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> > >  ここで述べられている主題は、「責務」についてではなく、「個人」、例えばクリシュナムルティが到達したとした場合に、それは「個人」ひとりの事柄ではなく、宇宙の事柄のように思えるのです。
> > >
> > >  ゴトさんは、ここまで来れたことについて、そのように感じないでしょうか。
> >
> > 「宇宙的出来事」―― すべては宇宙的出来事でもあるし、500年か何千年に一度の稀有な出来事が「宇宙的出来事」とも言えるし…。
> >
> > どっちかと言えば稀有な出来事という意味でしょうね。カエルの鳴き声なんかではなく。
> > 私についてはそのような形容は「ごめんなして」です。
> > Kの出現はそれなりの意義があるでしょう。でも私たちがそれを生かさなければせっかくの意義も後世に譲ることになります。そのように形容する意味は何だろう?
> >
> > 創造的に生きる人、未知へフラワリグンしていく人、目的もないし予測も元々不可能な創造!
> > すべては宇宙的出来事かもしれませんが、私はそういう意識を持つことはありません。
> >
> > どうもあなたの思いをよく理解していないようですが、ともかく私の反応を書きました。
>
>
>  叙述は難しいですね。
>
>  特にクリシュナムルティ特有の用語を用いるとなれば、なおさら・・。
>
>  ゴトさんの>それは個人がどこまで行くか、行ったかという問題ではないでしょうに。−−
>
>  このコメントが、今、ゴトさんが関心を有している、社会に何が必要か・・?、これに関わることとして、>それは個人がどこまで行くか、行ったかという問題ではないでしょうに。−−と、ゴトさんがコメントしたのか・・と受け取りました。

はい。社会を形成している個人がどこまで行くか、行ったかに注目するなら、それは見当違いであると私は考えています。

>
>  それに対して、私の個人的な応答として、個人がどこまで行くか、行ったか・・これが大きく関わってくると感じていたので、私の体験を叙述したのですが、なかなか伝わらないことが分かりました。

私たちの責任はKのようになる、つまりコロンブスやエジソンみたいになることではなく、ただ、今まで進んでいた方向を変えるだけのことです。
今では誰でも大西洋を渡り、夜には電灯をつけます。コロンブスやエジソンのような偉人や天才であることとは無関係です。

>
>  叙述は伝わるときには伝わるし、そうでないときはなかなかなので、逸れてしまいます。
>
>  逸れるのであれば叙述は控えようと思っています。

それも見当違いではないでしょうか?
私がコロンブスやエジソンの例をあげて、責任という言葉も使って、大事なことはただ方向を変えるとことだと言いました。

これが違うという事であれば、ぜひ言葉であなたの思うところを伝えてください。これはKの言う事の根本的なところに触れているし、Kの否定していた権威や個人崇拝につながるかもしれない問題であると思うので話し合っておきたいのです。

私がこのようにがたがた言うのは、いろいろな人たちとの関係の湯船の中から生まれ出てきた、ささやかではあるがカエルの鳴き声のごとき宇宙的出来事、宇宙の創造の一駒かもしれません。それはその通りです。

私は方向を変えるという事の内包する意味をもっとはっきりと自分に提示したいのです。それに向かって自分なりに探求しています。哲学や現代思想や脳科学や複雑系等々を調べるのはそのためです。
別にKをほったらかしにしているわけではないですよ。凡才なので道に迷うかもしれませんが。

宇宙的出来事は着々と開花しているのだから心配するなという事であればその通りですね。


[23880] Re:[23877] [23872] [23868] [23863] [23860] [23859] [23858] [23856] [23854] [23849] [23844] [23842] [23839] [23838] [23837] [23835] [23832] [23827] [23819] バンザイ! 投稿者:宮啓 投稿日:2017/05/22(Mon) 15:53  

