてどうでしょう。

>  殺戮ですか。動物は食べるために相手を殺します。人間もそう。家畜を毎日殺している。しかし動物は不必要な殺しはしない。人間は必要以外に、心理的に満足のために殺す。殺して悦に成る。それは脳に問題があるのかな?キレる?一部の権力者がそうさせるだけ。

そうですね、人間だけが人間を殺すことを法の名のもとに正当化します。大衆の目にさらしての残虐刑はなくなっているのかな。しかし戦争になると何が起こるかわかりません。
 
> >
> > なかなかそれも見えませんが。

隠れたことはたくさんあります。


[23979] Re:[23975] 意識の統合と分裂 投稿者:外野(ガイヤ) 投稿日:2017/06/15(Thu) 14:34  

> 人間の脳は右脳と左脳があり、神経の束で連結されています。これが切断されると二つの意識・人格が現れるそうです。それで一方の手が例えばもう一方の手をつねろうとし、他方の手は逃げ回るとか、思いがけないことが起こるそうです。
>
> すると、左脳と右脳がしっかり神経束で連結している時は分離がない統合された状態であり、秩序がある状態と大雑把に言えるのではないかと考えました。

 脳に対しての言及が多いですが、脳そのものに問題があるのでしょうか。
 脳にかぎらず、あなたにとっては、人間のからだというのは欠陥品なんでしょうか。DNAはでたらめに配列してるのでしょうか。
 結局、あなたの問題意識は何ですか。
 争いの元凶は脳にあるとでも?

 自分の平和より、世界の平和?それともその「自他」がないということですか。
 世界の苦しみは、即自分の苦しみだと。
 新聞に出てましたが、ある主婦がいてもたってもいられず、国会にいって、共謀罪の反対デモに参加したという。何故なら自分たちの子供の将来に、とても不安に思って参加したという。子供達のことを思って。
 こういう人たちは、自己中心的なのだろうか。いわばデモに参加する人。
 この人たちは世界平和を思わない?と。
 もし、本気で世界の平和を謳うなら、仕事を投げうってでも国会前のデモに参加するでしょう。子供の未来のために。
 でなければ「世界の平和」など口にはできないと思います。
>
> もし一国の中で無法地帯が存在するなら、あるいは内戦があったりしたら、秩序がないと言えるでしょう。

 脳には秩序がないということでしょうか。
 Kは「人類の未来」の中で、頭脳と精神は別個であるといっている。これをあなたはどうとらえますか。又、頭脳は道具ともいっている。
 ならば、道具を上手く使うしかないでしょう。脳を上手に使う。
 一説によると人間は脳細胞の70パーセントは使わないで死んで行くという。文字ドウリ宝の持ち腐れ。いかに人間は「考え抜く」という作業をやっていないか。
 現代の教育系統の一大欠陥
 「もし人間が如何に考えるべきかを知りさえすれば!」
 アダムスキーの金言。「考えぬく」という点ではクリシュムルティと共通しています。

>
> もし心の中で葛藤があるなら、その個体は秩序が乱れてると言えると私は思っています。しかし葛藤は必要だ、それが精神を磨くという人もいます。ここから始める必要があるのかもしれません。

 ここは議論を深める必要があります。

>でも今は置いといて、少し上の階層・国家に目を向けましょう。結局、葛藤・分離の問題に戻るかもしれませんが。

 国家間はメンツの争い。まさに心理的思考。権威が先に立つ。立ち場を強固に守る。大国や北朝鮮を見れば明らかでしょう。すべてにおいて心理的思考が先にたつ。彼らはせっかく手に入れた「権力」は何が何でもしがみつく。
>
> なぜなら、今は自分の家の周辺の土地で自活できません。どうしても社会的生産に頼らざるを得ません。

 もちろん分業制です。今やグローバルの時代。一つの例。最近のテレビで、国内の木材業者は中国を相手にしないとやっていけない。ということが報道されていました。何の分野でも国内だけではだめ。

> 個人の生活はどうしても社会的な大きな階層で満たすしかありません。

問題は、富が平等に分配されているかどうか。一部の偏りに問題がある。
>
> Kは個体に生じている闇は社会の闇と違わないと言いましたが、社会の創造的な自己組織化は時間がかかると思います。その二つの闇の連環を知ることは個人の闇を知ることでもあり、意義があると思います。