> > > > > ええ、そこで再び要はなぜビカミングするか、、時間に浸っているかですが、それは見ている時、投影なしに見ていられないと同義のようです。
> > > > >
> > > > > これは全体性が失われ、個別性が前面に出ているという事かと思いました。
> > > > >
> > > > > 動物は無意識的に自然と調和して生きているようですが、人間は言葉を使用し、抽象的な思考を操れるまでになりましたが、何故か人間間に騒乱が絶えず、調和の生を送ることができないようです。そこがはっきり見えて理解できないでいます。それゆえ、見るに徹することができません。
> > > > > それは個人がどこまで行くか、行ったかという問題ではないでしょうに。
> > > >
> > > >
> > > >  はい。しかし、個人がある地点に到達したとした場合において・・。
> > > >
> > > >  それは個人の成果だけではないように思います。
> > > >
> > > >  その陳述を発信してくれた同志。
> > > >
> > > >  発信を翻訳してくれた同志。
> > > >
> > > >  同志間の交流。
> > > >
> > > >  同志を支える家族。
> > > >
> > > >  同志の生計を支える職場の同僚。
> > > >
> > > >  これらが全体的に噛み合って個人の到達に至る。
> > > >
> > > >  いわば人々との関係の湯船の中で到達に至る。
> > > >
> > > >  それゆえに、人々に対しての責務を負う。
> > >
> > > うーん、個人がどうのでなく全体的な動きがあるのはその通りなんですが・・・。
> > > 何かしてくれた、支えてくれた、おかげでという感じの論理が伏在している気がする。
> > > そこで責を負うとなる。
> > >
> > > 責任という言葉は今の組織体である意味をもって言われる言葉であって、その論理も言葉も私は使いたくないし、使いません。してくれるというのはしてやったという事の裏返しで、ここに出てきた場合はそういう意識はみじんもなく、やりたいことをしているだけでしょう。
> > >
> > > Kが社会の悲惨に対して皆に責任があると言ったことは知っていますが、悲惨は自分の振る舞いから出ているということであり、責任という言葉は不適当かなと思っています。
> > >
> > > まあ言葉にとらわれないようにという事があるので、それだけで済むときは言わないのだけれど、責務があるという観念は、歴史上非人間的行為の数々を引き起こしているので、ちょっとそういう見方もあると言っておきます。お国のためにとか、何か崇高なものを掲げて。
> > >
> > > ひょっとすると、言語体系に含まれている支配的な思想体系の持つ個別性が世界の悲惨を引き起こす根源なのではないだろうか?
> > > と私は疑ったいます。
> >
> >
> >  ここで述べられている「責務」とは、クリシュナムルティが述べるところの「責任」であり、一般用語としての「責任」としては用いられていません。
> >
> >
> >  ここで述べられている主題は、「責務」についてではなく、「個人」、例えばクリシュナムルティが到達したとした場合に、それは「個人」ひとりの事柄ではなく、宇宙の事柄のように思えるのです。
> >
> >  ゴトさんは、ここまで来れたことについて、そのように感じないでしょうか。
>
> 「宇宙的出来事」―― すべては宇宙的出来事でもあるし、500年か何千年に一度の稀有な出来事が「宇宙的出来事」とも言えるし…。
>
> どっちかと言えば稀有な出来事という意味でしょうね。カエルの鳴き声なんかではなく。
> 私についてはそのような形容は「ごめんなして」です。
> Kの出現はそれなりの意義があるでしょう。でも私たちがそれを生かさなければせっかくの意義も後世に譲ることになります。そのように形容する意味は何だろう?
>
> 創造的に生きる人、未知へフラワリグンしていく人、目的もないし予測も元々不可能な創造!
> すべては宇宙的出来事かもしれませんが、私はそういう意識を持つことはありません。
>
> どうもあなたの思いをよく理解していないようですが、ともかく私の反応を書きました。


 叙述は難しいですね。

 特にクリシュナムルティ特有の用語を用いるとなれば、なおさら・・。

 ゴトさんの>それは個人がどこまで行くか、行ったかという問題ではないでしょうに。−−

 このコメントが、今、ゴトさんが関心を有している、社会に何が必要か・・?、これに関わることとして、>それは個人がどこまで行くか、行ったかという問題ではないでしょうに。−−と、ゴトさんがコメントしたのか・・と受け取りました。

 それに対して、私の個人的な応答として、個人がどこまで行くか、行ったか・・これが大きく関わってくると感じていたので、私の体験を叙述したのですが、なかなか伝わらないことが分かりました。

 叙述は伝わるときには伝わるし、そうでないときはなかなかなので、逸れてしまいます。

 逸れるのであれば叙述は控えようと思っています。


[23879] Re:[23874] 命名 投稿者:ゴト 投稿日:2017/05/21(Sun) 15:29  

> > >  思考が形成され、がんじがらめになっている大人に対し、命名する前の感情って聞かれると ? ということになります。
> >
> > 命名する前とはたぶん1秒以下なのでしょうが、大人の人間の持つ思考はまだ働いていないわけですね。
> > すると働いているのは生きていくための機能であって、正しい反応と言っていいものですね。私はそう思います。
>
>  はい、生きていくために命名は必要。釣りの計算ができないと困る。
>
> > それで原始の正しい感情は、命名されて大人の思考が1秒以下で引き継ぐとき、継続、増幅がもたらされるようになるのでしょうか? そうでなければすぐ消えていきますよね。
>
>  思考にすぐに消えています。印象に残った事例だけ記憶に残る。たとえば肉親の死はいつまでも覚えています。関心のない事柄には記憶に残らない。
> >
> > 人間の言葉思考が繰り出すとき、何が起こり、不都合が発生するのでしょうか? 命名することが何でそんなに悪いのか?
>
>  いえ悪くありません。人の名前は覚えていた方がいいでしょう。最近もの覚えが悪くなりました。
>  命名しているという事実がわかればいいのではないですか。嫌な奴がいるとき、自分が「嫌な」と命名している。事実はそこに人がいるだけ。

なぜ「嫌な」と分類、命名するのだろう? 対処(少なくとも警戒)の必要があるからかな。それならそれで意味があるが…、最初の原始的感情とは不穏さの察知なのか。不穏さの察知は英知だろう。リアルな感覚。

>  記号、レッテルは自分が貼付けている。判断評価推理をしている自分がいる。そこに感情がからむとやっかい。

そこで分別し、言葉化するとき、リアルさが消え、レッテルが感情を誘発するのだろうか?

>  そこにはっきり思考を聞いていると感情は増幅しない。同一化しない。ここが画期的なところではないですか。

確かに。レッテルで置換することなくリアルな不穏さに注意深く臨む。理に適っている。画期的ともいえるが、わかれば普通ともいえる。

分類することは言葉化以前に、つまり素早くなされる。そうでなければ食われてしまうかもしれない。そこでライオンに気づけばすぐ行為が起こる。逃げたり、隠れたり、戦闘態勢をとったり。

しかし人間同士だとそんなに慌てる必要はないので分別が先に立つ習慣ができたのか。それで英知の声は感じ取る間もなく、分別に進行してしまうのか?感情的こだわりの始まり。


[23878] Re:[23876] 人工知能 投稿者:ゴト 投稿日:2017/05/21(Sun) 13:42  

>  将棋の佐藤名人はコンピューターに2連敗。将棋の最高潮を将棋ソフトが抜いてしまったようです。3月に行われた囲碁の井山六冠もコンピュータに完敗。ついにここまできたかという感じ。人間の頭脳をコンピュータが上回る。それはともかくこれからAi(ロボット)の時代。車の運転を人間の変わりにAIがやるなんて考えらない。人間の嫌がるの肉体労働はロボットがやる時代に。

見た見た! 佐藤天彦名人とポナンザの2番勝負。ちゃんと棋譜を見た。

棋譜の感じが全く違う。独創的な、全局的で駒の効率を生かす将棋で、名人がさっと切られて勝負がつく感じ。
こういう将棋に人間が慣れないと歯が立たない感じがした。

碁の世界では棋譜を並べてもここまでの差は感じないが、これも宇宙的出来事か。

ここまで強くなったのはコンピュータが見ることができるようになったからだそうだ。人の顔をも覚え、服を換えようが髪形を変えようが、正面でも斜めでも後ろからでも認知できるという。

>  それとロボットも心が感情があれば人間並になるという話ですが、それはありえません。機械と人間とは違う。機械はあくまで機械。DNAの配列を組み替えることは可能かもしれないが、「命そのもの」を作り出すことは不可能。それをもとに作った「クローン」(複製)は可能。

原始的生命、つまりアメーバもどきは結構作れるかもしれない。しかし、投資が集まるかどうか?