 Kは政治的発言はしてましたか。
 固体の闇って何ですか?あらためて聞きますが。
 殺戮ですか。動物は食べるために相手を殺します。人間もそう。家畜を毎日殺している。しかし動物は不必要な殺しはしない。人間は必要以外に、心理的に満足のために殺す。殺して悦に成る。それは脳に問題があるのかな?キレる?一部の権力者がそうさせるだけ。
 
>
> なかなかそれも見えませんが。


[23978] いつか見た道 投稿者:外野(ガイヤ) 投稿日:2017/06/15(Thu) 13:31  

共謀罪が今朝成立。日本は「いつかきた道」にまっしぐら。いくら反対しても数の力で押し切られてしまうのだから、どうしようもない。それでも国民の現政権への支持は下がらない。大多数の国民が支持をしていることになる。


[23977] Re:[23976] [23975] 意識の統合と分裂 投稿者:ゴト 投稿日:2017/06/15(Thu) 11:09  

> > 人間の脳は右脳と左脳があり、神経の束で連結されています。これが切断されると二つの意識・人格が現れるそうです。それで一方の手が例えばもう一方の手をつねろうとし、他方の手は逃げ回るとか、思いがけないことが起こるそうです。
> >
> > すると、左脳と右脳がしっかり神経束で連結している時は分離がない統合された状態であり、秩序がある状態と大雑把に言えるのではないかと考えました。
> >
> > もし一国の中で無法地帯が存在するなら、あるいは内戦があったりしたら、秩序がないと言えるでしょう。
> >
> > もし心の中で葛藤があるなら、その個体は秩序が乱れてると言えると私は思っています。しかし葛藤は必要だ、それが精神を磨くという人もいます。ここから始める必要があるのかもしれません。でも今は置いといて、少し上の階層・国家に目を向けましょう。結局、葛藤・分離の問題に戻るかもしれませんが。
> >
> > なぜなら、今は自分の家の周辺の土地で自活できません。どうしても社会的生産に頼らざるを得ません。
> > 個人の生活はどうしても社会的な大きな階層で満たすしかありません。
> >
> > Kは個体に生じている闇は社会の闇と違わないと言いましたが、社会の創造的な自己組織化は時間がかかると思います。その二つの闇の連環を知ることは個人の闇を知ることでもあり、意義があると思います。
> >
> > なかなかそれも見えませんが。
>
>
>  ふたつの闇の連環の象徴として、トランプ大統領が存在しているように思います。


そのもとにアメリカンドリームの精神があるのかもしれません。
銃規制を受け付けず自分の身は自分で守る(権力から)。その自由で自分やりたいことをやる。
これが強盗的にならない規律を持っていると信じたいが、富の上下の格差が世界一開くことをもたらす原因となるでしょう。

そこに矛盾がないか? 矛盾のないことは停滞の社会か?
そういえば昔毛沢東が「矛盾論」を書いた。内容は忘れたが、一国の指導者がこんな哲学的題で本を書くという事が、うらやましかった。

今日は出かけるので、とりとめもないがここまで。


[23976] Re:[23975] 意識の統合と分裂 投稿者:宮啓 投稿日:2017/06/15(Thu) 09:16  

> 人間の脳は右脳と左脳があり、神経の束で連結されています。これが切断されると二つの意識・人格が現れるそうです。それで一方の手が例えばもう一方の手をつねろうとし、他方の手は逃げ回るとか、思いがけないことが起こるそうです。
>
> すると、左脳と右脳がしっかり神経束で連結している時は分離がない統合された状態であり、秩序がある状態と大雑把に言えるのではないかと考えました。
>
> もし一国の中で無法地帯が存在するなら、あるいは内戦があったりしたら、秩序がないと言えるでしょう。
>
> もし心の中で葛藤があるなら、その個体は秩序が乱れてると言えると私は思っています。しかし葛藤は必要だ、それが精神を磨くという人もいます。ここから始める必要があるのかもしれません。でも今は置いといて、少し上の階層・国家に目を向けましょう。結局、葛藤・分離の問題に戻るかもしれませんが。
>
> なぜなら、今は自分の家の周辺の土地で自活できません。どうしても社会的生産に頼らざるを得ません。
> 個人の生活はどうしても社会的な大きな階層で満たすしかありません。
>
> Kは個体に生じている闇は社会の闇と違わないと言いましたが、社会の創造的な自己組織化は時間がかかると思います。その二つの闇の連環を知ることは個人の闇を知ることでもあり、意義があると思います。
>
> なかなかそれも見えませんが。