[23877] Re:[23872] [23868] [23863] [23860] [23859] [23858] [23856] [23854] [23849] [23844] [23842] [23839] [23838] [23837] [23835] [23832] [23827] [23819] バンザイ! 投稿者:ゴト 投稿日:2017/05/21(Sun) 12:58  

> > > > ええ、そこで再び要はなぜビカミングするか、、時間に浸っているかですが、それは見ている時、投影なしに見ていられないと同義のようです。
> > > >
> > > > これは全体性が失われ、個別性が前面に出ているという事かと思いました。
> > > >
> > > > 動物は無意識的に自然と調和して生きているようですが、人間は言葉を使用し、抽象的な思考を操れるまでになりましたが、何故か人間間に騒乱が絶えず、調和の生を送ることができないようです。そこがはっきり見えて理解できないでいます。それゆえ、見るに徹することができません。
> > > > それは個人がどこまで行くか、行ったかという問題ではないでしょうに。
> > >
> > >
> > >  はい。しかし、個人がある地点に到達したとした場合において・・。
> > >
> > >  それは個人の成果だけではないように思います。
> > >
> > >  その陳述を発信してくれた同志。
> > >
> > >  発信を翻訳してくれた同志。
> > >
> > >  同志間の交流。
> > >
> > >  同志を支える家族。
> > >
> > >  同志の生計を支える職場の同僚。
> > >
> > >  これらが全体的に噛み合って個人の到達に至る。
> > >
> > >  いわば人々との関係の湯船の中で到達に至る。
> > >
> > >  それゆえに、人々に対しての責務を負う。
> >
> > うーん、個人がどうのでなく全体的な動きがあるのはその通りなんですが・・・。
> > 何かしてくれた、支えてくれた、おかげでという感じの論理が伏在している気がする。
> > そこで責を負うとなる。
> >
> > 責任という言葉は今の組織体である意味をもって言われる言葉であって、その論理も言葉も私は使いたくないし、使いません。してくれるというのはしてやったという事の裏返しで、ここに出てきた場合はそういう意識はみじんもなく、やりたいことをしているだけでしょう。
> >
> > Kが社会の悲惨に対して皆に責任があると言ったことは知っていますが、悲惨は自分の振る舞いから出ているということであり、責任という言葉は不適当かなと思っています。
> >
> > まあ言葉にとらわれないようにという事があるので、それだけで済むときは言わないのだけれど、責務があるという観念は、歴史上非人間的行為の数々を引き起こしているので、ちょっとそういう見方もあると言っておきます。お国のためにとか、何か崇高なものを掲げて。
> >
> > ひょっとすると、言語体系に含まれている支配的な思想体系の持つ個別性が世界の悲惨を引き起こす根源なのではないだろうか?
> > と私は疑ったいます。
>
>
>  ここで述べられている「責務」とは、クリシュナムルティが述べるところの「責任」であり、一般用語としての「責任」としては用いられていません。
>
>
>  ここで述べられている主題は、「責務」についてではなく、「個人」、例えばクリシュナムルティが到達したとした場合に、それは「個人」ひとりの事柄ではなく、宇宙の事柄のように思えるのです。
>
>  ゴトさんは、ここまで来れたことについて、そのように感じないでしょうか。

「宇宙的出来事」―― すべては宇宙的出来事でもあるし、500年か何千年に一度の稀有な出来事が「宇宙的出来事」とも言えるし…。

どっちかと言えば稀有な出来事という意味でしょうね。カエルの鳴き声なんかではなく。
私についてはそのような形容は「ごめんなして」です。
Kの出現はそれなりの意義があるでしょう。でも私たちがそれを生かさなければせっかくの意義も後世に譲ることになります。そのように形容する意味は何だろう?

創造的に生きる人、未知へフラワリグンしていく人、目的もないし予測も元々不可能な創造!
すべては宇宙的出来事かもしれませんが、私はそういう意識を持つことはありません。

どうもあなたの思いをよく理解していないようですが、ともかく私の反応を書きました。


[23876] 人工知能 投稿者:外野(ガイヤ) 投稿日:2017/05/21(Sun) 10:17  

 将棋の佐藤名人はコンピューターに2連敗。将棋の最高潮を将棋ソフトが抜いてしまったようです。3月に行われた囲碁の井山六冠もコンピュータに完敗。ついにここまできたかという感じ。人間の頭脳をコンピュータが上回る。それはともかくこれからAi(ロボット)の時代。車の運転を人間の変わりにAIがやるなんて考えらない。人間の嫌がるの肉体労働はロボットがやる時代に。
 それとロボットも心が感情があれば人間並になるという話ですが、それはありえません。機械と人間とは違う。機械はあくまで機械。DNAの配列を組み替えることは可能かもしれないが、「命そのもの」を作り出すことは不可能。それをもとに作った「クローン」(複製)は可能。



[23875] Re:[23873] [23871] [23864] Kの「変わる」とはどういうことか。 投稿者:ゴト 投稿日:2017/05/21(Sun) 10:02  

この件はお互い了解に至って終わりましたが、ちょっと感想やら伝えたいことを追加します。

> > >  それで本題に入りますが、先のKの「誰も変わりやしなかった」。
>
>  実は、Kのその言葉に疑問を抱いている。ほんとにそういうことを言ったのだろうか?誤解を受けやすい言葉。

はい。同感です。あなたも疑っていたと聞いて嬉しくなりました。

>  Kの言葉を知って苦しみから解放された人は、沢山いると思います。ゴトさんはじめ新しい芽氏もそうです。翻訳の方々。

はい。Kもある程度変わった人はたくさんいるだろうが根本的に変わった人はいなかったと言ったとの別の折での話もありました。

私はKのように世界に向かって獅子吼するような人が出なかったという意味を言ったのかなと思います。

新しい芽さんは、あの臨終の間際の折は後継者問題と直結するので、ああいう話しになったのではないかと言っていましたね。

> > 私は内心、氏のことを師と思っていたけれど、そんなことを言っても相手にしていただけないことはわかっていたので、口にしたことはない。あなたもこの件(師?)はこれ限りにして下さるようお願い致します。
>
>  失礼しました。

どうもご丁寧に、恐縮です。
なお、失礼などという事はないと新し芽さんはおっしゃっていたと思います。世間的な序列の中で出てくる言葉ですね。私たちの間では気にしない、気にしない、という事で。もっとも私はすみませんと言う言葉を多用しますが(笑)


[23874] 命名 投稿者:外野(ガイヤ) 投稿日:2017/05/20(Sat) 22:30  


> >  思考が形成され、がんじがらめになっている大人に対し、命名する前の感情って聞かれると ? ということになります。
>
> 命名する前とはたぶん1秒以下なのでしょうが、大人の人間の持つ思考はまだ働いていないわけですね。
> すると働いているのは生きていくための機能であって、正しい反応と言っていいものですね。私はそう思います。

 はい、生きていくために命名は必要。釣りの計算ができないと困る。

> それで原始の正しい感情は、命名されて大人の思考が1秒以下で引き継ぐとき、継続、増幅がもたらされるようになるのでしょうか? そうでなければすぐ消えていきますよね。

 思考にすぐに消えています。印象に残った事例だけ記憶に残る。たとえば肉親の死はいつまでも覚えています。関心のない事柄には記憶に残らない。
>
> 人間の言葉思考が繰り出すとき、何が起こり、不都合が発生するのでしょうか? 命名することが何でそんなに悪いのか?

 いえ悪くありません。人の名前は覚えていた方がいいでしょう。最近もの覚えが悪くなりました。
 命名しているという事実がわかればいいのではないですか。嫌な奴がいるとき、自分が「嫌な」と命名している。事実はそこに人がいるだけ。
 記号、レッテルは自分が貼付けている。判断評価推理をしている自分がいる。そこに感情がからむとやっかい。
 そこにはっきり思考を聞いていると感情は増幅しない。同一化しない。ここが画期的なところではないですか。


[23873] Re:[23871] [23864] Kの「変わる」とはどういうことか。 投稿者:外野(ガイヤ) 投稿日:2017/05/20(Sat) 22:11  

> >  それで本題に入りますが、先のKの「誰も変わりやしなかった」。

 実は、Kのその言葉に疑問を抱いている。ほんとにそういうことを言ったのだろうか?誤解を受けやすい言葉。
 Kの言葉を知って苦しみから解放された人は、沢山いると思います。ゴトさんはじめ新しい芽氏もそうです。翻訳の方々。

> 「変わる」というのは、その苦しみから解放されることでした。

はい。わかります。おっしゃるとおりです。

> ではどうやって苦しみから解放されるか、それは「見る」ことによってであると私は確信しそれに取り組んだ。
>
> >  あなたの師?である新しい芽氏は、ここのところを何ていってるのか。
>
> 私は内心、氏のことを師と思っていたけれど、そんなことを言っても相手にしていただけないことはわかっていたので、口にしたことはない。あなたもこの件(師?)はこれ限りにして下さるようお願い致します。