 ふたつの闇の連環の象徴として、トランプ大統領が存在しているように思います。


[23975] 意識の統合と分裂 投稿者:ゴト 投稿日:2017/06/14(Wed) 22:14  

人間の脳は右脳と左脳があり、神経の束で連結されています。これが切断されると二つの意識・人格が現れるそうです。それで一方の手が例えばもう一方の手をつねろうとし、他方の手は逃げ回るとか、思いがけないことが起こるそうです。

すると、左脳と右脳がしっかり神経束で連結している時は分離がない統合された状態であり、秩序がある状態と大雑把に言えるのではないかと考えました。

もし一国の中で無法地帯が存在するなら、あるいは内戦があったりしたら、秩序がないと言えるでしょう。

もし心の中で葛藤があるなら、その個体は秩序が乱れてると言えると私は思っています。しかし葛藤は必要だ、それが精神を磨くという人もいます。ここから始める必要があるのかもしれません。でも今は置いといて、少し上の階層・国家に目を向けましょう。結局、葛藤・分離の問題に戻るかもしれませんが。

なぜなら、今は自分の家の周辺の土地で自活できません。どうしても社会的生産に頼らざるを得ません。
個人の生活はどうしても社会的な大きな階層で満たすしかありません。

Kは個体に生じている闇は社会の闇と違わないと言いましたが、社会の創造的な自己組織化は時間がかかると思います。その二つの闇の連環を知ることは個人の闇を知ることでもあり、意義があると思います。

なかなかそれも見えませんが。


[23974] Re:[23972] [23969] [23967] [23965] [23961] [23959] [23956] 英知 投稿者:外野(ガイヤ) 投稿日:2017/06/14(Wed) 10:29  

> >  それで眠っている状態ですが、眠っているときは意識がないのですか?
>
> はい。
>
> >  寝てるときは夢を見てますよ。寝てる時は「意識がない」とは表現しません。たんに眠っているといいます。
>
> 夢を見ている時はそれは立派な意識だそうです。

 はたから見てその人が睡眠中のとき、夢を見てるかどうかわかりません。ですからその人に意識があるとかないとかいえません。夢を見ている時は意識があり、見てないときは意識がないとはおかしな表現になります。
>
> >  赤ちゃんが寝てるとき、「意識がない」というでしょうか。
> > 「意識がない」といったら死んだことになっちゃう。うかつに「意識がない」とはいえない。
>
> 意識はないが死んではいません。赤ちゃんなら呼吸もしているし、脈もあります。お休み中です。実際には清掃したり、動いたものをもとのように整理したり、また活動するための準備をしているらしい。確かにそれは必要かもしれません。脳波はあり、意識のある時と違っている(単純?)そうです。

 赤ちゃんがぐったりして息がないときは、死んだ状態であり。そのときは意識がありません。ただの睡眠中は、もちろん意識があります。生きているので。脳が休んでるだけ。
 そこで生きる望みのない人はどうか。寝たきりの状態。いわば植物人間。この人は、意識があるのかないのかということになる。
 寝ているというだけですから、意識がないというのか。まだ生きているから意識があるというのか。難しいですね。医者の立ち場からするとまだ意識があるというでしょう。


 ここで整理しましょう。
 一般に「意識がない」「意識を失う」というのは感覚器官との対応関係で言われています。つまり意識を失うことは感覚器官の機能が損なわれて,その人間は外界の印象(音とか光など)をキャッチできない状態。そこで自我が感覚器官の機能と切り離されて、一般には「無意識」と言われます。
 もう一つの意識の使い方は、彼女は私を意識している。とか、あの男とは少々意識過剰だと言う場合。
 これは心がある対象に対して,(その中に思考とか頭の中に浮かんでくるイメージやアイデアも含まれる)注意を向けているその人の心理状況を意味した言葉に他なりません。その点で、意識とは心の注意の状態ともいえます。

 最後に睡眠と言われる状態。ここはむずかしい。ある人は夢を見ている人間にそっと話しかけたという。必ず声を出して答える。その本人が目覚めたときそのことを尋ねても記憶はしていないと言う。
 このことから明らかなのは、心と意識という状態はいつも同一の心理的な現象ではないということです。
 なぜならば普段人間はある事柄について意識していることを自覚しているが、睡眠中の人は、話し手の声を確かに聴き、そして理解しているにもかかわらず、自分が意識してることを自覚していない。
 ここで意識の二重構造が明らかになります。
 「私がある事柄について意識していることを、私の心は自覚していない」
 この文章は本来すべて、私と言う主語に起因するものであり。その意味で第一人称というパラドックスが成立します。
 あと略。 初めて聞く人には信じられないかも知れません。長く続きますが省略します。