 失礼しました。
>
> 氏は見ることは誰にでも備わっている機能だから、わざわざ取り上げないとおっしゃっていました。ついこの間同じことを言ったと思います。
> その意は自分で見出すことだと思います。

 見る、聞く、知覚するというのは、人の機能。問題は、前にもいいましたが、はっきり見れるかどうか。内面に関心を向けられるかどうか。

> 私は自分で掴もうとしました。そして苦しみから抜け、解放されることが私にとっての真実でした。変化でした。

 Kの「見る」「聞く」というのは、何かの特別な境地になることではない。仏教関係者のKの見解は、ここを勘違いしている。
 イエスのいう「目覚めよ」ということと通じる。はっきり明確に見る。意識的に見る。
 しかし人は普段見てるようで見ていない。ベールにも気づかない。

> >  このつぶやきは例のごとく独りよがりなので無視してください。長くなったのここまで。
>
> はい。最低限の事を書いておきました。

 ありがとうございました。この件についてはもう議論の余地はなくなったようです。このたびのあなたの「思考を聞いてみる」という表現は秀逸でした。
なるほどと思いました。鳥の声を聞くように自身の声を聞く。静かに。


[23872] Re:[23868] [23863] [23860] [23859] [23858] [23856] [23854] [23849] [23844] [23842] [23839] [23838] [23837] [23835] [23832] [23827] [23819] バンザイ! 投稿者:宮啓 投稿日:2017/05/20(Sat) 17:48  

> > > ええ、そこで再び要はなぜビカミングするか、、時間に浸っているかですが、それは見ている時、投影なしに見ていられないと同義のようです。
> > >
> > > これは全体性が失われ、個別性が前面に出ているという事かと思いました。
> > >
> > > 動物は無意識的に自然と調和して生きているようですが、人間は言葉を使用し、抽象的な思考を操れるまでになりましたが、何故か人間間に騒乱が絶えず、調和の生を送ることができないようです。そこがはっきり見えて理解できないでいます。それゆえ、見るに徹することができません。
> > > それは個人がどこまで行くか、行ったかという問題ではないでしょうに。
> >
> >
> >  はい。しかし、個人がある地点に到達したとした場合において・・。
> >
> >  それは個人の成果だけではないように思います。
> >
> >  その陳述を発信してくれた同志。
> >
> >  発信を翻訳してくれた同志。
> >
> >  同志間の交流。
> >
> >  同志を支える家族。
> >
> >  同志の生計を支える職場の同僚。
> >
> >  これらが全体的に噛み合って個人の到達に至る。
> >
> >  いわば人々との関係の湯船の中で到達に至る。
> >
> >  それゆえに、人々に対しての責務を負う。
>
> うーん、個人がどうのでなく全体的な動きがあるのはその通りなんですが・・・。
> 何かしてくれた、支えてくれた、おかげでという感じの論理が伏在している気がする。
> そこで責を負うとなる。
>
> 責任という言葉は今の組織体である意味をもって言われる言葉であって、その論理も言葉も私は使いたくないし、使いません。してくれるというのはしてやったという事の裏返しで、ここに出てきた場合はそういう意識はみじんもなく、やりたいことをしているだけでしょう。
>
> Kが社会の悲惨に対して皆に責任があると言ったことは知っていますが、悲惨は自分の振る舞いから出ているということであり、責任という言葉は不適当かなと思っています。
>
> まあ言葉にとらわれないようにという事があるので、それだけで済むときは言わないのだけれど、責務があるという観念は、歴史上非人間的行為の数々を引き起こしているので、ちょっとそういう見方もあると言っておきます。お国のためにとか、何か崇高なものを掲げて。
>
> ひょっとすると、言語体系に含まれている支配的な思想体系の持つ個別性が世界の悲惨を引き起こす根源なのではないだろうか?
> と私は疑ったいます。


 ここで述べられている「責務」とは、クリシュナムルティが述べるところの「責任」であり、一般用語としての「責任」としては用いられていません。


 ここで述べられている主題は、「責務」についてではなく、「個人」、例えばクリシュナムルティが到達したとした場合に、それは「個人」ひとりの事柄ではなく、宇宙の事柄のように思えるのです。

 ゴトさんは、ここまで来れたことについて、そのように感じないでしょうか。


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