 ある意識の研究家が、何人か実験しての結果のようです。催眠中の人間に話しかける。全て答えると言う。その研究者の著書の一部を引用させていただきました。




[23973] Re:[23970] [23966] 無題 投稿者:外野(ガイヤ) 投稿日:2017/06/13(Tue) 17:40  

> > 「空白の壁」ページを知らせてくださってありがとうございました。
> > 何を指しているかもわかりました。
> >
> > 空白の状態を心に描いて求めるのでなく、見る、聴くに入ることにトライすれば、それはよく知っていることなので、ひょいと入るかなと思います。そこで思考が介入してくれば気づく。

ここでいう壁というのは「私」を指しているので、つまりは「私」なしで見る、聞く。つまり思考なしで見る、聞く。白紙で見る。バリヤーなしで見る。壁なしで見る。
 わかりやすくいうと、その無垢の状態で自身の内面の声を聞く。内面から起きる声を聞く。いわば反応。反応というのは内部から沸き起こる思考感情。
 そのプロセスを観察する。
 (その観察という言葉から読者は「見る」を連想させるのだろう)
 思考を聞くと言うのが適切。見るではなく。見るというと視覚を想像してしまう。あえていうと「観る」。自観。自観する。自己観察というの言葉がふさわしくない。
 ある賢者「邪心を捨て傾聴するのみ」「傾聴だけを心がける」
>
>
>  私の個人的な感触では、「空白の壁」とは、「透明で見えない壁」の意味として捉えました。

 ? 以下で「空白の壁」というのは「私」と言っているのでは。
>
>  クリシュナムルティがそれは「私」であると指摘しているので、その壁が自我であると分かるのですが、その指摘がなければ・・、どの方角からアタックしても登頂できない未知の山の頂としてそびえ続けていたであろう「壁」ではなかろうか。

 何もクリシュナムルティだけが指摘しているのではない。今まで人類の教師と言われた人が提言をしている。汝自身を知れ。
 それに至るまではむずかしいと、あなたは勝手にイメージしている。未知の頂とはおそれいった。Kの言っていることは難しいと評価したい。誰でもできることではないと。
>
>
>  あの渡辺氏でも、その壁の前で苦戦しているところと察しています(そこのところを確かめたくて、渡辺さんの掲示板へ投稿しました)。

 そのKのいう難しいことは、渡辺氏でも超えられないだろうとあなたは勝手にイメージする。Kの訳者で、東大理学部出身で禅にも精通している。つまりこの方は精神世界と物理学。両方に精通する杞憂な人。
 その方に対して失礼な物言い。
 空白の壁を越えられないと自称するあなたが、何でとやかく人のことをいえるのか。壁の前で苦戦しているなどと。
>
>
>  その壁の鉄壁さを嘆くことはありません。その壁の向こうにあるエネルギーを悪用されないための、フィルターとしての効用があるからです。

 支離滅裂。意味の取り違え。ゴトさんがいつもいってるように白紙で見る、聞くということ。
>
>  いかに狡猾な新興宗教の教祖が求めても至れないフィルターとしての「空白の壁」。
 何で新興宗教の教祖が出てくるのか。
 いつも失礼ながら素っ頓狂のことばかりいわれているが,あなたの問題意識はどこにあるのだろうか。
 Kの教えの基本。「見る」「聞く」はゴトさんはいつもおっしゃっている。
これは難しいことでも何でもないこと。見れば言いわけだから。それは即座。
 あなたは、このへんのところでいつもつまづいておられるようだ。一向に
先にすすめない。Kはむずかしいむすかしいと言うばかりで。

 「どのように気づいているか」「どのように見ているか」ということについて一向に入れない。だから核心に入れない。
 見る、聞くなら誰でも出来る、問題は、どのように気づいているか、といいたいところだが、その「見る」「聞く」もわからないというのだろうか。

 内面を見る。心を観る。思考を聞く。

 (実は一般の人には、これがわからないみたい。精神世界や宗教の本を読んでる人にはわかる。普通の人は自分を見つめるということに慣れていない。Kは著物の中で初心者は日記を書くことが第一歩だといっている)


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